あずさ監査法人は、監査変革「Audit Transformation(AX)」を進める中で、生成AIとAIエージェントの活用を推進しています。社内専用チャットツール「AZSA Isaac」や会計・監査特化型の「Chat KOMEI」を導入し、業務の効率化を実現してきました。
現在では、稟議書・議事録の分析や開示チェックといった監査手続上での生成AI活用、さらにAIエージェントによる自律的な業務遂行へと進化しています。「KPMG Clara AI Agents」の導入を開始しており、グローバルとも協働しAIエージェントの拡張を進めていきます。情報セキュリティや倫理的使用に重点を置き、「KPMG Trusted AI」フレームワークで安心・安全なAI活用を推進し、人間と協働する次世代型監査を目指しています。
本コンテンツは、「AZSA Quality 2025/26(監査品質に関する報告書)」からご紹介しています。
生成AIとAIエージェント利活用の現在と将来像
点から面へ広がる生成AIの活用
「Chat」から「Agent」へ
ビジネスにおける生成AI活用の初期段階は、セキュリティを担保した環境下で、チャット形式でプロンプト(質問)を入力し回答を生成させるのが一般的です。あずさ監査法人でも同様の手法で、社内専用チャット「AZSA Isaac」を2023年8月から導入し、監査業務に利用してきました。2024年2月からはKPMG内部限定のナレッジを参照して回答する会計・監査に特化した「ChatKOMEI」を導入し、ナレッジの検索や要約、アイデア出しなどに活用しています。これらのツールを用いて、特に効率化の面で業務改善を図ってきました。
生成AI活用の次の段階としては、チャットを超えて既存のツールと統合し、業務プロセスにおいて生成AIを直接的に活用する取組みが活発化しています。あずさ監査法人では、例えば膨大なドキュメントから迅速に監査上の重要論点を検知するツールや、開示財務書類のチェックツールなど、監査手続に直結するツールにも生成AIを活用しています。さらに現在は、これまでの生成AI活用から一歩進んで、人間からの指示を受けてタスク達成のために自律的に判断し行動する「AIエージェント」を主要な業務で活用する段階を迎えています。
すでにあずさ監査法人でもAIエージェントの監査活用に着手しています。例えば、株式会社 KPMG Forensic &Risk Advisoryの不正の専門家が持つ知見と外部情報を組み合わせた不正対応特化型のAIエージェントを2025年6月にリリースし、2025年7月以降より監査エンゲージメントへの適用を開始しています。
※ 株式会社 KPMG Forensic & Risk Advisory:不正・不祥事、コンプライアンス・契約違反、情報漏洩、サイバー攻撃等に対し、最新の調査手法・テクノロジーを活用した事実解明調査を行うとともに、その後の再発防止、平時からの予防、発見・検知の支援を行う、KPMGジャパンを構成するファームの1つ。
また、監査の基礎を支えるプラットフォームであるKPMG Claraも、AIエージェントを搭載した次世代型に移行します。
なお、生成AIやAIエージェントの活用にあたっては、KPMGが管理する環境下で、機密情報がAIに学習されたり漏えいしたりしないようセキュリティを担保し、開発プロセスおよび利用時のガバナンス態勢を構築しています。
進化したプラットフォーム「KPMG Clara AI Agents」
KPMG Claraに新たに導入されたAIエージェントは、他のツールやデータベースと連携して、自律的にデータを集約、レビューおよび文書化します。
例えば、会計基準やその他外部データ、さらにはKPMGおよびあずさ監査法人内部のガイダンスに基づいて、ナレッジ検索や情報の要約ができます。また、監査関連ドキュメントの品質レビュー・コーチングを行い、品質向上に貢献します。業務に役立つプロンプト(質問)を呼び出せるライブラリも搭載され、必要な情報に迅速にアクセスすることができます。
あずさ監査法人では、この機能を2025年7月以降より順次導入しています。
さらにKPMGインターナショナルでは、監査ドキュメントの作成支援、業務プロセスのフローチャート自動作成といったAIエージェントを開発し、導入を開始しています。また、ユーザーがAIエージェントをカスタマイズして利用することも可能になります。今後も機能を拡充し、より多くの監査プロセスにAIエージェントを拡張していきます。
あずさ監査法人の高い企画・開発力を活かして開発した独自のAIソリューションと、KPMGがグローバルに展開するプラットフォーム・ツールを適宜連携、統合させながら、AI活用の効果を最大化します。
人間とAIが協業する新時代の監査へ
あずさ監査法人は、監査のあらゆるフェーズでAIを活用することで、業務改善から業務改革へ、すなわちAudit Transformation(AX)のゴールに向けて歩み続けています。
将来は、データ集約型のタスクをAIが担当し、人間は高リスクエリアに注力し重要な意思決定を担う、人間とAIが協業する監査の実現を目指します。人間にはできない膨大なデータに基づく提案ができるAIの利点と監査人の知見を融合させ、監査関与先に高い付加価値を提供するとともに、資本市場の信頼性を強化していきます。
AIに対する投資
KPMGは2023年7月にMicrosoft社とのグローバル提携を大幅に拡大し、Microsoft社のクラウドおよびAIサービスに対して2023年から5年間で数十億ドル規模の投資をコミットしています。また、あずさ監査法人内部でも人材への投資を惜しまず、高い開発力を活かした多様な独自のツールをいち早く現場に導入しています。
KPMGがグローバルに展開するツールと日本のビジネス環境・実務に適した国内開発ツールを両輪として、バランスよく監査の品質と効率性を支えています。
情報セキュリティとデータガバナンス
データとAIを有効活用する前提として、KPMGはグローバルで一貫したセキュリティポリシーを定めています。
あずさ監査法人は当該セキュリティポリシーを適用し、情報セキュリティ部、ITS部、リスクマネジメント部が連携してポリシーのローカライズ、適用、モニタリング、内部監査を行うデータ保護管理体制を構築しています。
また、2024年にKPMGインターナショナルのデータガバナンスポリシーが強化され、あずさ監査法人では新ポリシーに準拠した「データ管理に関するガイドライン」を制定し、データの一貫性、信頼性、および適切な使用を可能とするためデータガバナンスの強化に取り組んでいます。
AIの倫理的な使用とガバナンス
監査で使用するAIは、倫理的な使用とガバナンスを最優先事項としており、KPMGのAIガバナンスフレームワークである「KPMG Trusted AI」に沿って開発・展開されます。このフレームワークは責任ある倫理的な方法でAI戦略とソリューションを設計、構築、および展開するための体系的アプローチです。このフレームワークに従って、監査人は安全で信頼性の高いソリューションにアクセスできます。
AIリスクガバナンス態勢
KPMGジャパンでは、「KPMG Trusted AI」フレームワークおよび公的機関が発行する指針・ガイドラインを基にした「AIシステム利用・開発に関する基本方針」を定めています。この方針は、AIシステムを安心安全に開発・利用するために全職員が遵守すべき指針を示しています。
AI活用時において重要なことを、『信頼できること、人をリプレイスするものではなく、人に力を与えることが優先されること、KPMGの価値に基づくものであること』とし、信頼安全(Trustworthy)・人間中心(Human-centric)・バリュー創造(Value-driven)の3原則で示しています。
あずさ監査法人では、安全で責任あるAIの継続的な管理・運営を可能とするため、KPMGインターナショナルのポリシーにも準拠したAIリスクガバナンス態勢を整備し、以下の取組みを行っています。
- 高度なセキュリティと各国の法規制を考慮したKPMGインターナショナルのポリシーに準拠して行われるテクノロジーソリューションのリスク評価判定に、AI特有のリスク項目を加え、開発開始前および開発後のリリース前に判定を実施
- リスクを十分理解した上での利用を徹底するため、利用開始前の基礎研修受講と誓約書の署名を義務化。変化に対応したAIの利活用を推進するため、定期的な研修・ワークショップを行い、必要に応じて年次のモニタリングを実施
こうした取組みにより、責任と信頼あるAIテクノロジーを活用して、監査品質の向上およびDX推進に努めています。
生成AIによる不正リスク検知モデルの進化
あずさ監査法人では会計不正リスクを検知するデータ分析モデル「Fraud Risk Scoring_ai」をすでに監査実務に導入していますが、さらに精度の高いモデルの研究を青山学院大学と共同で行っています。
財務データだけでなく企業が開示する非財務(テキスト)データも分析対象とするモデルを研究開発しており、機械学習に加えて生成AIを活用することで精度の高い検知を目指しています。本モデルでは、財務データ由来の説明変数(特徴量)だけでなくテキストデータ由来の説明変数も生成し、数百の説明変数を同時に考慮して高リスク領域を洗い出し、不正のリスク評価とリスクシナリオの特定をサポートします。
従来のモデルでは捉えきれなかったリスク要因を特定する道筋が開かれ、資本市場の信頼性向上に寄与することが期待されています。
宇宿 哲平 パートナー
Digital Innovation & Assurance統轄事業部
Digital Innovation事業部
会計監査向けデータ分析、AI研究開発・活用および企業等のAIガバナンス評価をリード。不正リスク検知モデルの開発や生成AIを活用したソリューション開発を推進。