市民参加型の先端実験都市、バルセロナの多様なモビリティ

スペイン・バルセロナ市は、革新的な都市計画と市民参加型の取組みで注目されています。

スペイン・バルセロナ市は、革新的な都市計画と市民参加型の取組みで注目されています。

スペイン・バルセロナ市は、革新的な都市計画と市民参加型の取組みで注目されています。移動の利便性を支える公共交通網は、行政主導の補助金による支援で強化され、誰もが快適に移動できる都市を実現しています。また、スーパーブロックによる歩行者空間の拡大や、デジタルプラットフォーム「Decidim」¹を活用した市民参加型プロジェクトが、多様性と利便性を高めています。都市計画の効果をビッグデータで「見える化」する手法や、ジェンダーバランスを意識した公的機関の取組みも印象的でした。バルセロナの事例は、官民の連携と市民の協働を基盤とした未来志向の都市モデルを日本が構築するうえで、多くの示唆を与えてくれます。

なお、本文中の意見に関する部分については、筆者の私見であることをあらかじめお断りいたします。

Point

  • バルセロナの革新と都市計画の進化
    バルセロナは、都市づくりの全体像やスーパーブロックや街の大胆な造り替えなど数々の取組みで知られる世界で最も革新的な街の1つである。
  • 市民参加と意思決定の"見える化"
    多くの市民が革新的な取組みに参加する仕組みがあり、その意思決定を支えるための効果の"見える化"が広く浸透している。
  • 持続可能な社会に向けた新しい都市モデルと日本への示唆
    わが国における持続可能な都市モデルの構築においても、バルセロナの革新的な取組みから学べることは大いにあると考える。

Ⅰ.バルセロナの革新と都市計画の 進化

スペイン・バルセロナ市はスペイン第2の都市で、「スーパーブロック」をはじめとする革新的な街づくりで知られています。2024年の秋、現地で開催された世界最大級のスマートシティ関連のイベント「SmartCity Expo World Congress 」2 に登壇する機会があり、あわせて現地視察を行いました。"百聞は一見に如かず"ではないですが、この経験を経て感じたことを述べさせていただきます。なお、2024年7月号のKPMG Insightに掲載した『公共交通のリ・デザインとわが国経済の持続可能性~次の100年について考える』3も本稿と合わせてご覧頂けると理解が深まるかもしれません。

1. 想像を上回る移動の利便性

日本の街づくりは、交通を軸とした民間の活力によって発展してきました。”日本の資本主義の父”渋沢 栄一氏の精神を引き継いだ小林 一三氏が確立し、後にTOD(Transit Oriented Development )4 と呼ばれることになった公共交通機関の利用を前提に組み立てられた都市開発のモデルは、日本が世界に誇るべきものといえ
ます。

一方、欧州連合(EU )では、2007年に定められた欧州共同体( EC )規1370/20075により、車がなくても暮らせる社会を目指し、旅客輸送サービスの提供が加盟国の行政当局に義務付けられています。最近では、フランスのパリで始まりEU諸国に広がる「15分都市」6のコンセプトが注目されていますが、今回バルセロナでその圧倒的な移動の利便性を肌で実感することができました。

図表1は、バルセロナ交通局が公表している地下鉄・トラムとバスの路線図です。街の隅々まで路線が張り巡らされ、5分も歩けば複数の駅や停留所にアクセスでき、特に中心部の地下鉄は2~3 分おきに運行されており、”行けば来る”エレベーター感覚で利用することができます(図表1参照)。

旅行者は公共交通の乗り放題の交通カード使い、インターネット検索で複数ルートの提案や遅延状況の確認が可能です。現地の人はより割引率の高い交通カードや便利なアプリを使っているようでしたので、一物二価を事実上実現しているのかもしれません。日本では本格導入が検討されているライドシェア( ライドヘイリング)は当たり前のように交通インフラの一端として定着していますし、ほとんどの道路に自転車専用道が設置され、電動スクーター、レンタサイクル、レンタルバイクなど、個々人が自らのニーズに応じて多様なモビリティを使いこなしている風景が印象に残っています。

さらに驚くことは、公共交通を支えるバルセロナ交通局( Transpor t sMetropolitans de Barcelona)の収入の約3分の2 がいわゆる補助金で構成されている、ということです。車両も新しいEVバスが多く、ここにも補助金が使われているようです。

住宅政策も交通と一体で進められ、宅地開発は計画的に進められているため、日本の都市部の一部で見られるような住宅・オフィスの供給過多により駅が人で溢れかえる一方で、都市部を離れると移動手段に困る、というようなこともないようです。

図表1 バルセロナの公共交通網

図表1 バルセロナの公共交通網

出典: バルセロナ交通局

2. クルマから公共交通・歩行者優先へ の強制的なシフト

クルマから歩行者優先へのシフトの象徴ともいえるのが“スーパーブロック”と呼ばれる、街の中心部の車道を歩行者優先の空間に変えようという動きです。今では街中に広がり、多くの市民の支持を得ているスーパーブロックですが、2013年の導入当初は相当の反対意見があったそうです。スーパーブロックにより街全体が公園のようで、東京の丸の内仲通りが延々と続くイメージです(図表2参照)。

図表2 スーパーブロック

図表2 スーパーブロック

出所:筆者撮影

さらに驚くのが、図表3の写真です。これらクルマから歩行者優先への大胆な造り替えには相当のインフラ投資がされているでしょうし、同時に雇用創出効果もあることでしょう( 図表3参照)。また、バルセロナでは環境負荷の高い古い自動車やバイクを廃車にした市民に「T-verda」という公共交通機関の3年間無料パスを配布するなど、クルマから公共交通機関にシフトする経済的インセンティブも導入しています。

これらを支えるのが前述した圧倒的な利便性の公共交通網であり、次に述べる市民参加型のデジタルプラットフォームであるDecidimの仕組みや効果の”見える化”です。

図表3 道路⇒公園への大胆な作り替え

図表3 道路⇒公園への大胆な作り替え

出典:バルセロナ市役所講演資料

Ⅱ.市民参加と意思決定の "見える化"

1. 市民の直接参加を可能にするDecidim

Decidimとは、カタルーニャ語で『私たちが決める』という意味をもつ市民参加のためのデジタルプラットフォームのことで、日本でも見守りカメラで知られる兵庫県加古川市が日本で初めて導入しています。

バルセロナでは市の予算の一定割合が複数のプロジェクトに割り当てられ、市民から提案を募り討議を経て使途が決定されます。上述したスーパーブロックでも市民のアイデアで、皆が遊ぶ公園、バスケットコート、クリケット場などそれぞれのスペースに市民の趣味や文化が反映され、多様性が感じられました。

Decidimの参加経験者は市民の約1割ですが、プロセスそのものの"見える化"と市民全体への機会提供に大きな意味があります。

2. 意思決定を支える効果の"見える化"

上記の意思決定を支えたのが街を造り変えることによる効果の“見える化”です。

今回のバルセロナ視察をアレンジされた東京大学 先端科学技術研究センターの吉村有司特任准教授は、かつてバルセロナで都市計画・交通計画に従事され、クルマから歩行者優先への空間の解放が空気の浄化、騒音防止などに加え、周辺小売店・飲食店の売上向上につながることをビッグデータを用いて”見える化”しました。7この研究成果は感覚的な根拠にとどまらず、数値で理論的に説明する点で画期的です(図表4参照)。

似たようなアプローチとして、KPMGでは移動の価値を”見える化”する『True Valueメソドロジー』8 の手法を欧州で10年以上前から推進しています。欧州の人達はルールメイキングが上手、という話をよく耳にしますが、さまざまな利害関係者の合意形成を図るうえでのこうした手法はわが国でも参考になると思います。

図表4 街を造り変える効果の“見える化”

図表4 街を造り変える効果の“見える化”

出典 :東京大学先端科学技術研究センター 吉村 有司特任准教授講演資料

Ⅲ.持続可能な社会に向けた新しい 都市モデルと日本への示唆

1. 圧倒的な観光コンテンツとオーバー ツーリズム対策

今回の視察で世界的建造物である「サグラダ・ファミリア」を訪れた際には、その繊細かつ大胆な造形美と壮大なスケールと存在感に圧倒されました。バルセロナはサグラダ・ファミリアだけでなく、ヒアリングを行った市役所庁舎はじめ、街中が美術館のようでした。魅力的なコンテンツが世界中から人を惹きつけ、公共交通の利便性向上につながっています( 図表5参照)。

また、バルセロナではさまざまな局面でデジタルによって課題解決を図ろうという姿勢が感じられました。たとえば、サグラダ・ファミリアも完成まで300年かかるといわれていましたが、デジタル技術の活用で工期が半分に短縮され、2026年には完成予定といわれていますし、多くの観光スポットや交通機関がネット予約やクレジットカードのタッチ決済で極端な混雑なしに楽しめるようになっています。その他渋滞緩和や事故防止などの観点で、日本では見られないようなIT技術を活用した取組みが見られました。

図表5 魅力的な観光コンテンツ

図表5 魅力的な観光コンテンツ

出所:筆者撮影

2. 多様な人材とジェンダーバランス

今回、バルセロナ市やカタルーニャ高等建築研究所の方々のプレゼンテーションを複数聞く機会がありましたが、資料の見た目やロジック、説明の抑揚など巧みで、聞き手が理解できるスライド構成なども印象的でした。スペインは国を代表するような大きな産業がないため、優秀な人材は公務員を希望する人が多く、都市設計の分野では博士号を持っている職員も珍しくないようです。

また、プレゼンターの大半が女性でした。人員構成では意図的に女性比率を高めるような努力を重ねてきたそうです。データによれば、日本は他国と比べても男性の生涯所得が女性を大きく上回っているのに対し、スペインはむしろ女性の生涯所得が男性のそれを上回っています9

"イノベーションの父"と呼ばれるシュンペーターの定義によれば、イノベーションとは異なるものの結合による新たな価値の創造です。もともと民族の多様性のあるバルセロナですらさまざまな努力を重ねてきたとのことですから、典型的なハイコンテクストカルチャーで生活する日本人は、意識的にでも多様性を持たせないと新しいアイデアは生まれにくいのではないかと感じました。

3. バルセロナから学べること

バルセロナの都市課題と革新の取組みから学べることは、社会全体で共有する価値を高めながら、官と民が連携して新しい都市モデルを築くことの重要性です。この視察で得た知見を踏まえ、日本では地域ごとの特性に合った形で応用できる点も多いと感じました。特に、多様な主体が協働する「競争から共創へ」の取組みは、持続可能な社会を実現する鍵となるでしょう。

民間企業に浸透するサステナビリティ経営の考え方はこれを後押しするものですし、各地で複数事業者の共創によるモビリティのプロジェクトも増えています。また、行政には全体の方向性を示し、コーディネーターとして民間の活力を最大限に引き出すべく、より一層の役割を期待します。

バルセロナでの事例をヒントに、私たち一人ひとりが地域の未来を見据えた行動や議論を起こすことが重要であり、本稿がその一助となれば幸いです。

1 Decidim
https://decidim.org/ja/
2 Smart City Expo World Congress |SCEWC 4 - 6 NOV 2025
https://www.smartcityexpo.com/
3 公共交通のリ・デザインとわが国経済の持続可能性~次の10 0年について考える
https://kpmg.com/jp/ja/home/insights/2024/07/redesigning-publictransportation.html
4 TOD (Transit Oriented Development)
公共交通機関の利用を前提に組み立てられた都市開発もしくは沿線開発の手法。1990年代アメリカのP. カルソープによって提唱され注目された。
5 欧州共同体(EC)規則1370/2007
eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/PDF/?uri=CELEX:32007R1370
6 15分都市
車への過度な依存を減らし、仕事、買い物、教育、医療、レジャーなどのほとんどの日常生活必需品やサービスが、都市のどこからでも徒歩、自転車、公共交通機関で15分以内に簡単にアクセスできる都市計画の考え方。
7 街路の歩行者空間化は小売店・飲食店の売り上げを上げるのか、下げるのか?~ビッグデータを用いた経済効果の検証~
https://www.rcast.u-tokyo.ac.jp/ja/news/release/20211028.html#comments1
8 True Valueメソドロジー
https://kpmg.com/jp/ja/home/services/advisory/risk-consulting/sustainability-services/true-value-impact.html
9 内閣府 選択する未来2.0報告書 
https://www5.cao.go.jp/keizai2/keizaisyakai/future2/index.html

執筆者

KPMGジャパン インフラストラクチャーセクター
運輸・物流・ホテル・観光セクター統轄リーダー
KPMG Asia Pacific Head of Public Transport
KPMGモビリティ研究所
KPMGコンサルティング ビジネスイノベーションユニット 
倉田 剛/プリンシパル

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