コンプライアンスは企業にとって重要な経営課題の1つであり、持続的な企業価値向上を目指すうえで欠かすことのできない取組みです。しかし現実には、意図的な不正行為のみならず、無知や過信から、意図せず法令違反を起こしてしまう事例があとを絶ちません。これらが表面化し、企業の信頼が揺らぐ不祥事に発展した例も多く見受けられます。

KPMGでは、「事例に学ぶ企業コンプライアンス最前線」と題して、コンプライアンス違反が発生した際の適切な対応策や違反を未然に防止するための予防策について、身近な事例における特定の登場人物の経験・成長を通じて、実践的な知見を提供します。

連載第2回となる本稿では、不祥事発覚時の初動対応に係る実務的なアプローチを解説します。事例における部長と新卒2年目の社員とのやりとりには、いくつかの問題点がありますので考察ください。

なお、本文中のコンプライアンス違反事例は、架空のものであることをお断りします。

コンプライアンス違反事例

これは、ある大手事業会社における、法務部の部長と新卒2年目の社員(大野)の会話です。前回は会話の最後に突然、週刊誌の記者から同社のコンプライアンス違反疑惑について問い合わせの電話が入りました。

※前回(連載第1回)の寄稿は下記リンクからご確認いただけます。

部長:大野さん、これからのことを決めないといけないね。記者からの電話は、「事実確認中のため回答を差し控えさせていただきます」の一言でなんとか乗り切ったけれど…。

大野:私も突然のことで驚きました。記者は、我々の工場で生産している製品Aの検査データについて不正の疑いがあると指摘していました。それに加えて、従業員間のトラブルについても何か掴んでいる様子でした。

部長:ああ、製品Aは我が社の主力製品だ。もしこの件が事実なら影響が大きそうだ。

大野:はい。弊社の経営にかかわる重大な事案だと思いますが、早急に経営層に報告したほうがよろしいでしょうか?

部長:いや、まだわからないことが多いし、私たち法務部で調査を進めて、ある程度の事実関係がわかり次第、経営層に報告することにしよう。

大野:…わかりました。事実関係を明らかにするのが先ということですね。調査はどのように進めましょうか?

部長:そうだね、現場のことは私たちからはわからないことが多いし、とりあえず現場トップである工場長に協力を仰ぎ、実態把握を進めよう。

大野:承知しました。それでは早急に関連資料の収集しつつ、工場長とともに現場検証や関係者へのヒアリングを進めます。

-調査実施後

大野:部長、調査を行ったところ、記者が指摘していた製品Aの検査データ改ざんが一部確認されました。

部長:やはりそうだったか。記者の言っていたことは正しかったということだね…。

大野:はい、そして…。

部長:まだ何か気がかりなことが?

大野:はい、大変申し上げにくいのですが、調査を進める過程で、国家規格認証を受けている製品Bについても、規格団体が定める仕様を逸脱して製造が行われていた疑いが浮上しました。それと同時に、同じ工場内で、従業員間のパワハラ事案も明らかになりました。

部長:なんだって?製品BもAと同様に重要顧客に出荷している製品だし、それに加えてパワハラだなんて…。不祥事の範囲が想定以上に広がっているようだ。

大野:はい…。ところで、今回確認したデータや書類はどのようにしておくのがよろしいでしょうか?

部長:まだ本格的な調査を行っているわけではないので、一旦そのままにしていても大丈夫でしょう。

大野:…まさかとは思いますが、誰もデータを改ざん・削除することはないですよね。

部長:一度入力したデータを変更できる権限を持つ人間は限られているから、ほぼありえないと言って差し支えないだろう。今日はもう夜も遅いから、また明日、データ保全を含めたこれからの対応を考えよう。

大野:…承知しました。

2人が帰路につくなか、おもむろに社用携帯を取り出し、声を潜めて部下に電話をかける社員の姿があった。

工場長:もしもし、私だけれども、今すぐ製品A・Bの各種データの値を所定の規格値内に入るよう修正しなさい。紙面のものは鉛筆で二重線を付けて上書きするように。PC内のデータは私しか編集権限を持っていないから、これから徹夜で修正するよ。

各々の思惑が錯綜し始めるなか、事態はどのように動いていくのか-。

(次回へ続く)

本事例の解説

不祥事発覚時(有事)における初動対応の心得として、「悪い情報は速報、事実は早く客観的に」「(証拠が)消される前に守る」「初動からの統治」の3つがあげられます(下図参照)。これらの心得に基づく初動での対応が基礎となり、有事対応の最終的な成否に大きくかかわると言えるでしょう。

本解説では、上記3つの心得に基づき、初動対応で重要となる「即時報告」 「迅速・適切な初期調査」 「証拠保全の鉄則」「PMO設置」の4つのポイントに着目し、部長と大野氏とのやり取りを振り返ります。

危機発生時に企業の初動対応で信頼は守れるか?_図表1

出所:KPMG作成

(1)即時報告:Bad News First(Fast)の重要性

本事例において、部長と大野氏は即座に経営層への報告を行いませんでした。現場担当者の感覚として、一定の事実を把握のうえで報告を行いたい2人の心情は理解できますが、「BAD News First(Fast)」の言葉が示すとおり、悪いニュースほど経営層への速やかな報告が求められます。報告の遅延は、経営層の意思決定の遅れを引き起こし、事実関係の把握や対応方針の決定の遅れにつながりかねません。

有事の局面になってからこれらの意識/対応を求めることは難しいことでもあるため、平時の局面での備えも重要になります。具体的には、経営層へのエスカレーション体制の整備を進めつつ、「Bad News Fast(First)」の考え方の浸透が必要です。このような風土/理念の浸透は長期にわたるため継続的な取組みが必要になります。その浸透方法は多岐にわたりますが、トップコミットメントといった啓発はもちろん、評価制度等への組み込みといった仕組面での解決も視野に入れることが有用です。

(2)迅速・適切な初期調査:適切な調査体制の組成と迅速な事実確認

本事例において、部長と大野氏は、工場長(不祥事への関与が疑われる者)と初期調査を実施しました。現場精通者に協力を仰ぐことは一見正しいように感じられますが、当該事象への関与有無が不明瞭な調査メンバーの任命は、手続的な透明性を欠くうえに、事実把握をより困難にする可能性があります(ケースによっては調査妨害等に発展するおそれあります)。そのため、調査主体は、原則として当該事案に利害関係を有してないこと(独立性)が求められます。

本事例では、法令遵守や社内規程の遵守状況を監督・推進する立場にある法務部門やコンプライアンス部門、経営から独立した立場で業務の適正性や内部統制の有効性を検証する内部監査部門が調査の主体となることが考えられます。

初期調査では、その性質として迅速性も求められることから、事実関係の有無やその影響確認を主な対象とします。類似事案の有無等の悉皆的な全容把握は、初期調査ではなく詳細調査(社内詳細調査や第三者委員会調査など)に委ねられることが一般的です。事実解明については、第3回以降の記事にて解説します。

危機発生時に企業の初動対応で信頼は守れるか?_図表2

出所:KPMG作成

(3)証拠保全の鉄則:データ保全への留意

本事例では、関連証拠の保全が早急に行われていないことがうかがえます。また大野氏の予感が的中し、工場長がデータの改ざんを企図していることから、事実確認が困難になるだけでなく、ステークホルダーから隠蔽を疑われるリスクがあります。

データ等の削除・隠滅を阻止するため、まずサーバー上に保管されているデータやログ(メールサーバー、ファイルサーバー、業務システム、クラウドストレージ等)を保全することが重要です。特に、通信履歴、アクセスログ、ファイル操作履歴、メール送受信履歴等は、事実関係の有無や関与範囲の特定において極めて重要な証拠となります。調査の進展に応じて、当該事象への関与が疑われる者が使用していたPCやスマートフォン等の端末上のデータ(ローカルファイル、ブラウザ履歴、一時ファイル等)や書類データを保全することも必要になるでしょう。

なお、特に米国では、原則として、不正検知の時点で証拠保全を行うことが法的に義務付けられることがあります。その保全を怠れば、裁判所から過大な制裁を課せられるだけでなく、保全されなかった証拠は自社に不利な形での推認で裁判が進められうるため、対米国の事業活動の状況に鑑みて、早めの証拠保全を行うことも肝要です。

(4)PMO設置:PMO機関の設置と外部専門家の活用

本事例において、部長と大野氏は部門単独で対応を進めています。初動対応では、対応方針の決定からタスク整理、進捗管理のサイクルを部門横断的に行うことが少なくありません。そのため、上述の初期調査と並行して、対応事務局(PMO)を設定し、対内外に与える影響度の大きさ等を踏まえたうえで、関係部門(法務・人事・広報等のコーポレート部門や、営業・生産等の現場部門)を巻き込んでいくことが重要になります。

また、初動対応の時点からPMOに外部専門家を起用することも一考です。外部専門家を起用することで、不足しがちな社内リソースを補填しつつ、初動調査後の有事対応全体を見据えた助言の下で、適切な対応を行うことが期待できます。

危機発生時に企業の初動対応で信頼は守れるか?_図表3

出所:KPMG作成

まとめ

初動対応では、「Bad News Fast」の考え方の下で、経営層までのエスカレーションを迅速に行うとともに、初期調査により事実関係等の把握をおこないつつ、PMOを中心に有事対応の全体像を描いていくことがポイントです。

KPMGでは不正・不祥事事案に特化した「品質コンプライアンスホットライン」を設置し、初動対応に関する支援を行っています。お気軽にご相談ください。

第3回では、不祥事事案の事実解明に際した具体的な取組み方について詳細に解説していきます。

※本稿において、「コンプライアンス」は法令と社会規範の両方に従うことを指し、特に法令に従うことを「法令遵守」と呼称する。

※本稿において、「不祥事」とは、本記事の想定対象とする企業のコンプライアンス違反行為のうち、世間に公表され、企業価値やイメージを大きく毀損するものを指す。また、コンプライアンス違反行為のうち、それ自体が法令に抵触するものを「法令違反」と呼称する。

執筆者

KPMGコンサルティング
アソシエイトパートナー 馬場 智紹
マネジャー/カリフォルニア州弁護士 三橋 克矢
マネジャー 生田 春樹
シニアコンサルタント 谷萩 光

事例に学ぶ企業コンプライアンス最前線

今後の掲載予定は以下になります。ぜひご覧ください。

回数 タイトル/テーマ(仮)
第1回 (導入)企業コンプライアンスにおける有事・平時対応の全体像
第2回 (有事)危機発生時に企業の初動対応で信頼は守れるか? ※本稿
第3回 (有事)事実解明とその手法
第4回 (有事)企業の信頼回復戦略 謝罪・説明・そして再建へ
第5回 (平時)企業の法令遵守チェックリスト
第6回 (平時)グローバル企業のガバナンス 国内外の違いと対策
第7回 (平時)企業風土改革の実践 コンプライアンス文化を根付かせる
第8回 (平時)ルールメイキング 守りのコンプライアンスから攻めのコンプライアンスへ

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