連載「トレンドレーダー」は、身近になりつつある高度な技術と関連するビジネスユースケース、果敢に挑戦する企業の取組みなどをご紹介し、多くの企業にとって新しい打ち手の参考となるインサイトをお届けします。 

AIエージェントとは

AIエージェントは、高度な推論により、複雑な問題を自律的に解決する機能を持ったAIを指し、近年注目を集める技術の1つとなっている。従来は人間が担当していた高精度なプランニング(計画的なタスク実行)の自動化や意思決定のプロセスが、AIに委ねられるようになりつつあり、すでにSaaSベンダー各社が提供し始めている。

エージェントという概念自体は決して新しいものではない。1990年代にはWebページを自動で収集するクローラや、特定のアクションを実行するボットなど、人間の作業を代替するソフトウエアがすでに存在していた。これらは、事前にプログラムされたルールやシナリオに基づいて特定のタスクを自動実行する仕組みを持っており、原始的なエージェントの一種といえる。また、環境を認識して自律的に推論を行う「知的エージェント(Intelligent Agent)」という概念も1990年代初頭には定義されていた¹。近年のRPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)も、明確に定義されたルールに基づき、繰り返し実行される業務プロセスを自動化する技術として広く採用されている。

しかし、近年のAIエージェントとこれらのエージェントの違いは、LLM(大規模言語モデル)による汎化性能の高さにある。AIの文脈における汎化とは、学習データに含まれていない新しい状況やケースに対しても適切に対応できる能力を指す。AIエージェントは、昨今、進展が著しいLLMと密接に関係しており、その高い汎化性能を用いて、特に複雑な問題や未知の状況への対応が求められる場面においてその能力を発揮する。LLMは膨大な言語データを学習し、自然言語を理解・生成する能力を持つが、それだけでは多種多様な実世界の複雑なタスクを実行するには限界がある。そこで、AIエージェントは、LLMの能力を活用しながら自律的に意思決定を行い、タスクを遂行する役割を担う。加えて、さまざまなツールや他のエージェントと協力しながら、より高度なタスクに対応する。例えば、外部のWeb検索APIを利用してリアルタイムの情報を取得し、ユーザーに最適な回答を提供したり、IoTデバイスと連携してデータを送受信したりといったように、異なる機能・専門性を持つツールやエージェントと連携して、より複雑なタスクを達成することが可能だ。そして何より大きく向上したプランニング性能が、ビジネスにおいて多大な効果を発揮する。

AIエージェントは何を実現するか

従来、ビジネスの課題を解決する際には、機械が理解しやすいように人間が合わせてきた。例えば、アナリティクスコンサルタントやデータサイエンティストなどの専門家がヒアリングし、タスクに分解し、ソリューションとして提供するといった具合だ(図表1)。  

図表1:従来の課題解決イメージ

AIエージェントの可能性と未来図表01

しかし、昨今の大規模な言語モデルや深層学習の進展により、ある程度までの問題は、エンドツーエンドで解けるようになった。たとえば、クエリ(プロンプト)を入力すると、結果が返ってくるといった具合だ。これまでAIには難しかった領域でも、大量の学習用データを用いずに、学習済みの情報から有益な回答を生成するZero shotやいくつかの例を与えることで意図に沿った回答を促すFew shot promptingと呼ばれるようなテクニックにより多様なタスクを解決することが可能になっている(図表2)。

図表2:生成AIを用いた課題解決イメージ

AIエージェントの可能性と未来図表02

ただし、複数のタスクが混在する状況では、最新のLLMであっても対応できないケースが多い。特に、ハルシネーションの発生頻度が高まり、信頼性のある判断が困難となるため、実用性に不安を感じる場合がある。また、生成AIの知識を拡張する機構であるRAG(Retrieval-Augmented Generation)の適用範囲外となるタスクも少なくない点が課題である。

できれば、1、2、3、4のプロセスをまとめて自律的に意思決定できるAIに任せてしまいたい。これを実現するのがAIエージェントだ(図表3)。一連のプロセスを統合し、目標を理解したうえでタスクを分解し、適切なリソースへ割り当てる役割を担う。この点で、人間の組織における管理職の役割と似た側面を持つといえる。実際にタスクを解くのは、別のエージェントやツール(DB検索や計算機など)だ。さらには、あるAIエージェントが全体の工程を管理し、別のAIエージェントに特定のタスクを割り当てて協働することによって、より複雑な業務をこなす場合もある。現時点では、専門性の高い領域ではハルシネーションも少なくないが、コーディングなど特定の領域に特化させたエージェントならば、いわゆる若手スタッフと同等の水準に達しているケースもある。

図表3:AIエージェントを用いた課題解決イメージ

AIエージェントの可能性と未来図表03

AIエージェントのメリット

このAIエージェントの仕組みによってもたらされる大きなメリットの1つは、タスクの解釈性が向上する点だ。従来のエンドツーエンドアプローチでは、タスクのフローやミスが不明瞭であることが多かった。しかし、AIエージェントではこれらが明確に表現される。例えば、AIエージェントが実行前に「このプランで進めるが、問題ないか?」と確認を求めることで、問題があればその場で人間が「ここを修正すべきだ」と介入することができる。これにより、適切な解決に近づける可能性が高まる。

さらに、前述のとおり、旧来のエージェントに比べてプランニング性能が大幅に高いため、より複雑なタスクを解決することが可能だ。必要な検索が行われなかった場合や、結果が不正確であった場合も、それらがすぐに判明しやすくなる。特に、判断が難しい領域においては、誤りの早期発見がミスの削減につながる。加えて、AIエージェントは、ツールの活用や他の専門エージェントとの協業(マルチエージェント)による課題解決が可能だ。LLMや深層学習が得意とするタスク解決において、より高いパフォーマンスを発揮でき、ビジネスの意思決定がより精度高く行えるようになる。

一方で、留意すべき点もあり、その最たるはコストだ。導入時の実装コストはもちろん、運用コストも無視できない。AIエージェントは、その機構上、LLMのAPIを何度も呼び出すことが多く、一般に入力トークン数と出力トークン数に基づいて課金されている。特に、高性能なLLMモデルを使用する場合、そのコストは決して安価とはいい難い。実装の形態によっては、利用上限の設定やトークン最適化といったコスト管理も重要になってくる。

AIエージェントの課題と未来ー鍵は権限委譲ー

では、AIエージェントは企業経営にどのような変化をもたらすだろうか。その可能性は多岐にわたるが、特に重要になるのは意思決定における権限移譲の問題だ。

AIエージェントの導入により、高い確率で業務の効率化は進むだろう。例えばソフトウエア分野においては、少なくともジュニアレベルのエンジニアが担っていた業務の多くがAIエージェントに代替される可能性は高い。検索エンジンや広告ビジネス、情報提供における課金モデルも変わり、企業のビジネスモデルにも影響が及ぶだろう。しかし、こうした変化の本質は、単なる自動化や効率化にとどまらない。どこまでの意思決定をAIエージェントに委ねるのかという経営判断、すなわち権限移譲と責任の明確化が、今後ますます重要になる。

例えば、人間とAIエージェントが協働する際には、人間のインタラクションの遅さがボトルネックとなる。AIエージェントは人間と異なり、24時間365日稼働可能で、処理速度も圧倒的に速い。しかし、この特性を最大限に活かすには、適切な権限移譲の仕組みが不可欠となる。人間がすべての判断に介在していては、AIエージェントの持つポテンシャルを十分に引き出すことができないからだ。

意思決定の権限移譲はスピーディーなビジネスの成功にとって重要な要素である。その一方で、適切な管理をしなければ、予期せぬ判断や、企業価値に反する決定が下される可能性も否定できない。重要なのは効率性とリスク管理のバランスであり、どの業務の権限をAIエージェントに移譲し、どこに人間が介在すべきかを慎重に設計することだ。すでに研究者たちは、AIエージェントへの適切な権限移譲の仕組みとして、新たなフレームワークの設計を模索し始めている²。

企業がAIエージェントを導入する際には、まず権限移譲の範囲を明確に設計する必要がある。この設計次第で、AIエージェント導入の成否が大きく左右される。AIエージェントへの権限移譲が適切に行われるならば、企業の意思決定は加速し、競争力をさらに高めることができるだろう。

Stuart Russell & Peter Norvig(1995) Artificial Intelligence: A Modern Approach, Prentice Hall. 

Tobin South, Samuele Marro, Thomas Hardjono, et.al, “Authenticated Delegation and Authorized AI Agents”, https://arxiv.org/abs/2501.09674 

ここに記載されている情報はあくまで一般的なものであり、特定の個人や組織が置かれている状況に対応するものではありません。私たちは、的確な情報をタイムリーに提供するよう努めておりますが、情報を受け取られた時点およびそれ以降においての正確さは保証の限りではありません。何らかの行動を取られる場合は、ここにある情報のみを根拠とせず、プロフェッショナルが特定の状況を綿密に調査した上で提案する適切なアドバイスをもとにご判断ください。 

監修

KPMGアドバイザリーライトハウス
アドバンスドアナリティクス部
マネージャー  廣川  典昭

執筆

株式会社KPMGアドバイザリーライトハウス
ストラテジー&ビジネスオペレーションズ部
マネージャー 品田  洋介

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