新収益認識基準が企業経営に与える影響の考察~業種別シリーズ 製造業・卸売業~
ASBJは新収益認識基準を公表しました。本稿は、基準の適用による影響が想定される業種を取り上げ、企業経営に与える影響と課題を解説します。今回は、製造業・卸売業を解説します。
ASBJは新収益認識基準を公表しました。本稿は、基準の適用による影響が想定される業種を取り上げ、企業経営に与える影響と課題を解説します。今回は、製造業・卸売業を解説します。
企業会計基準委員会(ASBJ)は平成30年3月30日、「収益認識に関する会計基準」および「収益認識に関する会計基準の適用指針」(以下「新収益認識基準」という)を公表しました。新収益認識基準は、国際的な会計基準との整合性を重視しており、国際財務報告基準(IFRS)第15号および米国基準(ASC606)と一部を除きほぼ同様の内容となっています。
新収益認識基準を適用することによって、売上高に影響が生じる可能性があります。新収益認識基準の適用は、単なる会計処理の問題に留まらず、業務やシステム、経営管理への影響が生じることも考えられます。複数回にわたり、特に重要な影響を受けることが想定される業種を取り上げ、設例を挙げながら、企業経営に与える影響と課題を解説します。本稿では製造業・卸売業に焦点をあてて解説します。なお、本文中の意見に関する部分については、筆者の私見であることをあらかじめお断りいたします。
ポイント
- 製造業・卸売業において特に重要な影響を受ける取引としては、変動対価及び有償支給取引がある。
- 変動対価では、契約で約束された対価に変動性のある金額を含んでいる場合、収益を認識するタイミング、金額が変わる可能性がある。
- 有償支給取引では、企業が支給品について買戻義務を負っているかどうかで取り扱いが異なってくる。
- 新収益認識基準の適用によって、変動対価及び有償支給取引がある場合には、業務プロセスを見直すことが必要となる可能性がある。
I. はじめに
新収益認識基準では、「契約」を識別したのち、契約についての取引価格を決定します。取引価格とは、顧客への財又はサービスの移転と交換に、企業が権利を得ると見込む対価の金額で、第三者のために回収する金額を除いたもの(例えば消費税などは除かれます)をいいます。取引価格の決定に当たっては、契約条件や実務慣行を加味する必要があり、算定する際には、「変動対価」「重要な財務要素」「現金以外の対価」「顧客に支払われる対価」の影響を加味する必要があります。上記の中では特に製造業・卸売業において、「変動対価」が重要な影響を及ぼす場合があります。変動対価とは、顧客と約束した対価のうち変動する可能性のある部分をいいます。
また、製造業では有償支給取引をしている企業は、企業の買戻し義務の有無により異なる処理をすることが明確となったことで、従来の収益の計上金額、棚卸資産の金額が変わる場合があります。
以下、「変動対価」「有償支給取引」について、新収益認識基準の概要、企業経営に与える影響と課題について解説します。
II. 変動対価
1. 新収益認識基準の概要
従来の日本基準では、変動対価に関する一般的な定めはありませんでした。そのため、個々の契約に応じて個別に判断が行われていました。その結果、例えば、売上リベートについては、販売時にリベートを認識する場合もあれば、確定時に認識する場合もありました。また、仮価格については、販売時に仮価格で売上を計上したうえで、その後の顧客との交渉状況などに応じて売上を修正するというのが今までの実務上の処理であったと思われます。
この点、新収益認識基準では、顧客と約束した対価に変動対価が含まれるなら、変動対価の額を見積もった上で収益計上することになります。具体的には下記に記載する検討手順を踏まえ処理をすることになります。
検討1 変動対価が含まれるか否か
企業は取引価格に変動対価が含まれる場合には、当該変動対価を見積もる必要がありますが、対価はさまざまな要因で変動する可能性があります。具体例として図表1に記載されているような要因があり、変動対価は広範にわたります。また、変動対価は、必ずしも契約書に記載されているとは限りません。例えば、商慣行や公表している方針などにより、企業が契約に記載された金額よりも低い対価を受け入れるだろうといったことを顧客が抱いている場合や、その他の事実及び状況により、企業が顧客との契約締結時点で価格を譲歩する意図を有していることが示唆される場合などにも、変動対価が含まれます。
図表1 主な変動対価の例
値引き、リベート、返金、インセンティブ、業績に基づく割り増し金、ペナルティー、返品権付き販売 等 |
検討2 変動対価の見積り
検討1で対価の中に変動部分が含まれる場合、取引価格を算定するため、図表2のいずれかの方法を用いて変動対価の額を見積もることになります。見積方法は、自由に選択できるわけではなく、企業が権利を得ることとなる対価の額をより適切に予測できる方法を用いる必要があります。また、選択した単一の方法を、契約全体を通じて首尾一貫して適用しなければならならず、見積もった取引価格は決算日ごとに見直す必要があります。
図表2 変動対価の見積方法
見積方法 | 説明 |
---|---|
最頻値法 | 発生し得ると考えられる対価の額における最も可能性の高い単一の金額による方法 |
期待値法 | 発生し得ると考えられる対価の額を確率で加重平均した金額による方法 |
検討3 取引価格に含める変動対価の決定
変動対価の額については、収益の過大計上防止のため、対価の変動に関する不確実性が、解消される時点までに計上された収益に著しい減額が発生しない可能性が高い部分に限り、取引価格に含めることになります。つまり、著しい売上戻りが発生しないと言い切れる部分までしか収益を認識できないという制限がかかっているわけです。著しい収益の減額が発生しないかどうかの判断は図表3の事項を考慮し決定することになります。このような状況がある場合には、取引価格を慎重に算定する必要があります。
図表3 収益を減額する可能性がある要因
(I)市場の変動性又は第三者の判断若しくは行動等、対価の額が企業の影響力の及ばない要因の影響を非常に受けやすいこと (II)対価の額に関する不確実性が長期間にわたり解消しないと見込まれること (III)類似した種類の契約についての企業の経験が限定的であるか、又は当該経験から予測することが困難であること (IV)類似の状況における同様の契約において、幅広く価格を引き下げる慣行又は支払条件を変更する慣行があること (V)発生し得ると考えられる対価の額が多く存在し、かつ、その考えられる金額の幅が広いこと |
2. 具体例(仮単価)
(1)前提条件
- A社はB社との販売単価の交渉には数ヵ月時間を必要とし、商品の引渡しは行われているが、現状価格交渉を継続している状況である。A社とB社は単価が決定するまで、暫定的に単価100万円で取引することに合意した。
- B社との過去の類似の取引実績では、平均2%程度減額されている。
- A社とB社の価格交渉は当期に妥結せず、決算を迎えている。A社にとって単価5万円の減額は、著しい減額であると判断された。
- 翌期、双方の合意の結果、単価は94万円で合意された。
(2)解説
検討1 変動対価が含まれるか否か
A社とB社の取引において価格交渉の結果で対価の額が変動しているため、当該取引は変動対価が含まれます。
検討2 変動価格の見積り
過去の類似の取引から当初の暫定価格から減額されている事実があり、当該金額は過去平均で2%の減額されているため、取引価格を98万円と見積ります。
検討3 取引価格に含める変動対価の決定
それまでに認識した収益の累計額に著しい減額が発生しない可能性が高い金額で、売上計上することが必要となり、決算においては、見積もった取引価格の見直しを行うことが必要です。営業から先方のプレッシャーが強く、95万円まで減額される可能性が高いとの報告があったため、下記の売上を計上します。
<決算時>(単位:万円)
(借方)売掛金 95 /(貸方)売上 95
<価格合意時>(単位:万円)
変動対価を見積もった金額と、確定額との差額は、確定時点で調整されます。
(借方)売上 1 /(貸方)売掛金 1
3. 企業経営に与える影響と課題
変動対価については、従来の基準で明確に定められていなかったため、企業によっては収益を計上する金額が異なる可能性があり、該当する取引がある場合、業務プロセスに大きな影響を与えることが想定されます。
前述の具体例では、前提条件に含まれていた見積りの要素をどのように決定するかの検討プロセスが必要となります。具体的には、検討1では変動対価が含まれているかどうかの判断をするプロセスが必要となります。これを営業部門で実施するのか、経理で実施するのかも決めなければなりません。次に検討2では、変動価格の見積方法を検討する必要があります。選択した単一の方法を、契約全体を通じて首尾一貫して適用しなければならならず過去の類似取引や慣行を加味し実態にあった見積方法を決めなければなりません。さらに検討3では著しい売上戻りが発生しない可能性が高いと判断するプロセスが必要となり、何をもって判断したのかが明確で、かつ営業、経理双方が納得するものである必要があるでしょう。変動対価については、このような判断を四半期決算ごとに見直すことが必要となります。
III. 有償支給取引
1. 新収益認識基準の概要
企業が、対価と交換に原材料等を外部(以下「支給先」という)に譲渡し、支給先における加工後、当該支給先から当該支給品(加工された製品に組み込まれている場合を含む。以下同じ)を購入する場合があります。これら一連の取引は、一般的に有償支給取引と呼ばれています。新収益認識基準では有償支給取引について、企業が当該支給品を買い戻す義務を有しているか否かで会計処理の扱いが異なることが明確となり、図表4のように会計処理されます。
図表4 有償支給取引の取扱い
有償支給取引において、企業が支給品を買い戻す義務を負っている場合、企業は支給品の譲渡に係る収益を認識せず、当該支給品の消滅も認識しない、つまり棚卸資産として計上し続けることになります。
一方、企業が支給品を買い戻す義務を負っていない場合には、当該支給品の帳簿価格を落とすことになります。ただし、その譲渡に係る収益は認識しないことになります。
2. 具体例
(1)前提条件
- A社(支給元)はB社(支給先)と製品Xの購入契約を締結している。A社は、当該契約に基づき、A社が製造した部品Y(A社における帳簿価格は900万円)をB社に1,000万円で有償支給し、加工後の製品Xを1,200万円でB社から購入した。
- 当該取引において、契約上、次の事項が定められている。
1. B社は、A社から支給された部品YをA社に供給する製品Xの製造にしか使用できない。
2. A社から支給された部品Yについて、B社が検収した時点で、当該支給部品に対する所有権及び危険負担は、A社からB社に移転する。
3. A社には、B社に対して有償支給した時点で、法的な債権が生じる。
4. A社からB社への部品Yの有償支給に係るA社の債権は、製品Xの納入月の翌月末日に決済される。
5. B社からA社への製品Xの納入に係るA社の債務は、製品Xの納入日に認識され、その月の末日に決済される。
6. 製品Xの納入時点において、製品Xに組み込まれた支給部品Yの価格は、支給時の価格と同額である。
7. A社はB社と支給時に全量を買い戻すことを約束した。
- A社は、B社より加工した製品Xを購入することにより、製品Xに組み込まれた支給部品Yの全量を取得するため、当該契約は買戻義務を負っている契約に該当すると判断した。
(2)解説
1. B社への部品Yの支給時の会計処理(単位:万円)
部品Yの有償支給により生じたB社に対する法的な債権を認識し、加工後の製品Xに対する支払義務に含まれる部品Y相当額として負債を認識します。部品Yの帳簿価額900万円はA社の棚卸資産として引き続き認識されます。
(借方)未収入金 1,000 /(貸方)負債 1,000
2. 加工後の製品XのA社への納入時(単位:万円)
B社の加工による増価部分を棚卸資産として認識し、負債の消滅を認識した上で、これに係る営業債務の発生を認識します。
(借方)棚卸資産 200 /(貸方) 買掛金 1,200
(借方)負債 1,000/
3. 部品Yの有償支給に係る債権の回収時(単位:万円)
(借方)現預金 1,000 /(貸方)未収入金 1,000
4. B社に対する債務の支払時(単位:万円)
(借方)買掛金 1,200 /(貸方)現預金 1,200
3. 企業経営に与える影響と課題
支給品を買い戻す義務を負っている場合、支給先に所在する支給品を自社の在庫として認識し続けることが原則的な会計処理となります。そのため、支給元は支給品の現物の移動状況を把握する必要があります。従来の実務では支給先の在庫に関しては自社の在庫として管理していない企業が多いと想定されます。そのため、支給先に保管している在庫も自社の資産として管理するように、在庫管理業務を見直す必要があります。具体的には、支給先への棚卸計画の立案、実地棚卸への関与等が考えられます。
IV. 最後に
製造・卸売業において、特に重要な影響を受ける論点として、「変動対価」と「有償支給取引」について解説してきました。「変動対価」においては、新たに見積りに係る業務フローを整備することが必要となると考えられます。また、「有償支給取引」においては、支給品を買い戻す義務を負っている場合、支給先に所在する支給品を自社の在庫として認識し続けるため、当該資産を管理する業務フローを整備をすることが必要と考えられます。双方ともに、新基準により取り扱いが明記されたため、自社に影響がある取引について影響を分析し、対応策を早期に検討することが肝要となります。
執筆者
有限責任 あずさ監査法人
アカウンティングアドバイザリーサービス
マネジャー 片桐 求