あずさ監査法人はAX for Trust®(Audit Transformation for Trust)のコンセプトのもと、監査変革(AX)に取り組んできました。AXは、監査プロセスの標準化、集中化、自動化を基礎とし、データとAIを活用することで、高品質な監査と構成員のウェルビーイング向上を達成するための取組みです。
本対談は、「AZSA Quality 2025/26(監査品質に関する報告書)」からご紹介しています。
1. 監査の未来へ、飛躍の「土台」はできた
山田 裕行・理事長:
監査品質のさらなる向上を求める社会からの期待が高まるなか、急速なデジタル化により、高品質な監査を実現するための手法も大きく変化しています。こうした監査を取り巻く環境変化に対応するため、あずさ監査法人は、AX for Trust®(Audit Transformation for Trust)のコンセプトのもと、監査変革(AX)に取り組んできました。
AXは、監査プロセスの標準化・集中化・自動化により生産性を高めると同時に、テクノロジーを活用して監査の高度化を進める変革です。これを着実に実行し高品質な監査を実現するとともに、職員一人ひとりのウェルビーイングを向上させる具体的な道筋として、私たちは「AXロードマップ」を策定し、法人全体で推進しています。
今回は廣田昌己AX本部長と、実際に監査現場でAXに取り組んでいるメンバーを交えて、これまでの成果や課題を振り返りながら、監査の未来を展望したいと思います。
まずは廣田さんに伺います。私たちは2023年7月にAX本部を立ち上げてから、ロードマップの最初のステップとして、標準化・集中化・自動化を中心に取り組んできました。AX本部長としてこの2年間を振り返り、手応えはいかがですか。
山田 裕行 理事長
廣田 昌己・AX本部長:
まず、ロードマップの達成に向けた土台づくりに力を注いできました。具体的には、監査手続を時期や工数、想定実施者の観点から定型的に整理し、法人全体として標準化を進めてきました。
このうち、監査手続の実施時期については、複数のマイルストーンを設定することで年間を通じた業務量の平準化を図り、重要論点の検討時間の確保に繋げています。また、工数と想定実施者の最適化については、監査業務全体のタスクを可視化することで、作業手順や成果物の標準化も進めています。
これらにより標準化された監査手続は、2025年1月に新設したOperational Excellence Department(OED)において集中化することで、さらなる生産性の向上を図っています。また、生成AIの活用を含め、さまざまなデジタルツールの導入にも積極的に取り組んでいます。
例えば、チャットボットの「AZSA Isaac」や、会計データに含まれるすべてのトランザクションを対象とした監査手続を可能にする「AI Transaction Scoring(AITS)」などを導入、展開してきました。今後は、監査プラットフォーム(KPMG Clara workflow)にデータとして蓄積された監査人の知見を、監査業務やInsightsの生成に活用する取組みを進めていきます。
こうした取組みにより標準化・集中化・自動化は着実に進展しており、監査の高度化に向けて一定の基礎固めができたと考えています。
他方、実際に監査の現場でAXに取り組んでいるメンバーは、また私とは違った視点から成果や課題が見えていると思います。佐藤さんと小宮さんは、AXの現状をどのように捉えているでしょうか。
佐藤 怜菜・シニアマネジャー 2007年入社。IFRS®会計基準に基づく監査業務をはじめ、主にグローバル企業の監査業務に従事。
佐藤 怜菜・シニアマネジャー:
監査の現場としては、監査に求められることが年々増加していると実感しています。一人ひとりの負荷が高まっているので、従来の労働集約的な監査から脱却し、網羅的かつ効率的に業務を進め、監査の付加価値を高めるAXにはとても共感しています。年間を通じた業務量の平準化やOEDによる業務の集中化などを通じて監査関与先と対話する時間が増え、適時に監査リスクに対応できる体制ができつつあると感じています。
小宮 瑛太郎・アシスタントマネジャー:
佐藤さんが指摘するとおり、網羅的かつ効率的に監査リスクに対応できる体制が求められている一方、監査品質を高いレベルで維持し、向上させることも求められています。AXの推進により、作業手順や成果物が標準化されることで、必要な手続を正確かつ漏れなく実施できるようになってきました。法人全体として監査品質の維持・向上に繋がっていると感じています。
また、作業手順や成果物が標準化されることで、従来と比べて早い段階から、より監査リスクが高い業務を担当することが可能になりました。こうしたAX施策により、構成員一人ひとりがスキルアップしていける機会も確保されるようになったと思います。
廣田:
皆さんの話からは、監査の現場もAXに前向きに取り組んでおり、法人全体に着実に浸透していることが伝わってきました。今後、AXを一層推進していくためには何が必要か、現場目線で期待する取組みや見えてきた課題などについて聞かせてください。
小宮:
ひとつには、すべての職員がAXで目指す法人の姿に共感し、その実現に向けて個々の施策を着実に実行していくことが大切だと思います。それには、AXの必要性について、一人ひとりが理解を深め、納得することが重要でしょう。この2年間はAXの土台固め、いわば将来への投資段階であったと理解しています。今後、その投資の成果を監査現場でより一層実感できるような施策を展開していければ、AXを持続的に進展させていくことができると考えています。
廣田 昌己 AX本部長
小宮 瑛太郎・アシスタントマネジャー 2018年入社。海外赴任経験を活かし、主にグローバル企業の監査業務に従事。
佐藤:
職員全体の共感に加えて、監査関与先からも共感を得ることが不可欠だと思います。AXの取組みにより、高品質な監査の提供に繋がることはもちろんのこと、これまで以上に有益なInsightsを提供できるようになることを、監査関与先に対して丁寧に説明し、理解を得ることが重要です。私たちと監査関与先の双方が目的を共有することで、AXがより効果的に進展していくと考えています。
廣田:
私も小宮さんが指摘するとおり、構成員からの共感と理解を得ながらAXを進めることが非常に重要だと考えています。そのため、監査現場の意見をAX本部に直接届けるための施策も展開していますが、今後は監査現場が成果を実感できる施策も推進していく方針です。
例えば、投資の成果を実感できるよう、OEDの活用をさらに進めます。すでに監査手続だけでなく、間接業務も含めた集中化の拡大・加速を図っていますが、今後は集中化した業務についてさらなる品質向上を実現するオペレーションを構築していきます。法人内に点在するベストプラクティスや集中化のノウハウを法人全体で共有し、効率化をさらに進めます。
また、佐藤さんが指摘した、監査関与先から共感・理解を得ることも非常に重要です。これまでの取組みにより有益なInsightsを創出する土台は整ったと考えています。今後はその土台を活かし、法人内の知見を付加価値の高いInsightsへと昇華させていきたいと考えています。
2. AIを「チームメンバー」に、監査の高度化とウェルビーイングを両立
理事長:
皆さんに言及いただいたとおり、AXの取組みはまさに将来への投資です。そして、その投資の成果を最大限発揮するためのカギがデータとAIの活用となります。
会計・監査ナレッジの蓄積、リスクの早期検知、監査調書の作成、OEDでの集中化など、今後は監査のあらゆる局面で膨大なデータとAIの活用が広がっていきます。ルーティンワークが自動化されることで業務負担が大幅に削減されると同時に、リスクの早期かつ網羅的な把握が可能になります。いわば、「データ/AIドリブンの監査」が、いよいよ実現していくことになります。
すでに、AITSをはじめ複数のデジタルツールを法人内で展開していますが、新たなツールの導入も進めています。監査現場の皆さんもこれらのツールを利用していると思いますが、実際に活用して得られた効果や、将来的にどんなことを期待しているか聞かせてください。
小宮:
AITSは、すべてのトランザクションのなかから、重要な通例でないアイテムや監査上のリスクが高いアイテムを特定してくれるので、リスクの高い領域を的確に絞り、集中してリソースを投入できるようになりました。それにより、適時適切な監査リスクへの対応が可能になったと同時に、監査の効率化にも大きく寄与しています。AIを活用した監査品質の向上には監査関与先の期待も大きく、さらなる展開の拡大を望んでいます。
佐藤:
「KPMG Clara AI Agents」が順次導入され、生成AIによる監査調書のレビュー、コーチングや法人内部の情報に基づくナレッジ検索などが可能になってきています。また、人間の力では瞬時に確認することができない膨大なドキュメントから会計論点を適時適切に検知するツールも展開を始めています。これらのツールを駆使することで、網羅的かつ効率的な監査が可能となり、監査品質のさらなる向上が期待されています。
小宮:
ステークホルダーからの期待が高い不正検知の領域についてもAI活用が進んできています。AIに蓄積された不正に関する専門家の知見と、各監査チームが現場で培ってきた実務的な知識や経験を組み合わせることで、これまで以上に効果的かつ高度な不正対応が可能になります。
佐藤:
さらに一歩進んだところでは、例えばAIが構成員のスキルや経験、監査リスクといった要素を分析し、法人全体で最適なリソース配分を提案してくれることを期待します。これにより、専門家は高度な判断を要する領域により多くの時間を費やせるようになります。これまで以上に監査関与先にマッチした人材を配置することで、監査関与先のニーズを捉えた深度ある監査が可能になり、より洗練されたInsightsの提供に繋がると考えます。
廣田:
皆さんのAI活用に対する期待の大きさに応えられるよう、AIツールの導入には今後も積極的に投資をしていきます。すでに展開しているAITSは母集団全体を対象とした監査対応を可能とするツールで、従来の人間の目を中心とする監査手法とは一線を画すものです。今後もこうした画期的な監査ツールの導入を進めていきます。
また、特に進化が著しい生成AIの利活用という面では、チャットボットの活用からはじまり、監査手続への直接的な適用、さらに「KPMG Clara AI Agents」などのAIエージェントとの協働へと進化していきます。それは、自律的に考え、行動する優秀な「チームメンバー」ともいえる存在への進化です。今後は、AIエージェントの知見や提案を専門家の意思決定に活用し、監査の高度化をいかに進めるかが大きなテーマになります。
理事長:
私たちあずさ監査法人として最も大切なことは、AXの果実であるこれまで以上に高い監査品質と深いInsightsを、監査関与先にいち早くお届けすることです。
AITSや「KPMG Clara AI Agents」といったAIツールは、今後も急速に進化を続けていきます。これらのAIツールと監査を融合させることで「データ/AIドリブンの監査」を早期に実現し、高品質な監査と構成員のウェルビーイングの向上を達成すべく、法人一丸となってAXを着実に進めていきましょう。