気候変動と生物多様性の統合対応 シナジーを活用し、トレードオフを回避する

本稿では、これから本格化する可能性がある気候変動と生物多様性の統合対応に向けて、企業が両者の関係性( シナジーとトレードオフ)にどのように向き合えばよいのか、企業担当者が理解しておくべき基礎知識や動向を概説します。

本稿では、これから本格化する可能性がある気候変動と生物多様性の統合対応に向けて、企業が両者の関係性( シナジーとトレードオフ)にどのように向き合えばよいのか、企業担当者が理解してお

気候変動と生物多様性は環境領域のサステナビリティにおける重要課題であり、カーボンニュートラルとネイチャーポジティブという2 大目標への貢献にコミットする企業が増加しています。

TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)とTNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)のように各テーマの個別対応が成熟してきた一方、昨今では、両者の同時対応が有効であること、その一方で、気候変動への緩和・適応策によっては生物多様性の損失を助長しうることが問題視され、相互関係を踏まえた統合的な対応を打つことの有効性に注目が集まっています。日本の生物多様性対応のグランドデザインである「生物多様性国家戦略2023-2030」においても自然を活用して気候変動などの社会課題に取り組むことが基本戦略の1つとされました。

本稿では、これから本格化する可能性がある気候変動と生物多様性の統合対応に向けて、企業が両者の関係性(シナジーとトレードオフ)にどのように向き合えばよいのか、企業担当者が理解しておくべき基礎知識や動向を概説します。

なお、本文中の意見に関する部分については、筆者の私見であることをあらかじめお断りいたします。

Point

  • 企業による気候変動への取組みは、生物多様性に負の影響を及ぼしうる
    従来の気候変動対策のなかには、再生可能エネルギーに代表されるように生物多様性へのネガティブな影響が問題視されている技術もある。生物多様性問題への世界的対応が本格化するなかで、こうしたトレードオフについて適切に説明し一貫した企業姿勢を示せるか確認すべきである。
  • 自然を活用した解決策(NbS)
    生物多様性の保全による炭素吸収源の増加や、森林や湿地を活かして防災・減災などの気候変動への適応を行う取組みは、環境・社会面で多面的なベネフィットをもたらす。こうした技術は「自然を活用した解決策( NbS)」と呼 ばれ、実践の難しさや効果の測定・モニタリングの方法論の不足といったハードルはあるものの、費用対効果の高い方法として注目されている。
  • 統合対応の重要性
    気候変動、生物多様性、それによる社会面のベネフィットなどを包括的に捉えて取り組むことで、費用体効果の高い対応ができること、地域社会や社会から受容や評判を得られること、投資家やステークホルダーからの情報開示等の要請に応えられることなどのメリットがある。

Ⅰ.背景

1. 気候変動と生物多様性の歴史

気候変動と生物多様性、この2つの環境問題については、1992年のリオ・地球サミットで「双子の条約」として採択された気候変動枠組条約と生物多様性条約を皮切りに並行して対応が進んできました。

2015年に気候変動枠組条約COP21でパリ協定が採択され、日本においても2050 年カーボンニュートラルを目指すことが示されたこと等をきっかけに、気候変動問題への対応は経営課題としてとらえられ始めました。片や生物多様性については、CSR 活動の1つとして流行したものの経営上のプライオリティは高くない状況が続きましたが、2022 年~2023 年にTNFDフレームワークv1.0 の公表やCOP15において2030 年の新しい世界目標である「昆明・モントリオール生物多様性枠組」が採択されたことにより潮目が変化し、「カーボンニュートラル」に加えて「ネイチャーポジティブ」についても企業の大きな関心事となり始めました。

その後、科学的な目標設定の仕組みとして、脱炭素についてはSBT(Science Based Targets)、淡水・土地・海洋に関してはSBTs for Natureの方法論が開発され、投資家のイニシアチブとしてはClimate Action100やNature Action 100が活動するなど、先行する気候変動分野の後を追うように生物多様性分野の仕組み作りが急速に進み、両問題については国際的な主流化が進んできました。

さらに直近では、脱炭素目標の達成に向けた実効性のある「気候移行計画」の策定や実行を求める動きや企業の対応が活発化し、それに対応する形でネイチャーポジティブに向けた「自然移行計画」の枠組みについても開発が進んでいます(自然移行計画の動向については、本稿のIV で後述します)。

このように、気候変動と生物多様性対応の成熟が進み、企業においては両者の”実行段階”を見据えなければいけない状況です。両者に矛盾なく対応できるのか、サステナビリティ経営の一貫性を確認するべきタイミングであるといえます。

2. 気候変動と生物多様性の関係性

気候変動と生物多様性の関係性に関する科学的知見は、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)と生物多様性および生態系サービスに関する政府間科学-政策プラットフォーム(IPBES)それぞれのレポートや、両者による合同ワークショップ報告書( 2021年6月公表)等を参照して確認することができます。その内容をシンプルに要約すると、両者には図表1に示したような関係性があります。

図表1 気候変動と生物多様性の関係性

図表1 気候変動と生物多様性の関係性

出所:KPMG作成

(2) 気候変動への緩和・適応策には、生物多様性にネガティブな影響を及ぼしうるものがある(トレードオフ)

一方で、気候変動の緩和・適応に取り組む過程においては生物多様性に負の影響を与える解決策も存在するとされています。この場合、気候変動の緩和にはポジティブな影響、生物多様性にはネガティブな影響を及ぼすことになり、両者のトレードオフが発生しています。

具体的な事例として、再生可能エネルギー発電のための新規の土地開発などが挙げられますが、植林など、一見ポジティブな効果を意図していた取組みであっても、方法の選択を誤るとネガティブな影響を及ぼしうることが問題視されています。

詳細はII節にて解説します。

(3) 気候変動の緩和・適応と生物多様性に同時貢献する対応策がある(シナジー)

(2)のトレードオフが生じるケースとは対照的に、気候変動と生物多様性の両方に正の影響を及ぼし、2つの環境問題の解決に同時に貢献する( =シナジーを発揮する)解決策が注目されています。生物多様性保全策は気候変動の緩和と適応に貢献するケースが多いことが確かめられており、特に森林や湿地、泥炭地などを保全して炭素吸収量を増加させることによってによって気候変動の緩和に貢献し、防災・減災機能の強化を高める施策などは、人間の社会にも便益を与えるものと整理されています。このようなマルチベネフィットな解決策は自然を生かした解決策(NbS)と呼称され、国際条約や日本の国家戦略でも重要視されています。これらについては、III節で解説します。

Ⅱ.トレードオフを最小化する

1. トレードオフの実例

トレードオフが生じるのは、「気候変動への緩和・適応を図る過程で、気候変動以外の要因による生物多様性の毀損を助長する場合」であるといえます。前述のとおり、生物多様性の主要な損失要因の1つは気候変動ですが、残りの4つの主要因として土地/海域利用変化、直接採取、汚染、侵略的外来種があります。既存の緩和・適応策においてこれらのインパクト要因が適切に管理されているか確認する必要があります。

具体的なトレードオフの例を、図表2 上の表に示しました。これらの共通項を整理すると、トレードオフが問題視される緩和・適応策には、下記のようなタイプがあると考えられます。

  • 風力、太陽光、水力のように生態系を毀損する開発が必要になることがあるもの( 土地/海域利用変化による生物多様性損失)
  • 施策の実行において周辺の水資源を利用したり、汚染物質を排出する可能性のあるもの( 汚染等による生物多様性損失)
  • アグロフォレストリー、植林、遺伝子組み換え生物の活用など、その地域に元々存在しない生物種を持ち込む可能性があるもの( 侵略的外来種による生物多様性損失)

2. トレードオフが生じている場合の 対応

このうちバイオエネルギーを例にとると、食料問題との競合により追加的な森林伐採をもたらす可能性がある、必要な作物生産量の増加による窒素肥料や農薬の利用が汚染や地域における取水量増加に繋がるなど、生態系に与える多面的な悪影響が議論されています。一方で、これらはバイオ燃料のための作物栽培すべてに当てはまるわけではありません。水ストレスの懸念のない地域において栽培する、食物生産との競合が懸念されない作物を選択するなど、地域選定や技術上の工夫によって悪影響を軽減することができ ます。

その他、トレードオフを軽減するための取組みには、たとえば下記のような方策が挙げられます。

  • 風力発電:渡り鳥のルートを考慮した立地と施設設計を行う
  • 太陽光発電:建物等のインフラとの統合、農地との統合( 例:営農型太陽光発電)を行うことで土地利用変化を最小化する
  • 植林:生態系の豊かな草原の転換を避ける、植林する樹種の選定にあたり、その地域に自然分布する在来樹種を選択する( 成長の早い外来樹種を安易に選択しない)

このように、多くの解決策は計画段階における立地選定や技術の選択における意思決定が必要なものであり、かつ、自然を相手にしているため実際のフィールドにおいて意図した効果が得られそうか、生態学者等との綿密な連携によって検討する必要があります。

図表2 気候変動と生物多様性のトレードオフ・シナジーの一例

図表2 気候変動と生物多様性のトレードオフ・シナジーの一例

出所: 国立環境研究所「気候変動と生物多様性にまたがる知見の整理( 2024.3.18 )」、Land-based measures to mitigate climate change: Potential and feasibility by country (Roe et al.,2021)よりKPMG作成

Ⅲ.シナジーを活用する

1. シナジーの実例

気候変動と生物多様性の解決に同時に貢献する取組みは、生態系の転換や劣化を防止したり、さらに回復させる取組みによって炭素貯蔵の増加を図るもの、グリーンインフラやブルーインフラと呼ばれるように自然の構造と機能を活かして地域の防災機能を強化し、気候変動への適応を図るものなどがあります。

具体的なシナジーの例は、図表2下の表に示したとおりです。上記のような特性から、FLAG( 森林・土地・農業分野)セクターにおいて、シナジーを期待できる技術や取組みが多い傾向にあるといえます。

2. 自然を活用した解決策(NbS)

上記で述べたシナジーのある取組みは、その多くが「自然を活用した解決策」(NbS: Nature-based Solutions)と呼ばれる性質のものです。NbSとは、IUCN( 国際自然保護連合)が「社会課題に効果的かつ順応的に対処し、人間の幸福および生物多様性による恩恵を同時にもたらす、自然の、そして、人為的に改変された生態系の保護、持続可能な管理、回復のための行動」と定義した概念であり、自然を保護、管理、回復させる1つの取組みが、気候変動の緩和・適応、生物多様性の保全と回復、そして人間社会の幸福といったマルチベネフィットをもたらす解決策を指します。

NbSは、1つの取組みの波及効果を気候変動・生物多様性からさらに拡げ、社会経済的な効果( 防災・減災や食料・エネルギー供給、文化や健康への効果など)も捉えた概念であるといえます。

森林資源を回復する行為は、森林が持つ多様な機能、たとえば、炭素吸収量を増加させることで気候変動を緩和し、グリーンインフラの機能強化により災害被害を軽減し、より多くの生物資源の供給に繋がるといった環境・社会面でのベネフィットが多数あることから、NbSの1つと整理されます。

NbSは、元々は防災の文脈でグリーンインフラ・ブルーインフラ( 海岸防災林・マングローブ林・サンゴ礁等、高潮・津波被害や海岸侵食の防止機能等のある自然の構造物)に関連して語られることの多かった概念ですが、最近はより広い文脈で注目を集め、ネイチャーポジティブに向けた日本の行動計画である「生物多様性国家戦略2023-2030」では5つの基本戦略のうち「基本戦略2 自然を活用した社会課題の解決」においてNbSの概念に言及し、自然を活かして気候変動の緩和・適応、防災・減災、資源循環、地域経済の活性化、人獣共通感染症、健康などの多様な社会課題の解決につなげる方針が示されています。

Ⅳ. 統合対応の意義

以上で述べたように、気候変動と生物多様性の統合対応においては「トレードオフを最小化し、シナジーを最大化する」ことがポイントです。そのメリットとしては、下記のような点が挙げられます。( 図表3参照)

1. 費用対効果の高い環境対応

現在、企業のサステナビリティ対応はサステナビリティ基準委員会(SSBJ)や欧州サステナビリティ報告指令(CSRD)といった開示規制への対応、実効性のある脱炭素対応をもとめる気候移行計画の策定、サプライチェーンの持続可能性の確認と対応を求める欧州サステナビリティ・デュー・ディリジェンス指令(CS3D )など、まざまな課題にリソースを割かなければいけない状況であるといえます。このなかで生物多様性への対応を本格化するのであれば、気候変動や人権への貢献効果のあるNbSなどの取組みに対して経営リソースを優先配分し、効率的対応を図ることは効であるといえます。

シナジーによって特に恩恵を受けうるのはFLAG( 森林・土地・農業分野)であると考えられますが、これに関連する動向として、GHGプロトコルの「土地セクター・炭素除去ガイダンス」が2025年の第4四半期に公表される予定となっています( 2025年2月25日時点の情報)。土地管理や土地利用等のGHG排出量や吸収・除去量に関して、拠り所となる算定方法や算定結果の信頼性が高まることで、自然を活用した気候変動対応がもう一段階加速するのではないかと考えられます。

また、カーボンクレジットの観点からは、経済産業省「世界全体でのカーボンニュートラル実現のための経済的手法等のあり方に関する研究会」において、①二国間クレジット( JCM )のパートナー国の拡大②プロジェクトの大規模化③民間資金を中心としたJCMプロジェクトの案件組成を行うことが方向性として示され、東南アジア等の広大な自然を有するパートナー国における大規模なプロジェクトが増加する可能性があります。

JCMプロジェクトにおいては、パリ協定6条実施ルールに則り、日本側に配分されるJCMクレジットは二重計上防止のため" 相当調整"の対象となることから、環境省、経済産業省、外務省「民間資金を中心とする JCM プロジェクトの組成ガイダンス」において、JCMプロジェクトの組成にあたっては、相当調整を経たクレジット配分を行ってもパートナー国のNDC達成に寄与すること等に加え、パートナー国にコベネフィットをもたらすことについて重視すべきであるとされています。

クレジットの方法論の観点からは、直近では水田からのメタンガスの発生を減らすAWD( 水田の間断灌漑技術)に関してJCMを活用した方法論の技術が認定されるなど、従来の森林クレジットに加え、農業分野の技術についても関心が高まっています。

多様なコベネフィットを創出し付加価値のある自然ベースの吸収・除去系クレジットには注目が集まっており、動向に注視が必要です。

2. ステークホルダーの受容、評判

再生可能エネルギーの普及拡大に伴い、大規模発電所を中心に地域の住民の反対運動等による事業の遅延・中止リスクが高まっています。一方で、生物多様性を活用した脱炭素プロジェクトは地元の生物多様性保全・回復への貢献が期待でき景観にもなじみやすいため、地域コミュニティや社会からも受容されやすいものと考えられています。プロジェクトによっては、自然再生による農作物・海産物への好影響など、地域産業の活性化が見込めるのも、1つの要因であると考えられます。

また、企業の評判の観点では、出資している脱炭素プロジェクトにおいて重要な生態系が破壊されていることがNGO・メディアによって大きく告発された場合、改善策や説明責任が問われる可能性があります。欧州の再生可能エネルギー事業者においては、独立した生物多様性方針を対外的に公開している例が見られます。その方針のなかでは、土地利用や水の使用等によって生物多様性への影響が存在することを認めたうえで、それを解決するための技術革新によって影響を低減していくことにコミットしています。トレードオフをゼロにすることは現実的に不可能である場合が多く、影響を最小化するための方針と具体的な対応策に関して一貫した説明が可能かを確認する必要があります。

3. 外部要請・情報開示への対応

統合対応を求める外部要請の1つとして、ネイチャーポジティブに向けた企業の戦略を示す「自然移行計画」の策定について、TNFDを中心に方法論の検討が進められています。2024年10月には移行計画の策定ガイダンスに関するドラフトがTNFDから公表され、そのなかで、将来的には図3のように自然(生物多様性)、気候、社会を統合した計画を目指すべきという考え方が示されています。

すでに、欧州のサステナビリティ開示指令(CSRD)においてはE4生物多様性とエコシステムのトピックの下で移行計画の策定について言及があり、欧州企業は先行し

て策定を進める可能性があります。FLAGセクターや食品・飲料企業など、自然との関連性が強い企業では気候変動対応と生物多様性対応のための取組みは切っても切り離せないものであり、別個で戦略を立てることは効率的でない可能性があります。すべての要素を統合することは非常に難易度の高いチャレンジであり、その必要性についても議論の余地がありますが、気候変動、生物多様性、人権等の個別対応が成熟したなかで、それぞれのシナジーが見込める領域を効果的に訴求する手段、そして懸念されるトレードオフに対して適切な管理を行っていることを表明する手段として、各領域がクロスするテーマについては積極的な統合を行うことも有用であるといえます。

図表3 自然・気候変動・社会の統合計画のイメージ

図表3 自然・気候変動・社会の統合計画のイメージ

出所:Discussion paper on nature transition plans, TNFDよりKPMGジャパン作成

執筆者

KPMGあずさサステナビリティ
アシュアランス事業部
伊藤 杏奈/マネジャー