監査役会の実効性評価の実務と課題(後編)
月刊監査役(公益社団法人日本監査役協会)731号 2022年2月号の「監査役会の実効性評価の実務と課題(後編)」にあずさ監査法人の解説記事が掲載されました。
月刊監査役(公益社団法人日本監査役協会)731号 2022年2月号の「監査役会の実効性評価の実務と課題(後編)」にあずさ監査法人の解説記事が掲載されました。
ハイライト
この記事は、「月刊監査役(公益社団法人日本監査役協会)731号 2022年2月号」に掲載したものです。発行元である公益社団法人日本監査役協会の許可を得て、あずさ監査法人がウェブサイトに掲載しているものですので、他への転載・転用はご遠慮ください。
I.前編より
前編では、関連規定を概観したうえで、監査役会の実効性評価を意識した活動はされていても、評価自体を行っている企業は少数にとどまっていることを説明した。これを受けて後編では、実効性評価とはどういうものなのか、どのようにすれば意味のある実効性評価が実施できるのか、どのような開示が考えられるのか、国内企業の先行事例や過去20年にわたり監査委員会の実効性評価を実施している米国の実務も参考に、そのポイントや課題について御紹介する1)。
II.監査役会等の課題と対応
監査役は、取締役会と協働して会社の監督機能の一翼を担い、株主の負託を受けた法定の独立の機関として、取締役の職務の執行を監査することにより、良質なコーポレートガバナンス体制を確立する責務を負っている。その中核業務である業務監査及び会計監査の範囲は広範にわたる一方で、グローバル化の進展、グループ企業のみならず事業のパートナー、サプライヤー、ベンダー等に拡大した関係組織がもたらすオペレーションやコンプライアンス上のリスクから、企業文化、サイバーセキュリティ、新たなテクノロジーに関するリスクといったように、監督責任の対象となる企業を取り巻くリスクは多様化・複雑化している。
それでは、監査役会の課題解決のためにどういったことに注視すべきであろうか。企業を取り巻く環境が大きく変化する中での問題解決は終わりのない取組であると考えられることから、監査役会の実効性向上と効率性に焦点を当て、年間の活動状況を踏まえたPDCAサイクル(図表1 参照)を回し、監査役会のメンバーのスキルマトリックスや人員構成の再評価も含め、継続的な改善を行うことが重要である。
それにはまず、図表1にあるように、Iのフェーズとして、監査役会のパーパス・責務を明確化し、監査役会を構成するメンバー間で議論し、共有し目線を合わせることからスタートすることである。ここで共有されたパーパス・責務に基づき、監査計画を策定し、監査の重点項目を設定することがIIのフェーズとなる。
そして策定された計画に基づき、IIIのフェーズとして監査のプロセスを遂行し、その後、そのプロセスを振り返って、最初に設定した責務を果たせているかという観点から、IVのフェーズとして年次の自己評価を実施し、次年度の監査の改善につなげるというサイクルである。
この四つのフェーズによりPDCAサイクルを回していくこと、これが課題解決のために必要な対応であると考える。
図表1 監査役会の実効性向上のポイント
1.監査役会のパーパス・責務の明確化
まずIのフェーズについて、日本監査役協会の「監査役会規則(ひな型)」によると、監査役会規則に監査役会の職務は規定されているものの、監査役会の目的規定はない。2021年7月13日改定前は、監査役会の目的を規定する条文が存在していたが(旧第3条)、監査役会規則自体が「組織としての運営事項」を定めるとの趣旨から削除された。もっとも、旧第3条は「監査役会は、監査に関する重要な事項について報告を受け、協議を行い、又は決議をする。ただし、各監査役の権限の行使を妨げることはできない。」と規定され、監査役が独任制であることに関連して監査役と監査役会の関係を整理するための規定であったようである2)。いずれにしても、監査役会規則においては、「監査役会の職務」は規定されているものの、「監査役会の目的」を定める規定はないことから、監査役のメンバー間においてパーパスが明確に共有されていない可能性があるのではないかと考える。
ここでいう監査役会のパーパスとは、日本語では「存在意義」などと訳されることもあるが、あるべき姿などと言い換えてもよいかもしれない。監査役がその役割を適切に果たし、監査役会が実効性を持って機能するための羅針盤になるものを想定している。パーパスがあることで、個々の職務の背景にある趣旨や目的が明確となり、職務の意味付けや創意工夫を促すことができる。また、長期雇用を前提とした企業では特に、人事ローテーションの延長線上で監査役に任命されるケースも少なくないと思われるが、就任当初からメンバー間で、パーパスを共有し、それを意識して活動することは執行からの独立性確保にもつながる重要なポイントであると考える。
米国では、ニューヨーク証券取引所(NYSE)の上場規則により、監査委員会規則(audit committee charter)に監査委員会のパーパスを規定することが求められており(NYSE上場規則303A.07(b)(i))、これに基づき、「取締役会が(i)会社の財務諸表の完全性、(ii)法的及び規制の要求事項の遵守、(iii)会社の外部監査人(独立監査人)の適格性と独立性、(iv)会社の内部監査機能及び独立監査人のパフォーマンスに関連する監督責任を果たすための支援を提供すること」などと定めている3)。これを日本に置き換えてみると、例えば、「監査役会のパーパスは、取締役の職務執行の監査を通じ、健全で持続的な成長と中長期的な企業価値向上に貢献すること」などとすることが考えられる。
パーパスは会社の状況や変化に応じて変わってくると考えられることから、社外監査役も含めて目線合わせをすることが重要なポイントとなる。こうして共有されたパーパスは、後述する実効性評価を行う際のベースとなる。
2.監査計画の策定・重点項目の設定
次にIIのフェーズの「監査計画の策定・重点項目の設定」である。ここでは、前述のとおり監査役会の課題は拡大するとともに多様化し、複雑化する中、影響が大きな課題にフォーカスできているかがポイントとなる。リソースには限りがあり、全ての課題に平等に対応することはできないことから、企業にとって最も重要な事項に焦点を当てることが重要となる。そして、企業にとって最も重要な事項を特定するには、経営者や内部・外部監査人からのインプットが欠かせない。
あわせて、監査役のメンバーのリソースを所与とした、解決可能で現実的な課題の設定となっているかの確認も必要である。監査計画の策定・重点項目の設定に当たっては、前年度の監査役会の実効性についての分析・評価の結果を踏まえることが重要となる。
3.監査プロセスの遂行
IIIのフェーズの「監査プロセスの遂行」については、通常の監査のプロセスに関する事項である。このフェーズにおいては、以下のような点に留意しつつ、監査計画に従って三様監査やリモート会議の活用など、実効的かつ効率的に監査を遂行することが重要である。
(1)データ以外の情報源の確保や定例会議への出席以外の活動
何らかの有意な情報を得たならば、ビジネスが直面する課題について議論し、インサイトを提供すること、そして議論の場にいる全員がリスクを理解しているか、リスクがいかに低減されているか、どのような内部統制が整備されているか、それらが機能しているかを調査することが必要となる。これについては、一義的には第三のディフェンスラインである内部監査部門が確認することになるため、監査役の監査においては、ルールの適合性にとどまらず内部統制の仕組み自体や運営方法の妥当性にフォーカスする必要がある。
(2)会議の効率化やエグゼクティブセッションの活用
取締役会に対しても同様の取組が求められているが、監査役会についても同様に会議を合理化し、議論や質問により多くの時間を割くために、検討すべき課題をハイライトした質の高い事前資料を要求し、構成員にそれらを読むように求めることが必要である。具体的には、執行サイドのプレゼンテーションやパワーポイントの使用を極力制限する工夫が考えられる。常勤監査役は、経営会議などの社内の重要な会議にオブザーバーとして出席することが多いことから、どの会議に出席するかといった判断も重要である。
また、非公開で実施する独立社外者のみを構成員とする会合(エグゼクティブセッション、コーポレートガバナンス・コード(以下、「CGコード」という。)補充原則4-8(1))を活用し、定期的に重要な事象に関する議論や共通のリスク認識が持てる機会を作ることも有用であろう。
(3)正式な会議までの期間の有効活用
監査役会が関与する領域は広く、深いため、特に大規模で複雑なグローバル企業においては、監督業務は膨大な時間を要するものとなっている。監査役会が真の効果を発揮するには、本社の外から物事を見て、オフィスや職場の人々と話すこと、常勤監査役が、定例会議の合間に経営者や外部監査人と会い、懸案となっている議題について、より詳細な議論を行うことは極めて適切であり、望ましいことである。
(4)監査役会のリーダーシップによる健全な文化の醸成
監査役会の実効性は、各監査役の知識、経験、コミットメント、独立性などの重要な要素や、メンバー構成、経営者や内部及び外部監査人との関わり合いの質などに依存する。さらに重要なのは、監査役会によるリーダーシップである。監査役会が健全なカルチャーを具備しているかは容易に観察することができる。監査役会はオープンな話合いや討議、メンバーによる質問や経営者による調査を奨励する。異なる意見や反対意見をも奨励し、それをむしろ積極的に求める。監査役は、自らの考えを伝え、互いに十分に耳を傾け、コンセンサスの形成に取り組む必要がある。
4.年次の自己評価
IVのフェーズの「年次の自己評価」に関しては、自己評価を行うことで次年度に向けた課題を明確化すること、株主等への報告や対話において有益な情報の提供が行われているかといった点がポイントとなる。つまり、監査役会の実績評価を年次ベースで行い、見える化できているかという点が重要である。この際、監査役のメンバー構成(スキルマトリックス)を前提に検討することとなるが、場合によっては、将来に向けて監査役の選任プロセスについても議論が及ぶことも想定される。
このように監査役会の実効性評価は、監査役会の課題を解決するためのPDCAサイクルを回すうえで不可欠なプロセスであり、また、成果が見えにくい監査という業務の性質上、このように年次で業務レビューを実施することで、効率的にできているかを自ら振り返ることができる。こうした取組は、監査役会が株主に対する説明責任を果たすうえでも必要であろう。
III.実効性評価の実施方法
1.実効性評価とは
米国では、監査委員会の実効性評価は、過去20年にわたり注目を集めているベストプラクティスであり、上場企業の取締役会がコーポレートガバナンス・ガイドラインにおいて取締役会評価に言及し、委員会規則において監査委員会の年次評価を提供することを要求するNYSEの上場要件としてもサポートされている。
実効性評価には自己評価と第三者評価がある。英国CGコードでは、定期的に取締役会の外部評価を受けることを検討する必要があるとされ、FTSE 350企業では、これは少なくとも3年ごとに実施すべきであるとされている(英国CGコード第21項後段)。
自己評価については、そのプロセスの実施を通じて、監査委員会はその文化、結束力、プロセス及びパフォーマンスを検討する機会を得ることができる。また、委員が自身の役割と責任を認識する機会にもなる。実効性評価の手法については後述するが、いかなる評価プロセスであっても、メンバー間で継続的に改善できる議論に達するものにする必要がある。また、第三者評価については、評価の客観性が確保できること、独立第三者の視点を入れることで自己評価プロセスを改善できることといったメリットもあるため、取締役会評価と同様に、定期的に実施することも検討の余地がある。
2.実効性評価の手法
自己評価は、図表2で示した方法の一部又は全ての方法により実施する。これらを組み合わせて実施することも可能である。例えば、(1)書面による調査又は(2)インタビューにより機密性を保持した方法で情報を取得し、その後に(3)ファシリテーターを交えたディスカッションを実施することや、(1)調査票を送った後でフォローアップのための簡単な(2)インタビューを行い、最終的に(3)ファシリテーターを交えたディスカッションを行うことなどである。
どのような形式を使用する場合でも、評価の目的は、監査役会をいかに機能させるかを慎重に検討し、討議することである。慎重な検討と討議は生産的な評価のカギとなる。討議の結果、改善のための変更が有益であるとの合意に至った領域があった場合は、適切なフォローアップが重要となる。また、自己評価の手法は一旦決めたら変更しないといったようなものではなく、例えば、インタビューとアンケートを交互に行うなど、定期的に手法を変更することも効果的な実効性評価のための一案である。
図表2 自己評価の方法
手法 | 説明 |
---|---|
(1)書面による調査 | 機密性を保ちつつ、さまざまな見解を得るための効率的な手段を提供するが、見解の十分な説明を引き出せない可能性がある。 |
(2)インタビュー | 時間がかかる反面、より十分に見解を得られる可能性が高い。 |
(3)ファシリテーターを交えたディスカッション
|
委員同士が見解を共有し、認識された懸念に対応するために必要となり得るガバナンスに関する変更の可能性を議論し、合意に達する機会を提供する。この方法による議論は、緊張感を取り除くのに役立つ場合がある。また、プロセス全体を合理化するために、この方法での議論を単独で行うことも考えられるが、調査やインタビュープロセスを併用しない場合、より機密性の高いインプットを得る機会が提供されないことに留意が必要である。 |
出所:KPMG「『KPMG Audit Committee Guide2021』より 監査委員会の実効性向上のために‐日本企業の監査役等のさらなる機能発揮によるガバナンス向上を目指して‐ 」(2021年6月)サンプルC「監査委員会評価フォーム」、38頁。
3.実効性チェックリスト
図表3は米国の監査委員会評価フォームのサンプルに基づき、我が国における会社法やCGコード、監査役監査基準の要求事項や日本企業のプラクティスを踏まえて、日本企業向けにアレンジを加えたものである。これによる監査役会実効性評価の枠組みは、以下のとおりである。
- 監査役の役割・責任
- 監査役の資質・知見
- 監査役の選解任
- 監査の方法等の適切性
- 監査役会の運営
- 関係者とのコミュニケーション
- 内部監査部門との連携
- 監査役会の環境整備
チェックリストの最初の項目に「監査役会規則及び監査役監査基準等に定められた義務を効果的に遂行しており、実効性を有しているか」を掲げているが、適切な評価を実施するためには、あらかじめ該当する規則等を明確化しておくことが重要である。この評価項目は、その次の「監査役会規則等に基づく監査役会の責任の範囲と定義は明確かつ適切か」に関する評価も含めて、善管注意義務の遵守という観点はもとより、前述のとおり、監査役会のパーパスを踏まえて、監査役会の責務が監査役会規則等に落とし込まれているかについて評価できれば、より効果的な成果が得られるであろう。また、チェックリストで提示する項目は飽くまで参考であり、各社の状況や課題認識に応じて適宜カスタマイズして利用することが有用である。
なお、評価は4段階で設定している。日本人は中庸を好む傾向があることから、真ん中の評価を設定せず、評価項目に同意するか、同意しないのかを明確にする趣旨によるものである。
図表3 監査役会実効性評価のチェックリスト(例)
監査役会実効性評価 チェック項目 ※事前にあるべき姿を明確化した上で評価を行ってください |
評価 1.そう思う 2.ややそう思う 3.あまり思わない 4.思わない |
評価理由 コメント |
|||
---|---|---|---|---|---|
1 | 2 | 3 | 4 | ||
1. 監査役会は、監査役会規則及び監査役監査基準等に定められた義務を効果的に遂行しており、実効性を有しているか。 | |||||
2. 監査役会規則等に基づく監査役会の責任の範囲と定義は明確かつ適切か。 | |||||
3. 監査役会は、十分な審議の機会を確保する方法とスケジュールで実施しているか。 | |||||
4. 監査役会は、年間を通じて適切な回数の会議を実施しているか。 | |||||
5. さまざまな見解の表明、意見の不一致の議論、コンセンサス形成を支援する適切な会議プロセスによって、監査役会は前向きなカルチャーと環境を維持しているか。 | |||||
6. 監査役会のアジェンダおよび会議に先立って提供される情報は質が高く、重要な課題について、十分な情報に基づく議論を行うための手助けとなっているか。 | |||||
7. 会議に先立って監査役会に提供される書面による資料の分量は適切であるか。 | |||||
8. 監査役会は、定期的に社外取締役との間で自社の内部統制上の脆弱点やリスクに関する議論を行っているか。 | |||||
9. 監査役会は、定期的に社長との間で自社の内部統制上の脆弱点やリスクに関する議論を行っているか。 | |||||
10. 監査役会の運営プロセスは、監査役会の実効性と効率性をサポートするものとなっているか。 | |||||
11. 監査役会から取締役会への報告は適法に行われ、実効的かつ有益なものとなっているか。 | |||||
12. 監査役会と会計監査人との協議のタイミング・頻度・内容は適切なものとなっているか。 | |||||
13. 監査役会は、内部監査部門からその監査結果について報告を受け、必要に応じ、その権限の範囲において調査を求め、又は具体的指示を出すなど、内部監査部門と日常的かつ機動的な連携を図るための体制を整備しているか。 | |||||
14. 監査役会の構成は適切であるか。 | |||||
15. 財務・会計に関する十分な知見を有している者が1名以上選任されているか。 | |||||
16. 監査役会議長を選任している場合、その役割を効果的に果たしているか。 | |||||
17. 監査役の選解任プロセスは透明性・公正性があり、かつ適切に運用されているか。 | |||||
18. 会社は、監査役会が適切かつ十分な運営を行えるよう、体制面・費用面から十分なサポートを行っているか。 |
出所:KPMG作成
このようなチェックリストに基づき個々に評価を実施してみると、それぞれのメンバー間の認識の違いが明確になる。例えばその違いは、社内と社外の目線や、常勤・非常勤の違いかもしれない。社内か社外か、常勤か非常勤かによって、独立性・客観性、社内情報へのアクセスの濃度、日々の監査活動の有無という観点からおのずと違いが出てくるはずである。その違いをメンバー間で議論することにより、情報共有の在り方など何らかの改善に向けた気付きが得られるかもしれない。これが実効性評価の最大のメリットといえる。
4.自己評価の実施に向けたプロセス
監査役会の実効性評価の実施を行うには、監査役会においてその実施の是非について議論し、承認を得ることが必要である。監査役会規則等において毎年自己評価の実施について規定し、規程の改定について承認を得ることも考えられる。2021年12月には監査役監査基準等の改定が行われており、これによる監査役会規則等の見直しを行う企業も多くあると思われることから、このタイミングで改めて監査役監査基準第37条の規定の趣旨を踏まえて、規程の改定について検討することは時宜にかなっていると思われる。
また、監査役会の評価の実施とその結果については、取締役会に報告を行うべきと思われる。こうしたことにより、監査役会の活動に関して取締役会の理解を得ることが肝要である。
5.監査役会の実効性評価の結果の開示
有価証券報告書における「監査役会等の活動状況」の開示事項として、具体的に例示されている事項は、監査役会等の開催頻度、主な検討事項、個々の監査役等の出席状況及び常勤の監査役の活動等であり(企業内容等の開示に関する内閣府令第二号様式記載上の注意(56)a(b))、監査役会の実効性評価の結果の開示については明示されていない。しかしながら、監査役会等の活動の実効性を判断するために必要な情報の開示という趣旨を踏まえると、監査役会の実効性評価を実施するのであれば、その結果の概要の開示も併せて検討することが望ましい。開示内容としては、先行事例も踏まえると、評価結果のみならず、実効性評価の目的や評価の手法、評価のプロセス、課題等まで開示するのがよい。
米国でもNYSEの上場規則に実効性評価の結果の開示に関する規定は見当たらない。NYSEの上場規則では、上場会社に対し、コーポレートガバナンス・ガイドラインを適用し、開示しなければならないとしているが、当該ガイドラインに取締役会の年次評価について規定し、取締役会及びその委員会が有効に機能しているかどうかを判断するため、少なくとも年次の自己評価を実施することを求めている(NYSE上場規則303A.09)。その上で開示に関しては、監査委員会に対し、監査委員会の年次の業績評価について規定した監査委員会規則を策定し、年次報告書(Form10-K)等において、監査委員会規則がウェブサイト上又はウェブサイトのアドレスを通じて入手可能であることを開示することを求めるにとどまる(NYSE上場規則303A.07(b)(ii))。ただし、実際の開示を見ると、監査委員会の実効性評価にフォーカスされてはいないものの、取締役会の評価プロセスの一環として委員会の評価のプロセスについても説明されている例も見られる。
英国でも、CGコードには監査委員会の実効性評価の結果の開示に関する規定は見当たらないが、英国財務報告評議会(FRC)が公表している「監査委員会に関するガイダンス」4)によれば、株主とのコミュニケーションを規定したセクションにおいて、年次報告書に、監査委員会委員長によって署名された、監査委員会の業務を説明するセクションを含める必要があるとし、そのセクションには、監査委員会の業績評価がどのように実施されたかを含める必要があるとしている(第80項、第81項)。
おわりに
監査役会の実効性評価は、日常の監査業務に組み込むことでPDCAサイクルを回し、従来の業務内容や運営方法を振り返り、継続的な改善につなげることができるということからも有用である。もっとも、米国においても、NYSEの上場規則で要求される年次の自己評価プロセスは必ずしも生産的なものではないとされており、実施が負担となる面もあるものと思われる。よって、米国のように制度に組み込まれ、外部からの要請により初めて実施するというよりは、任意の取組であるうちに創意工夫しながら主体的に取り組むことが、より有効な評価につながるものと思われる。何より自己評価プロセスを最大限に生かすには、その必要性について監査役全員の理解を得ることが最も重要である。このため、実効性評価について中心的な役割を果たす常勤監査役がその必要性を理解することが出発点となる。
例えば、機関投資家とのエンゲージメントにおいて、監査役会の実効性について直接問われることがなければ、必ずしもその必要性を実感できるものではないかもしれない。しかし、コロナ禍を経て、企業を取り巻く外部環境の変化はますます著しく、かつその変化のスピードも速くなっている。企業はそうした複雑で困難なリスクを把握し、管理していかなければならず、監査役は取締役会と協働してその監督責任を負っている。
監査は毎年繰り返される営みであり、不祥事など大事に至らないことが成果であるともいえるため、ともすれば前例踏襲的に決められたことを実施すれば足りるというマインドに陥りがちであるが、それで社内のみならず、社外の変化にも対応する責任を果たせているのか。監査役メンバーの限られた時間と専門知識を所与として適切に責任を遂行するため、監査の優先順位は適切か、重要な事項に焦点が当てられているのか。これまでの監査の手法で問題ないのか。監査役スタッフの配置は適切か。あるいは、企業価値向上のために、監査役の「守りの機能」だけではない能動的・積極的な行動ができているのか。
このように考えると、自己評価の機会をうまく活用して、各監査役が監査役会のパーパスに立ち返って、自身の役割と責任を認識するとともに、監査役会全体として改善に向けた議論を行うことは有意義な活動ではないだろうか。そして、その活動結果を開示することが株主からの負託に応えることになる。
本稿が、監査役会の実効性向上に向けた取組の参考になれば幸いである。
【注】
1)本稿の執筆に当たっては、実際に監査役会の実効性評価を実施されている監査役の方から有益なコメントを頂いた。また、以前より監査役会実効性評価の活用の有用性を提唱され、この分野の第一人者ともいえる、公認会計士で筆者の所属する組織のOBでもあり、多くの企業の社外役員を歴任されている伊東敏氏には、貴重な資料とともに多くの有益な御示唆やアドバイスを頂いた。ここに記して感謝の意を表したい。なお、本稿の意見にわたる部分は全て筆者の個人的な見解であり、本稿にあり得べき誤りは全て筆者に帰するものである。
2)旧第3条は削除されているが、それに相当する事項は監査役監査基準において記載されており(監査役監査基準第6条)、監査役の職務上の法的な責任・義務において、その重要性に変化が生じているわけではない(日本監査役協会「『監査役会規則(ひな型)』等の改定について」(2021年7月13日)2頁)とされる。
3)KPMG「『KPMG Audit Committee Guide 2021 Edition』より 監査委員会の実効性向上のために‐日本企業の監査役等のさらなる機能発揮によるガバナンス向上を目指し‐」(2021年6月)サンプルA「監査委員会規則」16頁。
4)Financial Reporting Council(FRC), Guidance on Audit Committees, April 2016.
執筆者
有限責任 あずさ監査法人
パートナー 公認会計士
和久 友子(わく ともこ)