2025年8月に、JPYC社が資金移動業者登録を完了し、国内で初めてステーブルコイン(電子決済手段)発行の認可を取得したことが話題となりました。今までWeb3.0やステーブルコインに馴染みの薄かった方々も含め、多くの人がステーブルコインを知るきっかけになったかと思います。ステーブルコインについては、本連載においても、こちらで詳しく解説しておりますので、ご参照ください。

ステーブルコインに関する動向は日本国内のみならず、国際的にも各地域で進展しており、大きな潮流を形成しつつあります。
本稿では、直近のステーブルコインに関する動向を基に、この先の展望について筆者の見解を述べます。

1.昨今のステーブルコインに関する動向

(1)諸外国におけるステーブルコインに関する動向

昨今、アメリカを中心にさまざまな国でステーブルコインに関する規制枠組みの整備やユースケースの展開が行われています。

アメリカでは、トランプ大統領が2025年1月に「デジタル金融テクノロジーにおけるアメリカのリーダーシップ強化」と題した大統領令に署名し、デジタル資産業界の成長を支援する姿勢を明らかにしました。また、同年7月にはGENIUS法(Guiding and Establishing National Innovation for U.S. Stablecoins Act)と呼ばれるステーブルコインに関する包括的な規制法案の施行に署名しました。

GENIUS法では、アメリカ国内のステーブルコイン発行における発行体の認可や裏付資産の保全等についてのルールが明確化され、アメリカ国内におけるステーブルコインのビジネス環境が整備されました。今後、多くの企業が同法に則ったステーブルコインを展開することが予測されます。

また、アメリカ以外でも各地域でステーブルコインに関する規制枠組みは整備されています。
EUでは、2024年6月からMiCA規制(The Markets in Crypto-Assets Regulation)と呼ばれる包括的な暗号資産市場規制において、ステーブルコインの発行に関するルールが明確化されています。2025年8月時点では、米ドル建てステーブルコイン「USDC」の発行体であるCircle社を含む10社以上の事業者がMiCA規制に準拠したステーブルコインの発行を承認されています。

さらに、シンガポールでも、2023年8月に、ステーブルコインの発行や取扱いに関する規制枠組みが策定されており、香港では2025年8月に、ステーブルコイン条例が施行され、ステーブルコイン発行のライセンスが導入されています。

【諸外国における動向】

決済から始まる金融革命~ステーブルコインが拓く社会の変化_図表1

加えて、2025年8月以降、上述のCircle社やオンライン決済プラットフォームのStripe社等が決済用の独自ブロックチェーンの構築を発表しています。Circle社は独自ブロックチェーン「Arc」を発表しており、主な特徴としてUSDCをネットワークの手数料として利用できる点や、センシティブな決済データのマスキングが可能となるプライバシーツールが実装される点等を公表しています。

また、Stripe社は暗号資産特化のVCのParadigm社と共同で独自ブロックチェーン「Tempo」を開発するほか、大手金融機関やクレジットカード会社、Open AI等のAIの研究開発会社をはじめとしたさまざまな企業がデザインパートナーを務めることが公表されています。

上述のようなステーブルコイン決済用の独自ブロックチェーンの構築は、従来暗号資産で支払っていた手数料をステーブルコインに置き換えることで、利便性を大きく向上させます。それに加え、プライバシー保護やAML/CFTへの対応、高い処理性能を実現することで、ステーブルコイン決済の最適化を図る目的があると考えられます。

独自チェーンを構築することで、ステーブルコイン決済以外の取引によるネットワークの混雑や手数料の高騰の影響を受けることがなくなります。また、上述のように各地域でステーブルコインに関する規制枠組みが整備されている状況を踏まえ、AML/CFT等の規制要件への準拠に特化した機能を実装することも可能になります。

今後、ステーブルコインの普及が予測されるなか、ステーブルコイン決済用のブロックチェーンの構築は、企業がステーブルコインを扱ううえでの一部の障壁を取り除き、企業のステーブルコイン活用を後押しする可能性が考えられます。

(2)日本におけるステーブルコインに関する動向

日本においても各国と同様にステーブルコインに関する規制枠組みの整備やユースケースの展開が進んでいます。
日本では、2023年6月から施行された改正資金決済法において、ステーブルコインが電子決済手段として定義され、その発行や取扱に関するルールが明確になりました。これ以降、金融機関を中心にさまざまな事業者がステーブルコインビジネスへの参入を発表しています。

2025年3月には、国内の暗号資産取引所SBI VCトレード社が電子決済手段等取引業者の登録を完了させ、国内で初めてUSDCの取扱を開始しました。そして、資金決済法の改正から約2年後となる2025年8月にJPYC社が、資金移動業者の登録を完了させ、同年秋に日本円建てステーブルコイン「JPYC」を発行します。

さらに、Slash Vision社は国内のクレジットカード会社と提携し、USDCをチャージして支払いが可能なステーブルコイン建てクレジットカードの発行を発表しており、ステーブルコインを活用した具体的なユースケースの創出が現実になりつつあります。

【日本における動向】

決済から始まる金融革命~ステーブルコインが拓く社会の変化_図表2

2.世界の潮流を踏まえた社会の変化

(1)グローバル全体の潮流

ステーブルコインの時価総額は2025年10月時点で、約2,970億ドルにものぼり、近年急速に成長しています。2023年の10月時点の時価総額は約1,230億ドルであったため、直近、2年間で2倍以上に上昇しています。

上述のように、グローバル全体でステーブルコインビジネスは進展を続けており、日本も例外ではありません。今後も、より多くの地域で規制枠組みが整備されることや、多様なユースケースが展開されることが容易に想像できます。特に、暗号資産およびステーブルコイン分野におけるアメリカの動向が新たな契機となり、グローバルな市場拡大の潮流がさらに加速すると予測されます。

(2)期待される社会の変化

それでは、ステーブルコインの普及により、どのような変化が期待されるのでしょうか。国際送金や越境決済の効率化もその1つですが、主に下記の点が期待されると考えます。

・オンチェーンアセットの普及

ステーブルコインは、ブロックチェーン上における安定した決済手段として機能します。そのため、ブロックチェーン上のアセット(オンチェーンアセット)の決済分野において最も有効に活用されると考えられます。決済手段であるステーブルコインが普及し始めると、その利用対象となるオンチェーンアセットが流通する下地が整うことになります。諸外国ではすでに、トークン化されたマネー・マーケット・ファンド(MMF)や株式、国債等が発行されていますが、その決済や利払いにはステーブルコインが利用されるケースも多くあります。日本においては、そのようなアセットはいまだ流通していませんが、ステーブルコインの普及により、進展が期待できるでしょう。

さらに、諸外国ではトークン化された現実資産(RWA)に特化した専用ブロックチェーンの構築が進められており、ステーブルコインと同様に専用インフラを整備する動きが本格化しています。RWAの専用ブロックチェーンは、ネットワークへの参加に承認を必要としない形で他チェーンとの互換性を維持しつつ、金融商品取引に必要な規制要件への適合を図ることで、金融機関の市場参入の促進が期待されます。

金融市場の大半の金融商品を保有し、流動性マーケットへのアクセスを持つ伝統的金融機関がブロックチェーンを活用していくことで、既存金融サービスとブロックチェーンを基盤とした新たな金融サービスの融合が促進されると考えられます。

そして、将来的にはユーザーはオンチェーンであるかどうかを意識することなく、ステーブルコインやオンチェーンアセットが多くの人に浸透していく可能性があります。現在は、既存の金融サービスとブロックチェーン上の新たな金融サービスは区別されており、ブロックチェーン上のアセットを実用的に利用しているユーザーは限定的かもしれません。

しかし、今後ステーブルコインが普及し、既存の金融サービスの一部がブロックチェーン上で提供され始める場合、送金・決済や資産運用等の実用的なトークンの利用が増加し、徐々に既存金融とブロックチェーンを基盤とした新たな金融サービスの垣根がなくなっていくことが想像できます。

遠くない将来、裏側でブロックチェーンが動いているかどうかは気にせずに、ステーブルコインやオンチェーンアセットが広く取り引きされる未来がやってくるかもしれません。

・AIエージェントを活用した取引の自律化

AIエージェントとは、人間の指示や目標に基づき、自律的に情報を収集・判断し、さらには外部サービスとやり取りしてタスクを遂行するAIを指します。単なるチャットボットを超え、ユーザーに代わって予約を取ったり、決済を実行したりすることができる高度なAIとして機能します。

ステーブルコインはこのAIエージェントが行う決済における決済手段としても注目されています。ステーブルコインはブロックチェーン上のトークン、すなわちプログラムそのものであり、AIが人手を介さずに自律的に価値の移転を実現する手段として適しており、人間に代わって自律的にタスクを遂行するAIエージェントの決済を可能にすると考えられます。

実際に、上述のStripe社が開発する独自チェーン「Tempo」においても、エージェント決済(Agentic payment)をユースケースの1つとして掲げており、デザインパートナーにはChatGPTを開発するOpen AIが参画しています。

また、2025年9月にGoogle社はAIアプリケーションが支払いを送受できるようにする新たなオープンソースプロトコルを発表し、その支払い手段の1つとしてステーブルコインに対応しています。

近年のAI技術の急速な進歩に伴い、ビジネスおよび日常生活におけるAI導入が拡大するなか、AIエージェントによる自律的決済におけるステーブルコインの利用も、近い将来に実現される可能性が高まっていると言えます。

3.まとめ

JPYCの発行を契機に国内でも広く注目を集めたステーブルコインですが、その可能性は単なる送金や決済の効率化に留まりません。ステーブルコインはWeb3.0におけるインフラの一部であるため、円建てステーブルコインの発行は日本でもインフラの整備が具体的に進み始めていることを意味します。

世界の各地域でもステーブルコインの規制枠組みの整備やユースケースの展開が進んでいることから、日本の事業者でも自社ビジネスにおけるステーブルコインの活用が期待できます。

※本文中に記載されている会社名・製品名は各社の登録商標または商標です。

執筆者

KPMGコンサルティング
シニアコンサルタント 佐藤 憲信

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