超高齢化社会が進む日本において、特に地方部では運転免許のない/運転に自信のない高齢者や中高生にとっては路線バスが重要な移動手段となっている。しかし、乗客数の減少や燃料費の高騰による運行コストの増加、バス運転手の不足など、バス運行には多くの課題が存在する。効率的なバス運行にはデータアナリティクスの活用が有効だ。本稿では、モビリティ領域のエキスパートが所属するKPMGモビリティ研究所とデータ戦略、データサイエンス、デジタルインテリジェンスをコアとしたセンターオブエクセレンス機能を提供するKPMGアドバイザリーライトハウスが連携し、大規模GPSデータと経路最適化技術を用いたバス運行を最適化する手法を概説する。

1.バス運行の効率化が求められる背景

日本は世界でも有数の少子高齢化社会だ。地方ではその傾向が特に顕著となっており、高齢者や中高生の移動手段として公共交通機関であるバスが重要な役割を果たしている。その一方で、乗客数の減少が進んでおり、燃料価格高騰にともなう運行コストの増加もあいまって収益性が低下し、運行の維持が難しくなっている。

さらに深刻なのはバス運転者の不足だ。厚生労働省の調査によると、他の業種に比べてバス運転者の労働時間は長く、給料は低い傾向がみられる。人手不足が慢性化しており、結果として「人手不足だから休めない」ために、さらなる長時間労働につながりがちだ。また、その問題を是正するための時間外労働の上限規制や、その他関連法における労働基準の見直し(いわゆる2024年問題)もあり、バス会社の事業運営は難しい局面にある。日本バス協会の調査によると、2030年には3万6千人もの運転手が不足(28%不足)するという予測もある(日本バス協会「令和5年 国土幹線道路部会 ヒアリング資料」2023)。

2020年11月の改正地域公共交通活性化・再生法の施行により、すべての地方公共団体において地域公共交通計画を策定することが努力義務化された。多くの地方自治体で計画策定が進められている一方で、地方や中小規模の都市では移動実態を把握するためのデータが不足していることが多く、適切なバスルートの設計が困難となっている。また、従来の交通量調査やアンケート結果から移動需要を十分に満たす計画を作成するには限界があり、バス運行の効率化への打開策が求められている。

2.バス運行効率化のためのデータアナリティクス

限られた資源を効率的に活用し、最小限のコストで最大の効果を上げるための調整には、データアナリティクスが有効だ。バス停を通るルートのように、多数の選択肢から最適な組み合わせを求める計算を最適化問題と呼ぶ。KPMGでは、大規模GPSデータと経路最適化技術を用いて、観測された移動需要を満たす最適な経路を生成する手法を開発した。

まず、全国で取得可能な大規模GPSデータに基づき、当該エリアの1ヵ月間の移動データを用いて分析を行った。各利用者(ユーザー)の移動需要を把握するために、エリアの疎密の検出に有効な密度ベースクラスタリング(DBSCAN)を利用してユーザーの滞留点の候補を抽出。その後、抽出した滞留点を病院やレストランなどの近接する施設(POI:Point of Interest)に集約し、バス停の候補とする。その後、時間帯別の滞留点間における交通量の多寡とバスルートの設計に必要な各種制約も踏まえたうえで最適化問題として定式化し、経路候補を高速に自動作成した(図表1)。

図表1:滞留点の検出と移動需要に基づくバスルートの最適化

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出所:KPMG作成

最適化問題の代表例として、セールスマンが複数のエリアを1回ずつすべて訪問する場合に、最も距離が短くなる経路を探す「巡回セールスマン問題」がある。今回の時刻付きバス経路の生成には、巡回セールスマン問題の拡張であるVehicle Routing Problem(複数のサービス車がすべての需要を満たす最短経路を求める問題)をベースに、以下の制約やペナルティを追加したうえで、最適なバスルートを生成した。

  • Pick-up & Delivery制約
    ・乗せていない人は降ろせない
    ・乗せた人は必ず降ろす。目的地以外では降ろせない。
  • Time window制約
    ・出発の場合は出発予定時刻から10分後まで、到着の場合は到着予定時刻の10分前までを許容
  • 対象エリア制約
    ・バス単位で行動圏を設定し、行動圏をまたぐ運行はしない(図表2)

図表2:対象エリア制約

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出所:KPMG作成

  • 需要を無視する場合のペナルティ
    ・たとえば、遠い地点でのPick-upを検討する場合、10名の需要があれば向かうが、3名ならタイムテーブルから除外する(図表3)

図表3:需要を無視する場合のペナルティ

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出所:KPMG作成

3.データアナリティクスと人知の融合がもたらす新たな可能性

KPMGのアプローチの結果、大規模GPSデータを活用した移動需要の把握と、経路最適化技術を用い、少ないバス台数で大部分の移動需要を満たすことができることが確認された。例えば、およそ3,500人弱の需要があるエリアでは、4台のバスで97.7%の需要をカバーすることができる。ただし、より適切なバス停の選定方法や複雑な経路の推定にはまだ検討の余地があり、さらなる改善の可能性が存在する。

また、データのみではなく、地域住民のドメイン知識を最大限に活用することで、より適切なバス停位置の提案や、地域住民の生活に根差した新たな移動手段の提案なども考えられる。データアナリティクスと人知の融合は、新たなモビリティの未来をもたらす可能性を秘めている。

参考資料

小竹 輝幸・廣川 典昭(2023)「人流(GPS)データを用いたバスルート及び運行時間帯の最適化」、土木計画学研究・講演集、Vol.68
厚生労働省(2021)「令和3年賃金構造基本統計調査」
日本バス協会(2023)「令和5年 国土幹線道路部会 ヒアリング資料」 

監修

KPMGモビリティ研究所
KPMGコンサルティング株式会社 ビジネスイノベーションユニット
マネージャー 小竹 輝幸

株式会社 KPMGアドバイザリーライトハウス
アドバンスドアナリティクス
ジャパンリード 統括部長 マヌエル マイオレッリ

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