ライフサイエンス業界の未来はテクノロジーによる接続性の向上、AIの戦略的活用、そして患者中心のサプライチェーンによって形作られるとKPMGでは考えています。グローバルにおいてもライフサイエンス業界は、デジタル変革を通じて業務の効率化と価値創出を目指しています。しかし、この業界のイノベーションの取組みは、経済状況、組織のパフォーマンス、地政学的要因、人材獲得競争といった逆風に直面しています。

ライフサイエンス業界は規制が厳しく、企業が分断・サイロ化されていることもあり、大規模な変革は困難です。本稿は、デジタル変革における各ライフサイエンス企業の「スピード」「セキュリティ」「価値創出」のバランスを探ることを目的とし、26ヵ国、8業界、2,450名のテクノロジーリーダー、特にライフサイエンス企業におけるテックリーダー(例:最高デジタル責任者(CDO)、最高情報責任者(CIO)、最高技術責任者(CTO)、最高情報セキュリティ責任者(CISO)、最高AI責任者(CAIO)など)に対してKPMGが行ったアンケート結果から彼らの視点を分析しています。

KPMGのグローバルテックレポートに基づき、ライフサイエンス分野におけるグローバルトレンド(デジタル変革の現状と課題)と、特に日本の製薬企業が今後の戦略を策定するうえでの指針となる部分に着目し、紹介します。

1.ライフサイエンス業界におけるテクノロジー導入の現状と展望

グローバル企業においては、ライフサイエンス企業におけるテックリーダーの63%が、リスク回避思考が原因で新しい取組み対する動きが鈍化していると述べており、これは調査対象の全セクターの平均よりも7ポイント高い数値でした(図表1)。

この理由として、(1)合併や買収を行ったため治療部門により異なるシステムを使用していることや、(2)発見、研究開発、前臨床および臨床研究、製造、商業化、ポストマーケット研究などのフェーズにまたがる長いバリューチェーンがあること、(3)また規制上の懸念や組織の複雑さによって、慎重にデジタルイノベーションを進めざるを得ないリスクも抱えていることが挙げられます。

さらに、コストに関しても、KPMG米国のパートナー、マイク・クラジェッキは「過去に、新しいデジタルツールに投資したが期待されるリターンを達成できず、多くの複雑さに直面して失敗することがあった」と指摘しており、現在では潜在的な価値を測定し、プロセスのリスクを軽減するために、事前に多くの時間を費やしていると述べています。

【図表1:業界別のテクノロジー導入状況】

ライフサイエンス分野の洞察_図表1

ライフサイエンス企業の経営幹部がリスク回避的であるという懸念がある一方で、調査対象となった8つの業界のうち、ライフサイエンスが最も「新しい技術を戦略的に取り入れる勇気を持つことがデジタル経済で成功するための重要な属性である」と考えている可能性が高いことがわかりました。

ライフサイエンス企業におけるテックリーダーたちは、主要技術への投資が2024年の高利益の要因になったと述べています。また、技術の成熟度が向上している証拠もあり、XaaS技術、ノーコードやローコードなどの現代的な提供方法、VR/AR/XRおよび空間コンピューティングなどの分野において、ライフサイエンスは積極的なアプローチを取り、絶えず進化していると捉えられる業界の1つと言えます(図表2)。

【図表2:過去24ヵ月間でライフサイエンス企業の収益性に好影響を与えた技術】

ライフサイエンス分野の洞察_図表2

特に、ライフサイエンス業界は生成AIの採用率においてトップ3のセクターの1つであり、調査対象企業の34%が生成AIをスケール活用しており、すでに明確な投資対効果(ROI)を実感していると回答しています。

KPMG英国のIoT OTサイバーセキュリティサービスのパートナーであり博士号も持つジェイン・ゴーブルが「AIはライフサイエンスにおける研究開発活動の速度と量を上昇/増加させている」と述べているように、特にR&D領域では、研究サイクルの高速化や情報解析の効率向上が顕著に表れており、新薬の開発のスピード向上とコスト削減の両立が現実味を帯びてきています。患者の観点から見ても、ハーバード公衆衛生大学院の試算では、AIによる診断支援の導入で治療コストが50%削減、健康アウトカムが40%改善されるというデータも示されています。

一方で、生成AIにはブラックボックス化やデータ信頼性、知的財産や規制遵守の観点から、多くの企業がまずは財務、コンプライアンス、治験管理、営業支援などの非中核業務に限定して導入しているのが実情です。また、ユースケース開発においてはライフサイエンス業界の46%の企業が、現場主導でAIユースケースを開発する「Decentralized Experimentation(民主化された導入手法)」を採用しており、これは全業界のなかで最も高い割合でした。今後AIの本格活用が拡大するにつれ、セキュリティや倫理、透明性確保の観点から、中央統制型への移行が必要となる局面に差しかかっています。

創薬バリューチェーンにおける生成AIの活用事例としては、現時点では主にデータの集約・統合、業務プロセスの自動化、文書や資料のレビューといった、これまで多くの人的リソースを必要としていた業務の効率化が中心となっています。特に、実施難易度が比較的低く、導入効果が見えやすい分野から生成AIの活用を始める企業が多いと考えられます。バイオマーカーの特定や新規分子の探索といった、より高度で専門的な領域への応用を目指す企業も増加してきており、生成AIの役割はますます重要になっていくでしょう(図表3)。

【図表3:ヘルスケア領域における生成AI活用事例(生成AIユースケース全体概観)】

ライフサイエンス分野の洞察_図表3

また、KPMGグローバルテックレポートでは、ライフサイエンス業界のリーダーたちが、AIによる10年後の業界変化を次のように予測しています(図表4)。下図が示すように、生成AIの進展は、単なる技術導入にとどまらず、製薬企業にとって「知識の再構築」「職務の再設計/リスキリング」「倫理と信頼の再定義」といった本質的な変化をもたらし始めています。

KPMGの調査では、80%のライフサイエンス業界におけるテックリーダーが、AIによって知識の創出と共有のあり方そのものが再定義されると回答し、職務構造の抜本的な再設計と人材のリスキリング(75%)、業務構造への挑戦と倫理的影響(80%)も高い確率で見込まれており、従来の効率化ツールとしてのAIの枠を超えた視座が求められます。

今後、技術をどのように組織に根付かせ、価値を創出するかという設計力や実行力が求められます。国内ライフサイエンス企業がこの変化をチャンスに変えるため、テクノロジーだけではなく、それを活かすための「人・仕組み・目的」の再構築が問われています。

【図表4:ライフサイエンス分野の技術リーダーの予測】

ライフサイエンス分野の洞察_図表4

2.KPMGの支援

KPMGでは、ライフサイエンス企業に対してAI推進体制の立ち上げ・PoCから全社構想・戦略策定、ガバナンス構築、実際のテクノロジー導入と利用促進まで包括して、AI活用を伴走型で支援します。それぞれのサービスについて、部分的な支援、複数要素を組合せ統合した支援が可能です。また、他ライフサイエンス企業におけるAI活用事例についても紹介可能ですので、お気軽にお問い合わせください。

【KPMGが提供する生成AIのコンサルティングサービス】

ライフサイエンス分野の洞察_図表5

※本稿は、KPMGインターナショナルが2024年に発表した「KPMG global tech report: Life sciences insights」を翻訳・要約し、日本の見解を加筆したものです。翻訳と英語原文に齟齬がある場合には、英語原文が優先するものとします。

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