デジタルファブリケーションとは
デジタルファブリケーションとは、一義的には「デジタルデータを用いて創造物を作成」する技術のことです。本稿では、デジタルファブリケーションの代表的な技術であり、AIとの組み合わせのポテンシャルが高く、モノづくりの概念を変える可能性がある「3Dプリンタ」に焦点を当て論じます。
3Dプリンタという言葉を耳にすると、未来的で革新的なイメージが思い浮かぶかもしれません。しかし、この技術のルーツを辿ると、すでに数十年の歴史があることがわかります。今日、3Dプリンタの利用は航空宇宙、自動車、医療、さらには家庭用にも広がり、製造の方法を根本から変えつつあります。同時に、技術の進化とともに各国の競争も広がっています。
本稿では、「『デジタルファブリケーション』が描く未来」と題して2回にわたり、新たなモノづくりである3Dプリンタの市場や今後の展望について考察します。Part1では、3Dプリンタの歴史と提供する価値を紹介したうえで、日本が直面している課題について、その可能性と今後の展望を探ります。
3Dプリンタの歴史
1980年代にアメリカや日本で積層造形の技術が独自に開発され始めました。注目すべきは、日本人発明家が1981年に取得した光硬化性樹脂を利用した特許です。これが3Dプリンタの原型とも言える技術の1つとなりました。1990年代には、造形速度や精度が向上し、金属を造形する3Dプリンタも登場します。21世紀に入るとさまざまな基本特許の期限が切れたことで業界に参入する企業が増加し、材料の多様化や造形技術高度化など技術の進歩とコストダウンが進みました。このような背景のもと、今日では航空機や自動車、建築といった大規模な用途への応用から家庭での利用まで、幅広い領域で使用されるようになりました。
3Dプリンタが提供する価値
こうした3Dプリンタの発展が生み出した価値は、単なる少量生産や自由な造形にとどまりません。たとえば、製品の内部構造を格子状に設計する「インフィル」という技術を活用すれば、材料を節約しつつ軽量化を実現できます。また、トポロジー最適化により、必要な機械的性能を満たすための最適な形状が設計段階で導き出され、従来の加工技術では不可能だった軽量で複雑な形状の部品が製造可能になりました。
さらに、AIを利用したジェネレーティブデザインは、デザイナーの想像を超える革新的な形状を提案し、製造の効率化と新たな可能性を切り拓いています。これらの技術は、従来の製造方法にはない新しい価値を製造業にもたらしています。
例として、自動車部品の開発において、General Motors Companyは、Autodeskが提供するAIを活用したジェネレーティブデザインソフトウェアを使用し、車両のシートブラケット(シートベルトを固定する部品)の再設計を行いました※1。
このソフトウェアは、設計パラメータ(強度、質量など)を設定するだけで150以上の有効な設計案を生成し、チームは「人間だけでは考えつかない」新しいデザインを採用しました。従来は8つの部品から組み立てられていたこの部品が、AIソフトウェアと3Dプリンタの活用により1つの部品に統合されました。さらに、新部品は従来品よりも40%軽量化され、強度も20%向上しました。このような設計・製造プロセスは、コスト削減やサプライチェーンの簡素化にも寄与するため、今後、多くの工程や産業に広く活用されると考えられています。
【3Dプリンタの提供価値】
提供価値 | 技術特性 | メリット |
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(1)設計データから直接造形可能 | 3Dプリンタは、設計データをそのまま使用して造形するため、従来の製造方法に必要な金型作成や工具準備が不要。 |
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(2)自由度の高い構造設計 | 3Dプリンタは従来製法に比べて複雑な形状やジオメトリを作成できるため、設計の自由度が高い。また、立体的で複雑な構造や、内部空間を持つ部品を容易に造形することが可能。 |
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(3)材料の多様性 | 3Dプリンタでは、樹脂、金属、セラミック、カーボンファイバー、ゴム、バイオマテリアルなど多様な材料を使用することができ、製品の目的に応じた選択が可能。 |
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3Dプリンタの世界市場の概況
3Dプリンタの世界市場は、今後も高い成長が見込まれます。そのなかで主要プレイヤーと目されるのはアメリカ・中国です。これらの国は、宇宙産業のような3Dプリンタに適合する市場があることや、政府の産業政策が3Dプリンタ活用を後押ししていることが特徴です。特に中国では、2015年に発表した産業政策である「中国製造2025」で重点領域と指定され、低コストを強みとして、世界で最も大きな市場に成長しています。
日本の立ち位置と今後の課題
日本の3Dプリンタの市場規模は米中と比較すると小さく、活用が遅れている状況と言えます。日本で3Dプリンタ産業が育ちにくい理由としては、次の3点が挙げられます。
まずはじめに、「産業構造の違い」があります。日本は米中と比較して宇宙産業などの規模 が小さく、3Dプリンタが価値を発揮する、高難度な設計で少量生産の市場が大きくありません。日本で大部分を占める大量生産では、コストや信頼性の面で従来の製造技術が依然として優位であると考えられます。
次に、「国家の産業政策の違い」が挙げられます。米国は2012年のAmerica Makesの発足からAM Forwardまで継続的に産業プログラムを打ち出し、中国も「中国製造2025」以来、技術開発から用途開発の後押しまで産業全体の成長を図る継続的な政策を打ち出しています。一方、日本は2014年に技術研究組合次世代3D積層造形技術総合開発機構(TRAFAM)を設立していますが、技術開発支援にとどまっている印象です。
最後に、「製造業におけるカルチャーの違い」があると考えます。日本の製造業は、実績ある既存の製造プロセスの変更に大きな抵抗感を持つケースが多く、大きく製造手法が変わる3Dプリンタを導入することは非常に障壁が高いと想定されます。そのため、研究開発や試作に用途が限られやすく、市場規模が拡大しにくいと言えます。
【3Dプリンタ普及における課題】
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まとめ
現時点では、3Dプリンタ先進国である米国や中国に比べて、日本はその活用で後れを取っている状況です。しかし、3Dプリンタ技術そのものの進化や、AIとの組み合わせによる設計手法の高度化が進むことで、日本の製造業においても3Dプリンタの活用の幅が広がる可能性があります。この点については、次回詳しく解説します
執筆者
KPMGコンサルティング
コンサルタント 濱野 翼