2025年2月13日に開催された「Oracle CloudWorld Tour Tokyo」のセッションに、KPMGコンサルティングのシニアマネジャー 近藤英二が登壇し、KPMGのグローバルでのOracleとのパートナーシップと導入実績をもとに、SaaS型ERP導入の新たなトレンドと成功モデルついて講演しました。

Oracle CloudWorld TourはOracleが世界各地で開催しているクラウド技術に関する同社のフラッグシップイベントで、クラウドの未来や活用方法、AI、データ管理、セキュリティなどの最新動向が紹介されています。

本稿は、当日の講演内容をもとに編集しました。

1.企業はクラウドへの投資を加速

(1)CIOはSaaSへの投資を加速

ERPは企業の根幹を支える最も重要なシステムであり、ビジネス上の競争優位性を高めるための企業変革の大きなカギとなります。私たちは KPMGがグローバル全体で培ってきたOracle との長期的なパートナーシップや豊富な知見と経験をもとに、Oracle Fusion Cloud Applications の導入パートナーとして、現行の業務およびシステムの評価・分析から業務変更の方向性やシステムのあるべき姿を定義する構想策定、要件定義、そして構築・導入まで、プロセスのエンドツーエンドで支援を行っています。

本題に入る前に、日本企業における基幹業務システム刷新についての考え方をお伝えします。KPMGが毎年、世界各国のCIO(最高情報責任者)らテクノロジー分野の上級管理職を対象に調査している「KPMGグローバルテクノロジーレポート2024」によると、今後さらに投資を増やす優先順位の高い分野として、86%がSaaSを含めたXaaS(Everything as a Service:クラウド提供型サービス)を選択しました。これは、サイバーセキュリティ(68%)や AI/オートメーション(65%)を上回る数字となっています。

こうしたデータからも、グローバルで見ると企業の大多数がXaaS戦略の進展に積極的であり、クラウドへの投資が加速している状況がうかがえると思います。

(2)ERP導入のトレンド

基幹業務システムを刷新する際の企業の経営課題には、グローバル経営のガバナンス強化や、グループ全体の利益率向上が挙げられます。そのため、IT部門には業務標準化に向けたIT戦略や、グループ全体での利益の可視化、ITコストの最適化が期待されています。

こうしたIT部門への期待は、近年のERP(統合基幹業務システム)導入のトレンドにも表れています。とくに「Fit to Standard(ERPの標準機能に合わせて自社の業務を変更する)」と「SaaS型ERP」という言葉をよく耳にするかと思いますが、実際にこれらをきちんと実現できている企業は多くありません。

Fit to Standardという言葉はよく耳にしますし、何となく意味はわかっていても、それが単にアドオン(追加)開発量が減ってコストが下がるという意味以上に、どのようなメリットをもたらすのか、実現にコミットするにはその真価を理解して推進する必要があります。また、SaaS型ERPと銘打っていても、それがプライベートクラウドで提供されている場合、真にSaaSの恩恵を享受できているでしょうか。

Fit to StandardとSaaS型ERPの2つについて整理していきたいと思います。

2.Fit to Standardを実現するSaaS型ERP導入の成功モデルとは

(1)SaaS型ERP導入のメリット

まずはSaaS型ERPを導入した際のメリットを3つ挙げます。

【SaaS型ERPを導入のメリット】

KPMG×Oracle_図表1

出所:KPMG作成

1つ目は「定期的な機能アップデート」です。Oracleは四半期ごとにアップデートを実施しており、これによって常に最新のビジネスモデルに対応し、世の中の変化を追い続けることができます。

2つ目は「システム運用リソース削減」です。SaaSベンダーでシステムが運用されることにより、自社のIT部門がERPの仕組みをメンテナンスし続ける必要がありません。また、ITのメンテナンスコストをベンダーに委託することで、自社のIT人材をより高度な業務に振り向けることができます。

SaaS型ERP導入の3つ目のメリットは、「最新技術の享受」です。AIの活用で業務の高度化を図ることができますが、AIを働かせるためには、AIがすぐに取得できる場所にデータが存在する必要があります。たとえば、SaaSにAIが組み込まれていても、実際の業務がアドオンで運用されている場合、そのアドオン部分のデータをAIが自動的に取得して処理することはできません。一方、SaaSでは、標準のデータモデルのなかですべてのデータが管理されているため、組み込まれたAIはそのデータを利用して動作することができます。

しかし、このFit to StandardがもたらすSaaS型ERPのメリットを享受できていない企業も多く見受けられます。たとえば、現行業務の継続にこだわるあまりアドオンが増えていったり、SaaSを諦めてプライベートクラウド上に独自の仕組みを作ってしまったりするケースがあります。

また、ベンダーのなかには、テンプレートという形でプライベートクラウドを提供するところもあります。もちろん、テンプレートには業界要件に沿ってでき上がっている追加機能をすぐに運用できる良い面もありますが、こういった形のものは導入した瞬間から陳腐化が始まることがあります。これまでの自社向けカスタマイズと同じように、ガラパゴス化が進み、SaaSの定期的な機能アップデートという恩恵から切り離されてしまうのです。

(2)Fit to Standard実現のカギはビジョンと標準業務モデル

SaaS型ERPを導入した際のメリットを最大化するためにはFit to Standardが必要です。そうすることで目の前のシステム構築だけでなく、長期的な視点でビジネスの成長基盤を作っていくことができます。Fit to Standardがうまくいけば、定期的な機能アップデートによってマーケットニーズに対応し、常に最新の機能を業務に組み込むことができるほか、ITリソースの削減や、AIの活用も進められます。

ただ、「これを実現しようとしてもなかなかうまくいかない」という声が聞こえてきそうです。最も大きな要因は、業務部門の方々が納得感を持って進められないことです。「これが標準ですからやってください」という押し付けでは、業務を遂行する人は動きません。

それでは、何が必要かと言えば、ビジョンです。会社経営と同じように、ビジョンがないと何も始まらず、どんなシステム像を目指すのかが明確でなければ、誰しも目的を持って動くことはできません。

また目指すシステム像に向かって新たな業務とシステムの構築を進める時、業務プロセスを整備するだけでは十分ではありません。その業務を行うのにどんなスキルが必要か、どんな組織体制で臨むか、どうシステムを活用するか、判断の基準となるKPIやレポートはどのようなものか、承認ルールなどのガバナンス等、これらの“標準業務モデル”を構築できて初めて属人性を排除した業務の標準化を達成でき、Fit to Standardという目標にたどり着くことができます。

3.導入方法論の新たな潮流~模範解答から始める業務標準化

(1)KPMGのSaaS型ERP導入方法論とTOM

こうした課題に対して、KPMGは SaaS型ERP導入に特化した「KPMG Powered Enterprise」という導入方法論を保持しています。

【KPMGのSaaS型ERP導入方法論 KPMG Powered Enterprise】

KPMG×Oracle_図表2

出所:KPMG作成

そのなかには、業務オペレーションを把握するための包括的なデザインフレームワークである標準業務モデル「KPMG Target Operating Model(TOM)」があります。KPMGでは、このモデルを“トム”と呼んでいます。

TOMは以下の6つのレイヤーで構成されています。

(1)業務プロセス

(2)人材

(3)サービス提供モデル

(4)テクノロジー

(5)パフォーマンス・インサイト&データ

(6)ガバナンス

この6つのレイヤーは、先に述べたFit to Standardを実現する標準業務モデルの構成要素そのものであり、KPMGインターナショナルの専門家によるベストプラクティスが集約されたアセットとして、ERP導入においてもすぐに適用することができます。

【KPMG Target Operating Model(TOM)】

KPMG×Oracle_図表3

出所:KPMG作成

他の導入ベンダーでよくある進め方として、業務フローとシステム化のマッピングのみで進めるケースがあります。ただ、それだけでは、現時点で担当する人のスキルや判断に基づく属人的な業務となってしまい、拠点別にバラバラな判断や手法で業務が進められ、グループで統一された収益の可視化ができないなど、業務の標準化に至らないこともあります。

TOMの6つのレイヤーで定義された標準業務モデルを適用することで、役割やスキル定義、判断基準やルール、判断に必要なシステム、KPI、レポート、必要なガバナンス定義などが明文化された形で業務の標準化が可能となります。そのため、拠点や担当者が異なったり、異動等で別の担当者に業務が引き継がれたりした場合でも、業務が統一化できるのです。

また、TOMにはテクノロジーのレイヤーがあり、Oracle Fusion Cloudで実現する場合の機能もマッピングされているため、業務を行うにあたってのOracleソリューションでの実現方法も提供可能です。KPMGはTOMに多額の投資を行っており、Oracleの四半期アップデートに合わせて更新しています。そのため、常に最新のテクノロジーを使った業務プロセスと知見を持って導入支援を行うことができます。

なお KPMGでは、自動車部品業界向けや医療機器メーカー向けなど、業界別にカスタマイズされたTOMも用意しています。こうしたTOMのフレームワークを用いることで、実装までのリードタイムを大幅に短縮し、コストを圧縮することができます。品質を高め、Fit to Standardを確実に実行することが最大の目的ですが、同時にコストを抑えた形での導入が可能となります。

(2)真のSaaS型ERPの実現に向けて

SaaS型ERP導入の成功において、KPMGが示す道筋は明確です。TOMを活用し、目指すべき姿に向けた標準業務モデルを構築する。そしてKPMG Powered Enterpriseの方法論により、その実現を早期かつ低コストで可能にします。

最も重要なのは、SaaS型ERPがもたらす真の価値です。標準業務モデルに基づきERPパッケージが持つ標準機能を最大限に活用することで、製品ベンダーによる機能アップデートで最新機能を業務に適用していく拡張性と、SaaSにより運用コストを最適化することができます。このようにSaaS型ERPのメリットを最大化することが、長期的な視点に立ったビジネスの成長基盤を構築することにつながります。これこそが、KPMGが提案するSaaS型ERPの導入モデルであり、こうした導入支援を今後も続けていきます。

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執筆・編集

KPMGコンサルティング
シニアマネジャー 近藤 英二

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