九州・福岡を中心に、地域を金融・非金融の両面から支える西日本シティ銀行。地域の中核企業の新規事業創出を支援する狙いで、全国のスタートアップとのマッチングを促し、事業化までを伴走支援するオープンイノベーションプログラム「NCBオープンアクセラレーター@福岡」を2022年から取り組んでいます。
KPMGコンサルティング(以下、KPMG)は、当初からこのプログラムの設計や運営をサポートしてきました。
本記事では、プロジェクトをリードする西日本シティ銀行 伊藤 宏朗氏、三舩 渓悟氏と、KPMGコンサルティングの戸田 静香マネジャーが対談しました。
地方銀行がエコシステムの中心となってオープンイノベーションを促進する独自のスキームを紐解きながら、地域活性化の可能性を探ります。
【インタビュイー】
西日本シティ銀行
法人ソリューション部 三舩 渓悟 氏
デジタル戦略部 伊藤 宏朗 氏
(2024年9月まで法人ソリューション部に所属)
KPMGコンサルティング
戸田 静香
多くのポテンシャルを秘めた福岡市の経済圏
-このプログラムの背景について教えてください。
伊藤氏:福岡市はもともと非常に高いポテンシャルを持つ都市です。
非上場でも年商100億円以上という会社も多いですし、行政の後押しで起業もしやすく、21大都市(政令指定都市と東京23区)の中でも開業率は1位です。
地域内の経営資源は豊富で、資金調達に困らないエコシステムはある程度形成されていたと感じます。しかし、新規事業による成長を検討する中で閉塞感を感じたり、足踏みをしてしまったり、という課題を持つ企業の多さが特徴でした。
三舩氏:福岡市はコンパクトシティで、企業同士の横のつながりも強いほうだと思いますが、スタートアップとのコラボレーションはあまり活発ではありませんでした。また、2012年の「スタートアップ都市ふくおか」宣言を皮切りに、スタートアップを生み出す仕組みは軌道に乗り始めたものの、グロースに際し地元にとどまらず都市圏に転出してしまう動きが散見されました。オープンイノベーションの取組みが加速し、地域のエコシステムが循環すれば、より多くの可能性が見えてくるはずだと感じていました。
伊藤氏:そのような中、2019年頃にKPMGから地域型オープンイノベーションプログラムの提案をいただき、すぐに社内で検討に入りました。当時、私たちの部署(法人ソリューション部)では、地域の中核企業に対して、設備投資などの大型の融資、他銀行と協調した融資、M&Aなど、さまざまなソリューションを提供していました。KPMGの「地域の中核企業が新しい事業を生み出すためにスタートアップと協業する」という視点は、地域の企業を基軸としていた点で目的が一致し、決め手の大きなポイントとなりました。
その後、コロナ禍では地域の企業の多くが影響を受け、オープンイノベーションよりもまずは「本業」にしっかり集中して経営を安定させなければならない、という状況が続きましたが、5社から参加表明をいただき、2022年度にプログラムのスタートを切ることができました。
【「NCBオープンアクセラレーター@福岡」 プログラムの流れ】
地域に根付いた地方銀行だからこそできること
-このようなオープンイノベーションのプログラムを、地域に根ざした「地方銀行」がリードすることに、どのような意義がありますか。
三舩氏:地方銀行の使命は「地域の発展に寄与する」ということ。私たちが「ハブ」となって、地域の中核企業の新規事業創出を支援することは、意義のあることだと感じています。
戸田:地域への理解、地域とのつながりは地方銀行の圧倒的な強みです。西日本シティ銀行から地域のことを教えていただき、その一方で、我々が世界のトレンドやスタートアップの情報を提供するという形で、相互に強みを生かしながら参加企業を支援しています。
「NCBオープンアクセラレーター@福岡」が動き始めた当初は、東京で大手企業を筆頭にしたアクセラレーションプログラムが盛り上がっていましたが、地域の中核企業が主軸となる取組みはほとんどありませんでした。
KPMGでは、地域に根差した枠組みでこのプログラムを各地に広げたいと考えていましたが、そのためには地域をよく知る企業との連携が不可欠です。私たちとしても、皆さまとご一緒できたことは非常に光栄だと思っています。
「やりたい」という強い思いを事業化するために
-本プログラムの内容について教えてください。
伊藤氏:本プログラムは、STEP0からSTEP3まで4段階に分かれています。参加企業は4社までで先着順です。
STEP1で各社の取り組むテーマを設定し、STEP2では、設定したテーマに基づいてスタートアップとのマッチングを実施します。STEP3は、事業化のための実証実験を進めていきます。全体で約8ヵ月のプログラムです。
戸田:企業の皆さまの希望や課題をより詳しく理解するために、何度もヒアリングを重ねます。特にプログラム全体の「肝」となるSTEP1では、まずは各企業の取り組みたいことを伺い、我々のフレームワークを使いながら整理し、西日本シティ銀行からも意見をいただきながら検討を深めます。これを毎週繰り返します。
取り組みたいことがあっても、「会社の方針とマッチするか」「市場に入った際に十分な利益を獲得できるか」「経営として成り立つか」などといった現実的な目線との折り合いも必要です。また、こうした検討も机上の空論で終わらせずに、最低1回は顧客ヒアリングを実施し、「お金を払ってでもそのサービスを利用したいか」を確認していただきます。
STEP2に入ると、地域の中核企業とスタートアップとの打ち合わせの頻度は、週4〜5回に増えます。参加企業の皆さまも疲れが見える頃ですが、我々も伴走しながら適宜サポートします。
最後に、プログラムの特性となりますが、我々は一過性のイベントにならないよう「実効性」と「持続性」に強くこだわっており、単純なコンサルティング支援ではなく、地域の中核企業のノウハウや知見として蓄積してもらえるよう伴走支援にて、プログラムを進めています。
三舩氏:スタートアップは公募もするのですが、KPMGのコネクションも活用しながら個別にマッチングを行い、面談を重ねていきます。スタートアップと仕事をすることに慣れていない企業も多いため、安心してプログラムを進めていただけるよう、しっかりフォローアップしていくことが大事だと思っています。スタートアップやKPMGに対して遠慮が見られる場合は、発言しやすい空気を作ったり、先回りしてアドバイスをしたりするようにしました。
伊藤氏:かつてスタートアップとの協業を試みたけれどうまくいかなかった、という経験がある企業もいます。私たちは、参加企業が言いたいこと、考えていることがよくわかるため、スタートアップとの仲介やコミュニケーションのフォローを常に意識していました。
戸田:言いたいことを言えずにその場をやり過ごして企画を進めてしまうと、その後がうまくいきません。通常、新規事業が黒字化するには早くても3年ほどかかると言われています。それまでは社内で冷ややかな目で見られることもあり、苦しい時間に耐えなければならないことを考えると、やはり「本当にやりたいこと」をやってほしい、という思いが根底にあります。そのためには、言いたいことを言える空気作りは非常に重要です。私たちもプログラムの早いタイミングで親睦会を開くなど各社の関係性作りは意識していますが、西日本シティ銀行が間に入ってフォローしていただけたのは参加企業の安心感にもつながったと思います。
地域の大手学習塾がメタバース技術を使って生み出した新規事業
-参加企業は、どのような課題を抱え、どのような期待を持ってプログラムに応募・参加されるのでしょうか。
伊藤氏:多くの企業は、既存の販売チャネルをデジタルの領域で拡大したい、というニーズを持っています。今は国内のシェアを確保できているとしても、今後、人口減少に伴って市場が後退していくことが予測され、新しい販路や新しい顧客とのタッチポイントが求められています。また、デジタル化の遅れで既存顧客のデータ活用がうまくできていない、という課題意識もお持ちです。本プログラムにはそのようなニーズや課題をスタートアップの先進技術と自社のサービスを掛け合わせ解決したいという思いを持った企業が参加しています。
三舩氏:プログラムを通じて共創が実現した新規事業の例も出てきています。たとえば、九州最大手の学習塾の英進館ですが、バーチャルオフィスを提供している石川県のスタートアップoViceと連携し、メタバース技術を活用した「バーチャルキャンパス」のサービスを事業化しました。
きっかけとなったのは、不登校の児童や生徒が増加する中、「学校には行けないが勉強したい」という思いを持った児童や生徒たちの助けになれないか、というアイデアです。英進館の高品質な教育を提供するためには、一方通行の授業のオンライン配信では不十分で、先生と生徒、生徒と生徒が相互にコミュニケーションできる環境が必須でした。当初、3D空間を豪華にして没入感を生む空間を作ったり、ゲーム性を持たせたり、アバターを着せ替えたりといった要素を付け加えることも考えましたが、議論を重ねた結果、授業をストレスなく受けられる環境作りを最優先に、という方向に話がまとまりました。
伊藤氏:興味深かった点は、塾から通いづらい地域に住んでいたり、不登校だったりする子どもにニーズがあると思っていたら、実証実験での新サービス利用者の約7割が近所の児童や生徒だったことです。これまでのサービスではリーチできていなかった顧客がいる、ということが実証実験を通じて明らかになった事例です。
戸田:実証実験を通じて、初めて「こんな壁が存在した」「これは今のままでは超えられなさそうだ」と気が付くこともあります。法的な規制が強かったり、技術が追いついていなかったり、理由はさまざまです。そのような場合、事業化は一時的に保留にして、時機を見て再度チャレンジする、というケースもあります。
いずれにしても、このプログラムで大事なことは、「一歩を踏みだすことができた」という収穫を得られることだと思います。我々もそうですが、新規事業についてあれこれ考えていても、結局企画のままで終わってしまうということは多いのではないでしょうか。新規事業は「一歩を踏み出す」ことが大変ですが、その過程で得られるものは多く、まずは行動することが大事だと思います。
-参加企業からはどのような反応が上がっていますか。
三舩氏:参加企業から「ほどよい距離感で見守り、伴走していただけて心強かった」とコメントをいただけた時は嬉しかったですね。ほかにも、「チームビルディングに役立った」という声や、「社員の成長につながった」「社員の意識が変わった」という声もいただいています。
伊藤氏:このプロジェクトには、当行の人財育成も兼ねて若い行員も参加しているのですが、KPMGの資料やファシリテーション、ものの考え方や見方など、かなり勉強になっているようです。
また、このプロジェクトへ参加することで、事業戦略や経営企画などに触れることができます。その企業の過去だけでなく「未来」への考え方などを通して、企業理解を深めることができるという点にもメリットを感じました。
戸田:「新規事業の創出」、「人材育成」、「企業との新しい出会い」の3つは、プログラムの重要なポイントだと思っています。スタートアップにとっても、東京を拠点に活動するスタートアップは地方とのつながりを模索している場合が多く、地域の中核企業とのマッチングや、「イベントごとで終わらない」という継続性にもメリットを感じていただいています。
地域の繁栄につながるコミュニティ支援を
-今後の展望について教えてください。
三舩氏:政府は「地域の企業を売上高100億円以上の企業に育成する」との政策を掲げています。今後、そうした成長に資する人脈を作り、中核企業も地元のスタートアップも巻き込んだハブが生まれていくことが理想だと思っています。そうした観点では、これからもこのプロジェクトは長く続けていきたいと思っています。一緒に新規事業に取り組んだ地域の仲間が増え、つながりが生まれていくエコシステムを目指していきたいです。
伊藤氏:2022年からプログラムを続けてきて、参加企業同士の横のつながりも生まれ、良い競争意識も醸成されており、今後はコラボレーションする企業が出てくるのではないかと感じています。企業の垣根を越えてさまざまな苦労を共にした仲間がどんどん増えると、地域の雰囲気も変わっていくと思います。今後は、行政や大学をもっと巻き込んでいくことが課題です。実証実験の規模が大きくなると、今後は多くの地方公共団体や企業などの協力が必要になります。地域一丸となって取り組める環境づくりを目指す中、我々がハブとなって貢献していきたいと考えています。
戸田:地域活性化のためには、その地域の中核企業への支援が不可欠です。まずはこの福岡で、「NCBオープンアクセラレーター@福岡」が当たり前のものと認知されることを目指し、社会の繁栄につながるコミュニティ支援を行っていきたいと思っています。こうした取組みが全国各地に広がることで、いずれは地域を越えて自然発生的にオープンイノベーションが生まれていくようになれば理想的だなと思います。