偶発事象・後発事象の会計処理・開示ポイント
旬刊経理情報(中央経済社発行)2019年3月20日特別特大号の改正事項と実務論点を総点検!3月総特集にあずさ監査法人の解説記事が掲載されました。
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この記事は、「旬刊経理情報2019年3月20日特別特大号」に掲載したものです。発行元である中央経済社の許可を得て、あずさ監査法人がウェブサイトに掲載しているものですので、他への転載・転用はご遠慮ください。
ポイント
- 偶発事象については、発生した事象について、「損失の発生の可能性」と「損失金額の見積りの可能性」という観点から、引当金計上の要否や偶発債務の注記の要否を検討することとなる。
- 後発事象については、発生した事象について、「修正後発事象」なのか、「開示後発事象」なのかを分類し、それぞれの分類に応じた取扱いを検討することとなる。
はじめに
2018年12月14日に日本公認会計士協会(以下「JICPA」という)は、会計制度委員会研究報告「偶発事象の会計処理及び開示に関する研究報告」(公開草案)(以下「研究報告」という)を公表した。この研究報告は、わが国における偶発事象に関する会計上の取扱いと現行実務の分析、それに国際財務報告基準(IFRS)における偶発事象の取扱いを紹介したうえで、将来、我が国で偶発事象全般に関する会計基準を開発する場合において、考慮すべきと思われる3つの観点(財務諸表の比較可能性、開示の適時性、開示の充実)を示している。
本稿では、この研究報告の内容も踏まえて、偶発事象の決算時の留意点について解説するとともに、後発事象の決算時の留意点についてもあわせて解説する。なお、本文中の意見に関する部分は、筆者の私見であることを申し添える。
偶発事象
(1)偶発事象とは
偶発事象とは、「利益又は損失の発生する可能性が不確実な状況が貸借対照表日現在既に存在しており、その不確実性が将来事象の発生すること又は発生しないことによって最終的に解消する事象」であり、偶発利益と偶発損失とに分類される。
会社の決算において主に論点になるのは、偶発損失、およびこれと併せて計上される偶発債務であり、偶発利益について論点になることはあまり多くないと考えられる。これは、偶発損失については、引当金の計上や偶発債務の注記のタイミングが経営者の判断を要する難易度の高い論点となるのに対し、偶発利益については、一定の要件を満たした時点で収益として計上することのみが論点であり、引当金や注記のように難易度が高い論点ではないためと考えられる。
(2)偶発損失に関連する論点等
1.引当金の計上
わが国において、引当金の計上は企業会計原則注解※1において定められている。
※1引当金について
将来の特定の費用又は損失であって、その発生が当期以前の事象に起因し、発生の可能性が高く、かつ、その金額を合理的に見積ることができる場合には、当期の負担に属する金額を当期の費用又は損失として引当金に繰入れ、当該引当金の残高を貸借対照表の負債の部又は資産の部に記載するものとする。
製品保証引当金、売上割戻引当金、返品調整引当金、賞与引当金、工事補償引当金、退職給与引当金、修繕引当金、特別修繕引当金、債務保証損失引当金、損害補償損失引当金、貸倒引当金等がこれに該当する。
発生の可能性の低い偶発事象に係る費用又は損失については、引当金を計上することはできない。
この取扱いによれば、発生した偶発損失について、1.将来の特定の費用または損失であって、2.その発生が当期以前の事象に起因し、3.発生の可能性が高く、かつ、4.その金額を合理的に見積もることができる場合には、当期の負担に属する金額を当期の費用または損失として引当金に計上することになる。
2.偶発債務の注記
財務諸表等規則と会社計算規則では、偶発債務について、貸借対照表に注記すべき事項として、それぞれ次のように定めている。
- 財務諸表等規則第58条 偶発債務の注記
偶発債務(債務の保証(債務の保証と同様の効果を有するものを含む。)、係争事件に係る賠償義務その他現実に発生していない債務で、将来において事業の負担となる可能性のあるものをいう。)がある場合には、その内容及び金額を注記しなければならない。ただし、重要性の乏しいものについては、注記を省略することができる。 - 会社計算規則第103条第1項第5号 貸借対照表等に関する注記
保証債務、手形遡求債務、重要な係争事件に係る損害賠償義務その他これらに準ずる債務(負債の部に計上したものを除く。)があるときは、当該債務の内容及び金額
財務諸表等規則のルールでは、この規則で定める「偶発債務」について、「将来において事業の負担となる可能性のあるもの」という限定を付している。このため、係争事件等が発生した場合でも、将来の事業の負担となる可能性の有無によって、注記の要否が異なることとなる。
どのような状況に至った場合に、事業の負担となる可能性があるものと判断して、財務諸表に注記すべきなのかについては、社内で方針を検討したうえで、偶発債務の開示の要否を決定すべきと考える。特に投資家の意思決定に重要な影響を与える事象であればあるほど、慎重に検討することが必要である。
この点に関して、JICPAが行った現行の実務の調査の結果では、引当金を計上する前に、当該事象について、偶発債務の注記を開示していたケースは少数にとどまっているという調査結果となっている(この調査結果については後述する。)。
なお、IFRS(IAS第37号)においては、IFRSのルールに基づく引当金および偶発債務に関連する開示を行うことで、他社との係争における企業の立場が著しく不利になると予想できる場合、係争の全般的な内容と情報を開示しなかった旨およびその理由を記載したうえで、開示を免除するという取扱いが定められており、JICPAの研究報告でも紹介されている。
3.監査・保証実務委員会実務指針第61号「債務保証及び保証類似行為の会計処理及び表示に関する監査上の取扱い」
JICPAが公表している監査・保証実務委員会実務指針第61号「債務保証及び保証類似行為の会計処理及び表示に関する監査上の取扱い」(最終改正2011年3月29日)(以下「監保実第61号」という)では、偶発事象のうち、債務保証および保証類似行為(保証予約、経営指導念書等の差入れ)の会計処理および表示に関する監査上の取扱いを定めている。
監保実第61号の重要なポイントは、債務保証および保証類似行為について、発生した事象の「損失の発生の可能性」と「損失金額の見積りが可能性」の程度によって、債務保証損失引当金と追加情報の注記の取扱いを、図表1のようにまとめている点である。
図表1 債務保証損失引当金と追加情報の注記の取扱い
損失の発生の可能性の程度 | 損失金額の見積りが可能な場合 | 損失金額の見積りが不可能な場合 |
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高い場合 |
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ある程度予想される場合 |
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低い場合 |
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(注)損失の発生の可能性が高く、かつ、その損失金額の見積りが不可能な場合は、通常極めて限られたケースと考えられる。
したがって、主たる債務者が経営破綻または実質的な経営破綻に陥っている場合には、必要額を債務保証損失引当金に計上することになる。
(出所)監保実第61号をもとに筆者作成
JICPAの研究報告では、「監保実第61号は、偶発事象のうち、債務保証及び保証類似行為(保証予約、経営指導念書等の差入れ)の会計処理及び表示に関する監査上の取扱いを定めたものであり、債務保証及び保証類似行為以外を含む偶発事象全般についての取扱いを定めたものではない。」との断りをした上で、債務保証および保証類似行為以外の偶発債務の会計処理や注記を検討する際にも、図表1のマトリックス表は参考になると考えられている、としている。
(3)研究報告の現行実務の分析
JICPAの研究報告では、偶発事象関連の引当金を計上した企業が、引当金を計上した事業年度よりも前の事業年度において、当該事象について、偶発債務の注記を開示していたかどうかについて分析している。偶発事象の解説の最後に、この現行実務の分析について紹介させていただきたい。
この分析は、発生した偶発事象については、時間の経過とともに、損失の発生の可能性についての判断の精度と損失金額の見積りの精度は両者ともに高まると考えられるため、監保実第61号の取扱いに照らして検討すると、時間が経過するにつれて、企業は、開示不要という状況から偶発債務の注記、その後の引当金の計上の会計処理をすることになるという仮定(なお、時間が経過するにつれて、損失の発生の可能性が消滅することもある)に基づく分析となっている。
JICPAの研究報告では、調査対象について次のように記載している。
調査対象
- 調査対象期間内(2011年4月1日~2016年3月31日)のいずれかの決算日において、有価証券報告書の連結財務諸表に「引当金(貸倒引当金を除く。)」を計上している会社(東証一部上場会社)を調査対象とする。
- 引当金のうち、偶発性が高いと考えられる訴訟関連、違法行為関連、損害賠償関連の引当金(26種類)を調査対象とする。
図表2 調査結果
引当金の分類にBS注記を記載していなかった会社 | 引当金計上前にBS注記を記載していた会社 | 引当金計上前に「その他」で開示していた会社 | 参考 引当金計上前に「事業の状況」で開示していた会社 | ||
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1 | 訴訟関連 | 62 | 8 | 17 | 9 |
2 | 違法行為関連 | 55 | 1 | 14 | 12 |
3 | 損害補償関連 | 18 | 2 | 2 | 1 |
135社 | 11社 | 33社 | 22社 |
(出所)JICPA研究報告
調査結果図表2によると、引当金計上前に注記を記載していなかった会社135社に対し、引当金を計上する前に注記を記載していた会社は11社にとどまっていた。前記の訴訟関連、違法行為関連、損害補償関連のような事象の注記の要否や引当金計上のタイミングについては、決算において、各社が会計監査人とも協議をしながら、慎重に検討されているものと推測するが、調査の結果としては、引当金を計上する前に、当該事象について、偶発債務の注記を投資家に対して開示していたケースは少数にとどまっていた。
この理由について、研究報告では、各引当金について推察した結果、偶発債務の注記の段階から引当金計上の段階に移行する期間が短期間であったケースとして会計処理されているためではないかと結論づけている。短期間であり、偶発債務として開示すべき期間がなかったと思われる。
なお、研究報告では、非財務情報である「経理の状況」の「その他」や「事業の状況」の「事業等のリスク」において、引当金の計上前に訴訟関連、違法行為関連、損害補償関連について開示していた会社数についても記載しているが、財務諸表に偶発債務の注記をした会社数は、これらの非財務情報として開示した会社数を下回っていた。
後発事象
(1)後発事象とは
後発事象とは、「決算日後に発生した会社の財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況に影響を及ぼす会計事象」をいう。このうち、会社の決算において論点となるのは、独立監査人の監査報告書日までに発生した後発事象である。
後発事象は、1.財務諸表を修正すべき後発事象(修正後発事象)と、2.財務諸表に注記すべき後発事象(開示後発事象)の2つに分けられる。
- 修正後発事象:決算日後に発生した会計事象ではあるが、その実質的な原因が決算日現在においてすでに存在しており、決算日現在の状況に関連する会計上の判断ないし見積りをするうえで、追加的ないしより客観的な証拠を提供するものとして考慮しなければならない会計事象
- 開示後発事象:決算日後において発生し、当該事業年度の財務諸表には影響を及ぼさないが、翌事業年度以降の財務諸表に影響を及ぼす会計事象
(2)後発事象に関連する論点等
1.修正後発事象なのか、開示後発事象なのかの区分
修正後発事象なのか、開示後発事象なのかの区分については、決算日後に発生した事象であることは共通しているものの、「その実質的な原因が決算日現在において既に存在しているのかどうか。」という判断によって分類されることになる。
このため、事象の種類等によって画一的に分類することはできず、個別のケースについて、その実質的な原因が決算日現在においてすでに存在しているのかどうかを検討し、判断することになると考えられる。
この点、JICPAが公表している監査・保証実務委員会報告第76号「後発事象に関する監査上の取扱い」(最終改正2009年7月8日)(以下「監保実第76号」という)では、修正後発事象の例示として、次の2つの例を示している。
- 決算日後における訴訟事件の解決により、決算日において既に債務が存在したことが明確となった場合には、単に偶発債務として開示するのではなく、既存の引当金の修正又は新たな引当金の計上を行わなければならない。
- 決算日後に生じた販売先の倒産により、決算日において既に売掛債権に損失が存在していたことが裏付けられた場合には、貸倒引当金を追加計上しなければならない。
また、監保実第76号では、開示後発事象の例示図表3についても記載しているが、この記載の中で、太字で記した項目で損失が発生するときは、修正後発事象となることも多いことに留意する必要があるとしているため、参考にして頂きたい。
図表3 開示後発事象の例示
I.財務諸表提出会社、子会社及び関連会社 | 1.会社が営む事業に関する事象 |
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2.資本の塙減等に関する事象 | |
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3.資金の調達又は返済等に関する事象 | |
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4.子会社等に関する事象 | |
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5.会社の意思にかかわりなく蒙ることとなった損失に関する事象 | |
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6.その他 | |
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II.連結財務諸表固有の後発事象 |
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(出所)監保実第76号をもとに筆者作成
2.財務諸表における修正後発事象の取扱い
決算日後、会社法の計算書類に対する会計監査人の監査報告書日までの間に発生した修正後発事象については、その影響を反映させるため、計算書類を修正する取扱いとなる。
論点となるのは、計算書類の会計監査人の監査報告書日後、金融商品取引法の有価証券報告書の監査報告書日までの間に発生した場合である。このケースでは、本来的には、その影響を反映させるため、財務諸表を修正する取扱いとなるが、計算書類との単一性を重視する立場から、当該修正後発事象は、有価証券報告書において、開示後発事象に準じて取り扱うものとされている。
3.計算書類または財務諸表における開示後発事象の取扱い
開示後発事象のうち、計算書類または財務諸表の開示の対象となるのは、重要な後発事象である。この重要性は、当該事象が、会社の財政状態、経営成績およびキャッシュ・フローの状況に重要な影響を及ぼす事象であるかどうかという点から判断される。
決算日後、会社法の計算書類に対する会計監査人の監査報告書日までの間に発生した重要な開示後発事象については、計算書類において重要な後発事象に関する注記として記載する。
また、決算日後、金融商品取引法の有価証券報告書の監査報告書日までの間に発生した重要な開示後発事象については、財務諸表において重要な後発事象の注記として記載する。このため、計算書類の会計監査人の監査報告書日後、金融商品取引法の有価証券報告書の監査報告書日までの間に、重要な開示後発事象が発生した場合には、有価証券報告書の財務諸表の注記において、追加されることになる。
4.連結子会社および持分法適用会社の後発事象の認識
連結子会社および持分法適用会社の後発事象は、親会社の決算日ではなく、連結子会社および持分法適用会社のそれぞれの決算日(または仮決算日)を基準として認識することになるため、親会社と決算日がずれている連結子会社および持分法適用会社については留意する必要がある。
5.重要な後発事象の注記
財務諸表等規則と会社計算規則では、重要な後発事象の注記について、図表4のように定められている。
図表4 重要な後発事象の注記
財務諸表等規則第8条の4 重要な後発事象の注記 |
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貸借対照表日後、財務諸表提出会社の翌事業年度以降の財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況に重要な影響を及ぼす事象(以下「重要な後発事象」という。)が発生したときは、当該事象を注記しなければならない。 |
財務諸表等規則ガイドライン8の4 |
規則第8条の4に規定する重要な後発事象とは、例えば次に掲げるものをいう。
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会社計算規則第114条 重要な後発事象に関する注記 |
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執筆者
有限責任 あずさ監査法人
パートナー 公認会計士
高津 知之(たかつ ともゆき)