2025年11月にブラジル・ベレンで開催される国連気候変動枠組条約第30回締約国会議(以下、COP30)は、「実行のCOP」と位置付けられています。これまで理念的に語られてきた「気候変動への適応」をCOP30の核とし、測定可能な形に具体化することが主要なテーマとなっており、ブラジル議長団はCOP30を「適応を中心に据える会議」とする方針を明確にしています。

そのなかでも、注目を集めている議題の一部として、(1)気候適応資金のロードマップ策定、(2)適応指標の最終合意、(3)健康分野における適応行動計画などが挙げられます。

これらは、抽象的に語られてきた「備え」を、実行および評価可能な枠組みに移すために重要な論点となっています。

1.適応が再びCOPにおいて注目される背景

近年の国連気候変動枠組条約締約国会議(COP)では、気候変動への「適応」が重要なテーマとして浮上しています。特にCOP28からCOP30にかけての議論の流れを辿ると、COP30で「適応の実装」が注目される理由が明確になります。

以下に、各COPにおける主要議題と持ち越された課題を整理しました。

開催年

開催地

主要課題

持ち越された課題

COP28

ドバイ

グローバル適応目標(GGA)の採択と優先分野の設定(水・食料・健康・インフラ)

指標・進捗評価方法および制度設計

COP29

バクー

気候資金の枠組み構築

適応分野の詳細設計(制度・実施方法)

COP30

ベレン

適応の実装(制度設計の具体化や資金配分の明確化)

COP28で枠組みが整備されたものの、実行の仕組みは未完成のまま終了しました。COP29では資金面の議論が優先され、適応分野の制度設計は進まず、COP30に持ち越された流れを受けて、COP30では「適応の実装」が主要議題となっています。

また、これまでのCOPでの議論に加えて、現在、1.5℃シナリオもすでに実現は不可能に近い状態であり、洪水・熱波、干ばつなどの影響深刻化を受け、排出削減(気候変動の「緩和」)だけでは気候変動災害の被害を抑えられない現実も背景にあります。

2.COP30における主要議題の方向性

COP30では「適応」が主要な議題となっており、そのなかでも国際的な合意や実行に至った場合、企業活動に影響を及ぼす可能性がある以下の3点について、筆者は注目しています。

(1)気候適応資金のロードマップ策定
(2)適応指標の最終合意
(3)健康分野における適応行動計画

これらの項目について、以下で詳しく解説していきます。

(1)気候適応資金のロードマップ策定

COP29で合意された「Baku to Belémロードマップ」では、2035年までに年間1.3兆ドル規模の資金動員を目指す方針が示されました。COP30では、この目標をどのように実行計画へ落とし込み、資金を公平かつ効果的に配分するかが議論の中心となる見通しです。

公的資金と民間資本の役割分担、脆弱国の資金アクセス向上、資金の透明性確保などが主要な論点に挙げられています。また、資金拠出を求められる国(つまり先進国)との協議がどのような結論に至るかも注目のポイントです。

ロードマップが具体化されることにより、適応関連のプロジェクトが国際的な資金支援の対象に含まれ、レジリエンス強化や防災インフラに関する事業が金融上の評価軸に加わる可能性が高まっています。

資金の配分や評価基準の設定次第で、民間企業の参入機会や投資判断の方向性にも影響が及ぶことが想定されます。

(2)適応指標(GGA指標)の最終合意:抽象からKPIへ

COP30で最大の焦点の1つとなるのが、各国・主体が進捗を報告できる「適応指標のセット(具体化されたGGA)」の採択です。

現在、Subsidiary Bodies 会合(気候変動枠組条約の下で、年に2回程度開かれる専門家レベルの交渉会合)では、既存のSDGs、WHO、FAOなどの統計体系を活用しながら、「国際比較可能性」と「実務運用性」の両立を目指す指標案が検討されています。

当初9,000あった指標案を、現在の490程度から目標の100以下に絞り、単なる理念目標から、測定・報告・評価が可能な実務ベースの仕組みへ移行することが、今回合意を目指すポイントです。

企業が特に注目すべきは、先般のSubsidiary Bodies会合にて検討された、以下の実務転用可能な指標群(案)です。

・水:安全な飲料水アクセス率、越境流域で運用中の協調体制を持つ割合
・食料:栄養不足人口比、気候災害起因の作物収量変動
・健康:熱関連死亡率、気候変動に強い設計・運営を備えた医療施設の割合
・インフラ:気候変動に強い基準での新設・改修比率、気候関連災害による平均年間損失(AAL)

特徴的なのは、指標からわかるように、気候変動の「結果」だけでなく、「重要分野が気候変動に対しどの程度の耐性・準備体制を持つか」が評価対象に含まれていることです。

この枠組みは企業側にも応用可能であり、社内KPIへの転換や、サプライヤー評価、投資案件のリスクスクリーニングなどにただちに活用できる内容です。

また今後、GGA指標が正式採択されれば、TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)やISSB(国際サステナビリティ基準審議会)など企業報告制度にも反映される可能性があり、「適応をどう測るか」という定義が経営判断の基準に組み込まれた場合、新たなビジネスチャンスも見込むことが可能です。

(3)健康分野における適応行動計画(Belém Health Action Plan)

健康分野の適応は、COP30で新たに議論が始まる見込みのテーマです。

「Belém Health Action Plan(BHAP)」と呼ばれる構想は、現時点ではCOP30で提示予定のドラフト(案)として準備が進められており、保健インフラの耐候性強化、熱波や感染症への警報体制整備、医療従事者の訓練などの内容が盛り込まれることが想定されます。BHAPでは、別々のものとして拠出されていた従来の「保健資金」と「気候資金」を「健康分野における適応に必要な資金」として、どのように統合されるかが注目のポイントです。

この計画が具体化すれば、労働安全や健康管理の基準に「気候リスク」が明示的に組み込まれる可能性があります。高温環境下での労働対策や、災害時の従業員支援体制などが、事業継続計画(BCP)の評価項目として位置付けられ、従業員の健康安全情報の開示がESGの新たな指標として扱われる動きも想定されます。また、医療・建設・設備関連産業では、気候対応型施設やインフラの需要が拡大する可能性があります。

3.適応を経営に組み込む段階へ

COP30は、適応を理念や宣言の段階から、実行と評価を伴う段階へ移行させる節目になると見られます。気候変動の影響が長期的に避けられないなかで、適応は、防災や危機対応にとどまらず、社会・経済活動を安定的に維持するための取組みとして再定義されています。

ここで議論される資金、指標、健康といったテーマはいずれもその一部を構成しており、国際的にも「適応の実装」に向けた基盤整備が進みつつあります。

適応を一時的な取組みではなく、事業戦略や投資判断のなかに組み込むことが、今後の経営の持続性を左右すると考えられます。これからの変化に柔軟かつ前向きに対応するためには、企業として物理的に適応していくハード面に加え、今後COP30をはじめとした国際的な場で検討されるソフト面での動向を注視することが重要です。

執筆者

KPMGコンサルティング
コンサルタント 大矢 真子

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