ウェルビーイングを向上するまちづくりを目指すスマートシティの取組みでは、産官学民の多様なステークホルダーによる合意形成が必要となります。
第3回は、地域公共交通を題材に、円滑な合意形成を図るためのデータ活用をもとにした取り組み方について事例を交えながら紹介します。
なお、本連載は、2024年12月よりSCI-Japanに連載された記事の転載となります。以下の文章は原則連載時のままとし、場合によって若干の補足を加えて掲載しています。
スマートシティの社会実装に向けた、まちづくりの合意形成課題とは?
ウェルビーイングの向上、つまり身体的・精神的・社会的に満たされた状態を目指すうえでは、さまざまなステークホルダーがそれぞれの立場・役割のうえで協調・分担しながら活動・活躍できる場や環境づくりが必要となります。このためには円滑な対話、より良い人間関係と持続的な協調・協力の構築のために、相互理解の向上に努める必要があります。
しかし、それぞれの立場・役割は異なる活動の目的と狙いを持つことから、合意形成の場では解決方向性や施策といった総論は合意できても、各論では利害や考え方などの相違により、具体的なアクション合意形成に進まないケースが見受けられます。
【地域公共交通における意見の食い違い例】
出所:KPMG作成
この1つの要因として考えられるのは、それぞれが根拠としている情報源が異なる点、またその情報の分析アプローチやスキルの違いになるものと考えられます。スムーズで納得感のある合意形成のためには、このギャップを埋める努力が必要となります。
【根拠とする情報源の違いについての理解も必要】
出所: KPMG作成
データの活用による課題解決の方向性とは?
このようなギャップを解決するためには、まず、お互いの立場に立って理解向上に努める必要があります。しかし、多くの場合では、発言の背景やその発言(意見)が組織等の総意であるかどうかなどを理解したうえで判断をする必要があるため、利害が食い違う立場同士の相互理解には相応の時間と困難が伴います。
しかし、現在はVUCA(ブーカ)といわれる、いわゆる未来が見通せない時代であり、環境変化が非常に早くなっています。日本は、課題先進国として、いままで経験したことがない課題にタイムリーに立ち向かう必要があり、意思決定にかけられる時間も短くなってきています。
そのため、議論を発散させず円滑に進めるためには、客観的に事実を共有できるデータを元にした、課題・要因の根拠や解決策の妥当性を示すことが求められます。ただし、データによって客観的に示すためには、集計・分析・可視化のスキルが必要となり、受け取る側はそれを正しく読み取り、理解ができることが必要となります。
また、使用するデータの品質が確保されている必要もあります。具体的には、その出所や性質、管理方法などが明確に証明できるデータであるか、提示する側・読み取る側の双方が理解している必要があります。(データの品質について詳しくはデジタル庁が公開している「データ品質管理ガイドブック」を参照ください)。
【客観的に事実を共有できるデータをもとに根拠を示す/読み取る】
出所:KPMG作成
換言すれば、合意形成の場ではわかりやすくデータを提示することはもちろん、データを受け取る側も正しく読み取るスキルが求められるため、参加者がデータリテラシーの向上に努めることも大切になります。また、参加者同士でデータ分析等のスキルの成長・向上に努めることで、相互の立場理解が深まり、より良いコミュニケーションやアイデア交換が活発化します。
参加者同士がデータを通して議論を活性化させることは、議論の場が、地域課題解決に向けて意見をぶつけ合うだけではなく、同じ目的を持ちながらそれぞれが主体的に取り組む「オープン」で「フラット」な活動の場へと変容してくことにつながります。
【「新しい公共」の考え方である「多様な主体による協働」 へ変容していく】
出所:国土交通省「多様な主体による協働」を基にKPMG作成
合意形成に向けての求められる取組みとは?
KPMGでは「人材育成支援」の一環として、実際のデータを用いて、参加者が協働で課題解決を行うワークショップの開催や、地域公共交通の計画類の策定、協議会の運営などを通じて、合意形成に向けたデータ活用に対するリテラシー向上支援を行っています。
その1つの事例として、国土交通省がさいたま市で実施した「共創・MaaS実証プロジェクト」の人材育成事業における取組みを紹介します。
この事業では、まずデータ活用の目的や必要性、その在り方についての理解とそのスキルの向上を目的とした座学形式の講義を3回実施し、その後、産官学民のそれぞれの立場の参加者が3つのグループに分かれて協働するワークショップを4回実施しました。
講義では、まず参加者が主体的に取り組む「オープン」で「フラット」な活動の場へと変容した好事例を紹介しました。続いて、実際のデータ分析から仮説設定までのコツを学んでいただき、バス事業者の方からは、テクノロジーやデータの活用によるデジタルトランスフォーメーション(DX)を進める意義と重要性について講演いただきました。(参照:さいたま市/さいたま市地域交通共創人材・コーディネーター育成事業)
続くワークショップでは、実際に人流データや統計データ、地理情報などを用いて、表計算ソフトや地理情報分析ツールを使いながら、(0)事前準備・予備検討、(1)目的、(2)課題、(3)仮説、(4)データ、(5)分析、(6)検証のプロセスに従ってグループで協働し、解決策としてのビジネスモデル案のサービス構造をピクト図やビジネスモデルキャンバスを用いて具体化していただきました。
【データ分析の流れ】
出所:国土交通省 「ビッグデータの実践的な利活用への手引き(令和5年3月)」を基にKPMG作成
ワークショップでは、異なる立場の参加者がデータの分析結果をもとに一緒に議論し、アイデアを話し合い、1つのビジネスモデル案を構築していくに連れて、1つの目的に向かって熱量が高まっていく様子が伺えました。
参加者アンケートでは全員から、学びがあり今後も取り組んでいきたいというご意見をいただくことができ、まさに皆が主体的に取り組む「オープン」で「フラット」な活動の場へと変容する過程を体現できたと考えています。
今後もこの様な取組みなどを通じて、テクノロジーやデータの活用による「新しい公共」の場づくりを進めていく予定です。
本文およびグラフの数値は下記資料を参考にしています。
- 国土交通省「多様な主体による協働」
- 国土交通省 「ビッグデータの実践的な利活用への手引き(令和5年3月)」
SCI-Japan 2025年2月17日掲載(一部加筆・修正しています)。この記事の掲載については、一般社団法人スマートシティ・インスティテュート(Smart City Institute Japan)の許諾を得ています。無断での複写・転載は禁じます。
執筆者
KPMGコンサルティング
シニアマネジャー 伊藤 昇治
シニアマネジャー 渡邉 浩良