本稿は、「「IoT」が描く未来~AI全盛のいま、再注目すべき理由~」の続編にあたります。前回は、AI全盛のいま、IoT・ビッグデータ・AIの位置付けを改めて整理しながら、IoTの活用がどのようにしてビジネスの価値を生むことにつながるのかを解説しました。後編となる本稿では、現場の効率化のみならず、経営を含めた意思決定を行う際にIoTが果たす役割について解説するとともに、その実現に向けた道筋を示します。
1.IoT導入の背景と問題提起
IoTの導入は、多くの企業において「コスト削減」を目的として進められてきました。しかし、このアプローチがIoTの導入効果を限定的なものにしている可能性があります。IoTは、単に現場の効率を高めるだけではなく、「現場のデータを経営層に届け、迅速かつ正確な意思決定を支えるツール」としての潜在的な力を持っています。しかし、その真価が十分に発揮されていないケースが多いのが現状です。
IoT導入の成功を阻む要因の1つとして、「効率化=最終目標」という短期的な視点に囚われている点が考えられます。この考え方では、IoTが提供する膨大なデータを現場レベルの改善やレポート作成にしか活用できません。本来であれば、このデータを経営層が積極的に活用し、全社的な視点で意思決定に役立てることで、IoTの効果を最大化できるはずです。
さらに、AI技術の進化、とりわけ生成AIやAIエージェントの発展が、IoTの可能性を押し広げています。生成AIの性能向上により、これまで扱いが難しかった非構造化データやマルチモーダルデータの解析が飛躍的に効率化・高精度化しました。また、AIエージェントは推論やプランニング能力を強化しており、IoTデータの分析や活用を支える重要な存在になっています。
これらの技術の進化により、IoTは単なる「現場効率化のツール」にとどまらず、「意思決定の質向上」というより本質的な価値を提供できる段階に到達しています。次章以降では、IoT導入を考える経営層に対して、この「意思決定の質向上」という視点を提案し、その実現に向けた道筋を示していきます。
2.IoTがもたらす意思決定の変革
【意思決定支援の3つの階層】
出所:KPMG作成
(1)現場レベルの迅速な対応
IoTセンサ技術により、現場でのリアルタイムデータ収集が可能となっています。設備や物流の状態を常時監視し、異常が発生した場合には即座に警告を発することができます。
具体例:
あるデータ分析ソリューションを提供する企業では、IoTデータから異常兆候を検知するシステムを提供しています。このシステムは、各設備に設置されたセンサから得られるデータをリアルタイムで監視し、異常が予兆される場合には即座にアラートを発信します。これにより、設備の故障を未然に防ぎ、迅速な対応が可能となっています。このようなリアルタイム対応は、企業の競争力を支える重要な要素です。
(2)中間管理層の業務最適化
IoTデータは、部門間のサイロ化を打破し、統合的な視点での業務最適化を可能にします。
具体例:
あるECプラットフォーム運営企業では、IoTによる在庫管理の効率化を実現しています。このシステムは、重量センサを内蔵したマットを商品棚に設置し、在庫の減少をリアルタイムで検知します。検知されたデータはクラウド上で管理され、在庫が一定の閾値を下回ると自動的に発注が行われる仕組みです。これにより、在庫不足や過剰在庫のリスクを低減し、発注業務の効率化を実現しています。
(3)経営層の戦略的意思決定
経営層にとって、IoTデータは長期的なリスクやチャンスを評価するための強力なツールです。複数の現場から集まる膨大なデータを統合・分析することで、経営戦略を策定するための根拠を強化できます。
具体例:
ある小売業者が提供するデータ分析製品では、店舗やオンラインでの顧客行動の詳細な分析を通じて、ターゲットを絞ったマーケティング戦略の支援を目的にしています。これにより、製品イノベーションが促進され、競争力強化を実現していくことを目指しています。
3.AI×IoT:IoTデータを意思決定の中枢へ
これまでもAI技術を活用し、IoTデータを意思決定支援に活かす取組みはさまざまな業界・業種で進められてきました。一方で、AI技術は引き続き目覚ましい進化を続けています。
たとえば、生成AIの性能向上により、非構造化データやマルチモーダルデータ(音声、画像・動画 、テキストなど)の解析が効率化され、現場データを新たな視点で活用できるようになります。これにより、膨大なデータから意思決定に必要な洞察が自動生成され、経営層にわかりやすいかたちで提示可能になるかもしれません。
また、AIエージェントの推論やプランニング能力の進化により、IoTデータを基にした高度な意思決定支援が実現しつつあります。こうした能力は、より高度な意思決定を支援するための複雑なシナリオ分析や戦略の自動プランニングを可能にします。
このような 技術の飛躍的な進化は、IoTが経営層に提供する価値を飛躍的に高め、未来を先取りする意思決定を支える大きな力となるでしょう。すなわち、AI技術の活用は、IoTがもたらすデータの真価を引き出す鍵です。この能力を最大限に活用することで、IoT導入の効果を「意思決定の質向上」というかたちで実現し、企業の持続的な成長を促すことが可能になります。
4.経営層が得られる3つの主要なメリット
メリット1:迅速な対応
ビジネスの現場は常に変化し続けています。IoTセンサからリアルタイムで収集されたデータは、状況の変化を即座に経営層に伝え、迅速な意思決定を支援します。たとえば、サプライチェーンの途絶リスクがセンサやAIによって検知されると、ダッシュボード上に警告が表示されます。経営層はそれを基に、早期の代替案を実行に移すことが可能です。
さらに、生成AIの活用により、非構造化データやマルチモーダルデータからも重要な洞察を抽出し、変化への対応精度を向上させます。これにより、これまで対応が遅れがちだった複雑な問題にも、より迅速に対処できるようになっています。
メリット2:リスクの低減
IoTとAI技術の融合によるもう1つの大きな利点は、予測とリスクの軽減です。膨大なデータをAIが解析することで、問題の早期発見や潜在的なリスクの特定が可能になります。たとえば、製造業では機器の故障リスクを事前にAIが分析し、必要なメンテナンスを提案します。この結果、ダウンタイムを最小限に抑えつつ、運用コストも削減できます。
AIエージェントの進化はここでも大きな役割を果たします。AIエージェントは、リスクが顕在化した場合の対応シナリオを複数生成し、それぞれの影響とコストをシミュレーションします。これにより、経営層はより合理的でリスクの少ない意思決定を行うことが可能になります。
メリット3:競争優位性の確立
IoTとAIを適切に活用することで、競争優位性の確立が可能となります。データドリブン型の意思決定により、競合他社よりも迅速かつ正確に市場の変化を捉えることができます。
たとえば、地域別の販売データをAIが解析し、需要の高い地域での在庫補充をタイムリーに最適化するといった戦略が可能になります。また、生成AIによる需要予測を組み合わせることで、新たな市場チャンスを発見し、積極的に展開することも容易になります。
(2)IoTがもたらす経営の進化
IoTとAIの活用により、経営層はデータに基づく迅速な対応力、リスク低減、そして競争優位性の確立という3つの大きなメリットを享受できます。これらは、単に効率性を追求するだけでなく、企業の未来を切り拓く基盤となるでしょう。
IoT導入を検討する際には、これらのメリットを最大限に引き出す視点を持つことが重要です。「データをどう使うか」を経営戦略の中心に据えることで、IoTは単なるツールを超え、経営そのものを変革する強力な武器となります。
5.KPMGによる支援
(1)データの信頼性
IoTは大量のデータを収集し、それを意思決定に活用しますが、そのデータの信頼性が確保されなければ、誤った意思決定を招くリスクがあります。特に、センサからのデータが不正確であったり、環境によって偏りが生じたりすることが懸念されます。
この問題を解決するためには、センサの精度向上はもちろん、生成AIの技術を活用したデータ補完が効果的です。AIは、センサが取りこぼしたデータを補完したり、異常値を検出してその原因を特定したりすることが可能です。さらに、マルチモーダルAIによって非構造化データを分析することもできるため、より精度の高い意思決定が可能となります。
(2)管理コストの抑制
IoTシステムの導入には初期投資が必要ですが、継続的な運用コストも懸念されます。データストレージやインフラの維持、システムのアップデートには一定のコストがかかります。
これを抑制するためには、クラウドサービスの活用が有効です。クラウドベースでのデータ管理を選択すれば、初期コストを抑えることができ、必要に応じてリソースをスケーラブルに追加できます。さらに、エッジコンピューティングを活用することで、データはデバイス近くで処理され、必要なデータだけがクラウドに送信されるため、通信コストやデータ処理コストを抑制できます。
(3)導入効果の不透明さ
IoT導入の効果を定量的に示すことが難しいという点も、企業の経営層にとっては懸念材料です。特に、どれだけの利益がもたらされるかを事前に把握することが難しく、その不透明さが導入のハードルとなっています。
これを克服するためには、導入時からKPIを設定し、IoTデータによる意思決定の質向上を測定可能にすることが重要です。AIを活用することで、業務データや経営指標の傾向を踏まえた将来的な変化予測が行われ、経営判断の精度を高める支援が可能になります。
<経営ダッシュボードを活用したユースケースシナリオ:生産ライン統廃合の経営判断>
IoTが生み出す膨大なデータを単なる現場の報告や履歴データとして活用するにとどまらず、そのデータを経営に直結させることで、IoTの真価を発揮することが可能になります。その中心的なツールとなるのが、「経営ダッシュボード」です。
このダッシュボードは、リアルタイムの可視化、未来予測、そしてシナリオのシミュレーションといった高度な機能を備えることで、経営層の意思決定を強力に支援します。たとえば、次のようなユースケースシナリオが考えられます。
- 背景
複数の拠点を持つ企業を想定して説明します。
同社では、複数の拠点で同一製品の生産を行っており、人材確保や稼働率の観点から、いずれかの拠点を統合すべきかどうかを検討していました。しかし、これまでの会議では各工場の責任者からの感覚的な報告や、月次の平均的な数値に頼る傾向があり、踏み込んだ意思決定には至っていませんでした。
- 経営ダッシュボード導入後の流れ
【ユースケースシナリオ:経営ダッシュボード導入による経営判断支援】
出所:KPMG作成
ステップ1:リアルタイム可視化による「現状把握」
経営ダッシュボードでは、各工場のIoTデバイスから得られる生産ラインの生産性や在庫状況、人員の配置状況など、複数の現場データをリアルタイムで可視化し、重要な変化や傾向を自動的に把握できる仕組みが導入されつつあります。
ステップ2:AI分析による「未来予測」
経営層は、ダッシュボード上の「AI予測」機能を使って、拠点ごとの生産量予測、需要変動への柔軟性、コスト推移などを確認します。AIは、過去の現場記録やさまざまな業務関連データを俯瞰的に捉えることで、設備やオペレーションの中長期的な変化傾向を分析する取組みが広がっています。
ステップ3:意思決定シナリオのシミュレーション
ダッシュボードの「シナリオプランニング」機能では、拠点再編のような意思決定を行う際には、複数の選択肢を比較検討し、それぞれに対する影響を定量的に評価することが重要になります。こうしたシナリオ比較において、可視化ツールやAIの補助的支援が活用される場面が増えています。
- 結果
経営層は、優れているシナリオを判断し、段階的な集中化を進める意思決定を行いました。従来であれば数ヵ月かかっていた拠点統廃合の議論が、わずか2週間で決着し、スピード感のある経営判断が実現しました。
- このユースケースが示すポイント
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6.さいごに
執筆者
KPMGコンサルティング
マネジャー 小久保 慎平
コンサルタント 泉 和真