コロナ禍におけるIT投資の動向~2020年度グローバルCIO調査より~
IT戦略やデジタル変革、サイバー攻撃などの重要トピックについて、新型コロナの影響がどのように生じているのかを解説します。
IT戦略やデジタル変革、サイバー攻撃などの重要トピックについて、新型コロナの影響がどのように生じているのかを解説します。
2008年の世界金融危機は、私たちの記憶に残る最悪な景気後退の1つですが、今回の新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の流行は、それ以上に大きく世界を揺るがせています。経済、テクノロジー、暮らしが変わりつつあるなか、日本企業はデジタル変革やIT投資について、どのように考えるべきでしょうか。
KPMGは例年、英国Harvey Nash社と共同で、世界のCIOにIT戦略等の調査を行っており、2020年度は、2019年12月~2020年3月と、2020年5月~8月の2回に渡って 新型コロナ前と以降とで調査を実施し、世界83ヵ国4,219人のCIOより回答を得ました。本稿では、調査結果のなかから、IT戦略やデジタル変革、サイバー攻撃など、日本の経営者が知るべき重要トピックについて、新型コロナの影響がどのように生じているのかを解説します。
なお、本文中のデータおよび意見は2020年度のグローバルCIO調査レポートに基づくものであることをあらかじめお断りします。
ポイント
- コロナ禍への対応のために、企業はIT予算の5%程度を追加支出した。
- 新型コロナの影響下にあっても、企業は、デジタル変革やAI等の先進的なデジタル技術の採用を加速させている。
- デジタルリーダー企業は、保有データの価値の最大化や、データ戦略の効果的な実行に積極的に取り組んでいる。このことは遅れをとる企業との業績の格差がますます拡大することを示唆する。
- リモートワーク化が進み、サイバー攻撃の対象領域が拡大したため、サイバーセキュリティの重要性が高まっている。4割以上の回答者が新たなサイバー攻撃を経験していた。
コロナ禍対応で急増するIT投資
1. 新型コロナが、ITの重要性を 一層強く認識させた
昨年度のKPMGの調査によれば、2020年初頭、IT投資は過去15年間で最も高い水準に達していました。「オペレーションの効率化」「顧客とのつながり/関係性の改善」「新しい製品やサービスの開発」といった中長期的な目標の達成が目指されていました。しかし、先例のない規模とスピードで新型コロナが世界中に拡がったことで、顧客戦略の転換やリモートワークへの対応など、企業は設備投資と事業運営費の両面から予定外の負担を強いられることになりました。
本年度のCIO調査によると、新型コロナによる危機に対処するために、企業はIT予算の5%程度を追加支出しています(5%は回答中央値)(図表1参照)。
【図表1】新型コロナの影響によるIT支出の急増
米調査会社のForresterによると、世界のIT支出は2019年に3兆5千億米ドルに達していることから、危機が始まってからの初めの3ヵ月間で、コロナ禍対策のための支出は週当たり150億米ドルが費やされたと考えられます 。
その一方で、「今後12ヵ月間にIT予算増加を見込んでいる」との回答者は、新型コロナ前と以降とではグローバルでは51%から43%、日本企業では71%から53%へと減少しました。とはいえその値は依然として金融危機後の2009年を大幅に上回っており、今後も純増が見込まれます。これは、ITの観点から見れば、今回の状況は過去の危機とは性質が異なっているように見受けられます。
2. 主要事業はコロナ禍にあっても 変革が進む
主要事業の大きな変化を見込んでいた企業の割合は、新型コロナ以降、減少しました。多くの企業がかつてない大きな変化を経験し、必然的に変革が求められる状況を考えると、これは意外に感じられるかもしれません。新型コロナ前のCIO調査では、82%の企業が変革は通常のビジネスの一部だと考えていました。しかし、この未曾有の状況下において、変革そのものの意味が、刻々と変化しており、企業は見つめ直していると考えられます。ただ1つ確かなことは、97%の回答者が何かしらの変革を進めており、34%は大規模または抜本的な変革を計画していることです。変革の流れが止まることはなく、今後も多くの変化が起こるものと考えられます。
また、回答者の約半数は、新型コロナの流行がデジタル変革とAIを初めとする先進的なデジタル技術の採用を加速したとみています。コストを低減するために、企業は生産性の向上と業務の効率化を進めますが、先進的なデジタル技術はそれを実現する鍵となるからです。
拡大するデジタルデバイド
1. デジタル技術がパフォーマンスと業績の格差を広げる
今回の新型コロナのような重大な事態に備えていた企業は多くはないと考えられますが、当初から他社よりうまく危機に対処している企業があります。今回のCIO調査において、デジタル技術を「効果的」または「非常に効果的」に活用してビジネス戦略を推進していると自己評価した企業を、私たちは「デジタルリーダー」と定義しま した。
デジタルリーダーは、市場の変化の兆しを読み取り、他社に先駆けて先進的なデジタル技術を取り込むことで、より迅速かつ着実に市場が求める製品・サービスを投入しようとします。そのため、危機が起きた際も、他社がコストや人員の削減に向かうなか、逆にIT投資を拡大させています(図表2参照)。
【図表2】デジタルリーダーは、コロナ禍でもIT投資を拡大させている
また、機会があればすぐさま事業を展開・拡大できるよう、先進的なデジタル技術への投資も行っており、今後もIT投資を継続していくでしょう。
これがどのような結果をもたらすのでしょうか。CIO調査では、保有するデータの価値を効果的に最大化していると回答したデジタルリーダーの割合は、イノベーションに消極的あるいはIT投資額が低い企業に比して4倍近く、またデータ戦略を効果的に実行しているとの回答割合は4.5倍にも上りました。このような結果から、デジタルリーダーとそのほかの企業とでは、デジタルの活用と業績における格差がますます拡大していくと予想されます。
また、主要部門に導入された先進的なデジタル技術について調査した結果、コーポレートサービス部門とIT部門を中心に、クラウドが広く普及していることが分かりました。インテリジェントオートメーション、AI、機械学習の利用も企業全体で勢いを増しています。特に急激に広がっているのは、基幹業務での利用です。AIと機械学習をIoTと組み合わせて効率と品質の向上を図ろうというわけです。さらに、エンタープライズSaaS、特にクラウドベースのERP は企業変革の重要課題となっています。
2. ITへの投資はブランドを強化する
クラウドベースのソフトウェア利用の急増、個人用デバイスからのリモートアクセス、複雑な技術環境における大量のデータ管理によって、サイバー攻撃の対象領域は大幅に拡大しました。このため、サイバーセキュリティとプライバシーは、新型コロナ以降の世界において最も重要な投資対象となりました。
デジタルリーダーは、サイバーセキュリティを顧客の信頼を獲得する手段と捉えており、そのほかの企業に比べて2倍以上、ITのライフサイクル全般にリスク、セキュリティ、品質保証の仕組みを組み込んでいます。ITプロジェクトのライフサイクルの初期段階で「効果的」または「非常に効果的」に「リスクとセキュリティを考慮できている」と回答した割合は、デジタルリーダーでは52%に上りますが、そのほかの企業では22%に留まりました。この違いが、品質の向上、インシデントの減少、カスタマーエクスペリエンスの向上につながり、結果的にブランド力を強化します。
また、新型コロナ以降、顧客は企業との接点において従来とは異なるつながり方を求めています。この変化により、多くの企業はカスタマーエクスペリエンスへの投資を重視し、優先課題に位置付けていますが、その対応にはインフラとクラウドのアップグレードが必要となります。
リモートワーカーを狙ったサイバー攻撃の波
2019年は、サイバー犯罪の防止への投資が拡大したためか、サイバー攻撃を受けたとする件数が減少していました。しかし、新型コロナの影響により、大勢の従業員の働く場が突如としてオフィスから自宅へと変わりました。その結果、安全な企業ネットワークに守られた環境から離れることとなり、サイバー攻撃の対象もまた急激に拡大しました。
CIO調査によると、86%の企業がかなりの割合の従業員をリモートワークに移行させています。そして、多くの人材が少なくとも今後6~9ヵ月にわたり、リモートワークを行うことが予想されています。「新型コロナ後は在宅勤務を行う従業員がいない」と見込む回答者はわずか6%。一方で、およそ4分の1の回答者は、新型コロナ後も従業員の過半数が主にリモートで仕事をするようになると考えています(図表3参照)。
【図表3】新型コロナ後も在宅勤務が中心となる従業員の割合
そうしたなか、リモートワークに移行したことで、回答者の約4割がサイバー攻撃の増加を経験しました。回答者の4分の3は、「新型コロナによって攻撃対象領域が拡大したために、サイバーセキュリティの重要性が高まった」と答えています。
新型コロナ以降に増えた攻撃は、主にスピアフィッシングとマルウェア攻撃で (図表4参照)、リスク増大の要因は、新たにリモートワークとなった従業員です。そのため、企業は社外とのネットワークセキュリティへの対応に力を入れる一方で、社内の人材教育にも重点を置かなければなりません。サイバーセキュリティのノウハウは、2021年に最も求められるスキルセットです。
【図表4】新型コロナにより増加したサイバー攻撃の種類
しかし、企業によっては、必要なセキュリティ対策のスキルが社内にないというケースもあります。それにもかかわらず、新しいシステムを採用せざるを得ないような場合では、企業は攻撃に対して堅牢なシステムを構築するためにアウトソーシングの検討が必要となります。
新型コロナ危機から回復するには
近年のCIOはデジタルテクノロジーの加速に追いつき、ビジネスに貢献するため必死でしたが、新型コロナの到来により、状況が一変したように見えます。しかし、実態はどうでしょうか。
新型コロナがビジネスと生活のあらゆる面において劇的な影響を与えていることは間違いありませんが、企業経営の鍵となる基本要素は変わらないのではないでしょうか。経営層にとっての最優先課題は、新型コロナ以降も、それ以前と変わらず「オペレーションの効率化」と「顧客とのつながり/関係性の改善」なのです(図表5参照)。
【図表5】ビジネスの課題トップ3
新型コロナ危機で事業や戦略の根本的な方向転換を迫られている企業もありますが、ほとんどの企業は既に着手していたことを加速させたに過ぎません。それどころか、一部の企業にとっては、今回の影響がむしろ追い風となっています。
いずれにしても、企業は迅速に新型コロナ危機に対応しなければならないでしょう。危機への対応は企業によって異なりますが、KPMGでは4つのモデルに類型しています (図表6参照)。
【図表6】新型コロナ危機への対応:4つのモデル
38%と最も多く該当するモデルが「変革による再浮上」です。このモデルにおいては、迅速化、効率化、コスト削減のための新しいデジタル化への投資、さらにはITオペレーティングモデルを変化させていくことが特徴づけられます。これに続くのが、「急拡大」(29%)と「通常業務の改善」(26%)です。「急拡大」はITオペレーティングモデルにより、スピードとリスクのバランスをとりながら多角的に戦略を加速していくモデルです。また「 通常業務の改善」は現在の投資ポートフォリオを深めて、成長率と収益性を高めようとするモデルです。
自社製品・サービスに対する需要の恒久的な落ち込み、長引く景気後退を乗り切るだけの資本が足りない、あるいはデジタル変革を適切に進められない、といった理由により新型コロナ危機からの回復に苦しむ企業は「ハードリセット」を強いられますが、これは7%にとどまりました。
IT戦略の実践状況は、同じ業種であっても企業によって異なります。3分の2以上の企業は現行のビジネスモデルを大幅に変革、または修正していくと考えられます。テクノロジー、電力・公益事業、ヘルスケア業界を中心に29%の企業は需要が急拡大し、得られた利益を活かすために規模拡大と新しい働き方を必要としています。ただその一方で、これより割合は少ないものの、通信や製造・自動車などの業界ではハードリセットを経験しています。
ほとんどの企業は1つだけの回復モデルに当てはまらず、製品・サービスの構成によって複数の異なるモデルを経験しています。また、複数の地域や業種にまたがる企業の場合、同時に複数のモデルに当てはまることも十分にあり得ます。それぞれの変化のスピードは異なり、それぞれに課題があります。それが新型コロナの影響の複雑さなのです。
新型コロナは、世界経済に深刻なダメージをもたらしましたが、同時にこれまで前提としてきた働き方や仕事のやり方を見直すきっかけともなりました。特に、リモートワークや非対面での顧客対応など新型コロナ対応で新たに導入された仕組みは、単なるデジタル技術の導入にとどまらず、全社的なデジタル変革の契機となっています。これは、欧米に比べてデジタル化が遅れていると言われている日本企業も同様です。その際、新型コロナ前にデジタル変革の先進事例・成功事例が出ていたことは、それを参考にできる多くの企業にとって幸運なことでした。
CIO調査で明らかになったように、コロナ禍への対応スピードは企業によって異なります。しかし、デジタル変革は確実に、かつ加速度的に進展していくはずです。
執筆者
KPMGコンサルティング
パートナー 浜田 浩之
ディレクター 吾郷 周三
シニアマネジャー 荒木 良之