【第16回~TCFDを旅する~】COVID-19後のESG投資、投資家、経営者

TCFDを旅する ~サステナビリティを目指して~ 第16回:新型コロナ危機後におけるESG投資を中心にご紹介します。

新型コロナ危機後におけるESG投資を中心にご紹介します。

ハイライト

本文中の意見に関する部分については、筆者の私見であることをお断りいたします。

1. 現状分析

本稿では、新型コロナ危機後のESG投資がどのように変化するのか、あるいは変化しないのかを予測してみたいと思います。

今回の危機では、グローバルにはロックダウンなどの影響によって経済活動が停滞し、それを背景として多くの離職者、失業者が出ました。また、倉庫等で業務に従事する従業員に感染者が出たにもかかわらず、会社側が十分な対応を取らなかったために労使関係が緊張した事例もありました。

国連責任投資原則がESG投資を標榜して以来、SDGs、パリ協定と続いた流れの中でESGのうちフォーカスが当たってきたのは主にE(環境)でした。実際にEに着目したインデックスやEをテーマとした投資ファンドなどが設定され、多くの資金がそこに流れ込むことになりました。その中心は、主に欧州の年金基金などのアセットオーナー、運用会社などのアセットマネジャーです。欧州では既にESGに対するpreferenceを投資家に対して事前にヒアリングすることを金融当局のガイドラインで金融商品の販売業者に要請したり、金融商品の組成会社・運用会社に対してESGインテグレーションを開示すること及び金融商品自体のESGとの関連性を開示するよう求めるディスクロージャー制度が整備され始めており、その適用も視界に入ってきています。

我が国においてもESG投資の拡大は著しく、新型コロナ危機を契機にグローバルな潮流に追随していくものと思われます。

このような状況の中で新型コロナ危機後のESG投資の方向性を読み解くポイントは、スチュワードシップコードの再改訂によって機関投資家と企業とのエンゲージメントのテーマとしてサステナビリティが明記されたこと、株主第一主義からステークホルダー資本主義への転換です。

(1)投資家サイド:スチュワードシップコードの再改訂

2020年3月に再改訂が実施され、サステナビリティ(ESG要素を含む中長期的な持続可能性)を考慮した建設的なエンゲージメントの実施が機関投資家に明示的に求められました。今回の新型コロナ危機では従業員の職場環境、感染防止対策などESGのうちのS(社会)に対する注目度が上がりました。従前から機関投資家の関心が高かった気候変動リスクなどのE(環境)と並んでエンゲージメントの重要テーマと考えられます。

(2)経営者サイド:ステークホルダー資本主義

2019年8月に米国の経営者団体であるビジネスラウンドテーブルは、株主第一主義の考え方を転換し、従業員、サプライヤー、地域コミュニティなどのステークホルダーの利益を重視したステークホルダー資本主義への移行を宣言しました。

これは今まである程度ないがしろにされてきたSが企業経営の重要テーマの1つになったことを意味しています。

日本企業にとっては慣れ親しんだ考え方ではあり、グローバルな思考がようやく我が国伝統の価値観に共鳴してきたといえるでしょう。

2. 今後の展望

(1)投資家

投資家にとって企業のサステナビリティが投融資判断の重要な要素であることは新型コロナ危機の前後で変わるところではないと思われます。PRI(国連責任投資原則)が2020年3月27日に公表した「責任投資家のCOVID-19(コロナ危機)への対処方法」(“HOW RESPONSIBLE INVESTORS SHOULD RESPOND TO THE COVID-19 CORONAVIRUS CRISIS”)では、投資家に対して人的資本の管理は企業のサステナビリティの基本であり、従業員の職場環境の安全性とその経済的安全性などを経営者報酬や自社株買いなどによる株主の短期的利益よりも重視するように求めています。その一方で、気候変動リスクなどの経営課題に継続して対応する必要性を強調しています。EとSはどちらか一方を重視するものでなく、両立させるべきものです。Eは中長期の時間軸、Sはそれよりは短い時間軸で捉えることができます。企業とのエンゲージメントでは、この時間軸の違いを意識することが必要です。そして、中長期的な利益を重視する責任投資家にとって、Eの中心となる気候変動リスクに関するTCFDなどに基づいた開示の重要性は、今後も増していくと想定されます。欧州では、EUタクソノミーの枠組のなかで投融資対象となる企業の売上や設備投資のうち何%がタクソノミーに基づいているのかを開示するよう要請されており、投資家としてはESGを選好するアセットオーナーの資金を可能な限りその%の高い企業等に振り向ける必要があります。

EUタクソノミーは、何が環境的にサステナブルであるかを(1)気候変動の緩和、(2)気候変動への適応、(3)水資源等の使用と保全、(4)循環経済等への移行、(5)大気・水・土壌等の汚染防止、(6)植生・森林・希少種などエコシステムの保護の観点から定めることで、サステナブルな投融資案件に係る金融商品に民間資金を誘導することを目的としています(第17回「EUタクソノミーとESG・サステナビリティ開示1」、第18回「EUタクソノミーとESG・サステナビリティ開示2」をご参照)。

(2)経営者

一方で、経営者にとっても投資家と同様にE、Sについてサステナビリティの観点から取り組む必要があります。実際に欧州では、Eに関するEUタクソノミーの整備が最終盤を迎えていますが、この次にはSに関するEUタクソノミーを整備することが予想されています。自社が投資家の投資対象となるにはEだけでなくSにも配慮した経営が必要となる日がすぐそこまで近づいてきています。また、中長期的な経営課題としてのEの気候変動リスク対策は引き続き重要であり、TCFD等に基づく開示を推進、充実させる責任は重大です。投資家や銀行との投融資判断においてサステナビリティの重要性が高まる中、企業活動自体のサステナビリティに必要な資金調達は最重要テーマです。エンゲージメントとディスクロージャーによってその経営責任を果たすことが、ステークホルダー資本主義への道筋の1つであり、サステナビリティにコミットした経営を実践することになるはずです。また、株主第一主義のもと業績連動報酬の占める割合が高くなっていましたが、今後はサステナビリティの達成度に応じた報酬など役員報酬システムの見直しが進むものと思われます。

ご紹介:TCFD及びEUタクソノミーに関するKPMGジャパンのサービス等

KPMGジャパンでは、GSDアプローチによるTCFDアドバイザリーサービスを提供しています。
また、EUタクソノミーに関するご相談を受け付けています。
詳細は、ページ内の「お問合せフォーム」もしくは「ご依頼・ご相談 RFP(提案書依頼)」からお問い合わせください。
 

※ GSDアプローチとは、Gap analysis(TCFD最終提言とのギャップ分析)、Scenario analysis(シナリオ分析)、Disclosure analysis(開示内容・手法の妥当性分析)を指します。

執筆者

KPMGジャパン
コーポレートガバナンスCoE/TCFDグループ
テクニカルディレクター 公認会計士 加藤 俊治

TCFDを旅する ~サステナビリティを目指して~