Close-up 2:ニューノーマルな世界におけるサプライチェーン再編 - CEOアジェンダへの昇華
COVID-19の蔓延を契機に、経済、社会は不可逆的に変化した。今こそビジネスを抜本的に見直す好機である。かつて、世界のお手本であった日本企業のサプライチェーンは、ニューノーマルな世界において、かつての輝きを取り戻せるか。キーワードは「CEOアジェンダへの昇華」である。
かつて、世界のお手本であった日本企業のサプライチェーンは、ニューノーマルな世界において、かつての輝きを取り戻せるか。キーワードは「CEOアジェンダへの昇華」である。
新型コロナウイルス感染症( 以下、「COVID-19」という)、地政学リスクの高まり、各国の税制・規制の変化、経営への要請の高度化等、激変した世界は元には戻らない。だがこれはビジネスを抜本的に見直す好機でもある。
かつて、世界のお手本であった日本企業のサプライチェーンは、ニューノーマルな世界の到来を契機に、かつての輝きを取り戻せるか。キーワードは「CEOアジェンダへの昇華」である。
ニューノーマルな世界の再考
ニューノーマルな世界。COVID-19の世界的蔓延によって頻繁に耳にするようになったが、ポストコロナの世界とも言い換えられるこのワードは、「COVID-19によって変化した世界」よりも、はるかに広く、多様なインパクトを企業を取り巻く環境、ひいてはその活動そのものに及ぼしている。
ひとつには、昨今の地政学リスクの高まりがある。自国主義の台頭、米中新対立構造の深化と先鋭化、これに伴う米中経済からのデカップリングやアジア圏の分裂、Brexit含むEUの変容などのマクロ構造の環境変化だ。二つ目は、各国の税制、規制の変化である。今や経済戦争のツールとみなされる大国による関税発動、新興国の課税強化や安全保障関連商材の国内回帰などが例としてあげられる。そして三つ目は、経営高度化への要請の高まりだ。ウィズ・コロナの先の見えない中でのかじ取りはもちろん、構造改革・事業再編、インオーガニックな成長、BCP、サイバーを含むリスク管理、SDGs等の新しい社会的価値観の事業への取込み、デジタル化など、企業は多くの側面での同時対応が迫られている。つまり、ニューノーマルな世界とは、これまでとは桁違いに経営環境が複雑化した世界と言える。
そしてこれらのほぼすべての要因が、企業のサプライチェーンに直接の影響を与えていることに、注目しなくてはならない。従来の経営は、事業戦略、それを前提としたサプライチェーン戦略、そして個別機能という流れで議論されてきたが、今や事業戦略とサプライチェーン戦略は限りなく同一化しつつある。これもニューノーマルな世界の重要な側面であろう。
サプライチェーン前提の大きな変化
冷戦終結、EU発足、中国を始めとする新興国経済の台頭と、これまで約30年間、世界の経済環境はグローバル化の方向へと進んできた。そして企業においては、効率性を第一に垂直分業、水平分業を活かしながら、グローバル一気通貫のサプライチェーンを構築することが「良し」とされてきた。ところがニューノーマルな世界の到来によって、グローバルからローカル、ボーダーレスからボーダーフル、全体最適から局地最適、そして効率性から継続性・持続性へとパラダイムが転換し、これまでのサプライチェーンの前提が大きく覆されてしまった。これまでの自社ビジネスの前提や常識が今後も通用するのか、サプライチェーン再編の議論は、この問いかけから始めなければならない。
新環境下でのSCMアプローチ
1.視座を高めよ~ ビジネスモデルの再考から
広範なサプライチェーンのどの機能を使って、どの国・地域で、誰と組んで、いかなる価値を創るのか、それをいかにして顧客に提供し、どのような収益を目指すのか。まずは、これまでのビジネスモデルを見直すところから始めたい。
例えば、中国で集中生産を行うグローバルなコンシューマーグッズメーカーであれば、次の手として、「脱中国」や「第二の中国探し」といった新たな製造拠点の検討だけでなく、ものづくりからライセンスビジネスへの転換といった検討もありえるかもしれない。ビジネスモデルの検討というと、新規ビジネスやインターネットの世界を連想しがちだが、これからのサプライチェーンの再編においても、必須の第一ステップである点を留意すべきであろう。
2.M&Aでは価値創造とスピードに徹底的なこだわりを
先が見えない今だからこそ、自社で何をすべきかを再考することが重要であり、その実行において、M&Aは非常に有効な手段となる。ところが、往々にしてM&Aやその後の統合作業(PMI)となると、手法やスキーム、リスク管理のテクニックなどに経営の関心が集中しがちで、本来の価値創造の議論が十分でないケースが多くみられるのも事実である。
M&Aの実施に際しては、何よりもまず、価値創造にこだわることが肝要となる。それには、買収の戦略目的への立ち返りが必要だ。M&Aは、大きく分けて、強者の戦略と弱者の戦略(強者になるための戦略)の2つの戦略がある。前者は自社でできる事業機能を買収し、市場浸透において時間を買うという考え方で、後者は自社にはない人材、知見、発想法、技術、ネットワーク等を獲得し、非連続な成長を狙う考え方だ。
自社が仕掛ける買収が、どちらの戦略にもとづくもので、いかなる価値創造を狙うのか、定量的・定性的に徹底して議論をし、全ての判断、アクションの基礎とすべきであると考える。
PMIの現場においては、サプライチェーンの各機能を買収する側、された側のどちらに寄せるかについて、議論が紛糾することが多い。買収する側のプライドや、買収された側への配慮が強すぎると、ことが前に進まなくなる。買収戦略、またそもそもの買収動機、すなわち、どちらのアプローチで、どういった価値創造を狙うかの基本線に常に立ち返ることで、議論がシンプルになるはずである。
また、M&A、特に売却や清算案件となると、検討が後回しになっているケースが日本企業の間にはまだまだ多く見られる。グローバル先進企業の間では、地政学リスクの高まりを念頭においた、機動的な事業の売却、現地法人・拠点の統廃合といった動きが加速、活発化しているという事実に留意が必要だ。
3.CEOアジェンダとCXOテーマ
企業において、これまでサプライチェーンは、事業構造やM&A、さらに業務、IT、ガバナンス、リスク、税務など、各テーマ(以下CXOテーマという)個別に議論されるケースが大半であった。それでも、ある程度、整合性が取れていたのは、将来の経営環境が一定の確度で予見できたことと、「効率性重視で、グローバル一気通貫」という不文律的な方向づけがあったためである。 一方で、ニューノーマルな世界では、複雑な経営環境をどう見るかをベースに、全社統一のシナリオを策定し、その前提において各CXOテーマについて包括的な検討を始めることが重要となる。 このシナリオ策定こそが、サプライチェーンをCXOテーマからCEOアジェンダへ昇華させる上での重要なポイントのひとつとなる。
「さまざまな専門家が多面的に分析しているが、施策がちぐはぐ、優先順位に疑問、等々。」 昨今、国や地方のCOVID-19への対応に関して、良く耳にするフレーズであるが、各省庁や自治体が、それぞれシナリオを策定していることも一因ではないだろうか。未曽有の環境変化が起きた、また日々変化し続けている現状だからこそ、全体を俯瞰する視点と、組織内での共通理解に基づく統一的なアクションが求められる意味で、サプライチェーンの再編の難しさとの共通項を見る思いだ。
もうひとつのポイントとしては、各CXOテーマの検討結果を踏まえての総合的な意思決定がある。多面的、かつさまざまなトレードオフに鑑みての決断は、CEOの仕事そのものである。その際、意思決定の拠り所となるのは数値である。
最近、当社においては、製造拠点の移管についての相談件数が増えているが、少なくないケースにおいて、供給の継続性や移管先の品質など、ものづくりの視点からの検討に留まりがちで、移管による影響が財務数値や税効率にどのように及ぶかまで、議論が至っていない。ここでは、変更によるインパクトを、数値にまでしっかり落とし込む基本動作が重要となる。
また、現在のように環境変化が激しく、先が見えないなかでは、想定シナリオ通りにいかない場合も多い。フレキシブルなシナリオの修正、それをベースとしたCXOテーマごとの再検討といった一連のアクションを、どれだけ素早くできるか。組織的な認識共有と実行のメカニズムを、社内にいかに構築するかも、サプライチェーン再編のかぎとなる。
CEOアジェンダへの昇華
先日、KPMGで実施したセミナーにご参加頂いた顧客企業のご担当者を対象とした調査においても、サプライチェーンマネジメントにおけるCEOの期待役割のトップは、「トップダウンでの意思決定」であった。「社内外との対話推進」や、「権限移譲」といった他の項目よりも、はるかに高い票を集めた。
ミドルアップ・現場主導に強みがあった日本のサプライチェーンマネジメントは、パラダイムシフトの環境下で大きく変化すべき時であり、CEOアジェンダとして、新たなアプローチと体制で取り組むことこそ、日本企業が再び輝きを取り戻すためには必要となる改革だ。
執筆者
株式会社KPMG FAS
パートナー 稲垣 雅久
企業のターンアラウンド・トランスフォーメーションの専門家として、事業会社、PEファンド、金融機関に対し、業界再編、事業再生、またM&Aにおける事業・オペレーションのDDから買収後のバリューアップ・シナジー創出まで豊富な経験を有する。欧州や米州(欧米)市場における法人・拠点統廃合や統括会社設立を含む、製造・流通業におけるサプライチェーンをテーマとしたクロスボーダー案件の支援も多数。