本連載は、保険毎日新聞(2021年10月~2022年3月)に連載された記事の転載となります。以下の文章は原則連載時のままとし、場合によって若干の補足を加えて掲載しています。

1.DX実現のポイント

DXの実現に関しては、本連載の第1回で顧客体験を起点とした価値提供の必要性を、第2回ではDX実現の取組み事例を紹介してきました。連載4回目となる本稿では、DX実現の難所に言及しつつ、いかにDXを実現するかについて述べていきます。

DXを実現するためには、サービスやビジネスモデルと整合するオペレーティングモデルが重要となります。オペレーティングモデルは、「業務プロセス」「人材・文化」「組織とガバナンス」「パフォーマンス管理」「外部委託・ロケーション」「テクノロジー」という6つの要素に分けて考察できます。自社が目指す方向性と整合するよう各要素のあるべき姿を描き、変革が必要な要素を変えていく必要があります(図表1)。そのなかでも特に、人材・文化の変革がきわめて重要となります。人材・文化を変革しなければDX実現に向けた取組みは一過性のもので終わり、企業に根付くことはないためです。

【図表1:オペレーティングモデル6つの要素】

DX実現のキーポイント_図表1

ただし、人材・文化の変革は容易ではありません。組織に深く根付いた既存の文化は社員に対して安心感を与える源であり、これを変えようとすると必ず心理的な抵抗が生じるのです。
特に、規制業種である保険会社では、リスク回避的であり、ルールで縛り、計画的に業務を遂行する文化が醸成されているのではないでしょうか。この文化により保険会社が発展してきたことは否定しません。しかし、DXを実現するためには、オープンで、ビジョンに基づき、アジャイル的に業務を遂行する文化が求められるのです(図表2)。

【図表2:DX推進に求められる文化の変革(例)】

DX実現のキーポイント_図表2

2.変革のステップ

変革のステップとしては、既存組織とは別に実行チームを設置し、徐々に拡大し、変革を進める方法が考えられます。長年の積み重ねにより形成された人材・文化を同一組織のなかで一気に変革することは既存事業の成功体験からの激しい抵抗を招くことが想定され、変革のスピードを低下させるリスクがあります。実行チームは、プロダクトベースでクロスファンクショナルに組成し、従来の部門・組織別に区画整理された職務分掌を、組織を跨いで大胆に権限委譲をすることが有効です。それにより、組織のサイロを分解し、顧客体験をスピーディーに向上させていくことが可能となるのです(図表3)。

【図表3:DX推進体制(例)】

DX実現のキーポイント_図表3

従来の組織とは性質が異なるため、最初から大々的に実行チームを複数組成しても社内で受け入れがたいことが考えられます。大事なのは、小さく始めて、新たなビジネスモデルの創出、顧客体験の向上、業務効率化などの実ビジネスにおける成功事例を作ることです。成功事例により社員が変革を受け入れやすくなります。
また、経営層が成功事例を称賛し、社内外へ周知するとより効果的です。徐々に実行チームが拡大し、成功事例が増え出すと、人材・文化の変革を加速させやすくなります。

3.人材・文化変革の要諦

人材・文化の変革には前述した実行チームを設置するだけでは不十分であり、経営層が変革のビジョンを示すとともに、組織体制を構築し、人事制度などを整備することが重要となります。これらの取組みが相まって人材・文化の変革が加速し、定着していくのです。

経営層による変革ビジョンの発信
まず、経営トップの指揮でスタートし、強いコミットメントと支援が不可欠となります。経済産業省の「デジタルトランスフォーメーション調査2021の分析」によると、DX銘柄企業・注目企業では経営トップの100%がDX推進についてメッセージを社内外に発信しており、その他の企業における同42%とは大きな差異となっています。DX推進には経営トップ自らが社員・社外に対して強いメッセージを発信し、DX実現の必要性を認識させる必要があるのです。

また、外部環境変化を踏まえてワーストシナリオを示し、危機感を醸成することも有効でしょう。そして、変革のビジョンを社員へ周知することが求められます。このビジョンは、事前に経営層で共有し、ありたい姿の実現に向けて認識を合わせておくことが重要です。その上で、心に響くメッセージで明るい未来を繰り返し語り、変化に対する社員の不安を除去し、変革に対してポジティブなイメージを持たせることが有効なのです。

組織体制の構築
次に、組織体制を整備する必要があります。組織体制構築のポイントは、DX事務局の設置、実行チームの組成、DX推進委員会の設置の3つが挙げられます。
DX事務局には専門知見を有する人材と組織の内情に詳しい人材を配置することで、部門の枠組みに捉われない変革の推進が可能となります。なお、この専門組織は、本気度を示す意味でも経営層の直下に配置することが望ましいでしょう。

また、実行チームを組成し、職務分掌や予算などを含め大胆に権限委譲することが有効です。各部門の職務権限に縛られずに、プロダクトベースで共通の価値実現に向けて各部門が協力し合うことが望ましいとされます。権限委譲と相まって顧客ニーズの変化に合わせて柔軟に施策を変化させ、適時に最適な価値を実現できるのです。ただし、権限委譲するだけでなく、実行チームのメンバーを動機付けし、能力を最大限発揮させる必要があります。そのためには、経営層やDX事務局による支援、トレーニングの提供も不可欠となります。

さらに、DX推進委員会を設置し、実行チームを支援できる仕組みを構築する必要があります。DX推進委員会は、従来のIT戦略委員会などから独立して設置し、経営層が積極的に参加することが重要です。それにより、実行チームが支援を得られるだけでなく、経営層自身も新たな取組みについて学習できるメリットがあるのです。

人事制度の変更・教育
変革の定着には、人事制度などハード面の変更が不可欠となります。既存組織体系からは独立して実行チームを組成後、そのチームには従来とは異なる人事制度を適用することが望ましいでしょう。人事制度は、大きく採用、配置、育成、評価・報酬からなりますが、これらの要素すべてがDX実現に向けた取組みと整合することが重要です。
たとえば、採用面では優秀なDX人材を獲得するために人材の市場価値と連動する報酬を与えることが有効となります。そのためには、従来の給与テーブルの例外を認め魅力的な報酬提示ができる仕組みにします。配置面では、プロダクトオーナーやデータサイエンティストなど職務ごとに十分な期待役割を果たせる人材をアサインします。その際、外部登用の場合は職種別の採用が、また、内部登用の場合は通常の人事異動に加えて公募や社内FAの対象とするなど、複線的に登用ラインを設けることが効果的です。これにより、変革へのモチベーションの高い社員が社内で肯定的にキャリアを描き、DX人材へ成長していくことが可能となるのです。

育成面では、ハイレベルなデジタル技術を提供できる人材だけでなく、ビジネスとデジタルの両方に精通し、サービスやビジネスモデルを設計できる人材を育てる育成プランを設計することもポイントとなります。DX実現に求められる人材が定着するよう人材像を定義し、評価・報酬面ではDX実現に向けた取組みと整合する重要業績評価指標(KPI)を設け、それに基づき評価し、報酬を与えます。
このように、人事制度全体を通じてDXの取組みと一貫性のある仕組みを構築することが有効です。国内保険会社においても、DX戦略を推進するために人事制度の抜本的改革を中期経営戦略として掲げている例があります。

4.結び

本稿では、DXの実現には人材・文化の変革が重要であること、また、いかにそれを実現するかについて述べました。ガバナンスやデジタル化進展に伴うセキュリティ対策やリスク管理も重要ですが、DX実現には、従来とは異なる仕組みを導入する必要があり、攻めの姿勢が求められます。
次回は、最終回として連載を振り返り、まとめを行います。

執筆者

KPMGコンサルティング
ディレクター 長沢 貴裕

保険毎日新聞 2022年1月28日掲載(一部加筆・修正しています)。この記事の掲載については、保険毎日新聞社の許諾を得ています。無断での複写・転載は禁じます。

お問合せ