本稿は、KPMGコンサルティングとスピーダ東南アジア(ユーザベース)の共催セミナー「トランプ2.0における海外事業の課題~東南アジア事業とサプライチェーンの再考~」(2025年2月4日開催)の内容をベースに、「米国大統領選挙後の東南アジア事業戦略~サステナビリティと地政学から見た機会と課題~」(2024年11月28日開催)の講演内容を加味して再編集したものです。
2025年1月20日に発足した第二次トランプ政権(以下、トランプ2.0)は就任直後から前政権とは異なる政策を次々と打ち出しています。「アメリカ・ファースト」を掲げるトランプ氏の姿勢は、東南アジアでの事業活動にどのような影響を及ぼすのか?
日本企業に求められる、地政学リスクやサステナビリティ領域にまたがる幅広い課題への備えについて、考察します。
トランプ2.0における海外事業とサプライチェーン
KPMGコンサルティング アソシエイトパートナー/弁護士 新堀 光城
トランプ2.0、始動 -先鋭化する保護主義
2025年1月20日、トランプ2.0が開始し、初日から多くの大統領令が出されるなど、さっそく公約実現に向けた動きが見られました。トランプ2.0ではMAGA(Make America Great Again)とアメリカ・ファーストの考えのもと、米国にとっての損得勘定が重視されます。
自国の産業保護のための政策を強化する保護主義的な傾向は、前バイデン政権においても、インフレ削減法(IRA)などで見られました。トランプ2.0はその傾向を一層強め、自国の利益のために国際協調の後退や同盟国との緊張関係も厭わない姿勢で、関税を交渉ツールとして、各国に米国への投資促進などを要請しています。
トランプ2.0においては、ルールに基づく国際協調や多国間連携よりも、強い交渉力(経済力・軍事力)を背景に、2国間交渉を重視する取引外交を強めると見られます。
エネルギー・EV・気候変動対策の転換
“Frack,Frack,Frack”、 “Drill Baby Drill”(化石燃料の掘削・生産拡大)。トランプ氏が選挙戦を通じて繰返し強調したキーワードですが、就任早々、パリ協定からの離脱、原油・天然ガスの増産に向けた政策を進めています。原油・天然ガスの大幅な増産を通じて、エネルギー価格の引き下げを狙っていると思われます。
また、EV政策の転換も進められています。EV政策でも、着任後すぐに、新車販売に占めるEV比率を2030年までに5割にするとした、前政権の大統領令を撤回しました。厳格な排ガス規制や、EVの購入補助などを定めたIRAの見直しも進められる見通しです。
こうした状況から、東南アジア諸国等から輸出する、米国向けのクリーンエネルギー・EVに関する原材料の需要はネガティブな影響を受ける恐れがあります。
関税への警戒
トランプ氏は自らを“Tariff Man”と称するほど、関税を政策ツールとして重視しています。関税強化やその意思表明は、企業による米国投資の促進や、相手国の政策的意思決定に影響を及ぼす手段として利用されます。
公約どおり、相互関税(外国が米国製品に関税を課す場合に米国もその国の製品に同率の関税を課すことができるとする)や、10~20%の一律関税(米国へのすべての輸入製品に対する関税)の賦課が実現された場合、東南アジア諸国等からの米国輸出への影響は看過できません。
また、すでにメキシコ・カナダなどからの輸入品を含め、さまざまな関税強化の検討が進んでいますが、対米貿易黒字の大きいベトナムやタイ等に対し、個別に関税強化が実施されるリスクにも注意が必要です。
対中政策がもたらす、機会とリスク
トランプ2.0の対中政策は第一次政権と同様に強硬的であり、関税や安全保障観点の規制強化が見込まれます。これらの施策は東南アジア等へのサプライチェーン多元化を促進すると見られます。一方、東南アジアへの中国系企業進出に伴う競争激化や、対米貿易黒字の拡大に伴う関税リスクが懸念されます。
また近年、米国では東南アジア諸国からの人権侵害の懸念のある迂回輸出品の差止めが活発でしたが、トランプ2.0の保護主義的な傾向にも合致します。トランプ2.0はDEI (Diversity, Equity, and Inclusion)施策については極めて消極的ですが、人権施策を保護主義的なツールとして利用する可能性には留意が必要です。
EUにおいても、サプライチェーン上の人権デュー・ディリジェンスを義務付ける、コーポレート・サステナビリティ・デューデリジェンス指令や、強制労働被疑物品の流通を禁止する規則が成立したことも相まって、そのサプライチェーンに組み込まれ得る東南アジア事業における、人権デュー・ディリジェンスの重要性は高まると考えられます。
広がる保護主義と東南アジア事業のこれから
スピーダ東南アジア マーケットインテリジェンス担当
「選挙の年」を経て:何が継続し、何が変化するのか?
2024年に入る以前から、世界的に保護主義や経済ナショナリズムが広がり、各国が自国の産業政策を優先する傾向が強まっていました。選挙などのタイミングは、トレンドを変化させ得るポイントですが、2023年の一連の選挙を受けて、既存の保護主義トレンドが一層加速することが予想されます。
米国の新政権:東南アジアはどうなる?
米中対立が激化するなか、東南アジアはこれまで米中間で「漁夫の利」を享受する側面が大きかったですが、今後はその立ち位置を維持することが難しくなる可能性があります。米国は中国への圧力を強化するなかで、東南アジアを経由する「迂回輸出」にも目を光らせ始めており、一律関税や、関係国ならびに関係産品をターゲットとする関税措置などが、東南アジアに影響することになるかもしれません。
東南アジアの新政権:安定と混乱がもたらすものは?
インドネシアの新政権は、安定した政権基盤のうえに成立しました。従来の国内における高付加価値産業の育成に重点を置いた、積極的な産業政策を推進すると見られます。強気の政策は、国内投資を条件とした市場アクセスの付与など経済ナショナリスト的な要素を含むもので、保護主義的な政策のさらなる顕在化も予想されます。
一方、タイでは2024年に発足した新政権下でも政治的な不安定さが継続しており、ポピュリスト的な政策が生み出されやすい状況になっています。このようななかでも顕在化するのは保護主義であり、安定していても、混乱していても、保護主義が広がっているのが東南アジアの現状です。
今後考えるべき論点:今、東南アジア事業が考えるべきことは?
保護主義が拡大するなか、企業は自由貿易の枠組みを前提としたビジネス戦略を見直し、逆に保護主義のもたらす「機会」を最大限に活用する方法を探る必要があります。特に、各国の産業政策を利用した相対的な競争優位の確立や、市場アクセスを念頭においた戦略的な各国国内への投資を検討する必要があります。
別観点では、これからはASEAN全体を1つの大きな市場として捉えるのではなく、各国ごとの政策や市場環境に応じて戦略を立てることも重要です。各国がそれぞれ自国の産業育成を優先する保護主義の時代においては、個別の国の特性を考慮したアプローチが求められるのです。
機会としてのサステナビリティを事業へ落とし込むポイント
KPMGコンサルティング マネジャー 渡邊 秀人
サステナビリティにおけるトレンドの変化
サステナビリティに対するステークホルダーの要請の力点は、従来、特に対資本市場目線での情報開示がサステナビリティとしての取組みの中核に据えられてきましたが、昨今は経営活動・事業活動の観点でより踏み込んだ対応に力点が変化しています。企業は本業を通じてサステナビリティをいかに扱うか、という具体的な問いを考える必要性が増しています。
社会課題解決型ビジネスの潮流
本業を通じたサステナビリティの実現という観点で、「社会課題解決型ビジネス」が昨今勃興しています。多くのケースでは、社会課題の解決策をサービスや製品で解決することを訴求しています。しかし、社会課題は広く共通的である一方で、実際に直面している課題は各々で異なる点に注意が必要です。社会課題解決型ビジネスが林立していることもあり、社会課題解決を謳うだけでは差別化要因にはなり得ません。
サステナビリティを事業へ落とし込む際の留意点
本業を通じてサステナビリティに取り組む必要から、社会課題解決型ビジネスが多く生まれています。この取組みを深化させ、さらなる事業機会としてより強く踏みこむためには社会課題にとどまらない、相手方の真の課題にリーチすることが重要です。
一口に脱炭素といっても、排出源の傾向や、業界・取引先等の削減圧力、脱炭素戦略上のボトルネックなど、背景や課題は大きく異なるケースがあります。そのため、社会課題にとどまらず、特定のセクターや課題に対するメッセージをセットにしたサービス・製品の訴求が重要なポイントとなります。
東南アジア観点でのサステナビリティの事業機会
東南アジアにおいても、社会課題の背景・真の課題を捉えることが重要です。たとえば、安定的なエネルギーシステムに向けた開発が進んでいるため、高効率なエネルギーシステムの供給を社会課題の解決と捉えることができます。一方で、その開発に起因する課題となる大気汚染の解決までさらに踏み込んで事業機会として捉えることが訴求力につながります。
また、事業機会としては、収益の獲得だけにとどまらず、安定的な事業活動の維持・継続も重要な観点です。そのためには、リスク管理の観点から人権対応を実施することやサーキュラーエコノミーの構築を通じて資源の安定調達を図ることも考えられます。
関連リンク
本稿に関連するセミナーおよび記事を紹介します。開催終了したセミナーもアーカイブがご覧になれます。