卓越したデータセンター戦略がなければ、欧州とその既存のデータセンターハブの一部は、重要なデジタルインフラで後れを取るリスクがあります。本稿では、データセンターハブにおける障害と機会について解説します。
データセンター:21世紀の中核インフラ
過去20~30年の間、データセンターとそれに関連するデジタルインフラは、ほとんど一般の目に触れることはありませんでした。スマートフォンの使用を可能にしたり、交通事故を減らしたり、その他のあらゆることを支援したりするなど、現代のライフスタイルや経済にとってすでに重要な部分を占めていたデータセンターは、主に匿名の建物として、欧州を含む世界中で複数のクラスターとして出現しています。
クラウドの導入やセンサー技術の利用拡大といった既存の推進力が、すでに脱炭素化に苦戦しているエネルギーグリッドに直面するなかで、データセンターの存在はますます施策の展望や人々の意識に浸透しています。
それに加え、わずか数年の間に、AIは人々の意識の片隅からメインストリームへと飛躍しました。世界のリーダーたちは、この技術の革命的な可能性を声高に主張し、企業はそれを理解し、展開しようと躍起になっています。
誇大広告なのか持続可能なトレンドなのかにかかわらず、AIの利用は、データセンターの成長に対する強い需要を増やすだけです。データセンターのオペレーターは、エネルギーへのアクセス、専門家の構築スキル、サプライチェーンのバックログに苦労しているため、需要を満たすのに苦労しています。
Gartner社によると、世界のパブリッククラウドのエンドユーザー支出は20%以上のペースで増加しており、2040年までに1兆ドルを超えると予測されています。そのため、このような需要を満たすために不可欠なデータセンターインフラストラクチャは、欧州のデジタル経済にとってますます重要になっています。
データセンターインフラストラクチャは、イノベーションや競争力、AI、デジタルヘルス、金融サービス、eコマース、防衛、サイバーセキュリティなどの優先分野の成長を支えており、これらの分野のプレイヤーは、イノベーションと成長のために低コストのストレージとコンピューティングへのアクセスを必要としています。
データセンターは成長の触媒としても機能します。データセンターのハブは、さまざまな企業やサプライヤー、人材を惹きつける商業エコシステムを自然に生み出し、これらすべてが、さまざまな種類と規模のデータセンターの建設に拍車をかけています。
商業用不動産業者であるCBRE社によると、2024年第一四半期の欧州市場は前年比で20%近く成長し、北欧と南欧に新たなクラスターが出現したことに加え、いくつかの既存の「FLAPD」市場(フランクフルト、ロンドン、アムステルダム、パリ、ダブリン)で著しい発展が見られましたが、このうちアムステルダムとダブリンは後れをとっています。
幅広い成長にもかかわらず、欧州はデータセンターの建設で中国と米国の両方に後れをとっています。最近の調査によると、欧州には現在約1,200の専用データセンターサイトがあり、米国には約5,000のサイトがあります。2024年の空床の増加率は、欧州の20%に対して北米では24%以上でした。KPMGの調査によれば、欧州における実質的な成長率は13%程度にとどまることを示唆しています。
これらの調査結果は、より広範なAIへの投資に反映されており、米国と中国の投資額はEUの投資額をはるかに上回り、技術的リーダーシップに対する欧州の威信を脅かしています。AIに関する規制上のリーダーシップに対するEUの主張も、AIの最も強制力のある側面であるインフラを物理的に優遇しなければ、損なわれる可能性が高いと言えます。
データセンターも比較的電力を消費することを考えると、ESGとエネルギー転換に重点を置いている欧州が後れをとるリスクには驚きませんが、その一方、英国の新政権は、同国がデータセンター投資家からのビジネスに大きく門戸を開いていることを示したいと考えています。
喫緊で必要な戦略
欧州の技術的野心を実現するために必要なデジタルインフラを構築するには、現在それを妨げているボトルネックを克服するための慎重な戦略が必要です。
- 電力
電力調達とコストは、世界中のデータセンター建設にとって重要な課題です。電力網が需要の拡大に対応するのに苦労している欧州では、より深刻です。 - 規制
欧州市場は一般的に、競合地域よりも複雑な規制条件を備えています。特に、データプライバシー、環境基準、および計画法に関する規制条件は、データセンターの建設を遅らせる可能性があります。 - 土地
通常は、競合地域よりも高価で確保が難しい状況です。
北欧は明確に事例を示しており、近年、豊富な再生可能エネルギーと寒冷な気候(運用コストを下げる)を強調する戦略を意図的に推進し、許認可プロセスを合理化し、比較的穏健な税制を採用することで、AI主導のデータセンターにとって好ましい場所となっています。
今日、ハイパースケーラーは北欧ファースト戦略を採用しており、北欧のデータセンター建設の市場価値は2023年の18億8,000万米ドルから、2029年までに31億8,000万米ドルになると予測されています。
もちろん、欧州のすべての市場が北欧の建設業者にとって魅力的な自然の特徴に恵まれているわけではありません。南欧や中欧の市場では、ローカルなクラウドやエッジコンピューティング、AIのエコシステムの成長が停滞するリスクがあります。しかし、このリスクは、EU内の他の地域での建設を促進し円滑にすることや、データセンターが重要なインフラであることに揺れ動いている加盟国に対して明確なトップダウンで指示するEUレベルの戦略によって軽減することができます。
施策立案者は、税制や人材優遇など、自由に使える幅広いツールを持っていますが、クリーンエネルギーへの投資を促進するために、より多くのことを行う必要があります。特に、脱炭素化ソリューションを渇望しているテック企業にとっては魅力的です。
導入事例:Equinix社
Equinix(エクイニクス)社は、金融、製造、小売、運輸、政府、医療、教育など、あらゆる分野の組織にデータセンター、コロケーションサービス、相互接続ソリューションを提供することを専門とするグローバルなデジタルインフラ企業です。これは、同社のサイトの多くが、一般の人々の意識に浸透しつつある大規模に電力を消費するタイプのデータセンターではないことを意味します。
エクイニクス社はネットワークを通じて、顧客のシステム、クラウドサービス、ネットワークの管理および接続するためのインフラストラクチャを提供し、顧客のデジタル化、コンプライアンス、セキュリティを促進します。その活動は、客観的に見て欧州全体の経済に利益をもたらします。エクイニクス社の分析に基づくその一部を以下に示します。
2022年、 もしくは2023年 |
エクイニクス社による雇用と、バリューチェーン支出による雇用創出 | エクイニクス社の雇用・バリューチェーン支出による家計所得への貢献 | エクイニクス社の顧客の活動から生じるGVAへの年間拠出額 | エクイニクス社の直接的および間接的な支出から生じる国の経済生産への貢献 | 税金等の公的資金への拠出 |
ドイツ | ~5,000 | €233m | €214bn | €927m | €27m |
フランス | ~1,500 | €233m | €286bn | €203m | 非開示 |
アイルランド | ~370 | €19m | €15.8bn | €35m | €13m |
スペイン | ~1,420 | €70m | €62bn | €206m | €30m |
UK | ~5,000 | ~£305m | £142bn | £820m | 非開示 |
選択肢としての原子力
エネルギー消費は、EU、加盟国、英国のいずれの戦略にとっても、顕著な課題となる可能性が高いと言えます。データセンターのエネルギー効率はますます向上していますが、それは私たちのライフスタイルが求めるものであり、データセンターはほぼ独力で数十年前の電力消費の減少傾向を逆転させています。
英国の場合、進行中の既知のデータセンタープロジェクトだけでも、グリッドの総容量を約5%増加させる必要があり、その容量を構築できなければガスによって満たさなくてはならない可能性が高く、そのためにギャップが生じてしまい、ネットゼロの目標への進捗が遅れることになります。2024年に、イーロン・マスク氏のxAIがメンフィスにあるスーパーコンピューター施設に許可を得ずにガス発電機を設置したと報じられました。これは地元で大きな摩擦を引き起こし、欧州ではより厳しい監視の目が向けられてしまう問題の実例となりました。
このような状況では、Microsoft社がエネルギー/炭素循環を正す方法として、小型モジュール型原子炉 (SMR)を積極的に検討していることは驚くことではありません。このような原子炉は、炭素を含まない核分裂によって発電し、特定のエネルギー需要を満たすために段階的に展開することができます。重要なのは、サイズが小さいことで、広範囲のエリアに柔軟に配置でき、データセンターの進化する需要を満たすために迅速に拡張できることです。また、従来の原子力のような建設と廃止措置のコストや運用リスクがないことが期待されています。
おわりに
テクノロジーのリーダーシップは、今後数十年にわたる欧州の地政学的および社会的目標にとって不可欠ですが、適切なデジタルインフラなしでは不可能です。AIとスーパーコンピューティングが注目を集めるなか、EUは電力、許認可、再生可能エネルギー、インセンティブを考慮して、データセンターの提供に関する一貫した戦略を策定することが重要になります。
そうすることによってのみ、人材を確保し、海外からの投資を呼び込み、世界のデジタル経済の最前線であり続けるために必要なイノベーションを促進することができるのです。それは国レベルでも同じことが言えます。EU加盟国の計画システムがデータセンターへの接続を定期的に拒否していると、ビジネスが閉鎖されているというシグナルをより広く発信するリスクとなります。
主要なデジタルインフラとの関連性を維持しながら、エネルギー移行義務のバランスを取ることは、困難ではありますが、不可能ではありません。
施策立案者と計画認可当局は、投資家と開発者のためのより明確な「ゲームのルール」に取り組むことができ、データセンターが有する低炭素発電やグリッドストレージへの投資をもたらす能力を、問題の一部ではなく解決策の一部として捉えることができるのです。
投資家や開発者は、自らの計画アプリケーションにグリッドソリューションを導入し、データセンターのより広範な利点を関連する利害関係者に明確に示すことで、より積極的になることができるでしょう。
※本文中に記載されている会社名・製品名は各社の登録商標または商標です。
※本稿は、KPMGアイルランドが2024年9月に公開した「Data centres in Europe」を翻訳したものです。翻訳と英語原文に齟齬がある場合には、英語原文が優先するものとします。
全文はこちらから(英文)
・Data centres in Europe