DX(デジタルトランスフォーメーション)という言葉が定着してからすでに3年以上(執筆時:2021年時点)が経過し、保険業界においてもさまざまな取組みが行われています。大きな成果を上げている企業がある一方で、多くの保険会社においては十分な成果を上げているとは言いがたい状況にあるのではないでしょうか。
本稿では、今まさに正念場となりつつある保険会社のDXについて、今後どのように取り組むべきかについて計5回にわたって論じていきます。

なお、本連載は、保険毎日新聞(2021年10月~2022年3月)に連載された記事の転載となります。以下の文章は原則連載時のままとし、場合によって若干の補足を加えて掲載しています。

1.環境認識

ITをはじめとする技術革新とその技術を活用した商品・サービスの進展が続いています。インターネットが世間一般に広まるとともに、それを通じた商品・サービスが次々に生み出され提供されてきました。その結果、総務省「家計消費状況調査(2人以上の世帯)」によると世帯主年齢層別でみても、インターネットを通じた消費支出はこの数年継続的に右肩上がりとなっています。2020年の60歳代のその水準は、2018年の20歳代の水準と近しくなっています(令和3年版消費者白書)。

世代を問わずインターネットを通じた商品・サービスへの消費は増える傾向が続いています。2020年は新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の拡大に始まり、現在まで感染の広がりには波があるものの、その影響は大きく、日本や世界各所で人々の社会生活の在りようを大きく変えてきています。この状況はここ数年のITをはじめとするさまざまな技術を用いたサービスの進展・浸透の速度を一段と進めたと言えるでしょう。人々の社会生活や消費行動、さらには消費ニーズや価値判断は、これら技術革新と社会情勢によって大きく変化しつつある時代を迎えていると考えられるのです。

2.保険会社の接している課題~‟安心”顧客ジャーニーの実現

このような時代においては技術革新により顧客体験が大きく変わっており、顧客の保険会社に対する期待は高まる一方です。KPMGでは「カスタマーエクスペリエンスの真実」(2020年発行)と題して、世界27ヵ国で延べ10万1,162人の消費者に対して、各業界各ブランド(調査企業:2,060社)に関する顧客体験の評価を実施しています。日本では5,016人の消費者に対して170社の調査を実施しました。顧客体験の評価にあたってはKPMGの「顧客体験6つの柱(Six Pillars)」を用いて顧客体験の要素を6つに分解し、その充足度合いを評価する手法を用いています(図表1)。その結果、顧客の期待はコロナ禍において大きく変わってきており、各企業はますます顧客の期待に応えていくことが重要であるとわかります。

【図表1:顧客体験6つの柱(Six Pillars)】

リスクパートナーとしてのDX_図表1

日本では保険業界は全体として業務効率化、営業チャネルの多様化や急速なデジタル化への対応等の取組みが進んでいる印象に反して、他業界に比べて顧客体験評価が相対的に低くなっています(保険業界は29業種中24位/図表2)。金融業界内で比較してみると、顧客体験のなかでも特に「期待充足度(顧客の期待を満たし、超えられているか)」や「親密性(顧客の状況を理解し、深い信頼関係を築けているか)」の項目が、保険業は他の金融業に比して評価が低い傾向にあります。

日本では他の産業と比べると金融・保険業界が提供する顧客体験への評価が低くても一定程度仕方がない、という論があることは否定しません。国によって制度や規制の在り方は異なっており、現時点の断面で保険会社ができることには違いや障壁もあるでしょう。しかし、今後あらゆる面でグローバル化は避けられず、いずれ日本の消費者も世界の消費者同様の価値評価、つまり、金融・保険業界の商品・サービスに対しても他産業水準の体験価値を求めるようになることは想像に難くありません。日本においてもデジタル庁が発足するほどさまざまな社会活動にデジタルを活用する機運は高まっており、早晩世界の感性に近しい消費者から世界水準で評価される時代が到来するでしょう。保険会社にはそれを見据えた打ち手が求められるのです。

【図表2:産業別 顧客体験のスコア】

リスクパートナーとしてのDX_図表2

下記は従来の保険事業そのものに関する顧客体験の向上について言及していますが、昨今ではヘルスケア領域へ事業を拡大する保険会社も多く見られます。KPMGではこれらの動きを“ヘルスエコシステムフレームワーク”として定義しています(図表3)。

【図表3:“安心”顧客ジャーニー】

リスクパートナーとしてのDX_図表3

このモデルは従来の“保険”顧客ジャーニーを最適化するという枠を超えて、“安心”顧客ジャーニーへと価値提供の幅を広げ、顧客に対するトータルリスクパートナーとしてビジネスモデル自体を変革する動きとして捉えることができます。すでに、伝統的な保険商品における保障引受の前後の段階、つまり、万一の事態に陥らないための予防やリスク低減の伴走者たる動き、そして万一の場合の金銭的支援に加えた現物の支給・体験サービスという伴走者たる動きそれぞれについて、新規事業や新規商品・サービスに取り組むパートナー事業体との協業宣言や実際にサービスの展開が始まっています。

ここでは、これまでのような「保障」の開始と終了の間の従来型保険商品・サービスにおける顧客接点から、保険事由の予防・顕在化リスクの低減からリスク顕在化後の金銭的支援以外のサービスへも顧客接点を増やし、顧客体験価値の向上を念頭に置いています。これからの時代は保険会社における顧客体験の比較相手は同業他社ではなく、異業種類似サービス提供事業者となってくるでしょう。エコシステムで協業するにせよ、自らサービスの担い手になるにせよ、先の調査結果にあるように保険会社の提供する顧客体験の評価が日本において他産業と比較して低位であっては、顧客やパートナー事業者から選ばれる存在にはなり得ません。保険会社がエンターテイメント業ほど、もしくは業界全体で第1位を目指すほどまでに評価を高める必要があるのか議論の余地はあるところですが、顧客体験の評価について、保険業界に対する評価の位置はこのままで良いのでしょうか。

一方、顧客側に目を向けると、世のなかのデジタル化の進展により自らさまざまな情報を収集し、自身の状態を分析把握できるようになっています。
加えて、具体的なニーズもダイバーシティの進展もあいまって、よりきめ細かく各顧客の状況に応じてパーソナライズされたカスタムメイド的なサービス提供に対価を支払う価値観へのシフトが加速することも考えられます。

3.まとめ

このように、今、保険会社はまさにビジネスモデルとオペレーティングモデルをトータルに見直す時期・必要性に接していると言えます。顧客に選ばれるような顧客視点・顧客体験を起点としたDX取組みの推進がキーとなるでしょう。先行的にDXに着手してきた海外プレーヤーは、コロナ禍にあって顧客体験の評価で他産業との比較においても競争力を維持しており、来る時代-フィンテックへの対抗に加え、融合や協業も視野に入れる時代への準備を着実に行ってきていると考えられます。日本の保険関係プレーヤーも既存ビジネスの安定的事業運営とともに、来る時代を見据え、“安心”顧客ジャーニーにおけるトータルリスクパートナーとなるために、顧客起点でのDX取組みをさらに加速させていくことに期待されます。このチャレンジは保険会社にとってはこれまでに経験したことがない課題であり、課題解決に向けては試行錯誤が必要となるため、物事の進め方にもアジャイル的なマインド・文化・アプローチを取り入れることが肝要と考えられます。

本連載では、先端技術を用いた事例やDX取組みの事例を紹介するとともに、何がDXに必要か、いかにDXを進めるかについて紹介していきます。

執筆者

KPMGコンサルティング
パートナー 角 雅博

保険毎日新聞 2021年10月29日掲載(一部加筆・修正しています)。この記事の掲載については、保険毎日新聞社の許諾を得ています。無断での複写・転載は禁じます。

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