生成AIで「もう1人の自分」を創り、最高情報責任者(グループCIO)の仕事の一部を任せられないか――こうした妄想から誕生したのが、静岡銀行の「デジタルCIO」だ。急速に進化を遂げる生成AIのポテンシャルに着目し、業務を支援させるだけでなく、「人の役割」そのものを担わせる“擬人化”へと一歩踏み出した。その実験の成果に迫る。

※本取組みに関する動画はこちらからご視聴いただけます。

【インタビュイー】

しずおかフィナンシャルグループ
執行役員 グループCIO(最高情報責任者)
静岡銀行
常務執行役員 システム担当経営統括副本部長
鈴木 統也氏

KPMGコンサルティング 
執行役員 パートナー
角坂 晃啓

静岡銀行 鈴木氏、KPMG 角坂

左から 静岡銀行 鈴木氏、KPMG 角坂

妄想から始まった生成AIの新たな活用

もはや、「何らかの形での利用を検討していない企業はない」と言っていいほど、ビジネスでの本格活用が急がれている生成AI。業務効率化や生産性向上、高度な顧客経験価値提供による新たな金融サービスの実現を目指したデジタルトランスフォーメーション(DX)が加速する金融業界でも、クラウド化やRPAの活用に続く“新たな波”として、生成AIの活用が広がっている。

ただし、活用されている業務の範囲や活用レベルは、現時点では限定的だ。

静岡銀行 鈴木氏

静岡銀行 鈴木氏

「金融業界では、システム化やRPAによる業務の自動化など、定型業務におけるDXは進んでいますが、企画業務など、専門性や経験に基づく判断が要求される分野では、デジタル化が十分に進んでいないのが実情です。生成AIについても、現状は情報収集や文書の要約といった人の業務をアシストさせる使い道にとどまっており、生成AIに何かを判断させ、その判断に基づいて行動させるような状況には至っていません」

そう語るのは、静岡銀行などを傘下に置く、しずおかフィナンシャルグループで執行役員 グループCIOを務める鈴木統也氏である。

そうしたなかで、静岡銀行では、生成AIの活用を3つのレベルに分けて段階的に発展させていくことを目指している。

レベル1は、「行内で生成AIを個々人が活用している状態」。レベル2は、「RAG(検索拡張生成)の仕組みで行内情報を取り込み、特定分野のアプリケーションを構築している状態」。そして、レベル3は「顧客に生成AIを使ったサービスを提供したり、行員そのものの役割を担わせたりしている状態」だ。

静岡銀行は、行員が各種生成AIを利用できる環境を整えており、レベル1、2については、業務の効率化を実現するなどすでに一定の成果を上げている。次のステップとして取り組み始めたのが、レベル3への挑戦だ。

「デジタルCIO」の構築は、その挑戦の第一歩である。ただ、静岡銀行が「デジタルCIO」構築に踏み出すことになったのは、鈴木氏の“妄想”がきっかけだった。

「DXの推進とともに、CIOの業務量は激増しています。1人で戦略づくりや意思決定をするのではとても手が回らず、業務を肩代わりしてくれる自分の『コピーロボット』のようなものは創れないか、と思ったのです」(鈴木氏)

そもそもCIOの役割とは何か “人格形成”から始動

まるでアニメや漫画のような“妄想”が起点であったが、生成AIに行員そのものの役割を担わせるレベル3へのきっかけになるかもしれない。そう考えた静岡銀行は、複数のコンサルティング企業やベンダー企業に実現可能かどうかを打診。2023年当時、まだまだ生成AIを活用したユースケースが少なく、活用方法そのものが模索されていたなかで、唯一「ぜひ一緒にやりたい」と手を挙げたのがKPMGコンサルティングだった。

プロジェクトに携わったKPMGコンサルティングの角坂晃啓は、「さまざまな金融機関の皆様から生成AIの活用についてのご相談をいただきましたが、業務効率化ではなく、企画や意思決定をさせるため生成AIを“擬人化”したいというご相談は初めてでした。純粋にワクワクしましたし、当社にとっても良い経験になります。新技術の業務適応の有効性を形にするチャレンジングな取組みになると思い、生成AIに関する研究という意味も込めて協働で挑戦しようという判断になりました」と語る。

KPMG 角坂

KPMG 角坂

鈴木氏が思い描く「デジタルCIO」の完成形は、デジタル戦略の策定や意思決定を含めたCIOの役割すべてを生成AIに任せることだ。一足飛びに理想に到達させるのは難しいが、完成形を目指しながら一歩ずつ、機能を積み上げていくことにした。

まず、手始めに行ったのは、CIOの果たすべき役割や、求められる知識、振る舞いなどの情報を体系化し、生成AIに学習させること。いわばCIOとしての“人格形成”である。これに役立ったのが、KPMGコンサルティングの「CIO First 100Days」というフレームワークだ。

「CIO First 100 Daysとは世界中の企業の研究に基づき、新任CIOが最初に達成すべきゴールをまとめたKPMG独自のフレームワークであり、KPMGのグローバルネットワークにてさまざまなCIOの支援をしてきた知見を体系化したものです。CIOの役割として、『経営戦略に基づいたデジタル・IT戦略との整合性を確認し、ビジネス貢献に寄与しているか』、『コストの観点で開発・インフラ・運用予算が精緻化され適切な配分となっているか』、『セキュリティ対策は十分に検討されているか』といったCIOが意思決定すべき領域と観点・振る舞いが、網羅的にまとめられています」と角坂は説明する。

デジタルCIOは、このフレームワークをベースとして、金融庁の行政方針、静岡銀行・しずおかフィナンシャルグループの中期経営計画、各種規程類、膨大な会議資料の中から、CIOの知識として必要なデータを厳選し、生成AIに学習させた。

「過去の経験を生かすため、CIOやベテラン行員の“頭の中”だけに残っている暗黙知も形式知化して学習させました。当行のシステム戦略も技術の進歩とともに変化していますが、そのような経緯やその時々の判断根拠を把握している行員はわずかです。彼らから曖昧な記憶を引き出し、厳選し、ドキュメントとして整理する作業は非常に骨が折れましたが、おかげで当行が理想とする『デジタルCIO』の“人格”にかなり近づいたと思います」と鈴木氏は語る。

暗黙知の形式知化でベテラン行員並みの技量を発揮

「“擬人化”といってもCIOの役割をいきなりすべてやらせることは難しいと考え、まずは、システム化案件の『企画・起案』段階の検討支援・意思決定に生成AIを適用しました。具体的には、本部・各部が作成するシステム化案件の企画書のレビューをデジタルCIOに行わせ、デジタルCIOが生成したコメントとベテラン行員や若手行員のレビューコメントを比較・評価することにより『デジタルCIO』のレビューがどれだけ有効なのかを確かめました」と鈴木氏は説明する。

従来、システム化案件の「企画・起案」段階において、経営層の意思決定や資料レビューに多くの時間と労力が必要とされ、経営と現場の情報共有やコミュニケーションの効率化も重要な課題となっていた。そのため、デジタルCIOは、静岡銀行の文脈と専門知識を持つ仮想的な対話パートナーとして、経営層や行員とのダイナミックな対話を実現し、意思決定や資料レビューを効果的にサポートできることを目標とした。

従来的な生成AIの活用では、主に定型業務の自動化に重点を置いている。しかし、静岡銀行がデジタルCIOで目指すのはあくまで“擬人化”。そのため、専門性の高い非定型業務にも対応できることを検証したいという想いがあった。

「実際にどこまで“擬人化”に近づけることができたのか、網羅性・十分性(具体性)・正確性・創造性の4つの観点から評価を行ったところ、全体評価として、ベテラン行員並みのレベルに達していることがわかりました。ベテラン行員が数時間かけて行っていたレビューを、デジタルCIOは10分程度で完了したことも確認できました」(角坂)

同時に、デジタルCIOが“正確な判断をする”ための資料の選定や加工においても、トライ&エラーを繰り返した。知識として登録した資料を生成AIが正しく理解しているかどうかがレビュー品質を左右する。文字列の長短、図や記号、表などがあるなかで、それらの記載内容や意図をどこまで正しく生成AIが理解できているのか、一つひとつ確認し、データ精度向上のために必要な文章構成やデータの持たせ方を工夫していった。

静岡銀行は行内における資料の選定・加工、KPMGコンサルティングは技術的な検証という役割分担で、当時の生成AIのデータ読み込み精度の限界点や癖を探り、業務に活用するために必要な対応策を打っていくことで、生成AIという新しい技術と向き合っていった。その結果、デジタルCIOの回答の妥当性や精度が向上し、“成長”させることに成功したという。

「検証の過程で、生成AIに関するテクニカルな部分についてかなり踏み込んだため、組織内で技術的なノウハウを蓄積することができ、非常に有益な作業でした。今後は、融資判断やリスクマネジメント、お客様への対応など、他の領域でも人の代わりに生成AIが業務を動かせるようになる未来を目指していきたいです」と鈴木氏は語る。

KPMGコンサルティングの角坂は、「人の働きを代替する生成AIの開発は、世界的に見ても最先端のトレンドです。静岡銀行からいただいた貴重な経験を生かし、今後も生成AIを活用した新しい未来創造にお客様と共に取り組んでいきます」と語った。

静岡銀行 鈴木氏、KPMG 角坂

左から 静岡銀行 鈴木氏、KPMG 角坂

Chief AI Officer(CAIO:最高AI責任者)の導入が進むなか、KPMGコンサルティングはAI戦略立案からAI人材育成、ガバナンス構築など包括的な支援を通じ、データとAIを軸とした企業の新たな価値創出をサポートします。

※本記事は、『日経ビジネス電子版』2025年6月30日に掲載された記事広告を、株式会社 日経BPの許可を得て転載したものです(一部加筆・修正)。無断での複写・転載は禁じます。

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