本連載は、時事通信社発行『地方行政』(2025年6月26日号)に掲載された記事の転載となります。以下の文章は原則連載時のままであり、場合によって若干の補足を加えて掲載しています。
はじめに:「社会全体の構造・意識の変化」と「切れ目のない支援」
「こども未来戦略」(2023年12月22日閣議決定)に基づき、次元の異なる少子化対策が実施されています。
若者・子育て世代の所得の増加を重視し、こども家庭庁の予算の増額等が盛り込まれており、どのような世帯がどの程度の支援を受けるのかといった経済効果を分析することが必要です。そこで、次元の異なる少子化対策の経済効果を2回に分けて紹介することとし、前回は「若い世代の所得の増加」を取り上げ、今回は「社会全体の構造・意識の変化」と「切れ目のない支援」に関する対策を取り上げます。
1.次元の異なる少子化対策の概要と経済効果の考え方
次元の異なる少子化対策とは、「こども未来戦略」で打ち出されたこども・子育て政策であり、少子化・人口減少が進んで持続的な経済成長が懸念されるなか、若年人口が急激に減少する2030年代に入る前に少子化トレンドを反転させることを目指しています。次元の異なる少子化対策では、若者・子育て世代の所得の増加を重視し、(I)構造的賃上げ等と併せて経済的支援を充実させ、若い世代の所得を増やすこと(若い世代の所得の増加)と(II)社会全体の構造や意識を変えること(社会全体の構造・意識の変化)、(III)全てのこども・子育て世帯をライフステージに応じて切れ目なく支援すること(切れ目のない支援)を基本理念としています。次元の異なる少子化対策を通じて、こども家庭庁の予算は2022年度の4.7兆円から約5割増加することが見込まれています。
そこで、本稿では、次元の異なる少子化対策から次を取り上げて、結果が公表されている最新の「2019年全国家計構造調査」(総務省)を活用し、世帯の属性ごとに対する支援の2019年から2030年への変化を推計して経済効果を分析します。今回は、次元の異なる少子化対策の(II)社会全体の構造・意識の変化と(III)切れ目のない支援に関する対策を取り上げます(図表1)。
【図表1:次元の異なる少子化対策の基本理念と主な対策】
出所:KPMG作成
2.社会全体の構造・意識の変化に関する対策の経済効果の分析
(1)地方公共団体による子どもの医療費助成等
子どもの健全な育成のため、地方公共団体では子どもの医療費を助成しており、都道府県が要綱等に基づき、市区町村を補助しています。すべての地方公共団体が子どもの医療費助成制度を導入しており、都道府県では通院・入院ともに「就学前まで」、市区町村では通院は「15歳年度末まで」、入院は「18歳年度末まで」が最も多くなっています(図表2)。
【図表2:地方公共団体による子どもの医療費助成等の仕組み】
出所:「令和3年度乳幼児等に係る医療費の援助についての調査」(厚生労働省)を基にKPMG作成
地方公共団体による子どもの医療費助成等による支援は、2019年全国家計構造調査において、子どもの医療サービスに関する自己負担率をゼロとするほか、近年注目されている高齢者の高額な医療費を把握するため、1人当たり医療費と自己負担率の年齢階級の区分を細分化して分析すると、2019年の17兆7990億円から2030年には22兆6490億円と27.3%増加すると見込まれます(図表3)。
しかし、地方公共団体による子どもの医療費助成の支援を受ける「夫婦と子から成る世帯」の2019~2030年にかけての増加率は19.3%にとどまる一方、世帯主が「80~84歳」「85歳以上」の世帯の増加率は、それぞれ70.9%、90.2%と高くなっています。地方公共団体による子どもの医療費助成等による支援は、子育て世帯を支援していますが、高齢者の高額な医療費を考慮すると、高齢者世帯への支援も大きくなっていることがわかります。
【図表3:世帯の属性ごとの地方公共団体による子どもの医療費助成等による支援】
出所:「2019年全国家計構造調査」(総務省)を基にKPMG作成
(2) 保育の無償化
2019年から幼児教育・保育の無償化が開始されており、幼児教育の無償化として3~5歳の幼稚園・保育所・認定こども園等の利用料が無償となっているほか、保育の無償化として0~2歳の住民税非課税世帯における幼稚園・保育所・認定こども園等の利用料が無償となっています。
保育の無償化による支援は2019年には1兆6320億円であり、2030年には1兆6030億円と1.8%減少すると見込まれます(図表4)。保育の無償化による支援を受ける世帯は、世帯主は30歳代が約半分となっており、「夫婦と子から成る世帯」が約8割を占めて、保育の無償化は子育て世帯を支援していることがわかります。
【図表4:世帯の属性ごとの保育の無償化による支援】
出所:「2019年全国家計構造調査」(総務省)を基にKPMG作成
3.切れ目のない支援に関する対策の経済効果の分析:失業等給付
転職など労働移動の円滑化のため、自己都合離職の失業給付の給付までの期間の短縮化が進んでいます。失業等給付による支援は2019年の2兆3430億円から2030年には2兆5170億円と7.4%増加と見込まれます(図表5)。失業等給付による支援を受ける世帯は、世帯主が「55~59歳」が最も多く、2030年には6610億円と2019年の4650億円から42.2%増えると見込まれ、比較的高齢な勤労世帯を支援していることがわかります。
【図表5:世帯の属性ごとの失業等給付による支援】
出所:「2019年全国家計構造調査」(総務省)を基にKPMG作成
4.まとめ
2章および3章から、次元の異なる少子化対策の社会全体の構造・意識の変化と切れ目のない支援に関する対策では、少子化の影響を受ける保育の無償化を除き、2030年の支援は2019年より増加する見込みであることがわかります。地方公共団体による子どもの医療費助成等は規模が大きくなっていますが、これは高齢者の高額な医療費を反映しているためであると考えられます。また、失業等給付は比較的高齢な勤労世帯を支援していますが、それ以外の対策は子育て世帯を支援していることがわかります。
最新の「令和6年全国家計構造調査」は、2025年12月以降に公表される予定です。次元の異なる少子化対策の社会全体の構造・意識の変化と切れ目のない支援に関する対策の経済効果は、前回の若い世代の所得の増加に関する対策と同様、この調査結果が公表されたら、アップデートして再度分析することが望まれます。
時事通信社発行『地方行政』(2025年6月26日号)掲載(一部加筆・修正しています)。この記事の掲載については、時事通信社の許諾を得ています。無断での複写・転載は禁じます。
執筆者
KPMGコンサルティング
アソシエイトパートナー 坂野 成俊