本連載は、保険毎日新聞(2021年10月~2022年3月)に連載された記事の転載となります。以下の文章は原則連載時のままとし、場合によって若干の補足を加えて掲載しています。
1.DX実現に向けて
前回は、先進的な取組みを通じ、顧客体験について異業種と比しても高い評価を受ける海外の保険会社の事例を紹介しました。では、DX実現に向けて重要なことには一体どのようなものがあるのでしょうか。
顧客に選ばれるには、まず顧客と「つながる(コネクテッド)」必要があります。既存顧客とつながり続けることは当然大事ですが、それとともに潜在顧客とつながり得る関係構図にあることが重要です。そのためには顧客の全体構図、カスタマージャーニー(図表1)をトータルに見て世の中や顧客自身の価値判断の変革に順応し、場合によってはそれを超えた備えをしておくことが重要となります。保険会社の視点からすれば、フロントオフィス、ミドルオフィス、バックオフィスを連携させ、組織の能力とシステムを顧客とのタッチポイントと統合する必要がある、と言えるでしょう。
つまり、さまざまな境界を越え、既成概念や障壁を打ち破り、サイロ(孤立化した部門や機能)を結合することで、組織のエコシステムに1つの変化が起きた時に、組織内の人、プロセス、技術全体にどのような連鎖反応が生じるかを予測し対応することができるようになるのです。
【図表1:“安心・健康”カスタマージャーニー】
2.必要となるケイパビリティ
顧客のトータルライフジャーニー各所とつながっている保険会社には1つの共通事項があります。それは顧客を中心にさまざまな接点を持つべく事業活動サービスを築いていることです。GAFAM(Google、Amazon、Facebook、Apple、Microsoft)などのデジタルファースト企業が出現して以来、顧客が24時間いつでもすぐに欲求が満たされることを期待し始めたことは周知のとおりです。AIやビッグデータ解析・活用といった先進的な技術を活用したサービスが次々に各産業で生み出され、顧客はそれらを利活用しています。ついには、顧客はいつでもどこでも望む方法で自分にパーソナライズされたサービスを受けられることを期待するようになっています。
保険分野でも顧客のライフジャーニー各所に保険だけでなく保険に隣接するサービスが見て取れます。このようなライフジャーニーにある顧客は保険加入を検討する際、保険会社や代理店のウェブサイトのほか、いわゆる比較サイトも含め、ネットで見つけた情報で保険に関する知識武装をします。少額短期保険事業者やネット完結型の保険会社のような新規参入者によって選択肢も増えたことから、顧客がどの保険会社を選択するのか、その選択はかつてないほど力を持っています。そのため、保険会社の間では他社より競争優位に立とうとし、顧客の期待の変化を察知しスピーディーかつ柔軟に対応できるように、顧客中心・アジャイル・デジタル化を重視した事業体へと変わるべく変革に挑んでいるのです。
このような変革やDX推進に重要となるケイパビリティとは一体どのようなものなのでしょうか。(1)企画・戦略(2)実行(3)組織・コラボレーションの3つの視点から考察します(図表2)。
【図表2:8つのケイパビリテイ】
(1)企画・戦略
保険会社はこれまで、保有しているデータの分析活動やアナリストに対する多額の投資をしてきました。そして大量かつ詳細な保有データから、保険数理計算等により新しい商品と新たな価格を生み出してきましたが、これはプロダクトアウト型です。
一方、顧客を中心にさまざまな方向で「つながっている」保険会社は、マーケットイン型であり、リアルタイムのデータに基づく洞察・分析を活用して、企業活動を顧客に対して最適化しています。顧客が求めるカスタマイズされた顧客体験を提供し、顧客が接する日常的なリスクに対してサポートする商品やサービスを提供するよう取り組んでいます。こうした事業活動により、顧客との関係を深め、収益性や事業成長を促進し、価格・商品・サービスなどの分野で革新が進むこととなるのです。
たとえば、顧客体験を中心に事業企画や事業戦略を描く保険会社は一歩引いて、自社を取り巻く環境にある企業や顧客に提供したい体験を設計するところから始めます。その後キャンペーンなど意図的な顧客体験をつくり、自組織内のあらゆる場所で同一の顧客対応が確実に得られるよう準備するのです。これによって着実に顧客からの評価を高めることができるとともに、企業にとって最も重要なビジョンを理解している従業員による事業活動を実現できるのです。
このような企画・戦略策定では「インサイト主導型の戦略とアクション」「革新的な製品・サービス」「デザインによるエクスペリエンス中心主義」といったケイパビリティが重視されています。
(2)実行
顧客がマーケティング部門、セールス担当者、あるいはサービスデスクのどこに最初にコンタクトしてきたかに関係なく、企業はオムニチャネル体験を提供し、ライフサイクル全般にわたって保険に関するニーズに対応することが求められます。DXを推進している保険会社は、そういった顧客視点に立って関連する事業体との関係を捉えています。複数の顧客接点で一貫した顧客体験を提供し、潜在顧客や既存顧客との関係を深めることができれば、顧客は大切に扱われていると感じます。顧客との約束を完遂しようとするならば、適切なオペレーション方法を導入し、効率よく俊敏に事業を運営することが重要です。
また、適切な意思決定のための分析手法やオペレーティングモデルを導入し、利用するサービスを適切に調達している保険会社は、収益性を伴いながら顧客との約束を守り続けることができています。保険業界は従来から多数の規則や、政策の影響で身動きがとりにくいため、金融サービス業界内の他のプレイヤーのサービスレベルに追いつくのに苦しんできました。新興のデジタル保険会社が最新のデジタルツールやフレームワーク・技術を採用し、保険事業の周辺にある関係企業・事業と連携する準備ができている一方で、主要大手保険会社はいまだにデジタルエコシステムの再構築に苦心するか、もしくは踏み出せていません。顧客とつながっていく保険会社はデジタル対応企業であり、柔軟性を持ち新しいデジタル技術を採り入れ、長期的に技術的負債の削減することに重点を置いています。
このような実行例では「シームレスな相互作用と商取引」「即応性の高いオペレーションとサプライチェーン」「デジタル対応の技術アーキテクチャ」といったケイパビリティが重視されています。
(3)組織・コラボレーション
顧客のライフジャーニーはさまざまであり、時代とともに変化しています。これらに適応する保険会社では、(1)や(2)で述べたようにその変化に対応すべく企画・戦略を描き、実行しきることに力点を置いています。その社内組織は環境変化を受け入れられるアジャイルな構造を持ち、会社が適切な時期に適切な人材を集め採用することに対して肯定的です。同時に、顧客中心の文化を育て、社員に対し、顧客との約束を果たし、業績を向上させるよう動機付けているのです。
このように組織内部に向けた視点に加え、顧客とつながる保険会社は、組織の外側でもパートナー企業と信頼関係を築き、ともに競争力を生み出そうとコラボレーションします。単独で競争力を生み出せる企業は少なく、どの企業もパートナー企業と協力しています。このような保険会社は、第三者との関係強化・統合や、第三者の管理をうまく行うことによって、商品化のスピードを高め、コストを削減し、リスクを緩和し、不足する能力を補って、顧客との約束を高次元で果たそうとします。
こういった組織・コラボレーションでは「従業員の連携と能力強化」「統合されたパートナーとアライアンスのエコシステム」といったケイパビリティが重視されています。
3.結び
執筆者
KPMGコンサルティング
ディレクター 長沢 貴裕
保険毎日新聞 2021年12月24日掲載(一部加筆・修正しています)。この記事の掲載については、保険毎日新聞社の許諾を得ています。無断での複写・転載は禁じます。