Part1では、3Dプリンタの歴史とその提供価値、さらに日本が直面している課題について述べました。Part2では、3Dプリンタの現在のトレンドについて掘り下げ、日本での潜在的なニーズを探り、Part1で触れた日本の課題に対する今後の打ち手を考察します。

1.3Dプリンタの3つのトレンド

3Dプリンタの現在のトレンドとしては、「応用領域の拡大」「量産への適用拡大」「設計の容易化」の3つが挙げられます。

まず、1つ目のトレンドの「応用領域の拡大」については、3Dプリンタで作成できる製品のサイズ・材料の種類の幅が、3Dプリンタ技術の開発に伴い大きく拡大しています。初期の3Dプリンタは数センチから数十センチメートルの樹脂製の試作品を作ることが主な用途とされていました。しかし、近年では肉眼では観察できないマイクロメートルレベルの金属製品からモルタル製の住宅まで、大小さまざまなサイズの製品が登場しています。また製品の素材も、金属、樹脂、セラミック、バイオマテリアルなど多岐にわたる材料が3Dプリンタの材料として研究されており、実用も進んでいます。

2つ目のトレンドの「量産への適用拡大」ですが、3Dプリンタはいまや、試作品作成または少量多品種の最終製品の作成だけでなく、最終製品の大量生産へも使用されるようになったことを指します。化粧品業界では、複雑な形状のブラシや容器、アパレル業界では服の立体的なデザインやシューズのソール等、3Dプリンタを利用した製品が増えています。また、商品のなかには3Dプリンタ製であることをアピールのポイントとして、商品説明に記載している事例も多く見受けられます。

3つ目のトレンドの「設計の容易化」にはAI技術が大きくかかわっています。生成AIを用いた自動デザイン生成、機械学習によるパラメータの自動最適化により、3DCADや材料工学といった専門知識がなくとも、3Dプリンタを使用できるようになりました。生成AIを活用することで、デザインの提案から3Dモデルの作成、さらには製造までのプロセスを完全自動化することも近い将来可能になると考えられます。

【3Dプリンタの3つのトレンド】

トレンドの種類 現在 従来
(1)応用領域の拡大 造形サイズの範囲拡大 用途によって数マイクロメートルから、数十メートルの物体をプリントする3Dプリンタが実用化 数センチメートルから1メートルほどの物体を対象とする3Dプリンタが主流
素材の多様化 プラスチックや金属に加え、セラミックやバイオマテリアル・建築資材等が利用可能

プラスチックや金属が素材として主流

(2)量産への適用拡大 最終製品を量産して販売
  • 試作品を作成
  • 少量生産品として販売
(3)設計の容易化 3Dプリンタの機能の一部として生成AIを用いたデザイン生成・機械学習によるパラメータの自動最適化が利用可能
  • 3DCADなどを用いたデザインが必要
  • 材料・デザインに応じたプリントパラメータの調整が必要

2.日本における3Dプリンタのニーズ

日本では、少子高齢化により製造現場での人材不足が拡大しています。この問題への対策の一環として、3Dプリンタへの潜在的なニーズがあると考えます。3Dプリンタは、デジタルデータから人手に頼らずに直接複雑な形状を作成することが可能です。一部の手作業の工程を3Dプリンタで代替することによって、製造ラインの省力化を進め、人材不足の緩和が見込めます。

また、日本企業はもともとこれまで培ってきた豊富な材料工学知識や機械加工のノウハウを持っています。これらの知的資本を活用して、3Dプリンタに適した新たな素材や内部構造を開発したり、前後の製造工程と組み合わせたりすることにより付加価値の高い製造技術を生み出し、日本の製造業全体の競争力を高めることができると考えられます。

さらに、3Dプリンタの技術が進化すれば、高齢化により失われる恐れのある職人の精密加工技術も代替できる可能性があります。現在の3Dプリンタの技術では完全な代替は難しいですが、3Dプリンタにおけるマイクロメートルレベルの製品加工技術は年々向上しています。技術が進歩すれば、これまで属人的であった加工技術を3Dプリンタで再現できるようになる可能性は十分に考えられます。

【日本における3Dプリンタのニーズ】

  • 一部工程の3Dプリンタでの代替など、製造ラインの省力化による人手不足の緩和
  • これまでの知的資本と3Dプリンタ技術を組み合わせることによる、新たな製造技術の開発
  • デジタルデータ化による職人技術の継承

3.日本における3Dプリンタの可能性と課題

しかしながら、こうした3Dプリンタの技術の大きな発展や3Dプリンタへのニーズがある状況において、日本での3Dプリンタの普及は他国と比べて遅れていると言えます。その背景には、Part1で述べたような「産業構造の違い」「国家の産業政策の違い」「製造業におけるカルチャーの違い」が考えられます。

「産業構造の違い」は、日本は従来の少品種大量生産モデルが主流であり、3Dプリンタが持つ少量生産・カスタマイズ生産の強みを生かしにくい状況を指します。しかし、近年のパーソナライゼーションの流れのなかで、より個別ニーズに対応する製造モデルの必要性も増しています。たとえば、自動車業界では、自動車の内装や外装、エアロパーツ、アパレル業界ではスーツやシューズ等において、顧客の要望に応じたカスタマイズを付加価値とする製品はいまや珍しくありません。

カスタムメイドのニーズが高まるなか、日本の製造業は、従来の画一的な大量生産品とは異なる、顧客のニーズに合わせた製品を提供するマスカスタマイゼーションに生産方式をシフトする必要があると考えます。マスカスタマイゼーションを推進するうえで、生産ラインに3Dプリンタが導入されることが期待されます。

次に、「国家の産業政策の違い」については、Part1で述べたように、海外では3Dプリンタを推進する動きが活発ですが、日本ではその動きが限定的ということが挙げられます。米国・中国では、3Dプリンタの技術開発支援だけではなく、中小企業を含めた3Dプリンタの現場での導入への支援が明示的に行われています。一方、日本では3Dプリンタの導入に関して「ものづくり補助金」等の支援策はあるものの、あくまでも多くの製造技術の1つとして取り扱われており、導入への後押しが十分とは言い難い状況です。

また、人材育成に関しても、米国などの海外の教育機関では3Dプリンタに関する専門的な学位プログラムやカリキュラムが設置されていますが、日本の教育機関では材料工学や機械工学といった分野の一部として講義で扱われる場合が多く、専門教育への温度差が見受けられます。

3Dプリンタの技術開発支援だけでなく、製造現場での実質的な利用を目指した3Dプリンタ導入に焦点を置き、経済的支援・人材育成支援の政策を講じることが、日本における3Dプリンタの普及を促進するには必要だと考えられます。

さらに、「製造業におけるカルチャーの違い」について、日本では長年培われた職人技術や従来の製造プロセスへの信頼が根強く、新技術の導入には慎重な姿勢が見られることをPart1で挙げました。しかし、ヘルスケアや住宅産業など、新しい分野から導入が進むことで、次第に3Dプリンタの普及が広がる可能性があります。たとえば、ヘルスケア分野では、患者ごとに異なる医療模型や義肢、インプラントの製造が求められており、3Dプリンタのカスタマイズ性が非常に適しています。

住宅産業でも、既存の大量生産型製造業ではない分野から3Dプリンタが広まることによって、日本の産業界でも3Dプリンタの認知が広がり、活用が進められることが期待されます。

【日本の産業における3Dプリンタの課題と期待される対応】

課題 期待される対応
産業構造の違い:3Dプリンタが価値を発揮する産業の規模が小さい 高付加価値を顧客へ提供するため、少品種大量生産から、多品種大量生産であるマスカスタマイゼーションへ生産方式を変更する
国家の産業政策の違い:3Dプリンタ産業に関する国家の政策的な支援が他国に比して弱い 技術開発だけではなく、製造ラインへの導入に焦点を置いた支援・人材育成の政策を充実させる
製造業におけるカルチャーの違い:従来の製造プロセスが成熟しているため、新しい製造プロセスを導入しにくい ヘルスケアや建築など、既存の大量生産型製造業だけではなく別の分野から3Dプリンタの活用を広げる

4.まとめ

日本の製造業は、これまで「モノづくり」の精神を核に発展してきました。しかし、近年、製造現場の慢性的な人材不足といった問題が上がっており、製造業の在り方を従来の方法からアップデートする必要が出てきています。既存の画一的な大量生産方式から、マスカスタマイゼーションにシフトし、技術開発だけでなく3Dプリンタの製造現場での導入を企業・政府が積極的に進めることで、日本のこれからの製造業の国際競争力を確保できるのではないでしょうか。

執筆者

KPMGコンサルティング
コンサルタント 井上 裕理

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