昨今のテクノロジーの進歩は目覚ましく、IoT、RPA、DXなど、デジタルテクノロジーに関するバズワードが入れ替わり立ち替わり現れては、過去のものへとなりつつあります。「IoT」「Industry 4.0」「Society 5.0」といった単語を聞くと、「そういえば・・・」と思い出す方も多いかもしれません。

総務省が毎年公表している「情報通信白書」は、その時々で国が推進を推奨しているデジタル技術が表れています。「平成28年版 情報通信白書」では、メイントピックである第1部のタイトルが「特集 IoT・ビッグデータ・AI~ネットワークとデータが創造する新たな価値~」となっており、IoTに対する当時の注目度の高さがうかがえます。

生成AIが広く浸透している一方で、IoTは何かしらの変化があったでしょうか?実は、IoTが注目を集めてから10年経った現在でも、IoT・ビッグデータ・AIの3つの要素は密接にかかわっていると言えます。

本稿では、「「IoT」が描く未来~AI全盛のいま、再注目すべき理由~」と題して2回にわたり、IoT分野の現状と今後の展望について考察します。Part1では、AI全盛のいま、IoT・ビッグデータ・AIの位置付けを改めて整理しながら、IoTの活用がどのようにしてビジネスの価値を生むことにつながるのか解説します。

1.IoTに対する企業認識の現状

IoTの現状が取りまとめられている調査として、総務省が実施している「通信利用動向調査」が挙げられます。同調査は、企業における情報通信ネットワークの構築状況および情報通信サービスの利用動向の把握と、情報通信行政の施策の策定および評価を目的として、毎年実施されているものです。

令和5年 通信利用動向調査報告書(企業編)」の調査結果を基に、IoTに対する企業認識の現状を見てみます。

同調査において、IoTに対する企業の現状が特に表れているのは、「IoTをはじめとした、デジタルデータの収集または解析のためのシステムやサービスを導入しない理由」という質問への回答結果でしょう。企業がIoTを導入しない理由の上位3つは以下のようになっています。

1.導入すべきシステムやサービスが不明だから
2.使いこなす人材がいないから
3.導入後のビジネスモデルが不明確だから

次章以降、企業がIoTを導入しないそれぞれの理由と関連させながら、IoT技術を今一度見直すことの重要性について考察していきます。

2.ロボットやAIとともに進化するIoT

IoTを導入しない理由に「導入すべきシステムやサービスが不明だから」とありますが、その原因の1つに、IoTについて十分に理解ができている人が少なく、IoT分野が具体的にどのような技術から成り立っていて、どのように進化しているのかが見えづらいためだと言えます。

【IoT分野の構成要素と技術進化】

「IoT」が描く未来~AI全盛のいま、再注目すべき理由~ Part1_図表1

出所:KPMG作成

IoTは、大きく分けて「センシング」「データ解析」「アクチュエーション」「ネットワーク」という4つの要素から成り立っています。センサを介して実世界のさまざまなデータを収集し(センシング)、クラウド等にあるコンピュータでデータを解析し、その結果を基に実世界へ働きかける(アクチュエーション)という一連の技術と、インターネットを介して各種要素を相互接続するネットワーク技術から構成されています。

昨今ではAI技術の進化がIoTのデータ解析部分をけん引しており、また、ロボット技術の進化とともに、アクチュエーションの部分で実現できることの幅が広がっています。

そして、IoT技術の重要な役割としては、ロボットやAIが動作する際に、フィジカル空間(実世界)とサイバー空間(デジタルデータの世界)を橋渡しする点が挙げられます。フィジカル空間とは、物理的に存在する環境や物体、人の行動など、現実世界そのものを指します。一方、サイバー空間とは、その現実世界の情報がデータとして記録・分析・処理される仮想的な領域を意味します。ロボットやAIがデータを処理・解析し、ネットワークを介して相互にやりとりする領域が、サイバー空間にあたります。

IoTデバイスはセンサを介してフィジカル空間の環境情報(温度、振動、動きなど)を取得し、それをサイバー空間のデータに変換します。これにより、AIやロボットは現実の状況をリアルタイムで理解し、適切な判断や動作を行うことが可能になります。こうして、現実世界の課題を解決するために必要なインプットをAIやロボットに与えるインターフェースとなるのがIoTです。

人・AI・ロボットが協調しながら、現実世界におけるさまざまなタスクや課題解決を今まで以上に効率的かつ高度に行っていく時代が到来しつつあります。「IoT技術そのものをどのように導入すべきか」という視点よりも、「AIやロボットをどのように導入し、それらが用いる現実世界のデータをどのようにIoTで収集するか」という視点で検討することが、価値あるIoT導入の実現につながると、筆者は考えます。

3.生成AIの進化で容易になる、収集データの活用

IoT導入のボトルネック要因の2つ目に、「使いこなす人材がいないから」という点が挙げられていました。IoTを業務効率化に役立てるうえでは「収集したデータを使いこなす」ことが重要です。

しかし、データ分析に長け、かつ現場の課題を深く理解している人材は限られているのが実情です。よくあるケースは、現場のデータを所有する部門とデータ分析のスキルを有する部門が異なり、現場のデータ分析を都度、他部門に依頼するというものです。これでは、タイムリーなデータ活用が難しいだけでなく、業務改善のために必要なさまざまな視点でのデータ分析にも限界が生じます。

このような課題を解消し、IoTで収集したデータの活用や探索を強力に推進するポテンシャルを秘めているのが生成AIです。ユーザー部門がデータサイエンティストにデータ分析を依頼するように、分析してほしい内容を生成AIに指示することで、データサイエンティストが実施するのと同等なレベルの分析結果や予測を、その場でAIに回答させることが可能になりつつあります。

【生成AIを用いたIoTデータ活用イメージ】

「IoT」が描く未来~AI全盛のいま、再注目すべき理由~ Part1_図表2

出所:KPMG作成

たとえば、CSVのような表形式のデータ分析を依頼された際、多くのデータサイエンティストが行っているのは、分析の要件をSQLクエリ(データベースを操作するためのプログラム言語)に落とし込む作業です。同様のタスクを生成AIに解かせる研究が進んでおり、大規模言語モデルのアップデートとともに、複雑な分析を行うSQLクエリでも正確に生成できるようになってきています。

また、IoTで収集したデータを基に、異常検知や予測を行いたいという現場のニーズも多いでしょう。その際、予測モデルの検討やプロトタイピングを強力にサポートするポテンシャルを持っているのが、生成AIです。

生成AIを用いて、予測や異常検知のクイックな検証を実現するために用いるのが、大規模言語モデルにおける「Zero-Shot-Prompting」という手法です。この手法では、「データにこのようなパターンが現れたら、異常と判定する」というような例示をAIに与えることでパターンを認識させます。たとえば、温度センサを用いてサーバールームの状況を管理する場合、正常稼働している場合の時系列の温度変化パターンのCSVを用意して大規模言語モデルに読み込ませることで、正常なパターンとは異なる傾向が現れた際にアラートを上げさせる、といった活用が可能になります。

大規模言語モデルは、莫大なデータから学習された知識パターンを持っているため、指示内容の意図を踏まえながらデータを解釈させることが可能です。また、文章で記述された指示内容は柔軟に設定し直すことができるため、精度を上げるための試行錯誤やチューニングを行うハードルが低いというメリットもあります。

「どんな条件で分析してほしいか」「どのような時に、どのような判定・予測をしてほしいか」という指示を適切に与えることができれば、生成AIは現場でのデータ活用をサポートする強力なツールとなります。

4.IoT起点のビジネス創出

IoTを導入しない理由の3つ目として、「導入後のビジネスモデルが不明確だから」という回答がありました。IoTを起点にビジネスを生み出すためのポイントは、大きく分けて2点あると考えます。1つ目は、「IoTで収集・蓄積したデータを資産とし、社内外で活用可能にすること」、2つ目は、「異分野連携により、IoTを用いたビジネスやイノベーションの可能性を広げること」です。

(1)IoTで収集・蓄積したデータを資産とし、社内外で活用可能にする

日本政府が構想する「Society5.0」では、「フィジカル(現実)空間からセンサーとIoTを通じてあらゆる情報が集積(ビッグデータ) 人工知能(AI)がビッグデータを解析し、高付加価値を現実空間にフィードバック」という将来像が提唱されています。

各企業単位でも、自社の製品や店舗空間等にIoTを組み込むことで、ビッグデータを蓄積することが可能です。では、「ビジネス創出につながるビッグデータ」とは、どのようなものでしょうか?

付加価値の高いビッグデータの条件として、「4V」という概念があります。「4V」はそれぞれ、以下の頭文字を取ったものです。

  • Volume (量)
  • Variety(多様性)
  • Velocity(速度)
  • Veracity(正確性)

4Vの条件を満たしながら実際に付加価値を生み出しているビッグデータの一例として、スマートメーターから収集された電力利用データがあります。日本国内の大部分で電力のスマートメーターの設置が完了しており、30分単位の電力利用データが収集可能となっています(執筆時点)。リアルタイムな電力利用データが、電力会社の電力供給量の調整や検針業務の効率化に役立っているのみならず、電力利用状況から在宅状況を推定することで、見守りに役立てるという新サービスの創出につながっています。

ビッグデータから新たなビジネスを創出したもう1つの例が、交通事業者がマーケティング支援に進出しているケースです。これは、日々蓄積される乗降データを基に得られる人流や位置データを、広告出稿企業のマーケティングや広告のターゲティングに活用可能にするものです。

ビッグデータ活用の文脈においてIoTが果たしているのは黒子の役割であり、その存在があまり意識されることはありません。しかしながら、リアルタイムなデータの収集・解析を実現するために、センサ・通信・データ解析部分でIoTの要素技術が重要な役割を果たしています。

(2)異分野連携で広がる、IoTを用いたビジネスやイノベーションの可能性

「センシング」「データ解析」「アクチュエーション」「ネットワーク」といった複数分野からなるIoT領域において、イノベーションや新たな産業を生み出すには、分野間での連携が不可欠です。IoT周辺領域では、異業種の企業間でアライアンスを組む動きも目立っています。

たとえば、コネクテッドカー実現に向けた業界横断での技術連携・標準化を目指す 「Automotive Edge Computing Consortium(AECC)」は、「コネクテッドカーを社会実装する際には、業界間での連携により、莫大なデータ量に耐え得るネットワークや計算アーキテクチャの確立が必要」との課題意識のもと、自動車メーカー、通信事業者、ITベンダー等が横断で連携しています。

企業同士の連携のみならず、学術分野と連携を図ることでもイノベーションのチャンスを広げることが可能です。その一例として、「AIoT行動変容学会」の取組みがあります。当学会では、行動経済学・社会行動学・理学・工学などの幅広い分野の研究者が集まり、各人の適切な行動変容をAIやIoTを用いてサポートする研究の成果が共有されています。

IoTを用いた行動変容に関する研究が進めば、その成果をビジネスに生かし社会実装を進めていくことで、各人の病気のリスク低減・生産性向上・CO2排出量削減など、高齢化や人手不足、環境問題といった社会課題解決につなげていくことも可能です。

5.まとめ

本稿では、企業におけるIoTへの意識の現状を踏まえつつ、今一度IoTに注目することの意義について論じました。

AIやロボット技術によってビジネスや生活のあり方が変わりつつある昨今において、注目度は一時期と比べて落ち着いているものの、IoTは現実世界のデータをAIやロボットに橋渡ししたり、ビジネス上さまざまな価値を生む源泉であるデータを収集したりする重要な役目を担っています。

AIへの注目が集まっているなかでも、IoT技術に今一度向き合いながら、IoT・ビッグデータ・AIの3要素を有機的に結び付けて業務やビジネスに活用できるかどうかが、次の10年の競争力を左右すると考えます。

後編となるPart2では、現場の効率化のみならず、経営を含めた意思決定や全体最適を果たす際にIoTが果たす役割について解説します。

執筆者

KPMGコンサルティング
コンサルタント 泉 和真

AI x エマージングテクノロジーで描く未来

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