近年、気候変動が深刻化するなか、Jリーグはクラブや地域と連携し、気候アクションに積極的に取り組んでいます。KPMGコンサルティングは、2024年に「Jリーグ気候アクションパートナー契約」を締結し、サステナビリティとスポーツビジネスの両面から支援体制を構築。ロードマップ策定やインパクトレポートの作成など、実効性のある取組みを進めています。

本記事では、Jリーグ特任理事として、サッカーを通じて気候アクションの重要性を発信する元プロサッカー選手の小野 伸二氏と、Jリーグの辻井 隆行執行役員(サステナビリティ領域担当)を迎え、KPMGコンサルティング副代表の佐渡 誠とともに、Jリーグの気候アクションの現在地とスポーツを通じた社会変革の可能性について語り合いました。

【インタビュイー】

公益社団法人 日本プロサッカーリーグ
執行役員 サステナビリティ領域担当 辻井 隆行氏
特任理事 小野 伸二氏

KPMGコンサルティング株式会社
副代表 執行役員 ビジネスイノベーションユニット統轄・ストラテジー&トランスフォーメーションユニット統轄パートナー 佐渡 誠

Jリーグ 辻井氏、小野氏、KPMG 佐渡

左から Jリーグ 辻井氏、小野氏、KPMG 佐渡

100年後にサッカーができるかは「私たち次第」

-Jリーグの気候アクションが始まった経緯について教えてください。

Jリーグ 辻井氏

Jリーグ 辻井氏

辻井氏:1993年に開幕したJリーグは、「地域密着」を掲げて、誰もが生涯を通じてスポーツを楽しめる環境を作り、Jリーグの理念の1つである「豊かなスポーツ文化の醸成」を具現化することを目指しています。サッカーが成り立つには、安寧で平和な社会と、活力ある地域の存在が欠かせません。しかし今は、その社会の土台となる自然環境そのものが揺らいでいます。その危機感から、Jリーグでは2023年に、これまで社会活動を担ってきた「社会連携部」の枠組みを広げ、環境問題にも重点を置いた「サステナビリティ部」を新たに立ち上げました。

そして、その活動をどのように進めていくか模索していた時に出会ったのがKPMGです。当初は特定のプロジェクトでサポートをお願いしていましたが、2024年には「気候アクションパートナー契約」を締結し、より包括的な協力体制を築くことになりました。

佐渡:私たちとしても、「コンサルティング=問題解決」という枠を超えて、社会に対して「問題提起」していきたいという強い思いがありました。スポーツは地方創生や環境対策などの社会課題に対し、さまざまなステークホルダーをつなぐ社会変革の「ハブ」になれると考えています。なかでも、41都道府県に60のクラブがあり、毎年のべ約1,250万人がスタジアムに足を運ぶJリーグのポテンシャルは絶大です。こうしてJリーグとともに気候アクションに取り組んでいけることをとても嬉しく思っています。

-気候変動がサッカーに及ぼす影響をどう見ていますか?

小野氏:最近では、ウォーミングアップするだけですら厳しい暑さになっています。「試合に向けて頑張ろう」という気持ちを持つことも難しくなってきていると感じます。

辻井氏:実際に、日本では熱中症による救急搬送が2008年から2024年にかけて4倍以上に増加し(※1)、台風や線状降水帯などの影響でJリーグの試合中止も2018年以降急増しています(※2)

身近なところで言うと、人工芝は熱がこもって高温になりやすいのですが、先日ある地域のコーチから、子どもが足の裏にやけどを負い、試合に出られなくなったという話を聞きました。100年後の子どもたちにサッカーを楽しめる環境を残せるかどうかは、「私たち次第」だと感じています。

佐渡:産業革命以降、人々は生活を豊かにしようと努めてきましたが、今はその過程で生じた“負の遺産”の回収に多くのコストを費やしています。このままでは人類の持続的な発展は難しくなってしまう。今がとても重要な局面だと思っています。

「ストーリー」で伝える気候アクション

-こうした現状に対し、どのような取組みを進めているのでしょうか?

辻井氏:はじめに、KPMGの協力も得ながら、今後の指標となる気候アクションのロードマップを作成しました。

【図表1:Jリーグ気候アクションのロードマップ】

Case Study:公益社団法人 日本プロサッカーリーグ_図表1

出典:Jリーグ気候アクションサイト

辻井氏:まず2024〜2025年は、「サッカーと気候変動が関係している」という理解を広め、サッカーファミリーの意識を変えることに注力しています。

次に2027年までには、地球とサッカーを守るために、カーボンニュートラルを意識した選択と行動が、サッカーファミリーのスタンダードとなるよう促していきます。

とはいえ、すべての人が常に環境のことを考えて行動し続けるのは簡単ではありません。そこで2030年までには、意識しなくても自然と気候変動の悪化を防げるような仕組みを、各クラブや地域と一体となって作っていきたいと考えています。

佐渡:こうした社会的なテーマは、言葉だけではなかなか伝わりにくいものです。そこで、Jリーグが気候変動にどう向き合い、どのような未来を描いているのかを「ストーリー」として表現しました。このロードマップを実現するためには、まず「現状を知る」ということが重要です。Jリーグや各クラブの活動で生じるCO2排出量を可視化することで、次に取るべきアクションが明確になります。

小野氏:僕自身、「知る」ことで意識が変わった1人です。特任理事としてJリーグの気候アクションにかかわるなかで、専門家の方とお話する機会などもあり、いろいろなことを学びました。これまでサッカーを通じて多くの方に自分を知ってもらったように、今度は自分を通して気候変動について知ってもらう。そういう大事な役目を担っていると思いますし、自分が発信することで少しでも皆さんの意識や行動が変わってくれることを願っています。

Jリーグ 小野氏

Jリーグ 小野氏

可視化と発信が、ムーブメントの起点になる

佐渡:ロードマップは作って終わりではなく、しっかりと仕組みとして回す必要があります。「気候アクション」では、ステップ1の「意識が変わる」のフェーズを細分化し、社会価値の共創と社会システムの変革に向けて、気候アクションによる各活動の成果や価値を、客観的な根拠に基づいて可視化することに取り組んでいます。たとえば、Jリーグ自体がどれくらいのCO2を排出しているのかを算定し、その排出量をどのように削減していくのかなど。また、可視化・定量化した成果や価値を、どのように発信し、ステークホルダーとコミュニケーションをとっていくのか、という点も重要になります。

【図表2:サステナビリティ支援~2024年までの活動概況と今後の方向性~】

Case Study:公益社団法人 日本プロサッカーリーグ_図表2

出典:KPMG作成

辻井氏:サッカーは気候変動の影響を受ける側でもありますが、同時に影響を与える側でもあります。取組みを進めるうえで、まずは私たち自身の意識と行動を変えていく必要があると考え、その1つとして、Jリーグでは自らが排出するCO2の削減に向け、2023年から年間約1,200試合にのぼる全試合の電力を、実質的に再生可能エネルギーに切り替える活動を行っています。

また、2025シーズンでは、サステナビリティ事業活性化プロジェクトの一環として、初めての「インパクトレポート」による情報発信を行いました。「気候アクション/PLANET」「インクルーシブな社会の実現/PEOPLE」「地域コミュニティの醸成/COMMUNITY」というサステナビリティに関する3つの重点テーマを設定し、短期・中期・長期で目指すロードマップを掲載しています。KPMGにも制作協力してもらい、環境や地域社会へどのような変化や効果をもたらしたのかにも目を向け、重点テーマごとに各クラブのベストプラクティスなども紹介しています。

佐渡:インパクトレポートでは、気候アクションに関する各クラブの取組み状況についてアンケート調査を実施しています。現在も各クラブでさまざまな活動がされているのですが、今後は、その活動の先に「どのような姿を目指していきたいのか」をステークホルダーと共有し、地域や企業も巻き込んでムーブメントを作る必要があります。社会価値の共創と社会システムの変革という最終的なゴールに向けて、Jリーグやクラブだけが頑張るのではなく、多くのステークホルダーと連携しながら、社会全体で動きを広げていく。そうした取組みが広がれば、日本が世界に先駆けたモデルケースとなる可能性も十分にあると考えています。

-2026シーズンからは、各クラブの気候アクションの取組み状況をスコア化する国際的な評価制度「Sport Positive Leagues(SPL)」に参画します。

辻井氏:こちらもKPMGの力を借りながら、欧州の主要4リーグに続いてアジアで初めて参画します。SPLは、気候変動対策において特に重要とされる12の評価項目に基づき、各クラブの取組みをスコア化し、ランキング形式で公表する仕組みです。

ただ、欧州ではリーグとクラブが一体となって取り組んでいる事例はなく、クラブ間のスコアにも大きな差が見られます。一方、日本ではJリーグがクラブの気候アクションに対して、マネタイズ支援やコスト負担の軽減などを行いながら、全体で取り組む「コレクティブ」なアプローチを進めています。こうした取組みは、日本ならではの強みになると思っています。

佐渡:スポーツ界と産業界の距離の近さという点では、海外に学ぶべきところがあると思っています。海外では、スポーツが産業の活性化に重要な役割を果たしているという意識が強く、調達なども含めて、スポーツチームのサステナビリティ活動に産業界がかかわることがあたりまえとされる空気があります。

一方、日本ではスポーツチームと産業界の関係が、従来型のスポンサーシップを活用した広告出稿などのアクティベーションにとどまってしまっているケースが少なくありません。しかしながら、スポーツを通じてサステナビリティを実践したいという経営者の考えは年々強まっていますし、こうした経営者の意識とスポーツがつながれば、より大きなインパクトを生み出すことができるはずです。

私は「スポーツには力がある」と信じています。ただ、クラブは「スポーツの力」とは何かを、経営視点で改めて捉え直す必要があります。競技力の強化はもちろん重要ですが、クラブが地域に存在する意義、そしてクラブの使命は、「プラットフォーム」として人や企業を惹きつけ、地域の社会課題をともに解決し、その地域を輝かせていくことにあると考えています。

KPMG 佐渡

KPMG 佐渡

クラブが「プラットフォーム」になる

-気候アクションの輪を広げていくうえで、今後はどのような取組みを予定されていますか?

小野氏:2024年からJリーグとともに行っている「Jリーグ×小野伸二スマイルフットボールツアー」というイベントで講師を務めているのですが、2025年も継続していく予定です。これは、小学生とその保護者を対象に、サッカーを通じてサステナビリティの大切さを伝えるものです。一緒にサッカーをした後に、「サステナトーク」という気候変動についての話をするのですが、クイズなどを取り入れながら楽しく学べるよう毎回工夫しています。そうすることで、子どもたちの理解も自然と深まっていきます。

僕自身が「知る」ことで変わったように、子どもたちやその保護者の方々も、こうした体験を通じて少しでも意識が変わり、それがやがて環境を守る行動につながっていく。そんな仕組みになればいいなと考えています。

Jリーグ 辻井氏、小野氏、KPMG 佐渡

左から Jリーグ 辻井氏、小野氏、KPMG 佐渡

辻井氏:小野さんの存在はとても大きいです。スマイルフットボールツアーは、これまでに25回(2025年5月取材時点)開催し、1年間で保護者を含め約6,000人の方が参加されました。やはり小野さんが発信することで、多くの人が耳を傾けてくれます。小野さんのような影響力のある方が、真剣に気候アクションと向き合ってくれることは、非常に心強いですね。

イベント後のアンケートでは、ある小学3年生の男の子のお父さんから、「息子が『僕が変われば、お父さんも兄弟も先生も変わるから、僕から変わる』と言っていました」との回答があり、胸が熱くなりました。

小野氏:今後はさらに知識を深めていきたいと思っています。それが発信する際の説得力につながると思いますし、自分の役割ともしっかり向き合っていきたいです。

佐渡:ブレイクスルーのポイントは、クラブは「プラットフォーム」でいいのだというマインドチェンジができるかどうかだと思います。クラブだけで頑張ろうとすると、どこかでリソースの限界にぶつかってしまいますが、企業やファン・サポーター、自治体、教育機関などのステークホルダーを巻き込んでいく“プラットフォーム”になれば、それを乗り越えることができます。これだけ多くのファンとスポンサー企業を集め、「スタジアム」という場まで持っているクラブが、日本全国に60もある。そんなプラットフォームは、他にはなかなかありません。

Jリーグと私たちが連携し、「変わっていける」という実績を積み重ねることで、スポーツに対する企業や地域の熱量もさらに高まっていくはずです。その結果、企業や地域のかかわり方に変化が生まれ、スポーツ自体も強くなっていき、スポーツの価値が向上していく。こうした好循環が、社会システムの変革につながっていくと考えていますし、そのためのお手伝いができればと願っています。

Case Study:公益社団法人 日本プロサッカーリーグ_動画サムネイル

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(※1)出典:総務省消防庁ウェブサイト
(※2)および図表1出典:Jリーグ気候アクションサイト

<話者紹介>

辻井 隆行氏
公益社団法人 日本プロサッカーリーグ 執行役員 サステナビリティ領域担当
早稲田大学大学院社会科学研究科修士課程(地球社会論)修了後、シーカヤックガイドやスキーパトロールを経て、1999年にパタゴニア東京・渋谷ストアに入社。その後パタゴニア日本支社長を務め、環境保護活動や自然探検にも積極的に参加。Jリーグ執行役員としてサステナビリティ領域を統括。気候変動対策と地域創生を組み合わせた戦略立案・推進をリード。

小野 伸二氏
公益社団法人 日本プロサッカーリーグ 特任理事
1998年に浦和レッズでプロデビュー後、2001年よりフェイエノールトなど欧州・豪州のクラブで活躍。日本代表としてW杯3大会に出場、UEFAカップ優勝やアジア年間最優秀選手賞を受賞。2014年に北海道コンサドーレ札幌に加入、2023年12月に現役引退。Jリーグ特任理事として、「Jリーグ×小野伸二スマイルフットボールツアー」に講師として参加し、サッカーを通じて気候アクションの重要性を全国各地で伝えている。

佐渡 誠
KPMGコンサルティング株式会社 副代表 執行役員 ビジネスイノベーションユニット統轄・ストラテジー&トランスフォーメーションユニット統轄パートナー

佐渡 誠

副代表 執行役員 ビジネスイノベーションユニット統轄・ストラテジー&トランスフォーメーションユニット統轄パートナー

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