本稿は、KPMGコンサルティングの「Automotive Intelligence」チームによるリレー連載です。
アフターサービスのビジネスモデルは現在、自動車のSDV(ソフトウェア・デファインド・ビークル)化やコネクテッド化により、かつてないほどの変革期を迎えています。従来、ディーラーへの自動車の持ち込みを前提としていた故障診断や修理はリモートで実施することが可能になり、KPMGの調査では一部の新興EVメーカーは修理の半数以上をリモートで実施していることがわかりました。
また、リモート修理ができないハードウェアの修理はユーザーが指定する場所へ整備士が出向く出張修理で対応し、ユーザーはディーラーでの長い待ち時間やディーラー入庫にかかる負担から解放され、自動車保有におけるエクスペリエンスは様変わりし始めています。
一方で、アフターサービスにおいては、自動車整備士の人口が減少していることも大きな課題です。たとえば、日本ではここ18年間で整備士を目指す若者がほぼ半減しています※1。アメリカでも退職者数の半分程度しか新たな整備士を輩出できていない状況で※2、この傾向は今後も続くと予想されています。従来のディーラー入庫を前提としたビジネスモデルでは、この状況に対応しきれず、ユーザーにさらなる負担をかけるだけでなく、自動車会社自体の負担も増大していくため、改革が求められています。
では、この変革期を乗り越えるために今求められていることは何でしょうか。
本稿では、自動車のアフターサービスが向き合うべき「新たな付加価値の提供」「ユーザーデータ基盤の構築」「自動車修理プロセスの改革」を取り上げて解説します。
1.新たな付加価値の提供
リモート中心の修理への変化に伴い、アフターサービスの利便性は大きく向上しています。しかし、安全への配慮が不可欠な自動車では、高品質なサービスも重要です。また、ユーザーは利便性向上の対価として追加費用を払うことに必ずしも賛同しないため、リモート修理、出張修理、ディーラー入庫修理を組み合わせた新たなアフターサービスの形を構築する必要があります。
ただし、利便性で劣後するディーラー入庫に新たな付加価値が求められていることは確実で、“おもてなし”接客や費用負担の低減など、ユーザーの期待を超えるサービスを提供する重要性はますます高まっています。それらの実現により、ユーザーはディーラーへ足を運ぶ価値を感じ、満足度が向上していくでしょう。
【図表1:ユーザーの期待に応えるためのアフターサービスの取組み例】
出典:KPMG作成
2.ユーザーデータ基盤の構築
近年のアフターサービスのデジタル化により、“ユーザーの声(要望・質問・不満など)”はコールセンターやディーラーでの問診等に加え、ウェブチャットやスマホアプリなどからも収集できるようになりました。さらに、コネクテッドカーを通して故障や使用履歴などの“車両データ”が定期収集できるようになり、ユーザーは、それらの情報に基づいた適切なアフターサービスを自動車会社側からタイムリーに提案してもらえることを期待するようになっています。
その期待に応えるためには、データソースにかかわらずすべてのユーザーの声と車両データを一元管理し、分類・分析したデータを自動車会社、ディーラー、コールセンターなど、ユーザーと接点のあるステークホルダー間で共有する仕組みづくりが不可欠です。その実現に向けては、以下のテーマで明確な戦略を持ちアクションに移すことが重要であり、将来のアフターサービスの競争力を左右することになるでしょう。
(1)提供価値:ユーザーの声をベースにした、顧客中心のサービス提供など (2)オペレーション:リモート修理、出張修理、ディーラー入庫修理の割合設定など (3)KPI:顧客満足度や修理時間短縮の指標設定など (4)人・組織:データ分析やAIなどの人材の育成・確保に向けた方策など (5)テクノロジー:最新技術の導入・活用のロードマップなど (6)ガバナンス:透明性と効率性を高めるための管理体制など |
3.自動車修理プロセスの改革
アフターサービスの改革では、修理プロセスの効率化も重要な課題です。修理にかかる時間はユーザーが支払う工賃や待ち時間に直結するだけでなく、整備士不足が進むディーラー経営にとっても深刻な問題であり、効率化は待ったなしと言えます。
修理は通常、故障コードや不具合事象から整備士が原因を推定したうえで、実車での修理作業に取り掛かります。原因推定を間違えると、修理プロセスのやり直しが発生し修理時間が長期化するため、推定の精度向上は効率化におけるキーポイントの1つです。とはいえ、修理マニュアルの整備や整備士の教育などの取組みだけでは精度向上に限界があります。さらに、電動化や自動運転等により自動車の構造が大きく変化している現状では、ノウハウの蓄積も十分でなく、推定の難易度は高まっています。
その状況を打破するため、生成AI活用による「効率的なノウハウの蓄積・学習」やマルチモーダルAI活用による「映像・図表の高度解析」で、推定の精度・速度を向上させる動きが活発化し始めています。さらに、その先に見えているAIエージェントによる「自律的なソフトウェア修理」や、ロボティックスによる「ハードウェア修理」などの導入ロードマップも立て、未来のアフターサービスを着実に構築していくことが、必要とされているのではないでしょうか。
【図表2:自動車修理プロセスにおけるAI活用での改革領域】
出典:KPMGの仮説に基づき作成
新時代のアフターサービスも、ユーザーの期待に応えるというビジネスモデルの根幹は変わりません。ただし、自動車の構造変化、デジタル技術の革新、新規参入メーカーの台頭などにより、ユーザーの期待が大きく変化している状況を深く理解しなければ、新時代において競争力のあるビジネスモデルを構築することはできません。
新たな付加価値の提供、ユーザーデータ基盤の構築、自動車修理プロセスの改革を通じて、ユーザーの満足度を向上させるとともに、効率的で持続可能なアフターサービスのビジネスモデルづくりが今まさに求められています。
※1 「自動車整備分野における人材確保に係る取組(令和6年3月1日)」(国土交通省)
※2 「Service Technicians」(National Automobile Dealers Association)
執筆者
KPMGコンサルティング
シニアマネジャー 大熊 恒平