自動車業界2020年 振り返りと今後の展望
COVID-19の影響やCASE対応という大きな変革への取組みなど、2020年の自動車業界についてグローバル調査の結果も交え解説します。
COVID-19の影響やCASE対応という大きな変革への取組みなど、2020年の自動車業界についてグローバル調査の結果も交え解説します。
2020年、自動車業界は新型コロナウイルス(以下「COVID-19」 という)により大打撃を被りつつも、自動車が誕生して以来の大変革、すなわちCASE(Connected:コネクティッド、Autonomous:自動化、Sharing/Shared:シェアリング/シェアード、Electrification:電動化)対応という自動車業界の大きな潮流は着実に前進しています。
コネクティッドでは、自動車のソフトウェアの重要性が増すなか、自動車内外から生まれるデータの連携と利活用が加速。顧客へのサービス価値増大に寄与すると同時に、セキュリティ上の懸念への対処も前進しています。自動化は世界各地で実証実験が実施され、日本では世界で初めて自動運転レベル3の型式指定がなされました。シェアリング/シェアードに関しては、コロナ禍における消費者選好の変化がカーシェアリングなどにも影響を及ぼしています。観光MaaS(Mobility-as-a-Service)や地域課題解決などの目的でさまざまな実証実験が行われ、オンデマンドバスなど一部サービスでは事業化の成功事例も出始めています。電動化の流れは加速し、水素社会確立に向けた動きも活発化しています。また、CASE すべてに関係する取り組みとして物流MaaSや商用車は注目に値するでしょう。
ポイント
- 不確実性の増す事業環境下でも自動車市場は回復
2020年はCOVID-19が世界を席巻、環境規制の強化、地政学的な変化などと相まって自動車業界を取り巻く事業環境はますます不確実性を増していますが、一時落ち込んだ自動車生産・販売は各地で回復基調にあります。 - CASE対応は着実に前進している
CASE対応は、サステナビリティへの配慮と各種政策、規制の後押しもあり、着実に前進しています。さまざまな実証実験が各地で行われ、事業化が成功している例も出始めています。 - 今後につながる取り組みの萌芽は多数ある
通信インフラとソフトウェアの進化、データ利活用と顧客提供価値の高度化、商用車や物流MaaSの動向、環境規制対応と電動化など、今度につながる取り組みの萌芽は多数あります。なかでも、水素社会確立へ向けた取り組みについては、サステナビリティの観点からも、注目すべきです。
はじめに
自動車業界は、自動車が誕生して以来の大きな変革期にあります。特に2020年は激動の1年となりました。CASEの潮流の先端を走っていると考えられているTesla社の時価総額がトヨタ自動車株式会社(以下「トヨタ」という)を上回り、自動車メーカーで首位になったことは、将来の自動車業界を考えるうえで大きな出来事でした。本稿では2020年1年間の主だった動向を振り返り、2021年以降を展望します。
自動車業界、2020年の動向
2020年の自動車業界のスタートを切ったのは、1月初旬に開催されたCESでした。このとき私たちは、トヨタが発表した「コネクティッド・シティ(Woven City)」プロジェクト構想に大きな衝撃を受けました。「コネクティッド・シティ」プロジェクトとは、東富士工場跡地に2、000戸規模のコネクティッド・シティを建設し、水素エネルギーや自動運転技術などの活用のための実験場とするというものです。2021年に着工する予定になっています。CESでは、他にも2020年がさらなる飛躍の年になることを予感させる発表がありました。ソニー株式会社は、欧州系サプライヤーなどと協力して製作した電気自動車のコンセプト「VISION-S」を発表、自動運転向け技術やエンターテイメント技術を実装した試作車として大きな話題となりました。また、Daimler AG社傘下のMercedes Benz社はAVATAR社とのパートナーシップの下、サステナビリティに配慮した自動運転電気自動車のコンセプトモデルを発表しています。
しかしながら、COVID-19の世界的流行によって自動車業界の事業環境は一変しました。COVID-19は、まず1月中旬以降に中国で感染者が急増、感染は日韓へと拡大しました。3月には、中国が抑制傾向となる一方で、欧米で感染者数が中国を上回るようになり、6~8月には中南米やインドで感染爆発を起こしています。9月以降、欧米を中心に第2波、第3波が押し寄せ、11月初旬には世界の感染者数が累計5000万人を超え、死者数も125万人に達しました。
これにより、一時は自動車の生産量・販売量ともに前年を大きく下回る水準となり、自動車業界は多大な影響を被りました。COVID-19の感染状況は、感染爆発の程度や各国の政策に応じて地域ごとに異なり、10月以降も各地で第2波、第3波が押し寄せています。COVID-19の世界的流行の行方は不確かですが、各地域の生産および販売の前年同月比は、図表1~2に示すとおり回復基調にあります。
また、CASE対応やサステナビリティといった自動車業界の大きな潮流も着実に前進し続けています。KPMGが毎年行っている自動車業界に関わる調査(以下、GAES2020)によると、2017年以降、バッテリー式電気自動車、コネクティビティとデジタル化、燃料電池車、ハイブリッド車が主要トレンドとして定着しています。
ここからはこれらCASEの潮流に基づき、主だった動きを見ていきます。
【図表1】自動車の生産水準(前年同期比)
【図表2】自動車の販売水準(前年同期比)
着実に前進するCASE対応
1. コネクティッド
自動車にとって、ソフトウェアの重要性はかつてないほど高まっています。特に、自動車がさまざまなデータを生成し、インフラなどと「つながり」、人流など他のデータ(オルタナティブデータ)と組み合わせることによって利活用が進むことは、自動車会社がモビリティサービス提供会社へと変革し、顧客に対するサービス価値を高めていくうえできわめて重要です。
しかしながら、COVID-19対応を通じて、あらためて日本はデジタル化にも、Society 5.0の実現にも遅れていることが明らかとなりました。こうした現状に危機感を抱いた政府は7月、内閣府主導で「統合イノベーション戦略2020」を策定しました。「統合イノベーション戦略2020」では、「新型コロナウイルス感染症により直面する難局への対応と持続的かつ強靭な社会・経済構造の構築」を1つの柱としていることから、Society 5.0を支える通信・データ基盤インフラ整備の推進が期待されます。係るインフラ整備により、コネクティビティはさらに高まるものと思われます。
また、2019年から韓国や米国で始まった5Gの商用サービスは、2020年にようやく日本でも開始されました。5Gが今後普及するにつれ、通信事業者と自動車メーカーが協業して顧客向けにソリューションを提供することが一層可能となります。さらに、次世代を意識した取り組みもすでに出始めています。
コネクティビティの進化により、ユーザーはOver-the-airで、たとえば自動車のソフトウェアの追加購入やアップデートを通じ、オプション機能を後付けすることが可能となります。各メーカーは「xxx Connect」等の名称で、スマートフォンなどを利用する顧客に対し、ドアロックなど車両の一部操作、ナビゲーション機能利用、異常発生通知、緊急時対処などのサービスを提供しています。EUでは、車対車、車対インフラ、インフラ対インフラのコミュニケーションに使われる協調型高度道路情報システム(C-ITS)の基準の整備も進められています。
上述したように、コネクティビティは顧客に対して利便性を提供しますが、その一方でセキュリティ上の懸念も増加させます。インターネット接続されている車両やその制御システムのハッキングを通じ、エンジン、アクセル、ブレーキなどさまざまな機能を制御することが可能となり得るからです。そのため、こうした自動車サイバーセキュリティの脅威に対する規制やその取り組みの標準化に向けた動きが世界中で展開されています。国連欧州経済委員会自動車基準調和世界フォーラム(UN/ECE WP29)では、車両の型式認証にサイバーセキュリティの実装を求める規制案を策定し、TF-CS/OTAタスクフォースはサイバーセキュリティ管理システム(CSMS)の認証制度の運用および型式認証時の特定車種に対するCSMSの適用を要件として提案しています。これらの要件は、EUでは2022年から義務化予定で、コネクティッド車両を前提とした型式認証制度が始まろうとしています。これと並行して、国際標準化機構(ISO)でも車両のサイバーセキュリティ規格の策定が進められています(ISO/ SAE21434)。
日本におけるコネクティビティに関して特筆すべき取り組みとしては物流MaaSが挙げられます。経済産業省は、2020年4月、商用車業界として、(1)トラックデータ連携の仕組みの確立、(2)見える化・混載による輸配送効率化、(3)電動商用車活用・エネルギーマネジメントに係る検証の3つの方向性を示しました。そして、これらに基づき6事業者を選定、現在、各種実証実験が進められています。
2. 自動化
GAES2020では、自動運転車が公道を走るのは「2025年」と回答した自動車業界のエグゼクティブは19%でしたが、これは前年度に比べて10%の減少となりました。その一方で、「2030年」と答えたエグゼクティブは5%増えて46%となりました。この結果は、自動運転の実務上の課題認識が高まっていることを示唆しています。
米国では、Google系のWaymo社がアリゾナ州フェニックスで運転手のいない自動運転ロボタクシーによるライドヘイリング事業を10月に再開しました。また、General Motors社はCruise AVの増産を支援するためにミシガン州の組立工場に3.5百万ドルを投資、Cruise社は自動運転ロボタクシーの実証認可を得てサンフランシスコにて実証実験を行う予定です。
英国では、日産自動車株式会社(以下「日産」という)がロンドンにて行われる自動運転プロジェクトを主導し、シミュレーション、顧客体験、実地検証を組み合わせ、無人自動車の実用化に向けた取り組みを始めました。
2025年までに新車販売に占める自動運転車の割合を半分に引き上げると報道されている中国では、百度が「アポロ計画」でレベル4の自動運転ロボタクシー、自動運転ミニバス、バレーパーキングなどの実証実験を、滴滴出行が上海で自動運転ロボタクシーの試験的サービスを開始しています。
日本では、2019年5月の道路運送車両法の一部改正を受けて、2020年3月に自動運行装置の保安基準が策定されました。これに基づき2020年11月11日、本田技研工業株式会社( 以下「ホンダ」という)が世界で初めて国土交通省からレベル3の型式指定を取得、2020年度中に高速道路本線上での渋滞時の自動運転を可能とする車両を発売する予定です。
3. シェアリング/シェアード
COVID-19の世界的流行は、明らかに消費者選好に大きな影響を与えています。
KPMGが5月末から9月下旬にかけて実施した消費者動向調査では、公共交通機関利用に不安を覚える消費者は37%にのぼり、自家用車利用、徒歩や自転車利用に安心を覚える消費者が増加しています(それぞれ25%、9%)。このような変化は、広まりつつあったカーシェアリングなどにも影響を及ぼす可能性があります。また、リモートワークの広がりを背景として、ワーケーションという新たな働き方が提唱されるなど、サービスとしてのモビリティには多様な目的達成の一助となることが期待されています。
ただし、モビリティをサービスとして捉えたときに、消費者の求めるサービスの形は都市部と農村部ではまったく異なるものになるだろうと、自動車業界のエグゼクティブは考えています。
MaaSに関して言えば、実に多くの事業者が、世界中でエコシステムを形成しています。日本では、経済産業省、国土交通省によるスマートモビリティチャレンジの枠組みの内外で、観光MaaSなどをはじめとするさまざまな実証的取り組みが行われています。特にオンデマンドバスについては、 アイシン精機株式会社(以下「アイシン」 という)が提供する「チョイソコ」などのように、事業化が進んでいる事例も出始めました。また、電動スクーターや電動自転車、1人乗り電気自動車などのマイクロモビリティも、コロナ禍での移動手段として、その価値が再度見直されています。
2020年は、自動車のサブスクリプションサービスも拡大しました。トヨタはすでに2019年からサービス提供を始めていましたが、ホンダは2020年1月から、日産は3月からそれぞれサービスを開始しました。他にも、いくつかの事業者がサブスクリプションサービスを提供しています。自動車の所有形態が多様化し、かつコロナ禍で自動車保有の選好が高まるなか、サブスクリプションサービスは今後も注目するに値するでしょう。
4. 電動化
2030年、2040年時点のパワートレイン技術の構成比に関しては、自動車業界のエグゼクティブの認識が変化しました。GAES2020の調査開始以来初めて、内燃機関がバッテリー式電気自動車に最大シェアの座を明け渡したのです。自動車メーカーの技術的取り組みが規制当局により左右されるとの見方が大勢を占めるなか、電動化の動きは各国・地域のエネルギー政策とあわせた各種環境規制の強化などを背景に加速されてきている感があります。ガソリンによる内燃機関のみの新車販売を将来禁止する意向を示す国・地域も増えており、コロナ禍による販売の落ち込み時においても電気自動車販売は堅調な伸びを示しています。
欧州では、多くの国・地域が電気自動車購入に対しての税制上の優遇措置や購入補助金などを設け、販売を後押ししています。その結果、EUにおける2020年第3四半期の電気自動車のマーケットシェアは9.9%にのぼり、前年同期比3.3倍となりました。日本では近年、災害が多発していることもあり、被災時の電源確保に電気自動車が活用され始めています。日産は横浜市、山梨県、福井県など30超の地方自治体と「災害連携協定」を締結、災害時の電力供給源としてバッテリー式電気自動車「リーフ」を活用することを約しました。また、バーチャルパワープラント構築に向けた実証事業に取り組む意向も発表しています。トヨタと株式会社本田技術研究所は燃料電池バスと、可搬型外部給電器・可搬型バッテリーを組み合わせた移動式発電・給電システムを構築、「いつでも・どこでも電気を届ける」実証実験を2020年9月に開始しました。
また、2020年は世界各地で燃料電池車、水素活用の動きが活発化しました。欧州では、7月にEU Hydrogen Strategyが発表され、経済成長をもたらす重点投資領域としてクリーンな水素製造を行っていく計画が示されました。中国でも9月に、水素バリューチェーン全体を対象として、燃料電池車の開発を促進する方針が示され、2023年までの4年間に37,500~ 60,000台の燃料電池車がマーケットに出回ると想定されています。日本では、2017年12月に策定された水素基本戦略の下、2050年を視野に水素社会実現に向けた目指すべき姿や方向性・ビジョン、実現に向けた行動計画が示されています。それを受けてトヨタは、燃料電池車の共同開発や水素バリューチェーン推進協議会の設立など、燃料電池や水素の活用に関連するさまざまな計画を矢継ぎ早に発表しました。2020年7月には、中部電力株式会社と豊田通商株式会社とともに、再生可能エネルギー発電事業を推進する「トヨタグリーンエナジー」を設立するなど、脱炭素化に向けた取り組みを積極的に実行しています。
2021年展望 -まとめに代えて
2020年のCASEの潮流に関係する主な動きをあらためて振り返ると、実にさまざまな取り組みが行われていることが分かります。2021年以降も、これらの取り組みは加速し、既存サービスはさらに深化され、新たなサービスも生まれるなど、ますます盛んになるでしょう。
ここで今後の業界動向を左右するうえでキーワードを1つ挙げるとしたら、それは「サステナビリティ」です。日本は2050年までに、中国は2060年までに、温暖化ガスをゼロにする目標を掲げています。米国も、バイデン氏の下でパリ協定に復帰する見込みです。自動車業界はさまざまな業界を巻き込んで脱炭素社会の実現に向けて、新たな技術を追求しながら、人とモノに関わる将来のモビリティの姿を模索し続けていくことでしょう。
最後に、2021年に特に注目しておくべき論点として、各種データ利活用の高度化、通信インフラと車載ソフトウェアの進化、物流MaaS、電気自動車活用、水素社会確立へ向けた取り組みを挙げます。これらは、ユーザー、顧客、住民志向で推進されていく限り、将来スマートシティ、スーパーシティの一部に実装されていくものと考えます。
※本文中に記載されている会社名・製品名は各社の登録商標または商標です。
執筆者
KPMGジャパン 自動車セクター統轄パートナー
KPMGモビリティ研究所 所長
KPMGコンサルティング 執行役員パートナー
小見門 恵