After COVID-19 を見据えた財務戦略の検討ポイント

今回のCOVID-19の危機を教訓に、After COVID-19の事業環境においてキャッシュの確保と株主価値創造のバランスをいかに取るかにあると考えます。この観点を踏まえ、財務戦略上、本稿執筆時点で特に重要と考えられる検討ポイントについて考察します。

今回のCOVID-19の危機を教訓に、財務戦略上、本稿執筆時点で特に重要と考えられる検討ポイントについて考察します。

新型コロナ感染症(COVID-19)の世界的な蔓延に伴い事業活動それ自体の停滞を余儀なくされる業種も多いのに加えて、After COVID-19を見据えるとサプライチェーンの見直しや従業員の働き方の変化等も踏まえてビジネスモデルそれ自体を大きく見直す必要性のある企業も多いと推察します。そのような中、ビジネスモデルを支える財務戦略それ自体も足元の危機対応のみならず、COVID-19終息後のビジネス環境を見据えた上で、見直していく必要があると考えます。

短期的には、当面の危機対応としてコミットメントラインの確保やそれ以外の銀行借り入れ、CP発行など資金の確保を最優先に企業は動いています。Cash is King という言葉はその文字が示す通り、特に危機下においてキャッシュを確保することが最も重要であり、企業を生き永らえさせることが最優先となります。

一方で、COVID-19終息後においては、再び株主価値とのバランスをとること、すなわち、有効的なキャッシュの利用と資本生産性向上は再び論点になると推察されます。確かにマルチステークホルダー主義に傾注している現在のマーケット環境において過度な株主重視の姿勢を見直す機運は高まっているものの、日本のみならず諸外国において国民の年金資産が株式で運用されている以上、株主に対して長期的なリターンをもたらす必要性があることそれ自体は上場企業に対して引き続き求め続けられると想定されます。

問題は今回のCOVID-19の危機を教訓に、After COVID-19の事業環境においてキャッシュの確保と株主価値創造のバランスをいかに取るかにあると考えます。この観点を踏まえ、財務戦略上、本稿執筆時点で特に重要と考えられる検討ポイントについて考察します。なお、本文中の意見に関する部分については、筆者の私見であることをあらかじめお断りいたします。

1.キャッシュフローアロケーション/最適資本構成の見直し

COVID-19はビジネスの在り方そのものを変えつつあり、そのような中、従来の事業計画の見直しに留まらず、ビジネスモデル自体を見直す必要性のある企業も少なからずあると想像します。足元の事業計画やビジネスモデルの見直しは、今まで高い確度をもって見込めていた営業キャッシュフローの創出に不確実性をもたらします。営業キャッシュフローの創出力に対する不確実性が財務健全性に大きく影響するのは必至であり、最適資本構成の方針それ自体を見直す必要性が出てきます。

企業の財務健全性、すなわち、信用力は格付によって表されます。格付は有利子負債に対するキャッシュフローによる返済能力によって実質的に決まる側面があります。現在、多くの企業において格下げのクレジットウォッチ指定がなされているのも、キャッシュフローの創出力が著しく低下し、なおかつ、その状況が長期化することが想定されるためです。

財務の観点からは、不確実性の増す営業キャッシュフローの創出力に対して、格付はどう変化する可能性があるか、有利子負債の調達余力はどれほど低下する可能性があるか、投資抑制と事業の回復やビジネスモデルの転換に必要な新規投資とのバランスをどう取るのかといった観点から検討する必要があります。つまり、キャッシュフローアロケーション及び最適資本構成の方針を大きく見直し、足元の危機を乗り越えるだけではなく、After COVID-19を見据えた財務余力・投資余力をいかに高めるかが重要になります。

また、財務の守備範囲から離れる部分もありますが、危機下においていかに営業キャッシュフローを確保するかという観点から事業構造を見直す必要もあります。COVID-19がもたらした危機は単に売上が減少するということのみならず、業種によっては売上それ自体が一定期間完全に消失してしまうという現実を突きつけています。売上が一定期間消失したとしても営業キャッシュフローが大きくマイナスになるのを防ぐ手立てとして固定費レベルの引き下げ(固定費削減・固定費の変動費化)やCCC(キャッシュコンバージョンサイクル)の短期化、サプライチェーンの分散・短期化等に同時に取り組むとともに、ビジネスモデルの転換によってリカーリングビジネスのウェイトを高めるといった施策を展開していく必要があります。

キャッシュフローアロケーションの見直しに当たって下記について定量的な検証と方針策定が必要となります。

(a)複数のシナリオに基づく格付へのインパクトの分析。既にクレジットウォッチ指定を受けている、もしくは受ける可能性がある場合にはその要因の特定。
(b)上記(a)の想定されるシナリオ毎のDebt Capacity の算出。
(c)上記(a)の想定されるシナリオ毎の営業キャッシュフロー + Debt Capacityをベースに株主還元の水準も勘案した最大投資余力の算出
(d)最大投資余力を踏まえた投資計画・パイプラインの精査。
(e)固定費レベルの引き下げ、CCCの短縮、サプライチェーンの見直し、リカーリングモデルの構築など、営業キャッシュフローそれ自体の下方硬直性の強化と安定化。

2.キャッシュアウトのコントロールを主眼とした株主還元策の見直し

キャッシュフローアロケーションのアウトフローを構成する株主還元策についてもこの危機を契機に見直す必要があります。日本企業の多くは配当性向を掲げ、利益に応じた配当支払いの方針を掲げています。

配当は企業側からすればキャッシュアウトが確定している株主還元策といえます。そのため、企業は配当支払いのための原資を常に確保しておく必要があります。COVID-19のような危機下においてキャッシュアウトが確定している配当は経営上の足かせにもなり得ます。また、通常、企業は安易に減配することはできません。配当には経営者の業績見通しの確度に関するシグナリング効果が伴うといわれています。減配や無配転落は経営者の業績に対する弱気姿勢の表れであり、株価は多くの場合ネガティブに反応します。配当性向は本来利益変動に応じて配当も増減すべきですが、業績悪化時にも減配せず配当額を維持する企業が多いのも、減配に伴うマイナスのシグナリング効果を回避したいためと考えられます。

また、株主側も危機下にあるからといって易々と減配を許容することはありません。日本企業は長らく安定配当を謳ってきたわけですが、危機下においても継続的に配当が可能となることを想定して利益剰余金を積み上げてきているのであり、一旦危機が発生したからといって安定配当の御旗を降ろすことは資本政策の一貫性が疑われるところとなります。

つまり、配当は安易に撤回できず、実質的にキャッシュアウトが確定している性質のものであり、キャッシュフローアロケーション上も足かせとなり得ると考えます。企業としてはキャッシュフローアロケーション上の余力を確保するのと株主への期待を両立させる必要があります。

配当が持つこのような性質を踏まえ、企業はDPS(一株当たり配当額)の成長と機動的な自社株買いの併用といった形で株主還元策を見直すべきと考えます。DPSは配当額そのものであり、業績の良し悪しに必ずしも左右されません。DPSの継続的な成長(連続増配)によって株主に報いると同時に、増配額を最小限に抑えることでキャッシュアウトの水準それ自体を抑制することが可能となります。加えて自社株買いはキャッシュフローアロケーション上の余力の範囲内で機動的に実施することが可能です。

なお、J.P Morganが2016年に実施した調査によれば米国の機関投資家の24%は「配当と自社株買いのどちらを優先することはない」、49%は「配当と自社株買いの組み合わせが望ましい」と回答しており、配当を選好するのは15%に留まっています(J.P. Morgan, “Wiser by the Dozen – Investor perspective on dividends and share buybacks”, March 2016)。重要なのは株主還元策についてキャッシュフローアロケーションや最適資本構成等を踏まえた明確な方針を策定し、堅持することにあります。

After COVID-19を見据えた株主還元策の検討ポイントは下記のとおりです。

(a)配当はDPSの成長性に力点を置き、キャッシュアウトの確定を最小限に抑える。
(b)自社株買いはキャッシュフローアロケーション上の余力の範囲内に限定したうえで機動的に実施する。
(c)上記(a)DPSと(b)自社株買いを併用することで、キャッシュアウトのコントロールを強化する。
(d)株主還元に関して、キャッシュフローアロケーションや最適資本構成等を踏まえた明確な方針を打ち出す。

3.手元現預金の保有水準に関するポリシーの策定・見直し

COVID-19の危機下にあって、手元現預金を従来の水準に増して厚く維持しようする企業が多いものと推察します。一方で、そもそも手元現預金の保有水準について明確な基準を有している企業は少なく、今回の危機以前からも過度な現預金をBSにため込んでいるのが問題視されてきました。

危機下においては緊急対策として手元現預金を厚くしていくことに異論を挟む株主/投資家は少ないと推察します。一方で、平常時においていたずらに手元現預金残高を維持することは資本生産性の低下を招き、ひいては企業価値を毀損します。

重要なのは、現在は有事の方針として手元現預金を厚くしていること、また、COVID-19終息後には明確な手元現預金の保有水準に関するポリシーをもって、現預金をコントロールしていくことを示すことであると考えます。

手元現預金の保有水準に関するポリシーを何かしら有している企業であっても多くの場合は「月商の何か月分」といったシンプルなものに留まるケースが一般的です。月商をベースに必要な手元現預金水準を算出することそれ自体は資金繰りに対応するという意味では一定の合理性はありますが、COVID-19の状況を踏まえると仮に一旦は平常化したとしても再度市場環境が急激に悪化することがある場合に備えて、どれくらいの現預金を維持していくべきか、という点を合理的に見積もる必要があります。また、その水準は平常時において資本生産性とのバランスを維持できる範囲内に収める必要があるというのもポイントとなります。

After COVID-19を見据えた手元現預金の保有水準に関するポリシーを策定するためには、資金繰り上、必要な現預金に加えて、上記「1. キャッシュフローアロケーション」で提示したとおり、今回の危機を教訓に想定し得る最悪シナリオをベースとして最低限確保すべき手元現預金の水準を参考にポリシーを策定する必要があります。なお、当該ポリシーの策定に当たってコミットメントラインも加味すべきと考えます。コミットメントラインは実質的にキャッシュのリザーブとなるため、実際に手元現預金がなくとも銀行との契約期間中であれば現預金を引き出すことが可能です。

手元現預金水準の検討に当たっては、具体的には下記点について検討を要します。

(a)今回の危機を踏まえた最悪シナリオにおける必要現預金水準
(b)業績のダウンサイドシナリオにおける確定支払い債務や確定経費支出の水準
(c)必要手元現預金水準を確保した場合のキャッシュフローアロケーションへの影響
(d)手元現預金水準と最適資本構成、資本生産性のバランス
(e)コミットメントラインの極度額の調査とコミットメントラインの確保

4. キャッシュの見える化 – 未対応の企業には早急に対応を要する

最後に、オペレーションの観点からキャッシュの見える化について取り上げます。

子会社における資金の見える化や、資金移動を目的としたキャッシュマネジメントやインターネットバンキングは既存の技術として長らく存在しており、大手企業を中心に既に導入されています。一方で、頻繁にグローバルで資金移動が発生する企業を除き、特にグローバルキャッシュマネジメントはオーバースペックになりがちで、キャッシュマネジメントを導入していたとしても国内子会社のみが対象なっている企業も未だ多いのが実態です。そのような企業は海外子会社については月末残高を報告させるのみで資金の動きを本社が機動的に把握できていないケースも多く見受けられます。

また、資金繰り計画についても同様に、国内子会社は把握できていたとしても、海外子会社ついては国内子会社ほどには詳細に把握できていないというケースも散見されます。突き詰めると、海外子会社に対する財務ガバナンスが実効的に機能していない企業が日本では未だに多いということになります。

COVID-19のような危機下においては、本社財務部門がグループ会社に偏在するキャッシュ(及び通貨)を常時把握したうえで、必要な調達を行い、グループ会社間でキャッシュを融通する枠組みを構築することが必要となります。

また、そもそも子会社に余計なキャッシュを滞留させないことも一案です。キャッシュマネジメント等による資金の集中化とは別に、子会社に適用している配当ポリシーを見直し、例えばフルペイアウトとすることで常に本社に利益剰余金見合いのキャッシュを集中させておくという手段も有効です。

そのためには、まず何よりもグループ全体のキャッシュポジションを機動的に把握できる仕組み = 資金の見える化が必要です。未だ資金の見える化が十分でない企業については下記について対応することで、COVID-19と同様の危機の到来に備える必要があります。

(a)子会社の現預金残高を常時把握できる仕組みを構築する。
(b)子会社の資金繰り計画及び予実差異を毎月提出させ本社にて精査する体制を構築する。
(c)資金が不足する子会社に対してグループ会社間で機動的に資金を移動できるスキームを構築する。
(d)上記を実現するうえでの仕組みとしてキャッシュマネジメントやトレジャリーマネジメントシステムを導入する。
(e)子会社に対してフルペイアウト等、厳格な配当ポリシーを適用する。
(f)上記を実現するうえで、グループ財務管理規定を更新し、子会社に適用する。

本稿では現状の危機下とAfter COVID-19を見据え、財務戦略上、本稿執筆時点で想定し得る検討ポイントについて考察しました。状況は刻一刻と変化していますが、この不確実な状況において事業を支えるうえでも、柔軟かつ明確な財務戦略を堅持することが重要であると考えます。

【図表】After COVID-19を見据えた財務戦略上の検討ポイント

【図表】After COVID-19を見据えた財務戦略上の検討ポイント