VRFが統合的思考に関する原則 v1.0を公表

統合的思考の原則は、取締役会や経営者による統合的思考の実践を促し、包括的かつ持続可能な業務の遂行を通じた長期的な価値創造を支援するツールとして策定されました。

統合的思考の原則は、取締役会や経営者による統合的思考の実践を促し、包括的かつ持続可能な業務の遂行を通じた長期的な価値創造を支援するツールとして策定されました。

2022年8月1日、価値報告財団(Value Reporting Foundation、 以下「VRF」)は統合的思考に関する原則 v1.0(Integrated Thinking Principle v1.0、 以下「原則v1.0」)を公表しました。これは、2021年12月に公表した統合的思考に関する原則のプロトタイプ(以下「プロトタイプ」)に対して寄せられたコメントを反映し、修正を加えたものです。

統合的思考に関する原則v.1.0の概要

VRFが2021年12月に公表した統合的思考に関する原則のプロトタイプの概要については、2021年12月24日付けの記事で紹介していますが、そこからの主な変更点は次のとおりです。

原則のサブタイトルを変更 - 目的が価値創造であることを明確化

プロトタイプでは、統合的思考に関する原則には“Supporting holistic decision-making(ホリスティックな意思決定をサポートする)”というサブタイトルが付けられていました。これが原則v1.0では、“ Value creation through organizational resilience(組織的レジリエンスによる価値創造)”に変更されました。原則v1.0の目的が、価値創造であることを、より明確に打ち出しているといえます。

レベル1、 2、 3の適用順序に関する補記 - 統合的思考の継続性を強調

統合的思考に関する原則は、取締役やCEOなどを対象とするレベル1から、上級管理職を対象とするレベル2、3の三段階構成となっています。VRFは、レベル1から順にレベル3へと適用をすすめるアプローチを推奨していますが、組織の置かれた状況によっては、異なるアプローチが考えられること、またどのような順序で適用をすすめたかに関わらず、最終的には3つのレベルすべてにおいて統合的思考を適用し、定期的なアセスメントが必須となることが明記されました。これにより、統合的思考が継続的な取組みであることを強調していると考えられます。

原則の記載順序の見直し - ハイレベルな経営課題から現場の実践までの流れ

統合的思考に関する原則は、企業独自の価値創造メカニズムであるビジネスモデルを中核に据え、それを取り巻く6つの要素ごとに、実行すべきアクションがまとめられています。今回、6つの要素の記載順が、プロトタイプから原則v1.0への更新に伴い見直されています。プロトタイプでは、パーパス、戦略、リスクと機会、カルチャー、ガバナンス、パフォーマンスの順でしたが、原則v1.0では、パーパス、ガバナンス、カルチャー、戦略、リスクと機会、パフォーマンスの順となっています。順序を改めた背景は具体的に述べられてはいませんが、パーパス、ガバナンス、カルチャーといった、より長期かつハイレベルな視点で取締役やCEOがリーダーシップを発揮すべき要素が先に列挙され、それに基づいて取組むべき要素が続くようにフローが整理されたものと考えられます。

想定する利用者の拡大 – 統合的思考を組織全体の取組みへ

プロトタイプでは、「想定する利用者は取締役やCEO、CFOなどの上級管理職」と限定的な記載となっていました。しかし、その他の上級職や中間管理職、組織変革を担うその他の人員における利用も想定されることから、「主たる想定利用者はガバナンス責任者、エグゼクティブマネジメント、上級および中間管理職」との記載に改めました。また、レベル3の主たる対象者を、「上級管理職」から「上級および中間管理職」に変更しています。統合的思考を実践すべき主体が取締役会や経営層であることに変わりはないものの、統合的思考の実践は、全社的な取組みであることを示唆しています。

レベル3の原則の再整理 - 利便性の向上

プロトタイプでは38あったレベル3の原則のうち、重複感のある記載を削除することで、30までに削減しました。また、原則の実施状況を定期的に評価する際に、より使いやすいものとなるよう、レベル3の原則を質問形式に変更しています。いずれも、利用者にとっての利便性が向上しているといえます。

スタートガイド「統合的思考へのトランジション」の公表を通じた展開の支援

VRFは、原則v1.0とあわせて、スタートガイド「統合的思考へのトランジション(以下、「スタートガイド」)」を公表しています。スタートガイドでは、VRFが公表している統合的思考のケーススタディなどの刊行物とあわせて、組織が統合的思考への長い旅路をどのようにスタートし、いかにして継続的な取組みとして組織内に根付かせていくかを、評価(Assess)、計画(Plan)、参画(Engage)、実行とモニタリング(Execute and monitor)、振返りと改善(Review and improve)の5ステップに分け、具体的に解説しており、統合的思考の実践を試みる組織には参考になる資料となっています。

統合的思考に関する原則を利用することの意義 - 高品質な報告の実践を通じた企業価値向上への貢献

VRFは2022年8月までにIFRS財団に統合されましたが、原則v1.0とスタートガイドのいずれもVRF名義で刊行されています。スタートガイドの冒頭に、「IFRS財団およびIASB審議会とISSB審議会の双方の議長は、コーポレートガバナンスと企業報告の質向上に寄与する実践的なガイダンスである統合的思考の原則の利用、および原則の開発への参加の継続を奨励しています。」とのステートメントを掲載し、VRFのIFRS財団への統合後も、統合的思考の原則が有益なツールであることを示しています。

また、VRFは、原則v1.0やスタートガイドを通して、統合的思考は、目的地(destination)ではなく、長い旅路(Journey)であることも強調しています。一朝一夕に成し遂げられるものではないものの、統合的思考を組織に根付かせれば、それまで形になっていなかった組織の見えない力を、形あるものへと昇華することができると述べています。そして、統合的思考の具体的なベネフィットとして、組織の財務・非財務要素の統合、共通のゴールに向けた組織内のコラボレーションの強化、長期にわたる価値創造、組織がステークホルダーに及ぼす影響やステークホルダーが組織に及ぼす影響の理解を通じたレジリエンスの向上などを挙げています。

今後、IFRS財団がIASB審議会を通じた財務報告基準の改善と、ISSB審議会を通じたサステナビリティ報告基準の策定をすすめ、将来的には、報告主体である組織が、それらの基準を用いて作成した情報を、年次の統合報告書として公表することが求められるとも想定されます。統合的思考の実践の状況を、統合報告書を通じて明らかにし、ステークホルダーとのコミュニケーションを通じて、企業とステークホルダーの双方にとって、価値創造の好循環がもたらされることが期待されます。

執筆者

KPMG サステナブルバリュー・ジャパン
シニアマネジャー 橋本 純佳

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