有価証券・固定資産の減損・貸倒れなど ウクライナ情勢に伴う今3月決算の留意点

旬刊経理情報(中央経済社発行)2022年4月10日増大号に「有価証券・固定資産の減損・貸倒れなど ウクライナ情勢に伴う今3月決算の留意点」に関するあずさ監査法人の解説記事が掲載されました。

旬刊経理情報(中央経済社発行)2022年4月10日増大号に「有価証券・固定資産の減損・貸倒れなど ウクライナ情勢に伴う今3月決算の留意点」に関するあずさ監査法人の解説記事が...

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ポイント

  • 今回のウクライナ情勢は、グローバル経済の取引環境を大きく変化させて、企業活動に広範な影響を与え始めているが、影響の広がり方や収束時期等を予測することは困難であり、今後の動向について注視する必要がある。
  • 3月決算においては、企業が行う当該影響の見積り内容の不確実性の程度や重要性に応じて、財務諸表利用者の理解に資する情報を開示することが考えられる。

はじめに

2022年2月24日のロシアによるウクライナへの軍事行動の開始、およびその後のロシアに対する他国からの経済制裁等による一連の事象(以下、「ウクライナ情勢」または「本事象」という)は、グローバル経済の取引環境を大きく変化させている。

ロシアは資源・穀物の主要輸出国であり、これらの供給が失われることによる市場相場の上昇は、インフレ対処による政策金利上昇の一因ともなるなど、日本を含む多数の国々に広範囲にわたる影響を与える可能性がある。一方、ロシアやウクライナに重要な顧客や供給者、事業所がある場合には、施設の損傷や操業停止により、関連する資産の評価を見直す必要が生じる可能性があり、サプライチェーン断絶により取引が中止となる可能性もある。

このように、ウクライナ情勢の動向は、その広範囲にわたる影響によって、多くの企業の決算時に求められる会計上の見積り[1]などに対する不確実性を高める要因となっている。

本稿では、ウクライナ情勢に伴い、現時点で日本基準の3月決算に影響を与える可能性のある会計上・開示上の留意点を概観する。

なお、本文の意見にわたる部分は筆者の私見であることをあらかじめお断りする。

[1] 企業会計基準第24号「会計方針の開示、会計上の変更及び誤謬の訂正に関する会計基準」第4項(3)において、会計上の見積りとは、「資産及び負債や収益及び費用等の額に不確実性がある場合において、財務諸表作成時に入手可能な情報に基づいて、その合理的な金額を算出することをいう。」とされている。

会計処理の留意点

本事象によって、以下の項目が影響を受ける可能性がある。

(1)金融商品関連

本事象の影響による金融市場の不安定化(ルーブル安、金利上昇、インフレ進行、株価変動など)によって、金融商品に関してたとえば図表1のような点について検討が必要となる可能性がある。

(図表1)金融商品関連の影響

項目 本事象の潜在的な影響など
会計基準等
貸倒見積高の算定
  • ロシア・ウクライナ向け債権等の債権区分の見直し
  • 上記に対応する貸倒引当金の見積り
  • 金融商品会計基準※127項、28項等
有価証券の評価及び減損
  • 親会社の個別財務諸表における子会社株式および関連会社株式の実質価額の著しい低下に伴う減損の検討
  • ロシア市場における証券取引の制限等に伴う有価証券(BRICs投資信託等を含む)の時価算定及び減損の検討
  • 金融商品会計基準20項、21項、金融商品実務指針※291項、92項等
  • 時価算定会計基準※313項等
デリバティブ及びヘッジ会計
  • 金融市場の混乱(ルーブル安、金利上昇など)等に伴うデリバティブ契約の時価算定および観察可能性(為替予約、金利スワップなど)
  • ロシア大手銀行SWIFT※4排除、サプライチェーン断絶等の混乱によるヘッジ会計の継続・中止判断への影響
    • キャッシュ・フロー・ヘッジに係る予定取引の蓋然性(工場閉鎖、輸出入制限、または仕入先からの納入遅延や失注の影響)
    • ヘッジ会計の有効性判定
  • 金融商品会計基準25項、時価算定会計基準5項、13項等
  • 金融商品会計基準31項、33項、(注12)等

※1:企業会計基準10号「金融商品に関する会計基準」
※2:会計制度委員会報告14号「金融商品会計に関する実務指針」
※3:企業会計基準30号「時価の算定に関する会計基準」
※4:SWIFTは、加盟社が所有するグローバルな協同組合で、高度に安全化された金融メッセージングサービスを提供する金融業界の標準化団体であり、200以上の国又は地域で11,000以上の銀行、証券会社、市場インフラ、事業法人顧客を結んでいるとしている。

(2)非金融資産の評価

非金融資産の評価において、本事象の影響によりたとえば図表2のような点について検討が必要となる可能性がある。

(図表2)非金融資産の評価に関する影響

項目
本事象の潜在的な影響など
会計基準等
固定資産の減損
(のれんを含む)および耐用年数の短縮
  • 減損の兆候
    • 施設の価値・有用性に影響する輸出管理等の新たな経済制裁、労働力の制約による子会社の稼働率や収益性の著しい低下
    • 事業の閉鎖(施設の休止・放棄や損壊を含む)・売却の意思決定等
    • サプライチェーンの混乱に伴う原材料・部品調達の大幅遅延または調達困難
  • 減損損失の認識判定、および減損損失の測定(使用価値の算定)に際して見積られる将来キャッシュ・フローの基礎となる仮定の見直し
  • 回収可能価額の算定に際して用いられる割引率の上昇
  • 耐用年数が著しく不合理となった場合、減損損失の認識の判定後、耐用年数の短縮を検討
  • 固定資産の減損会計基準※1二1、固定資産の減損会計基準意見書※2四2.(2)1、固定資産の減損会計基準注解※3(注2)、固定資産の減損適用指針※486項等
  • 固定資産の減損会計基準二4等
  • 固定資産の減損適用指針第45項等
  • 繰延税金資産の回収可能性
  • 収益力低下に基づく将来の課税所得の減少による繰延税金資産の回収可能性の見直し
  • 事業売却等の計画を踏まえた子会社・関連会社投資に係る税効果の認識・測定
  • 回収可能性適用指針※56項(1)、59項等
  • 税効果適用指針※622項、23項等

※1:企業会計審議会「固定資産の減損に係る会計基準」
※2:企業会計審議会「固定資産の減損に係る会計基準の設定に関する意見書」
※3:企業会計審議会「固定資産の減損に係る会計基準注解」
※4:企業会計基準適用指針第6号「固定資産の減損に係る会計基準の適用指針」
※5:企業会計基準適用指針第26号「繰延税金資産の回収可能性に関する適用指針」
※6:企業会計基準適用指針第28号「税効果会計に係る会計基準の適用指針」

(3)収益認識、引当金、保険、退職給付債務

資産の評価のほか、本事象により図表3のような点についても検討を要する可能性がある。

なお、本事象に関連して発生する費用等について、損益計算書上の特別損益項目として区分表示することの適否についても、検討対象となる場合があると考えられる。

(図表3)収益認識、引当金、保険、退職給付債務への影響

項目 本事象の潜在的な影響など
会計基準等
収益認識
  • サプライチェーンや生産の混乱、労働力の制約、渡航制限に起因する予想の変化による、顧客との収益取引の不確実性の増大
    • 顧客の信用リスク
    • 顧客からの解約や契約変更の増加
    • 契約を履行する能力
    • 取引価格に影響する新たな顧客インセンティブ(支払期間の延長など)
    • 本事象による経済変動が影響を及ぼす可能性のあるその他の見積り(進捗度の見積りなど)
  • 収益認識会計基準※150項-54項、収益認識適用指針※223項-25項等
  • 収益認識会計基準19項(5)、第117項等
  • 収益認識会計基準28項-31項等
  • 収益認識会計基準19項-26項等
  • 収益認識適用指針48項等
  • 収益認識会計基準41項-45項等
引当金
  • 仕入価格上昇による受注損失引当金等の計上
  • 事業売却・撤退等による事業再構築引当金などの計上
  • 収益認識適用指針90項、91項、162項等
  • 企業会計原則注解※3(注18)
保険
  • 保険金収入の計上※4(保険金請求の対象となるかの評価)
退職給付債務
  • 数理計算に用いる計算基礎の変動による退職給付債務の計算への影響
  • 退職給付適用指針※514項等
換算レート
  • 外貨換算を行うための適切な換算レートの入手可能性
  • 在ロシア子会社等の決算日が連結決算日と異なる場合の当該在ロシア子会社等の貸借対照表項目の換算レート(子会社の決算日と連結決算日との差異期間内において為替相場に重要な変動があった場合、連結決算日に正規の決算に準ずる合理的な手続きによる決算を行い、連結決算日の為替相場で換算)
  • 外貨建取引等会計基準※6-1、外貨建取引等会計基準注解※7注2、注8等
  • 外貨建取引等実務指針※833項

※1:企業会計基準第29号「収益認識に関する会計基準」
※2:企業会計基準適用指針第30号「収益認識に関する会計基準の適用指針」
※3:企業会計審議会「企業会計原則注解」
※4:保険金収入が論点となった事例として、日本公認会計士協会「東北地方太平洋沖地震による災害に関する監査対応について(会長通牒平成23年1号の1.(1)1に、「なお、固定資産や棚卸資産に対する損害保険の付保による保険金の受取りについて、仮に受取保険金の確定までにかなり時間を要する場合には、実務的対応として保険に関してその付保状況を注記において説明するケースが生じることが考えられる」とされている。
※5:企業会計基準適用指針第25号「退職給付に関する会計基準の適用指針」
※6:企業会計審議会「外貨建取引等会計処理基準」
※7:企業会計審議会「外貨建取引等会計処理基準注解」
※8:会計制度委員会報告第4号「外貨建取引等の会計処理に関する実務指針」

開示の留意点

(1)財務情報における注記

本事象は、経済、企業活動に広範な影響を与える事象である点、また、今後の影響の広がり方や収束時期等を予測することは困難であり、会計上の見積りを行ううえで、将来キャッシュ・フローの予測を行うことが極めて困難な状況が想定され得る点において、新型コロナウイルス感染症の影響と類似する側面もあると考えられる。

このため、会計上の見積りを行ううえでは、本事象のように不確実性が高い事象の影響についても、企業が一定の仮定を置いて最善の見積りを行うことが求められ、その内容について、財務諸表利用者の理解に資する情報を開示することが必要と考えられる[2]

これらを含め、注記開示にあたっては、本事象の影響によりたとえば図表4の点に留意する必要があると考えられる。

[2] 企業会計基準委員会議事概要「会計上の見積りを行う上での新型コロナウイルス感染症の影響の考え方」(2021年2月10日更新)、および企業会計基準31号「会計上の見積りの開示に関する会計基準」(以下、「会計上の見積り開示会計基準」という)4項参照。

(図表4)財務諸表の注記への影響

項目
本事象の潜在的な開示上の影響など
会計基準等
会計上の見積り
  • 金額の算出方法、主要な仮定、翌年度の財務諸表に与える影響
  • 会計上の見積り開示会計基準4項、8項等
金融商品の時価等
  • 金融商品の時価のレベルごとの内訳等に関する事項(従来観察可能とされていたインプットが、観察不能となる可能性など)
  • 金融商品時価開示適用指針※15-2項等
後発事象
  • 決算日後に発生した事象が修正後発事象又は開示後発事象のいずれかに該当する可能性
  • 後発事象に関する監査上の取扱い※23等

※1:企業会計基準適用指針第19号「金融商品の時価等の開示に関する適用指針」
※2:監査・保証実務委員会報告第76号「後発事象に関する監査上の取扱い」

(2)非財務情報の開示

財務情報は前記(1)のとおりであるが、「事業等のリスク」におけるウクライナ情勢の影響および対策、「経営者による財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況の分析(MD&A)」における業績や資金繰りへの影響分析、経営戦略の変更内容などを記載することが考えられる。

おわりに

本事象のグローバル経済に与える潜在的な影響は急速に展開している。本3月決算においては、財務諸表利用者の理解に資する情報を開示できるように、今後の進展を継続的に注視する必要があると考えられる。

執筆者

有限責任 あずさ監査法人
シニアマネジャー 公認会計士
荒井 謙二(あらい けんじ)

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