ESG時代におけるマイノリティ投資の留意点

本稿では、M&A局面におけるESGリスクの考慮とマイノリティ投資における留意点に焦点を当てて考察を行います。

M&A局面におけるESGリスクの考慮とマイノリティ投資における留意点に焦点を当てて考察を行います。

M&Aは、企業価値向上を実現する不可欠な手法として、企業実務に定着しているといっても過言ではありません。近年では連結化を伴うM&Aのみならず、マイノリティ投資も事業戦略上の観点から積極的に活用する日本企業が一部業種において見受けられます。

一方で、昨今ではサステナビリティに対する意識の高まりにあわせて、M&A局面においてもESGリスクを精査することが求められるようになってきています。マイノリティ投資は連結化されないことから、投資する側の責任も「軽く」とらえられがちな側面もありますが、ESGはその性質上、マイノリティ投資であったとしても避けては通れない論点になりつつあります。

本稿ではM&A局面におけるESGリスクの考慮とマイノリティ投資における留意点に焦点を当てて考察を行います。

なお、本文中の意見に関する部分については、筆者らの私見であることをあらかじめお断りいたします。

POINT 1
マイノリティ投資は、新規事業の進出や既存事業とのシナジーの創出、事業領域の拡大を目指す企業にとって、企業価値向上を実現する有用な手段の1つである。今後、マイノリティ投資を戦略的に活用する企業が多くなると推察される。

POINT 2
M&A局面において、機関投資家やESG評価機関は、投資対象先のESGリスクを精査することを求めている。

POINT 3
マイノリティ投資であったとしても、ESGリスクを考慮することは必須になりつつある。ESG投資基準やESGデューデリジェンス( 以下、「ESG DD」という)を通して、バリューチェーンにおけるリスクやサードパーティリスクを精査する必要がある。

I.マイノリティ投資活用の意義と目的

一般的に、投資先企業への支配権を有しない投資のことを「マイノリティ投資」と呼称します。連結化を意図していた投資であっても、法規制(外資規制等)による出資割合の制限からマイノリティ投資を余儀なくされる場合もあるのは事実ですが、むしろ、一部の業種においては企業価値向上の一手段として、マイノリティ投資を積極的に活用する企業が多く見受けられます。

企業におけるマイノリティ投資の意義・目的には、一般的に以下の3点が挙げられます。

(1)ノウハウの獲得
自社の経営知見が無い領域での経営・事業ノウハウの獲得など(新規事業・新技術分野)

(2)シナジー創出
共同開発、共同購買、クロスセルなどの機能の相互活用など

(3)事業領域の拡大
自社が進出していない地域への進出など

マイノリティ投資の連結財務諸表上の取扱いは、連結BSでは投資有価証券科目に、連結PLでは持分法投資損益(連結上の関連会社となる場合)や受取配当等が営業外損益として計上されることになります。

すべての資産・負債・損益項目が連結財務諸表に計上される連結子会社と異なり、適用する会計基準により投資額の評価方法に差異はあれど、会計上はあくまで投資としての取扱いとされます。連結化されないため、財務会計上の開示も限定的で済むといったメリットもあります。

このため、マイノリティ投資は、経営知見がない新規事業分野などについて、リスクとリターンを限定しつつ、ノウハウの獲得やシナジーの創出を目的に、助手席に乗って事業に関与し、事業ポートフォリオの組換えやビジネスモデルの転換を促進していくのに際して効果を発揮すると考えられます。

おりしも、2020 年7月に経済産業省より公表された 「事業再編実務指針~事業ポートフォリオと組織の変革に向けて~」1では、日本企業のリターンを高めるために事業ポートフォリオの組換えが必要との問題提起がなされました。また、翌年2021年6月に改訂されたコーポレートガバナンス・コードにおいても、事業ポートフォリオに関する基本的な方針を取締役会が策定・監督することが明示的に求められるようになりました。SX(サステナビリティ・トランスフォーメーション)やGX(グリーン・トランスフォーメーション)を実践していくためには、現状のビジネスモデルを変革する必要があるとも言われています。

マイノリティ投資には、支配権を有していないがゆえのデメリット、配当が得られない限りキャッシュフローを生まないといった投資の評価上の難しさがあります。しかしながら、直接的な投資リターン以外の事業上のシナジーを見据え、中長期的なリターンの向上を図りつつ、事業ポートフォリオの組換え、ビジネスモデルの転換に向けた足掛かりとしてマイノリティ投資を活用するケースも、今後は多くなるものと考えられます。

一方で、リスクとリターンを限定できるからこそ成り立っているマイノリティ投資のポジティブな側面も、サステナビリティ経営重視の流れによって、その様相が変わってきています。

1 経済産業省 「事業再編実務指針~事業ポートフォリオと組織の変革に向けて~」を策定しました

II.マイノリティ投資においてもESG考慮は必須要件

昨今のサステナビリティ経営重視の流れを受け、M&Aの現場においても徐々にESGを考慮することの必要性が認識されるようになってきました。

動きが最も早いのは、株式を運用するグローバルな機関投資家とESG評価機関です。グローバルな機関投資家は、主に上場企業のESGの取組みと事業戦略との整合性を評価しています。また、これら機関投資家を主要な顧客とするESG評価機関は、ESGのトレンドを先んじて評価基準に取り入れることによって、上場企業のESGへの対応力を格付という形で評価しています。

特筆すべきなのは、ESG評価機関のなかには、明示的にM&A局面において上場企業がESGの観点から投資対象先を精査しているかを評価基準に盛り込んでいる機関が出てきている、という点です。これは出資比率にかかわらず、投資対象先が抱えるESGリスクを事前に精査しているかを企業に問う内容となっています。

こうした動きは、マイノリティ投資だからといって限定したリスクのみを負うのではなく、出資比率いかんにかかわらず、企業はESGに関するリスクを適切に管理・低減しなくてはもはやビジネスモデルは持続しない、と機関投資家等が評価しはじめていることを表しています。たとえマイノリティ投資であったとしても、出資先が重大な人権侵害に加担していたとなれば、それは投資を行った企業の持続可能性を毀損するリスクとみなされます。

つまり、企業はM&Aの実行後も持続可能であることが求められ、その説明責任を果たしていくことはもはや必須要件になりつつあると言えるのです。

III.ESGリスクの精査方法

M&A局面において、ESGリスクを精査する方法として2つのアプローチがあります。1つはESG投資基準を設け、投資の検討にあたって精査対象とすべきESGリスクを明記し、起案者にその精査を求めるという方法です。そしてもう1つは、投資の本格検討にあたって、いわゆる財務・税務・法務といったデューデリジェンスの一環としてESG DDを実施するという方法です。 ESG投資基準とESG DDはセットで実施するのが効果的です。

1.ESG投資基準

ESG投資基準は、あらかじめESGの要件を明記し、投資案件の起案にあたり検討を求めるものです。

現状、粒度の差こそあれ、多くの企業は定量・定性の両面について投資基準を設けています。定量であればIRR (内部収益率)やNPV(正味現在価値)といった投資評価指標がハードルレートを満たしているか、定性であれば投資先がリーチできるマーケットの大きさやその成長性、参入障壁などを評価しています。

一方、ESG投資基準は、上記に加え、あらかじめ精査すべきESGの要件を明確にしておくことにより、投資の起案段階から漏れなく自社にとって重要性の高いESGリスクを精査することが目的となります。

投資基準の目的は、投資の起案段階で精査すべき項目を列挙し、初期の投資判断の適格性判定を行うことです。そのため、ESGリスクを考慮した投資判断を進めていくうえで、この要素を反映したESG DDを実施する必要があります。

2.ESG DD

ESG DDは新しいコンセプトであり、必ずしも企業実務において確立された分野ではありません。足元でその取組みはPRI(国連責任投資原則)に署名している一部のPEファンドが先行しているのが実情です。

事業会社においても、環境DDやHR DDなどのように、ESGに関連したDDをまったく実施していないわけではありません。しかしながら、これらのDDはM&Aの実行にあたって、調査対象分野から見たESGリスクの抽出に取り組んでいるものの、多くは買収価額への影響やディールブレイクにつながる可能性のあるリスクの特定に限定されており、精査対象も企業グループに限られます。

それに対してESG DDは、投資対象先の持続可能性に関する中長期的なESGリスクを事業横断的に検出し、それらリスクに対する適切な対処案を検討することで、M&A後も自社のビジネスモデルの持続可能性を維持し、高めることを目的としています。

また、サプライチェーンに代表されるように、ESG DDは投資対象先の調査のみならず、自社のバリューチェーン全体を視野に入れて実施する必要性があるという特徴を持ちます (図表1参照)。

図表1 ESG投資基準とESG DDの対象領域とその特徴

ESG時代におけるマイノリティ投資の留意点_1

たとえば、サプライヤーが人権侵害に加担していた場合、企業はその救済や是正について一定の責任を負うことになります。これは、平常時より責任ある調達の方針をサプライヤーに対して周知徹底し、人権リスクアセスメントを実施することが求められるということです。したがって、ESG DDでは投資対象先の人権リスクアセスメントが実効的に機能しているか、バリューチェーン全体を通して人権リスクが存在していないかを精査する必要があります。
ESG DDの具体的な実施方法や考え方については、「ESG視点の事業ポートフォリオ構築及びM&Aのポイント」(『旬刊 経理情報』 2022年9月号)2に詳述しており、そちらも参照してください。

旬刊経理情報「ESG視点の事業ポートフォリオ構築及びM&Aのポイント」 (2022年9月号)

IV.ESG時代におけるマイノリティ投資の留意点

1.マイノリティ投資におけるESGリスク精査の必要性

マイノリティ投資の特徴は、前述のとおり「支配権を有さない代わりに、責任やリスクは限定的にしか負わない」というものです。一方で、その主たる目的は前述のとおり「ノウハウの獲得」、「シナジーの創出」、「事業領域の拡大」 であり、一般的な投資リターン以上の効果を中長期的に上げていくための足掛かりにすることを念頭に置いています。そのため、どこまでESGを精査すべきかということが論点になり ます。

マイノリティ投資の主たる目的に照らして考えると、「シナジーの創出」と「 事業領域の拡大」は仮にマイノリティであったとしても投資をすることで、投資先のビジネスを自社のバリューチェーンに組み込むことを意味します。自社のバリューチェーンの一部を構成する以上、ESGリスクから無縁というわけにはいきません。

また、「ノウハウの獲得」は新たなバリューチェーンを構築するというフェーズであり、すでにバリューチェーンが存在している状況とは異なります。一方で、投資対象先に対して何かしら関与している以上、仮に投資先で問題が起こった場合にまったく無縁というわけにはいきません。昨今、情報セキュリティ等のオペレーションの観点を中心としてサードパーティリスクに対する問題意識が高まっていますが、「ノウハウの獲得」が目的のマイノリティ投資は、サードパーティリスクの観点からESGリスクを精査する必要があります。

2.マイノリティ投資におけるESGリスク精査の実施方法

マイノリティ投資は、マジョリティ投資と比較して、予算の観点からDDの実施範囲を限定したり、DDを実施したとしても相手から開示される情報が制限されるケースがあります。このような場合には、自社の戦略やマイノリティ投資の目的に応じて、ESG DDのスコープに優先順位をつけ、必要となる情報を絞り込んで実施する必要があります。

「シナジーの創出」と「事業領域の拡大」を目的としたマイノリティ投資については、自社のバリューチェーンに照らして重要なESGリスクに限定したうえで精査を実施します。たとえば、バリューチェーンが多岐にわたるビジネスモデルであれば、サプライヤーに対するリスクアセスメントの実施状況を確認するなどといった対応が必要になります。自社のバリューチェーンにどのようなリスクが存在しているかは、自社のESGの取組みのなかで整理を行っている企業も多く、そのなかで特に重要なESGリスクにフォーカスすることがポイントです。

「ノウハウの獲得」を目的としたマイノリティ投資については、異なるアングルでESGリスクの精査に取り組む必要があります。上述のとおり、この目的は新規領域に関するスタディ段階に相当することから、投資開始時点では自社のバリューチェーンはまだ存在しない、ということが想定されます。そうなると、重要なのは投資対象先が抱えているリスクです。そのため、精査するべきポイントは、仮に顕在化した場合に自社に影響が及ぶ可能性のあるものは何か、という点に収斂されます。これはサードパーティリスクを精査することと実質的に変わりません。

ESGの観点から見たサードパーティリスクとしては、投資対象先が抱えている人権リスク(労務問題)等は少なからず精査する必要があります。また、GHG排出量やその削減に向けた取組みが自社の環境方針やネットゼロに向けたコミットメントと整合性が取れているかを確認することも重要です。

その意味では、サードパーティーリスクについては、マイノリティ投資の目的いかんにかかわらず、そのリスクを精査することは必須と言えます。

実際のESG DDの進め方に関しては、マイノリティ投資の目的やステージに応じて、重要なESGリスクから段階的に実施していく方法も有効と考えられます。たとえば、マイノリティ投資の目的が 「ノウハウの獲得」である場合、その効果として自社のバリューチェーンの構築が見えてきたら、参入しようとしている業界固有のESGリスクは何かを棚卸しし、既投資先の出資比率を高める場合や新たな投資先に投資する場合に改めてESG DDを実施することが考えられます。

このようにマイノリティ投資においてESGリスクを精査するためには、まずはESG投資基準をもって見るべきESGリスクを明確化し、また、投資の目的やステージに応じてESG DDを通じたリスクの精査方法を変えていくことが重要となります (図表2参照)。

図表2 マイノリティ投資におけるESGリスク精査の全体像

ESG時代におけるマイノリティ投資の留意点_2

V.さいごに

M&Aの実務におけるESGリスクの精査はまだ緒に就いたばかりであり、必ずしも統一的な手法が確立しているわけではありません。ESGはその性質上、重要なテーマがビジネス環境に応じて変遷することもあり、カバーすべきテーマや対応すべき深度は今後も変化していくものと想定されます。

このようななか、企業には持続的な成長と中長期的な企業価値向上に向けて事業ポートフォリオの組換えやビジネスモデルの転換を図ることが求められています。

そのためには事業の新陳代謝を促すとともに、果敢に投資を行っていく必要があります。特に、ビジネスモデルの転換は一朝一夕で実現できるものではありません。今後はその布石として、戦略的にマイノリティ投資を活用する局面が増加するのではないかと推察されます。

本稿で考察したとおり、マイノリティ投資といえど、ESGを考慮することはもはや必須といえます。企業の持続可能性に関する説明責任を果たしていくうえでも、マイノリティ投資に目的応じたESG投資基準やESG DDが企業のM&A実務に定着することが期待されます。

執筆者

有限責任 あずさ監査法
サステナビリティ・トランスフォーメーション事業部
KPMGあずさサステナビリティ株式会社
マネージング・ディレクター 土屋 大輔

株式会社 KPMG FAS
執行役員パートナー 山口 文義

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