米国の財務報告に関する動向 - 気候関連開示に関するSEC提案の方向性など -

米国SECにおける気候関連開示のルール策定の方向性、NASDAQの取締役の多様性に関する開示規則などについて解説します。

米国SECにおける気候関連開示のルール策定の方向性、NASDAQの取締役の多様性に関する開示規則などについて解説します。

本稿は、米国におけるKPMGメンバーファームであるKPMG米国が、企業の取締役やビジネスリーダーによるコーポレートガバナンスの継続的な改善を支援するために組成しているBoard Leadership Centerが四半期ごとに発行する「Directors Quarterly」の最新号のコンテンツから、抜粋・翻訳したものです。

米国におけるESGレポート:今後の提案で予想されること

米国証券取引委員会(SEC)は、気候変動、人的資本(特に多様性)、サイバーセキュリティリスクのガバナンスの3分野の開示に関する提案を行うことを示唆しています。SECは、提案の作成に当たり、気候関連の開示に関する、パブリックコンサルテーションから得られた情報の活用を念頭においています。

SECのGary Gensler委員長は、パブリックコンサルテーションとその次のステップについて語り※1、気候関連開示の提案に関する主要論点を示すとともに、その提案が今年末までに公表されるであろうと述べています。同氏の発言の趣旨は次の通りです。

  • 寄せられた550通のコメントの75%が、気候変動開示ルールの義務化を支持していた。
  • 同氏は、意思決定における有用性に重点を置き、一貫性と比較可能性を促進する強制開示をサポートしている。また、「意思決定における有用性」とは、単なる一般的な説明ではなく、投資家に役立つ情報を提供する十分な詳細なものであると述べている。また、SECスタッフに対し、提案を作成する際に、次のような具体的な要素を考慮するよう求めている。

    ・Form 10-Kにおいて開示すべきか否か
    ・企業のリーダーシップが、気候関連のリスクと機会をどのように管理し、これらの要因が企業戦略にどう反映されるかといった定性的な開示
    ・温室効果ガス排出量、気候変動の財務的影響、気候関連の目標に向けた進捗などの定量的な情報の開示(排出量に関しては、同氏はスコープ1および2の排出量の開示を支持していると思われるが、スコープ3についてはさらに要検討)
    ・銀行業、保険業、運輸業などの特定業界に関する指標の要否
    ・SECは、特に自らを「グリーン」、「サステナブル」、「低炭素」として売り込むファンドの命名規則を総合的に検討すべきかどうか、それらの用語の定義を開示すべきかどうかとその開示方法
    ・企業が将来、気候関連の変化による物理的、法的、市場、経済的な影響にどのように対処する必要があるかについて、シナリオ分析を提供すべきかどうか

  • Gensler氏は、多くの企業が排出削減目標を設定していること、または目標を設定している国で事業を行っていることに言及し、これらが、当該地域の規制や経済の変化につながる可能性があると述べた。

    ・同氏はSECのスタッフに対し、既に対応を進めている企業が投資家にどのように目標を達成しているかを知らせるために、どのデータや指標を使用するかを検討するよう求めている。
    ・同氏は、SECのパブリックコンサルテーションに関するコメントの多くが、TCFDの気候変動開示に言及していると指摘し、SECのスタッフに対し、既存の基準設定者に学び、それに触発されるよう求めているが、SECが承認する最終的な規則は、米国市場に適したものであるべきだと警告している。

SECと国際的な取組みとの交差点

IFRS財団は、2020年のサステナビリティ報告に関するパブリックコンサルテーションの後、サステナビリティ基準を設定するための新たな国際サステナビリティ基準委員会(ISSB)の設立に対応するための定款変更案を公表しました。コメントの募集期間は7月末で終了しており、この変更案が確定した後、IFRS財団は11月の国連気候変動会議(COP 26)に先立ち、ISSBの創設を発表する予定とされています。これらの提案は、金融安定理事会、G2の財務大臣・中央銀行総裁、証券監督者国際機構(IOSCO)などから幅広い支持を受けています。

SECは、米国市場に明確に焦点を当てた2021年の規制アジェンダ(公表済)に基づき、ISSBよりも迅速に行動していた可能性がありますが、これは必ずしもISSBの活動を支持していないことを示しているわけではありません。特に、SECとIFRS財団は、ともにTCFDによる成果物を考慮しており、気候関連開示が時間の経過とともに世界的なベースライン確立に向けて収斂することを意味する可能性があります。

大切なのは、今すぐ行動を起こすこと

ESG報告、特に気候関連の開示は避けて通れるものではありません。企業はESG報告の戦略を早急に策定すべきでしょう。それは、気候関連財務リスク開示の開発における先駆者として台頭しつつあるTCFD (リスク、機会、ガバナンス、報告)の基礎となる概念の理解からスタートできます。

サステナビリティ基準は、今後さらなる進展が想定されますが、企業は早いタイミングでの戦略策定と、時間をかけた調整が必要となるでしょう。効果的な戦略は、トップ主導で、業務に組み込まれ、組織全体のステークホルダーを巻き込んだものです。理解を深め、戦略を設定し、組織全体で賛同を得て、最終的に実装するには、かなりの時間を要するでしょう。

SEC、ナスダックの取締役会の多様性に関する開示提案を承認

SECは8月6日、ナスダック上場企業に対し、取締役会の多様性に関する一定の情報をProxy Statementやウェブサイトで開示するよう求める提案※2を承認※3しました。具体的には、ナスダック上場企業に以下を求めています。

  • 少なくとも2名の(規則による定義に基づく)多様な取締役を選任するか、選任していない理由を説明する。これには、少なくとも1名の取締役が女性であると自認していること、および少なくとも1名の取締役がマイノリティまたはLGBTQ+であると自認していることを含む。
  • 取締役会レベルの多様性データを、規則が定める多様性マトリックスと同様の標準フォーマットで公表する。
  • 原則として、SECによる承認日から2年後までに、少なくとも1名の多様な取締役を、またSECの承認日から4年以内に少なくとも2名の多様な取締役を任命することで、規則を遵守する。
  • 開示または説明の要件に従わなかった場合、ナスダック取引所の上場廃止の対象となる。

新しい基準とガイダンス

米国財務会計基準審議会(FASB)は、2016年以来初めて、将来の基準設定アジェンダに関する意見募集(Invitation to Comment、以下ITC)を行いました。FASBは、ステークホルダーに対し、ITCに記載された財務報告の項目に改善の余地があるか、または大幅な改善を要するかどうか、各項目に取り組む際の優先度と緊急度、潜在的な解決策、予想されるコストと便益、FASBがアジェンダへの追加を検討すべき、あるいは検討すべきでないその他の項目があるかどうかについて、意見を求めました。ITCが取り扱う項目は、次のようなものです。

  • 財務報告情報の細分化(例えば、企業結合や所得税の開示)
  • 財務報告の新興分野(デジタル資産やESG関連取引など)
  • 現行の米国会計基準における不必要な複雑さの軽減(貸借対照表の分類や連結など)
  • FASBの基準設定プロセスの改善

ITCおよびアジェンダコンサルテーションのプロセスは、FASBの正式なアジェンダ要請プロセスを補完することを意図したものです。また、コメント募集期間は9月22日に終了しています。

翻訳者

KPMGサステナブルバリュー・ジャパン
有限責任 あずさ監査法人
シニアマネジャー
橋本 純佳

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