本稿では、スマートシティのなかでもフィジカル・サイバー両空間における「セキュア」領域について、将来影響を及ぼし得るトレンドや、それらに対するアプローチを整理します。たとえば、関連の深い防犯、防災・減災、防疫分野に着目すると、センサー、カメラ、ドローンといったエッジデバイス・ロボティクスの活用などにより、犯罪に備えた監視・警備や検知や、発災時の速やかな捜索・救助・支援活動の高度化が挙げられます。
そして、これらのアプローチを進めていくなかで、監視・検知といった挙動に対する市民感情へ向き合うことの重要性について考察します。
1.スマートシティにおける「セキュア」とは
セキュアは元々、安全、安心、頑丈、堅牢、等の意味を持つ言葉です。スマートシティにおける「セキュア」には、(1)フィジカル空間上の安全・安心を担保すること、(2)サイバー空間上の安全・安心を担保すること、という2つの側面が含まれます。したがってこれ以降、本稿内の「セキュア」においても、この2側面が包含されているものとして進めます。
2.セキュアに影響を及ぼす社会メガトレンド
セキュアの近未来に向けた社会課題には、どのようなメガトレンドが予想されるのでしょうか。人口・経済・地政学・技術・環境・エネルギー・資源などさまざまな観点で分析すると、2030年に想定される脅威としては主に下記の4つが挙げられます。
- 自然災害の被害拡大
2030年には、地球全体の気温が上昇することで台風や大雨をはじめとした水害などが頻発することが予見されています。また、都市部への人口集中が進み1,000万人都市が41都市まで、500-1,000万人都市が63都市まで増加すると言われています。したがって規模の大きい地震が都市直下型で発生した場合、これまで以上の規模で人類が被災することは言うまでもありません。 - 社会の分断によるテロ・犯罪等の激化
国際的には米中の対立が深刻化し、両国はもちろんその関係国間においてもパワーバランスが不安定となっています。米国が持つ世界の秩序形成への影響力が弱まる一方で、中国は、国際秩序維持の役割を担う意思を垣間見せています。しかしながら実際に各国が中国をリーダーと認めるかどうかについては懐疑的な状況です。国際的なリーダー不在のなか、グローバルな連帯は弱まり、国際情勢はさらに不安定化していく可能性が高いと言えます。他にも、前項で述べたような温暖化により飢餓が進行するなどすれば、限られた資源を巡ってさらなる社会的分断が生まれ、集団間での争いが勃発する可能性も高まっていくと考えられます。 - 半永続的なパンデミックへの対応
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミック収束の目途がいまだ立っていない状況が示すように、技術・医学の進歩が進んだ今日においても、人類は依然として未知の病原体によって制約付きの生活を余儀なくされます。今後、コロナウイルスの猛威が収まったとしても、気温の上昇により永久凍土が融解し、有害な細菌やウイルスが出現する可能性も研究のなかですでに危惧され始めています。 - テクノロジーの進化によるサイバー上での攻防戦の激化
またテクノロジーの進化によって、リアル・デジタル空間において高知能犯罪が多様化していくことも想定されます。IoT、制御システム、仮想通貨を含むフィンテック、サプライチェーンを狙った攻撃等により、従来の情報漏えいに加え、金銭被害、人的被害等、経済社会の持続的な発展や国民生活の安全・安心を脅かすことになりかねません。すでに一部の金融機関や重要インフラへのサイバーアタックによって国家の関与が疑われる大規模な事案も発生しており、こうしたリスクには高い緊迫性があります。
3.将来起こり得る脅威に対するアプローチ
これまで述べてきたような今後予見されるさまざまな環境の変化とそれにより想定される脅威への適応策としては、根本原因の解消・抑止を目的とするアプローチと、発生事象による影響を最小限に留めるアプローチの2種類が想定されます。具体的なアプローチのイメージとして、気候変動を例にとりますと、将来の気温上昇を抑止するために講じるカーボンニュートラル等の緩和的アプローチが前者に該当し、気候変動によって生じる災害への備えを講じるアプローチが後者に該当します。
ここで、セキュアの実現に向けて必要となる上記2種のアプローチを紐解いてみましょう。
まず前項で述べた社会メガトレンドから、今後我々の安全・安心に影響を及ぼし得る社会課題を起点として、業界課題、個別事業課題へとブレイクダウンした結果を下図に示します。このうちセキュアに特に関連する部分として防犯、防災・減災、防疫関連に着目すると、根本原因の解消・抑止のアプローチとしては、サイバー空間で高度化するハッキングへの防御・検知、物理空間で発生するさまざまな犯罪に備えた監視・警備や検知、災害の予兆検知、防疫の観点からの顔認証等非接触型決済やワクチン接種証明書の活用などをより高精度にしていくことが考えられます。
一方、発生した被害を最小限にするアプローチとしては、制圧対応の高度化や、発災時の速やかな捜索・救助・支援活動を実現するための取組みなどがあるでしょう。これらのアプローチは今後一層重要になるものと考えられ、こうした取組みを推進していくうえでは、センサー、カメラ、あるいはドローンといったエッジデバイス・ロボティクスの活用や各種ビッグデータの利用が期待されるところですが、反面、監視・検知といった挙動に対する市民の不安あるいは疑念といった心理にも十分に配慮する必要があります。
4.プライバシーに対する市民感情との向き合い方
KPMGが2021年に実施したグローバル消費者意識調査※1では、「セキュリティの向上により恩恵を受けられるなら個人情報を提供してもよい」と考える消費者はグローバル平均で21%、日本においても全体の23%に留まるという結果が示されています。また、米国の一部の都市では規制当局による顔認証技術の使用が禁止されているほか、2021年10月には欧州議会において、公共空間における顔認証データベースや市民の社会信用スコアリングといった取組みを禁止するよう求める決議を採択したとの発表がなされています※2。2020年にEUを離脱した英国では、顔認証技術を用いた公共空間での監視・取り締まりがすでに行われていますが、プライバシー侵害を主張する市民が規制当局に対して訴訟を行い、ロンドン控訴院が違法性を認める判決を出すなど、社会的な合意が十分に形成されたとは言い難い状況です。
こうした状況を打開するうえでKPMGが着目しているのが、デジタルツイン技術です。デジタルツインとは、センサー等から取得したデータを基に、フィジカル空間の状況をサイバー空間で再現する取組みを指します。工場における製造工程の最適化や試作品の製造、さらには人流を含めた都市空間の再現など、幅広い活用が期待されています。
日本においても国土交通省が3D都市モデルの整備活用・オープンデータ化事業「Project PLATEAU」を開始するなど、活発な取組みが進められています。デジタルツインのユースケースとして、エッジデバイスの最適配置やドローンの飛行ルート検証、発災後の被災環境の迅速な状況把握等が考えられますが、これらに加え、たとえば大規模災害やテロ発生時の被害シミュレーションや検証のために構築したデジタルツイン空間を市民に開放し、提供サービスの有用性を先行的に体感してもらうことでデータ提供への抵抗感を低減する、といった認知変容的なアプローチとして活用する方策も、今後重要な視点となっていくものと考えます。
5.セキュアとプライバシーの両立、バランス
セキュアを担保していくためにはビッグデータの利活用は不可欠です。しかし繰り返しになりますが、データ利用に対する市民の抵抗感は無視してはならないものです。抵抗感解消のためには、都市のデジタルツインの恩恵を市民に体感してもらうことも一案ですし、プライバシーリスクに対して適切に対応することでスマートシティそのものの価値を向上させていくことも、もう1つの大切な、セキュアと市民の架け橋となるでしょう。
次回では、スマートシティにおけるプライバシー保護対応についてもう少し詳しく触れる予定です。加えて、都市のデジタルツイン、および都市連動型メタバースは今後都市機能のセキュアを高めていくうえで非常に重要なテーマになると思われますので、こちらについても次々回以降に取り上げたいと考えています。
執筆者
KPMGコンサルティング
ディレクター 本下 雄一郎