本連載の前編では、物体追跡の技術を中心に紹介しました。後編では、技術のユースケース及びビジネス応用のあり方について取り上げます。

物体追跡のユースケース

物体追跡技術は、技術による分析対象および技術適用先の産業も多岐にわたります。

物体追跡の技術とビジネスユースケース図表01

図1:物体追跡技術の適用

代表的なユースケースの1つに、小売業を対象にした顧客の分析が挙げられます。これは店舗等における顧客の行動を分析するもので、来客数の把握はもちろんのこと、顧客の滞留時間・地点の特定、商品を手に取ったりレジに向かったりといった行動追跡を含みます。これらを組み合わせることにより、コンバージョン率の把握や、商品の棚割りや販売施策の検討などのビジネス課題への示唆を得ることも可能です。

物体追跡は、数の多い人物や物体に適用した際に効果を発揮するため、車両・鉄道・船舶といったモビリティ、もしくは歩行者等の人流への適用にも有効です。これにより通行状況や混雑状況、移動パターンや経路といったデータが取得でき、種々の交通施策、都市計画といったパブリックな施策のほか、潜在需要の多そうな地点への店舗の出店計画といったビジネス施策にも繋げられる可能性があります。

さらには、セキュリティや監視の領域では非常に多くのユースケースが考えられます。危険や異常、違反行動は、工場や工事現場での安全管理はもちろん、銀行等金融機関での資産管理、物流・製造・小売での在庫管理などのシーンにおいても、監視・検知が求められます。こうしたときに、目視・人手による監視に代えて物体検出・追跡技術を適用することで、高精度な確実性のある対策を低いランニングコストで実施することができます。

上記は多様なユースケースの一部の例です。KPMGアドバイザリーライトハウス では、上記のうち複数のユースケースについてのPoCを実施しており、一定水準の精度での検出・追跡に成功しています。

ビジネス応用のあり方

物体検出・追跡技術には幅広いユースケースがあり、既にいくつかの業界で取り組まれつつありますが、中長期的にうまくいっているとは限りません。場合によっては、限定されたデータの処理のみが成功している一方で、大きなビジネス価値を生むには至っていないケースもあります。本節では、物体検出・追跡技術をビジネス応用する前に考慮すべき事項について、要諦を示します。

技術・ビジネス両面からのアプローチ

物体検出・追跡に限ることなく、一般に分析技術をビジネス応用する際に考慮すべき必須の検討事項は、一種のフレームワークとして整理できます。検討事項には、事業の課題・ニーズ、データ、分析技術、分析結果、ビジネス価値があります。

物体追跡の技術とビジネスユースケース図表02

図2:ビジネス観点と技術観点における検討事項

ビジネス観点における検討事項

ビジネス観点では、技術の適用先(自社またはクライアント)の事業領域・事業内容を精査し、そのなかの顕在・潜在のビジネス課題やニーズを特定する必要があります。これは技術者というより、現場のドメイン知識を持つ、ビジネス側の担当者こそが知識・経験を発揮できる箇所です。そして、そのビジネス課題やニーズを、データや分析技術によりアプローチしやすい、数理的な課題・ニーズに置き換えていく必要があります。例えば、自社工場内での従業員がどのエリアを通行するか把握し、危険なエリアを歩いていないか、安全管理を行いたいというニーズがあるとします。その場合、数理的な課題・ニーズに置き換えるならば、工場という空間の中を、人物の形状をした移動体がどの経路で移動しているかを検知・追跡したいという課題として置き換えます。これにより、ビデオカメラデータとコンピュータビジョン技術がどのようなアウトプットを出せば良いかが、より明確になります。

検討すべき事項の最後ではあるものの最重要なものが、ビジネス価値です。これは先ほどの分析結果が直接的なアウトプットであるならば、そこから発生するアウトカムとしての便益です。そこには、既存の業務の置換えによる業務の効率化・自動化と、業務の再構築による業務の高度化があります。例えば、従来は人が手作業で確認していた通行人数を検知・追跡技術によって行えるようになれば、効率化・自動化です。また、従来は安全管理が不充分だった工場に、人流モニタリング技術を実装すれば、業務の大幅な高度化につながる可能性があります。

こうしたビジネス価値は、事業におけるビジネス課題・ニーズに対応できているかで測られるべきものです。したがって、計画の策定時には前述のように技術観点とビジネス観点を慎重に往復し、事業の課題・ニーズ、データ、分析技術、分析結果、ビジネス価値のすべての事項を明確にする必要があります。

この検討は、どの要素から始めても構いません。ビデオカメラデータを持っている場合には、そこからできる分析やそのビジネス価値を検討する(データ起点アプローチ)、課題・ニーズが明確な場合には、それを数理的な課題・ニーズに置き換えつつ、データと分析によって対処できないか考える(イシュー起点アプローチ)、また、技術者のように新規技術を試したい場合には、分析技術を起点にできることを膨らましてビジネス適用することもできます(技術起点アプローチ)。

いずれのアプローチにせよ、課題・ニーズ、データ、分析技術、分析結果、ビジネス価値といった検討事項を計画段階で吟味することが必要です。

技術観点における検討事項

まず、データは分析の俎上に載せるための「インプット」として位置づけられます。その入手経路や取得に要するコストは多様であり、事業・ビジネスの現場で得られるものから、事業環境やステークホルダーなど外部から得られるもの、無償で入手できるオープンソースのデータ、有償で購入する必要があるデータなど、その種類は多岐にわたります。また、特に物体検出・追跡に関しては、ビデオカメラによる撮影データが不可欠であるため、カメラの導入・維持コスト、撮影の準備、大容量のデータの保管など、データ入手・保有には高いハードルが伴う傾向があります。

次に、分析技術については、インプットデータを処理する方法を指します。物体検出・追跡の文脈では、上記で紹介したような物体検知技術、単一/複数物体追跡技術、人物再検出技術があります。

分析結果は、分析による直接的なアウトプットであり、当初立てていた仮説の検証や、分析による新規の発見やインサイト創出などがあります。物体検出・追跡においては、境界ボックスの可視化、物体のカテゴリと信頼スコアにより、検出・追跡ができているか・いないかの結果が示されます。

上記の3事項は主に技術観点から検討されるものですが、これらが充分に検討できたとしても、ビジネス応用においても成功するわけではありません。

物体追跡技術のビジネス適用上の注意点

ここまで物体追跡技術の可能性やユースケース、ビジネス応用のあり方について述べてきました。ただ、実効性のある技術開発のためには、さらにいくつかの注意点があります。

まず、手段が目的化しないことは、技術適用の計画段階・実施段階の両者のいずれの状況でも常に留意する必要があります。物体検知・追跡においても、人が容易に目視で確認できることであれば、必ずしも時間とコストのかかる技術開発を行う必要はありません。代替手段がないかを考え、費用対効果に見合う価値が創出できる場合にのみ、技術開発を行うのが望ましいです。

物体追跡技術固有の留意点にも注意を払う必要があります。物体検出は、他の機械学習技術にも当てはまることではありますが、100%の精度を満たすことは困難であり、その出力結果が誤っていたりバイアスを含んだりする可能性を含んでいます。ビジネスへの適用上は、そうしたリスクも考慮し、充分な学習やチューニングが必要です。そうしたプロセスには膨大な時間や計算コストに加え、質・量ともに充分な学習データが必要になります。

データの取得の際にも、特有の制約を考慮する必要があります。映像データは特定の状況を想定してビデオカメラで取得する必要があり、データの保管場所も含め、データ取得時の準備や諸々のコストが高い傾向にあります。また、特に人物の検知・追跡を行う際には、顔をはじめとする個人情報などが含まれることがあり、そうした機微なデータの取扱いにも留意が求められます。

このような困難や制約が多い側面があるものの、物体追跡技術は適切に活用されれば、他の方法ではなし得ない効率化や高度化を実現することができます。KPMGアドバイザリーライトハウスでは、実際に小売店舗を想定した物体追跡をはじめとする画像認識技術、その他の機械学習・統計学・応用数理の最新手法を用い、さまざまなビジネス課題・ニーズに応えています。

まとめ

この連載記事では、前編・後編にわたり、オブジェクトトラッキング(物体追跡)の仕組みとビジネス応用を紹介しました。前編では、一連のビデオフレームにわたって複数のオブジェクトの動きを個別に自動的に追跡するマルチオブジェクトトラッキング(MOT)、一時的に見失われた追跡対象を再度検知し継続的な追跡を確保する再識別手法、複数のカメラを用いたマルチカメラトラッキングを紹介しました。後編では、ビジネス応用の考え方と留意点を取り上げました。

画像認識の技術は日進月歩であり、応用先もさまざまな領域があります。充分な技術理解と適切なビジネス適用を行うことで、斬新で大きな価値創出の可能性が期待できます。

執筆

株式会社 KPMGアドバイザリーライトハウス
アドバンスドアナリティクス部
マネージャー 大山 遼

お問合せ