目次
1.「超超高齢社会」における課題とデータヘルス改革
日本は今、団塊世代が後期高齢者(75歳以上)に到達し、急速な医療や介護需要の増加に伴い社会保障制度の維持等への大きな影響が予想される「2025年問題」と呼ばれる転換点を迎えています。この転換点をきっかけに、人口の5人に1人が75歳以上と、超高齢社会の枠を越えて、いよいよ世界に先駆けて「超超高齢社会」に突入する日本は、国民皆保険を中心とするわが国の保健医療制度を維持しながら、子どもから高齢者まで一人ひとりの健康寿命をどう伸ばしていくか、未曽有の問題に取り組んでいます。
そのようななかで、国民一人ひとりの誕生から現在までの生涯にわたる健康・医療・介護情報を一元的に連結させ、活用することで、個人の健康増進のみならず、国民の健康維持・増進に寄与する施策を検討・展開していくために重要であるとして、「データヘルス改革」が始まりました。
具体的には、2017年1月より厚生労働大臣を本部長とする「データヘルス改革推進本部」が設置され、個人情報の確実な保護を前提に、健康・医療・介護のビッグデータを連結し、プラットフォーム化、研究者・民間・保険者・都道府県等が、保健医療データを迅速・円滑に利用可能にすることで、疾病や要介護状態の回避に結び付く早期の予防施策の展開や、治験・臨床研究への患者アクセス、新たな治療法の開発や創薬、科学的な介護の実現を加速させる「国民の健康確保のためのビッグデータ活用推進に関するデータヘルス改革推進計画」が進められることとなりました(図表1)。
この枠組みのなかで語られる健康医療等データとは、自身の日常生活から得られるパーソナルヘルスレコード(PHR)データ、医療・介護現場における電子カルテや医療請求情報、健診等の医療等データ、また個人の遺伝子情報(ゲノム情報)などさまざまです。
【図表1:新たなデータヘルス改革が目指す未来】
出所:厚生労働省「今後のデータヘルス改革の進め方について(概要)/第6回 データヘルス改革推進本部 資料」
その一方で、そもそもデータの連結や外部との接続を通した有効活用を前提として設計されてこなかったわが国の各システムにおいて、健康医療等データが分断して収集・管理されてきた経緯もあり、これらのデータを有機的に連結し有効に活用することが困難でした。その要因は所管部門の問題やシステムベンダーの問題、部分最適・効率化、さらには1人の情報を生涯にわたって追跡できる仕組みの不在などさまざまです。
2.「医療DX」の推進
わが国の電子カルテ普及率は、現在全体では70%台に迫っていますが、いまだに200床未満の医療機関では約60%(厚生労働省「電子カルテシステム等の普及状況の推移/医療分野の情報化の推進について」)と、医療「情報」が「データ」として存在しない機関が多いという現実があります。
さらに状況を複雑にしているのが、データとして存在しても、その形式や表記が病院間/ベンダー間で不統一であるといったデータ標準化の問題です。このような背景から、わが国ではデータヘルス改革を推進しようにも物理的に難しかった実態があり、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)流行時には、医療情報の迅速な収集から機能的な有効活用が困難であったことは記憶に新しいところです。
こうした課題を抜本的に解決し、データヘルス改革を有効的に推進するためにも、健康医療等データの収集から有機的な連結、利活用に向けた基盤としての「全国医療情報プラットフォームの創設」、またデータ活用という観点での「電子カルテ情報の標準化等(標準型電子カルテ含む)」を通して、データ化・標準化から収集、蓄積、共有、活用までの一連の流れを実現する「医療DX」が進められることとなりました。2022年10月に「医療DX推進本部」が設置され、2023年6月に医療DXの推進に関する工程が決定しています(図表2、3)。
つまり、「医療DX」はデータヘルス改革の理念を具現化するための手法として位置付けられます。データヘルス改革では「データヘルス改革に関する工程表」にて2020年から2025年までの5ヵ年度の工程が示されており、2025年度が最終年度となります。一方、医療DXにおいては「医療DX令和ビジョン2030」と銘打って2030年を最終目標として各取組みが進められています。データヘルス改革の各種取組みをオーバーラップするかたちで、健康・医療・介護すべての分野でのDXの推進、DXを通じたデータの利活用が進められていくこととなります。
【図表2:医療DXの方向性】
出所:厚生労働省「【資料1】医療DXについて/第1回「医療DX令和ビジョン2030」厚生労働省推進チーム資料について」
【図表3:全国医療情報プラットフォームの全体像(イメージ)】
出所:厚生労働省「資料2-2 全国医療情報プラットフォームの概要/第4回「医療DX令和ビジョン2030」厚生労働省推進チーム資料について」
3.健康・医療等データの一次利用と二次利用
| 一次利用 |
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|---|---|
| 二次利用 |
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出所:デジタル庁「第5 データ利活用制度の在り方に関する基本方針」を基にKPMG作成
前章にて述べた「全国医療情報プラットフォーム」は、この両者を実現するための仕組みです。データの標準化・共有による一次利用を実現するための「電子カルテ情報共有サービス」、ならびにそれらデータを蓄積・二次利用するための「電子カルテ情報データベース(仮称)」と「情報連携基盤」が鍵となります(図表4)。
【図表4:医療・介護関係のDBの利活用推進の方向性(イメージ)】
出所:厚生労働省「資料1-2 医療等情報の二次利用に係る現状と今後の対応方針について/第113回社会保障審議会医療部会 資料」
特に二次利用に目を向けると、これまで述べてきた厚生労働省を中心としたデータヘルス改革に関する取組みと並行して、内閣府を主幹として「健康・医療戦略」に基づき推進されている「次世代医療基盤法(医療分野の研究開発に資するための匿名加工医療情報に関する法律、2018年5月施行)」があります。
この法律は、内閣府「次世代医療基盤法について」によると、「デジタルデータを活用した次世代の医療分野の研究、医療システム、医療行政の実現するための基盤として、デジタル化した医療現場からアウトカムを含む多様なデータを大規模に収集・利活用する仕組みを設けるもの」とされています。医療DXにおける取組みに先駆け、健康・医療等データの二次利用に向けた取組みとして「次世代医療基盤法」に基づき認定された民間団体3社で運用されています。
4.健康・医療等データの利活用における法的な課題
健康・医療等データの利活用には、先に述べた情報の電子化、その標準化といった課題のほかに、法的な課題があります。
次世代医療基盤法が制定される以前は、健康医療等データの二次利用は、一般法である個人情報保護法の枠組みのなかでのみ利活用することが求められていました。なかでも健康・医療等データは同法においては機微性の高い情報として「要配慮個人情報」に位置付けられることから、利活用のためには最も厳格な同意取得の要件(オプトイン)が課されています(学術研究機関等による学術研究利用を除く)。
現在もその位置付けは変わっておらず、健康・医療等データの二次利用のためには患者のオプトイン同意が必須となっています。この課題が健康・医療等データの利活用を進めるうえで情報の電子化と、その標準化の先にある二次利用の大きな障壁となっていると言えます。
この状況を少しでも緩和するため、医療情報の第三者提供に際して、あらかじめ同意を求める個人情報保護法の特例法の位置付けで制定されたのが「次世代医療基盤法」です。この法律の制定によって、国が認定した事業者に限って、患者本人への通知を前提とし、本人が拒否しない限りはデータ提供を許諾したとみなすオプトアウト方式(丁寧なオプトアウト)によるデータの二次利用が認められました。
その後、2024年には同法の改正により、別途国の認定を受けた認定仮名加工医療情報利用事業者に限り、仮名加工データ同士の連結による精緻な分析や、過去の情報との連結による長期の追跡分析など、柔軟な利活用が可能となっています。
一方、内閣府「次世代医療基盤法について」によると現在はまだデータ提供機関(協力医療情報取扱事業者)が大学病院や地域拠点病院をはじめとする全国の158機関(2025年8月末時点)ほどしか集まっておらず、活用可能なデータに制限がある点が課題として、利用は限定的であることも事実です。
さらに現在では、仮名加工医療情報の柔軟な活用を目的に、次世代医療基盤法認定事業者を主体として、アカデミアから民間企業までが広くセキュアな環境で仮名加工データを活用するための環境の整備が国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)研究内で進められています。この基盤が整備された暁には、たとえば規制当局へのAI等を活用したプログラム医療機器等の承認申請の際に、学習データとして利活用したデータのおおもとまで辿ることが可能となるなど、より柔軟に健康・医療等データの活用が進むことが期待されます。
5.健康・医療等データの利活用のこれから
前述のような法的課題を踏まえ、医療DXの枠組みのなかで健康医療等データの収集から二次利用までをより意味のあるものにしていくには、現状の全国医療情報プラットフォーム基盤の整備のみならず、「次世代医療基盤法」同様に、並行して柔軟な医療データの利活用を実現するための法整備が不可欠となります。
健康・医療等データの利活用については、医療研究の促進から医療の質の向上等、他のデータ以上に国民の利益に直結することが期待される一方、現行の個人情報保護法では、最大限有効に健康・医療等データを利活用できません。
個人情報保護法においては、個人情報の保護に関する国際的動向、情報通信技術の進展、それに伴う個人情報を活用した新たな産業の創出および発展の状況等を勘案し、必要があると認められる場合は、定期的に見直しをかけることとされています(いわゆる「3 年ごと見直し」)。現在議論されている改正案では、AI開発等を含む統計作成等へのデータ活用や、生命保護・公衆衛生向上、学術研究のための利用においては、同意を不要とする改正案が提出される予定とされており、健康・医療等データを含めて二次利用の可能性が多少なりとも広がる見込みとなっています(2025年秋以降の成立見込み)。
一方、現状は匿名・仮名にかかわらず「次世代医療基盤法」同様にオプトアウト同意による二次利用を可能とする規制緩和までは踏み込んで議論されていないため、リスク面も鑑みつつ、今後の規制緩和に向けた法改正や新法の制定の議論が待たれます。また並行して、オプトアウトを含む個別の患者同意といったデータ利活用における「入口規制」の在り方ではなく、どのような目的のもと活用する(された)のかによって活用の可否を判断する「出口規制」への転換の必要性が各所で叫ばれています。こちらも上記とともに、今回の個人情報保護法の改正以降、特別法の検討を含め適切な議論がなされることを期待したいところです。
また今後の健康・医療等データの利活用における動向として、データヘルス改革「ゲノム医療・AI活用の推進」の枠組みのなかで進める、「全ゲノム解析等実行計画(2019年12月に実行計画(第1版)が策定)」も注目すべきデータ利活用政策の1つとして欠かせません。
本計画ではがんと難病を対象疾患として、治療法のない患者に新たな個別化医療を提供するべく、産官学の関係者が幅広く分析・活用できる体制整備を行うものです。そこでは全ゲノムデータ、マルチオミックスデータ、臨床情報等が連結した一体的な健康・医療等データの利活用を可能とする仕組みが検討されています(図表5)。
これらの個人の遺伝的背景や網羅的な生体分子情報の活用は、単なる臨床情報のみからは不可能である新薬の創出や個別化された治療法の提案など、さまざまな使われ方が期待できます。COVID-19の流行など、計画から紆余曲折ありつつも、これまでデータの蓄積や制度・組織設計が進められてきたなかで、ようやく2025年度中の事業実施組織の設立が見込まれています(現状の初期段階でのデータ提供はコンソーシアム参画組織に限られると想定されます)。
【図表5:全ゲノム解析等実行計画2022】
出所:厚生労働省「ゲノム医療推進法に基づく基本計画及び全ゲノム解析等実行計画の進捗状況について/第1回 データ利活用・ライフコース協議会議事次第」
他にも、公的データベース(NDB、介護DB、DPCDB、難病DBなど)を連結して解析ができる仕組みとしての「HIC(医療・介護データ等解析基盤)」など、多様な仕組みがこのデータヘルス改革のなかでは検討・構築が進められています。これらの健康・医療等データの利活用取組みはあくまで2025年度時点ではパラレルに動いており、バラバラの動きを見せています。
その終着地点として期待されるのが、医療DX内で構想されている情報連携基盤です。この基盤上では、先に述べた「電子カルテ情報データベース(仮称)」から「公的データベース」、さらには内閣府所管で進めてきた「次世代医療基盤法DB」といった健康・医療等データの利活用を目的に検討されてきたさまざまな仕組みや、そのデータを一元的に利活用できる場として構想が進められています。
上記で言及した「全ゲノム解析等実行計画」で収集・蓄積されるデータ等も連結して利活用できる仕組みが実現すると、個人の遺伝情報に紐づいた研究期間以前や過去の時系列の情報等も併せて経時的に解析ができます。より有用なデータの利活用が実現する可能性が高いですが、現状は構想未定となっています。
これらの取組みは、まだ検討段階にあり、あくまで現在議論されている医療法等の一部改正が実現して初めて可能となる仕組みです。現在議論されている本改正案では、前述の次世代医療基盤法同様、国(厚生労働大臣)が保有するあらゆる公的DBを仮名加工データのまま利用・提供することが可能となる見込みです。
成立すれば、社会保険診療報酬支払基金改め、医療情報基盤・診療報酬審査支払機構として公的DBのみならず、電子カルテ情報共有サービス内のデータも含め柔軟かつ一元的に意思決定が可能な体制が整い、次世代医療基盤法外の法のもとでも、より推進力をもって健康・医療等データの利活用が進むことが期待されます。改正法は、2025年内に成立見込みです(図表6)。
【図表6:医療法等の一部を改正する法律案の概要】
出所:厚生労働省「資料1 医療法等の一部を改正する法律案の閣議決定について(報告)/第115回社会保障審議会医療部会 資料」
6.おわりに
ここまで述べてきたように、わが国における健康・医療等データの利活用は、データ化からその標準化、利活用の法的な制限に至るまで課題の山積みで、長年停滞してきました。「2025年問題」が取り沙汰されて久しい今、「2040年問題(団塊ジュニア世代が65歳以上の高齢者になることによる働き手の減少と、さらなる社会保障の負担増等の課題)」に向け、他国に遅れながらも個人情報保護法や医療法等の一部改正を機に、データヘルス改革から医療DXの加速による健康・医療等データの利活用が急速に推進されることを期待したいところです。
2025年10月時点、上記厚生労働省を中心とした取組みのほか、内閣府を主管として、「デジタル社会の実現に向けた重点計画」(2025年6月13日閣議決定)における「データ利活用制度の在り方に関する基本方針」で先行個別分野として示された「医療」分野における改革事項(特にデータの二次利用)を推進すべく、「医療等情報の利活用の推進に関する検討会」にて有識者が議論しながらグランドデザインを検討していくことが示されています(医療等情報の利活用の推進に関する検討会にて2025年9月3日決定)。
これらで利活用を検討される電子カルテ情報データベース(仮称)内の3文書6情報以外のデータ(画像データやその他の検査値、ゲノム情報など)を含めた利活用の在り方が、前述の医療DXとどのように連携していくのか、もしくは独立したかたちで進められていくのか、今後の双方の動向を注視するとともに、KPMGとしても官・民それぞれの観点からこの「健康・医療等データの利活用」に貢献していきます。
※図表1~6の参考資料は下記のとおりです。
- 厚生労働省「今後のデータヘルス改革の進め方について(概要)/第6回 データヘルス改革推進本部 資料」
- 厚生労働省「【資料1】医療DXについて/第1回「医療DX令和ビジョン2030」厚生労働省推進チーム資料について」
- 厚生労働省「資料2-2 全国医療情報プラットフォームの概要/第4回「医療DX令和ビジョン2030」厚生労働省推進チーム資料について」
- 厚生労働省「資料1-2 医療等情報の二次利用に係る現状と今後の対応方針について/第113回社会保障審議会医療部会 資料」
- 厚生労働省「ゲノム医療推進法に基づく基本計画及び全ゲノム解析等実行計画の進捗状況について/第1回 データ利活用・ライフコース協議会議事次第」
- 厚生労働省「資料1 医療法等の一部を改正する法律案の閣議決定について(報告)/第115回社会保障審議会医療部会 資料」
執筆者
KPMGコンサルティング
シニアマネジャー 山口 将大