本稿は、「Web3.0~ブロックチェーンが支えるインターネット上の新しい世界観~」と題したシリーズ記事です。
2022年12月、筆者は「Web3.0の動向と今後の展望」という記事を執筆しました。当時は、DAO(分散型自律組織)と呼ばれる新しい組織形態の模索が始まり、NFTの投機的熱狂によってWeb3.0という概念が一気に広く認知され始めたタイミングでした。
それから3年。2025年現在の景色はどうでしょうか。
Web3.0、いわゆるパブリックブロックチェーン(分散型台帳技術)を基盤とする技術群や世界観についての認知は確実に広がった一方で、大衆受容(マスアダプション)への道のりはなお遠く、ビジネスシーンでも話題の中心はAIや量子コンピューティングなどの新たなテクノロジーへ移っています。2022年当時のような盛り上がりはひと段落したといえるでしょう。
しかし、この状況を悲観的に捉える必要はありません。
技術は着実に進歩し、Web3.0が本当に活躍すべき領域についての検討は続いています。
本稿では、2025年現在における国内外のWeb3.0動向と周辺領域の進展、そして未来への展望を考察します。
本記事のポイント
- ブロックチェーン技術は実用フェーズへ移行
ブロックチェーンの処理高速化、ゼロ知識証明(ZK)、RWAトークン化などが本格的に実装され、活用が拡大。
- 国内外で法規制整備が進展、Web3.0は「制度設計」の段階に
日本では資金決済法改正やステーブルコインの法制化、米国では現物ビットコインETF承認やステーブルコイン法案可決、EUではMiCA(Markets in Crypto-Assets Regulation)規則施行など。
- Web3.0は派手な成長ではなく、社会インフラとして静かに定着し始めている
企業には、Web3.0を戦略的に取り込み、中長期的競争力を高める準備が求められる。
1.Web3.0の現状
2025年現在、Web3.0は確実に進化を遂げています。
かつては「規制なき無法地帯」とみなされていたブロックチェーンや暗号資産の世界も、現在では国内外での法整備が進み、一定の秩序が形成されました。暗号資産やステーブルコインに関する法律が整備され、適切な規制のもとに技術発展を支えるルール形成が急速に進んでいます。
技術面でも、ブロックチェーンは着実に進化しました。かつてパブリックチェーン共通の課題であったスケーラビリティが大幅に改善され、取引コストも劇的に低下しています。そうした基盤のもとに、かつて夢物語だったような技術群やユースケースが、今や実用段階に入っています。企業や自治体によるWeb3.0技術の活用も広がり、ブロックチェーンはもはや「一部のマニアのもの」ではなく、社会インフラを支える技術として地道に浸透し始めています。とはいえ、Web3.0が一般の人たちの日常に溶け込んでいるかといえば、まだ道半ばです。ウォレットのセットアップ、秘密鍵の管理といった手間や、理解を阻む煩雑さは一般ユーザーには依然として高いハードルとなっています。
この背景には大きく分けて2つの要因があります。
第1に、「なぜブロックチェーンでなければならないのか」という問いに、直感的に納得できるユースケースが、十分には存在していないこと。
第2に、過去の暗号資産盗難事件や詐欺報道により、「Web3.0は危ない」というイメージが強く根付いてしまったこと。こうした課題を乗り越え、大衆に広く受容されるには、圧倒的な利便性と安心感を兼ね備えた体験の提供が不可欠です。
次章以降では、技術進歩や制度整備の進展がこれらの課題解決にどう寄与し得るかを整理していきます。
2.技術の進歩とユースケース
- ブロックチェーンの処理高速化
イーサリアムをはじめとするレイヤー1ブロックチェーンは、誕生以来その取引処理の遅さが課題視されてきました。さまざまなソリューションにより、その課題は改善されてきています。
1つは、レイヤー2(L2)ネットワークの実用化です。イーサリアム本体でも「Dencun」アップグレード(2023年)や「Pectra」アップグレード(2025年)が実施され、L2間のデータ転送効率やコスト最適化が大幅に向上しています。
また、用途や目的ごとに独自のブロックチェーンを構築することで、高速処理を実現する場合もあります。たとえば暗号資産やNFTの交換に特化したもの、ブロックチェーンゲームの処理に特化したものや、最近では企業間取引に特化したチェーンを実現しようとする動きもあります。
さらに、ブロックチェーンの仕組み自体を見直すことで、従来の高いセキュリティや対改ざん性を維持したまま、従来の決済取引以上の高速処理を実現しようとするプロジェクトも複数進展しています。
これらが実現することで、ユーザーはブロックチェーン利用時のコストと待ち時間の大幅な低減を享受できるようになり、Web3.0サービスの大衆化に向けた大きな弾みとなります。
- ゼロ知識証明(ZK)技術
ゼロ知識証明(ZK:Zero-Knowledge Proof)は、秘密情報を開示することなく、ある主張が正しいことを証明できる技術です。先述のL2ネットワークへの活用により、大量トランザクションの一括検証が可能になり、スケーラビリティ改善に大きく貢献をしています。
また、ユーザーの資格や属性を必要最低限だけ開示する形で認証できるため、プライバシー保護にも寄与します。たとえば、zkTLS(Transport Layer Securityのゼロ知識拡張)を活用し、オンラインで資格・属性を安全に証明する取組みも進んでいます。今後、KYC(本人確認)や機密データ共有の分野での応用が期待され、信頼性とプライバシーを両立したサービス構築が現実味を帯びています。
- 分散型・デジタルID(DID)
オンラインの個人証明においても、分散型ID(DID:Decentralized Identifier)の注目が高まっています。ユーザーが自身の資格情報を管理し、必要に応じて必要な項目だけを提示できる仕組みは、プライバシー保護と利便性を両立させます。
EUでは2026年までに各国民へのデジタルIDウォレット提供が義務化され、日本でもマイナンバー制度を軸に、シングルサインオンや電子証明書連携が推進されています。DIDの普及は、Web3.0時代における本人確認・認証プロセスの標準化を大きく後押しするでしょう。
- RWA(Real World Asset)トークン化
既存の不動産、債券、商品など現実資産をブロックチェーン上でトークン化する取組みが加速しています。代表例として、ブラックロック社が2024年に開始した「BUIDL」は、米国債等を裏付け資産とし、1トークン1ドル相当の価格維持と24時間自動償還という効率性を実現しました。
日本国内でも、デジタル証券(セキュリティトークン)による社債・不動産小口化が進み、伝統的金融市場とWeb3.0領域との橋渡しが現実味を帯びています。
- DAT(Digital Asset Treasury)
企業の財務戦略として、暗号資産を保有・運用する事例が国内外で増えています。インフレによる貨幣価値の減少を回避する(インフレヘッジ)目的や、自社事業とのシナジーを生むための保有、さらには自社株式1株当たりの暗号資産保有数(額)を増やすことで株価の向上を狙うなど、その目的は複数存在します。後述の国内外法規制が整備されるにつれ、企業が投資するに値する資産となってきていることを表す事例の1つと見ることができるでしょう。
- Web3.0 × AI
生成AIの普及を背景に、AIとWeb3.0の融合領域も急速に拡大しています。特に、AIエージェントがブロックチェーン上でウォレットを保有し、資金や契約を自律的に管理・実行するモデルが実証段階に入りつつあります。これにより、人手を極小化した自律経済システムが出現する可能性もあり、Web3.0とAIの融合領域が、今後のイノベーション創出における主要テーマとなることは間違いありません。
3.制度・規制の進展
3-1.日本国内の動向
日本では、以下3つの点を中心に制度整備が進められました。
・暗号資産規制の見直し
現行では、暗号資産は主に資金決済法の枠組みで規定されていますが、金融庁は投資家保護の観点から、暗号資産の一部を金融商品取引法の対象とする方針を打ち出しました。
これにより、主に資金調達目的での暗号資産発行事業者への監督や開示義務が強化され、国内でも暗号資産ETFの上場が可能となるなど、市場成熟が期待されています。また、法人による暗号資産保有に関しても、2024年度税制改正により自社発行以外のトークンへの含み益課税が撤廃され、Web3.0企業の資金調達・経営環境が大きく改善されました。
・ステーブルコイン法制化
2023年施行の改正資金決済法により、法定通貨建てステーブルコイン(法律上「電子決済手段」に分類)について発行者要件・償還ルールが明確化されました。
銀行・信託会社や資金移動業者に限定して発行を許可し、元本保証やAML/CFT(マネーロンダリング・テロ資金供与対策)対応を義務付けることで、利用者保護が徹底されています。
そして2025年10月、当法制化における初の日本円ステーブルコイン「JPYC」の発行、流通が開始されました。さらに、金融機関グループ各社もステーブルコインの発行、取扱いに意欲を見せています。
今後、ステーブルコインを活用した個人間決済や銀行間決済の高度化が期待され、民間主導でのユースケース創出が進む見込みです。
・日本版DAO法制の動き
これまで、日本法上ではDAOに明確な法人格が与えられていませんでしたが、近年は合同会社(LLC)型DAOのスキーム活用が拡大しています。
2024年の法改正により、DAOへの法人格付与や各種の規制が整備されたことから、今後この枠組みを活用したさまざまなユースケースが生まれることが期待されています。
3-2.海外の動向
海外でもWeb3.0を巡るルール整備が急速に進んでいます。中心となるのは、アメリカ、EU、そしてアジア主要国です。
・アメリカ
2025年初頭、第2次トランプ政権が発足したことにより、暗号資産・Web3.0産業支援の姿勢が鮮明になりました。特に、規制当局への締め付けを緩め、産業育成を後押しする方針が打ち出されています。2024年には現物ビットコインETFが初めて承認され、機関投資家層からの資金流入も加速しました。
さらに2025年7月には、ステーブルコインに関する初の連邦法(GENIUS法)も可決され、アメリカ国内にとどまらないボーダーレスな技術活用が推進されています。
・EU
2023年に採択されたMiCA規則により、暗号資産の発行・流通・サービス提供に関する包括的ルールが整備されました。特に、暗号資産やステーブルコインの発行要件が厳格化され、EU域内でWeb3.0関連ビジネスを展開するには、MiCA準拠が不可欠となっています。
・アジア
シンガポールや香港は、厳格なAML/CFT規制を敷きながら、Web3.0ハブ形成を積極的に推進しています。香港は2023年に暗号資産取引所へのライセンス制度を導入、韓国もNFT・メタバース領域を含めたデジタル資産基本法制定に向けた議論を進めています。アジア全体でルール整備競争が本格化している状況です。
このように、総じて世界は「放置から制度化」へと大きく舵を切りました。
日本企業にとっても、国内規制対応に加え、グローバル市場を視野に入れた柔軟な事業戦略とコンプライアンス対応が不可欠となっています。
4.今後の展望~Web3.0は静かに世界を変える~
2025年現在、Web3.0を巡る環境は大きく様変わりしています。
かつて一過性のブームと見る向きもあったブロックチェーン技術は、今や国内外での法整備と技術進化に支えられ、社会インフラとしての実装に入りつつあります。国内では資金決済法・金融商品取引法等の法改正や法制化初のステーブルコイン認可、発行流通が進み、海外でも米国の現物ビットコインETF承認やステーブルコインに関する連邦法(GENIUS法)の可決、EUのMiCA規則施行、アジア各国での制度競争など、Web3.0関連の動きが本格化しています。こうした制度基盤の強化に並行し、技術面でもWeb3.0は実用フェーズに入りました。 AIとの融合領域でも新たなユースケースが生まれようとしており、次世代デジタル経済圏のインフラ形成が進みつつあります。
前述のとおり、現時点ではWeb3.0が一般消費者に意識される段階には至っていません。しかしそれは、Web3.0は「意識される革新」ではなく、「静かに浸透する革新」であることの証左です。
Web3.0の進展はすでに不可逆的な潮流になっています。そしてその本質は、単なる金融や技術の変化ではなく、データ、資産、信頼のあり方そのものを根本から再定義する動きにあります。これからの数年、Web3.0はインフラとして見えにくい形で社会に組み込まれていくでしょう。企業に求められるのは、「いかにWeb3.0を取り込み、事業の信頼性・透明性・効率性を高めるか」そして「どのタイミングで自社のビジネスモデルをWeb3.0適応型へ変革するか」という戦略的な意思決定です。
Web3.0は、派手なバズワードではありません。静かに、しかし確実に、世界の価値のあり方を変え続けています。未来を見据えた企業にとって、今こそ先手を打つべきタイミングです。
執筆者
KPMGコンサルティング
シニアマネジャー 山本 将道