世界各国で激甚化する気象災害等への対策として「気候変動への適応」の注目度が高まっています。本稿では、「気候変動適応の現状と将来展望:持続可能な未来への道筋」と題して、「気候変動への適応」を通した各国・企業・自治体等の動向について、シリーズで解説します。

1.はじめに:“何に”適応するのか

2025年1月、トランプ氏がアメリカの大統領に就任するとともに、パリ協定から離脱する大統領令に署名しました。これを皮切りに、トランプ政権はこれまでバイデン政権が行ってきたさまざまな気候変動緩和策に逆行していくことが予想されます。また、この動きに倣う形で、世界各国による気候変動緩和に向けた取組みも後退していくことが考えられます。

このような背景から、パリ協定が掲げる1.5℃目標の達成が困難さを増し、気温上昇に起因する気候変動への適応の必要性がより高まることが想定されます。
本稿では、適応の対象と、適応を実践している事例を中心に解説を行います。

気候変動適応の要素と国内適応ベストプラクティス_図表1

出典:KPMG作成

前回の記事で述べたように、「適応」とは、顕在化している気候変動の影響を回避・低減する備えを行うものであり、気候変化に対して自然生態系や社会・経済システムを調整することにより、気候変動の悪影響を軽減し、影響を事業機会として捉えることを指します。

したがって、適応策を打ち出すには、気候変動による悪影響や、事業機会としての捉え方の解像度を上げて理解する必要があります。

以下のように、「気候変動の影響」とは、大きく、「ハザード」「曝露」「脆弱性」によって構成される「リスク」が顕在化することにより、自然・社会システムに生じる損害と損失であると定義できます。

  • ハザード:自然・社会システムへ影響を及ぼし得る気候システム
  • 曝露:悪影響を受ける可能性がある場所および環境
  • 脆弱性:悪影響(望ましくない影響)を受ける傾向またはその素因
  • リスク:ハザード・曝露・脆弱性の相互作用により生じる潜在的な脅威/機会
  • 気候変動の影響:リスクの顕在化によって生じる自然・社会システムへの損害と損失
気候変動適応の要素と国内適応ベストプラクティス_図表2

出典:IPCC 第5次評価報告書を基にKPMG作成

したがって、気候変動の影響の軽減は、上記の「ハザード」から「リスク」に対して対策を打つことと同義と考えられます。「ハザード」は気候の異変そのものを指します。「曝露」や「脆弱性」は、「ハザード」により悪影響を受ける範囲や対象が決まるため、「曝露」と「脆弱性」のいずれかに作用する施策が、気候変動による悪影響に適応するための「適応策」と言えます。

たとえば、水不足に起因する干ばつ(ハザード)に対して「土壌」が悪影響を受ける要素(曝露)であれば、「土壌を必要としない栽培技術の開発」が「曝露」を低減し、結果的に農作物の不作(リスク)を回避することから、適応策と言えるでしょう。

また、豪雨に起因する洪水(ハザード)に対して「住居」が悪影響を受ける要素(曝露)であり、「住居における耐水害性の欠如」が悪影響を受ける傾向・素因(脆弱性)であれば、「耐水害住居の開発」が「脆弱性」を低減し、浸水(リスク)のおそれを低減する適応策と言えます。

気候変動適応の要素と国内適応ベストプラクティス_図表3

出典:IPCC 第5次評価報告書を基にKPMG作成

2.国内における適応に資する事業のベストプラクティス

適応策の実例については、気候変動適応情報プラットホーム(A-PLAT)や、経済産業省の「日本企業による適応グッドプラクティス事例集」にて公開されています。適応策を紹介する仕組みが整備されている一方、企業が適応と認識せずに取り組む施策や事業も、結果的に適応につながっているというケースも存在します(以下、適応に資する事業)。

そこで以降では、この「適応に資する事業」のベストプラクティスを紹介します。

事例(1):副産物由来の農材を使用した土壌改善

某飲料メーカーでは、製造過程で発生する副産物から農材を開発し商品化しました。飲料製造の副産物を生かして肥料を開発し、一般的農法と比べ、収穫量あたりの温室効果ガス排出量を減少させる効果が確認されました。本事業は、食品・外食企業における農産物の栽培に伴う温室効果ガス排出量の削減という課題に商機を見出していると言えます。

この農材を稲等の農作物に使用すると、植物ホルモンを多く分泌し従来よりも太い発根にも作用します。その結果、気候変動等の外的影響に生育を阻害されにくい農作物となり収穫量を増加させることが可能となる他、鉄やマンガンによって土壌の病原菌の発生抑制効果があることもわかっています。

本事業への見方を変えると、適応に資する事業と捉えられます。気温上昇に起因する土壌劣化によって、農家は米の品質及び収穫量の低下に直面しています。「気温上昇や降水量減少による土壌劣化」がハザード、「土壌および農作物の気温上昇に対する脆弱な耐性」が脆弱性であれば、農材投与による土壌の免疫力向上と農作物の根張り強化が脆弱性を克服し「稲の生育不良」というリスクを低減しています。また、「これまで米栽培には不適だった地域」が曝露であれば、米の生長を促し収穫可能とすることで「稲の生育適地の減少」というリスクを低減し食糧難等を回避することから適応に資する事業と言えます。

本来であれば廃棄されてしまうような既存事業の副産物を利用した適応事業への転換を通して、関連するステークホルダー(農家・消費者)に農作物の安定生産・供給というプラスの影響を与えることで持続可能な事業として収益化できているため、適応の好事例として参考になる事例です。

気候変動適応の要素と国内適応ベストプラクティス_図表4

出典:IPCC 第5次評価報告書を基にKPMG作成

事例(2):新技術を活用した太陽光発電所の設置

某建設会社では、国内でこれまで太陽光発電に使用されてこなかった土地に対し、建設事業で培った技術を基に水の上でも設置可能な太陽光発電所を開発し、さらなる電力開発の適地拡大を可能としました。

カーボンニュートラルや再生エネルギー開発の風潮の高まり、ウクライナ情勢等による卸売り電力価格の高止まりを受け、自治体における電力会社の収益悪化に歯止めがかからない状態が続いていました。そこで、市場からの調達比率を下げ、地産地消型の電力供給の一環として行われた事業と考えられます。

こちらも事業への見方を変えることで、適応に資する事業と捉えることができます。当該事例においては、2つのパターンから適応策と言えます。まず1つ目に、従来の林野型による太陽光発電が直面する「台風や豪雨」がハザード、「地盤の軟弱さ」が脆弱性であれば、水上に太陽光パネルを設置することにより「地すべりの発生」というリスクを回避しています。

加えて、水上ならではの脆弱性として「耐風性の低さ」が考えられますが、新技術により「突風による太陽光パネルの破損」というリスクも軽減することで太陽光発電の停止に伴う電力不足や住民生活への損害を回避出来ているため、適応に資する事業と捉えることができます。

2つ目として、林野型太陽光発電では「高温」がハザード、高温下における太陽光パネルの「発電効率の低さ」と「耐久性の低さ」が脆弱性であれば、水面の冷却効果により、気温上昇時における「太陽光パネルの劣化や破損」と「発電効率の低下」というリスクを同時に軽減することで太陽光発電の停止に伴う電力不足を防いでいるため、適応に資する事業といえます。

本施策を通して太陽光パネルの破損や地滑りによる物理的な被害等複数の脆弱性の解消と、発電効率の効率化によって、太陽光発電を持続可能な事業とし、事業者をはじめ、発電した電気を使用する地域住民の生活のレジリエンスも高められていることから、適応の好事例として参考になる事例と言えます。

気候変動適応の要素と国内適応ベストプラクティス_図表5

出典:IPCC 第5次評価報告書を基にKPMG作成

3.まとめ:経営層に求められること

企業として事業を推進する過程で、実は適応に貢献していると気付くケースは多々あると想定されます。一方で、そうした企業の取組みが適応と意識されていないこと自体が大きな問題とも言えます。

まずは自社の既存事業に対する視点を変え、「ハザード」「曝露」「脆弱性」「リスク」の4要素を整理することにより、適応を明確に意識して事業を推進していく必要があります 。そして、経営層からトップダウンで適応と緩和の両輪で企業の持続可能性を高めていく活動をリードすることが大切です。

執筆者

KPMGコンサルティング
シニアコンサルタント 丁 海聖
コンサルタント 近藤 真由

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