日本企業は、旧来のCSR(企業の社会的責任)からサステナビリティ(持続可能性)へと取組みを進め、特に、サステナビリティ情報開示を中心に国際的にも高い評価を得るに至りました。しかし、PBRをはじめとする資本効率性への関心が高まるなか、サステナビリティ経営が企業価値に十分に結び付いていないという課題も浮き彫りになっています。
近時ではグローバルでの競争環境や地政学的な変化が加速し、サステナビリティ経営に対する視線は大きく変化を始めています。本稿では、従来のサステナビリティ経営が残した課題と、激動する時代における企業価値の向上に軸足を置いた新たなサステナビリティ経営(サステナビリティ経営2.0)の在り方を紹介します。
1.これまでのサステナビリティ経営の効果と課題
2010年代後半から、特に日本企業の多くがサステナビリティ経営としてその情報開示の質・量の拡充を図ってきました。とはいえ、外部ステークホルダーの関心事項を中心に企業によるサステナビリティ経営を推進し、企業個別のビジネスモデルを十分に考慮せず、画一的で広範なサステナビリティイシュー(気候変動緩和や人権など)への取組みに留まるケースが散見されました。
エネルギー企業にとっての気候変動や情報通信企業にとってのデータセキュリティなど、本来企業のビジネスモデルや企業価値向上に向けた成長ストーリーに応じて、機会/リスクとして重視すべきイシューや取組み内容は異なります。企業個別のイシューや“らしさ”よりも、横並び的/画一的な対応を優先させた結果、企業の戦略に基づく独自の取組みが生まれにくくなり、サステナビリティ活動と事業活動との連携が希薄になりました。
また、個々のサステナビリティイシューの取組みにおいても、GHG排出量の削減や人権デュー・デリジェンスの実施、コンプライアンス研修の受講者数拡大など、リスク低減を主軸とした内容が中心にありました。リスク低減への取組みが重要であることを否定するものではありませんが、企業の中長期的な成長や実現に向けたストーリーとあわせて語ることが難しいテーマとなったことも、企業独自の取組みにつながらず、企業価値向上と分断した取組みとなったと想定されます。
【サステナビリティ経営を巡る環境の変化】
出所:KPMG作成
機関投資家やNPO・NGO等の外部ステークホルダーは、自らの要請に対する取組みを評価する上で、画一的に広範な取組みを企業に求めることで比較可能性を確保しました。この関係性がサステナビリティ経営の実践を目指す企業内部でも、サステナビリティと事業の分断を助長し、自社の成長という観点が欠落する結果になったと考えられます。企業の特性を加味しない画一的な対応が、企業独自の取組みを通じた成長である企業価値向上に課題を残すことになりました。
2.サステナビリティ経営に対する意識の変化
近時では対外的には反ESGや資本市場のトレンドの変化などを受け、日本企業にとってのサステナビリティ経営への意識や取組みが見直される向きもあります。
外部環境としては、自国第一主義への偏重、そしてサステナビリティ規制が企業の競争力を阻害する懸念が広がっています。そのため、サステナビリティに対してグローバルで足並みを揃えることが非常に困難になっています。また、エネルギーコストや人件費等の経済コストが上昇するなど、企業経営に対する逆風も強まっています。
これまでサステナビリティに係る情報開示を率先して促してきた資本市場においても、資本効率性がキーワードとなり、株式の持ち合い解消に伴いアクティビストが台頭するなど、急激な変化を迎えています。サステナビリティ経営を要請してきたステークホルダーは、過度な要請への反省から企業の収益性や持続的成長など「稼ぐ力」へ関心がシフトしています。
翻って、資本市場を中心としたステークホルダーの要請に応じてサステナビリティ対応を進めてきた企業にとっても、サステナビリティ経営が企業価値向上にどう結び付くのか不透明であることや、多くの企業が同様のサステナビリティ情報開示を行うことで差別化が難しくなったことから、サステナビリティ経営の効果に疑問を持つ企業が増えています。その結果サステナビリティ経営の推進よりも、事業活動への注力を強める傾向が広がっています。
外部環境および企業自身の双方が急激な環境変化や従来型のサステナビリティ経営の反省を踏まえ、このまま「サステナビリティ経営」を志向し続けるべきか、再考が求められています。
【サステナビリティ経営を巡る環境の変化】
出所:KPMG作成
3.企業がこれから転換を目指すべきサステナビリティ経営とは(サステナビリティ経営2.0)
では、日本企業はこれらからサステナビリティとどのように向き合うべきなのでしょうか。企業は自社の戦略方向性に対して「サステナビリティ」が中長期にどのように貢献し得るのか、またどの領域でどのように活用できるのか、という観点で再考する必要があります。ステークホルダーにおいても、企業のサステナビリティへの取組みはリターンを前提に考える傾向が近時において増加傾向にあります。
昨今の外部環境やステークホルダーのサステナビリティに対する意識の変化を踏まえ、日本企業は中長期的な企業価値の向上とその実現を支える成長ストーリーの起点として、サステナビリティの活用可能性を検討することが重要だと考えられます。それこそが内外のステークホルダーの期待事項をつなぐカギとなります。
つまり、これまでの外部ステークホルダーからの要請に軸足を置いた取組みではなく、大きな発想の転換を行い、まずは自社の目指す姿(長期ビジョン等)を定め、その実現に向けてサステナビリティはどのように活用できるのか、という視点に立つことが求められます。この姿勢・マインドセットこそが、過去外部からの要請に対応することに注力していた従来のサステナビリティ経営から脱却し、自社の成長のためにサステナビリティを効果的に用いる、これからのサステナビリティ経営に必要な姿(サステナビリティ経営2.0)と考えます。
サステナビリティ経営2.0の世界では、企業の長期目線での成長に活用できるサステナビリティの在り方から、自社が取り組むべきサステナビリティイシューやその取組み深度を定める(Why・What)ことから始まります。なぜ自社の成長にサステナビリティが必要なのか、またその領域はどこなのか、どこまでやるべきなのかを絞り込むことで、従来と異なる自社目線でのサステナビリティ経営に踏み出します。
そのうえで、成長の実現に向けた原資の獲得のためにサステナビリティを活用した事業機会の創出と、その仕組みを構築する(How)ことも必要です。中長期的な事業機会を探索し、目指す姿に必要な事業ポートフォリオへの持続的な入れ替えを促す仕組みにつながります。そして、これらの活動の成果をもって、企業の成長に資するステークホルダーとの共創関係の構築に向けたエンゲージメントの実現への取組み(Boost)を図ります。
ステークホルダーを所与とせず、自社の目指す姿への共感と共創を訴求し、自社のファンとして成長をともにするステークホルダーへの自発的な変革を目指すことで、持続的かつ効果的な目指す姿に向けた取組みを加速させます。自社事業を中心に置いたこれらの企業価値向上サイクルへの転換を図ることが、サステナビリティ経営2.0において求められる姿です。
【サステナビリティ経営2.0と企業価値向上サイクル】
出所:KPMG作成
企業経営を取り巻く環境は、今まさに大きな変化の過程にあります。企業にとって新たなテーマとして生まれたサステナビリティについても、従来から発想や取組みを転換する必要性が生まれています。企業が中長期的に目指す姿やそのなかでの自社事業の成長に軸足を置いた世界において、「サステナビリティ」という中長期的な経営環境と切り離しがたいテーマとの関係性を、成長への活用の手法として活用する時代が到来しているのではないでしょうか。
執筆者
KPMGコンサルティング
シニアマネジャー 渡邊 秀人