スマートシティの社会実装には、(1)場づくり、(2)先端サービス実証・実装、(3)インパクト創出が重要だと考えます。本連載では、(1)~(3)の施策について、KPMGの取組みを織りまぜながら考察していきます。
第1回は、なぜインパクト創出がスマートシティの社会実装に向けて重要かという点と、インパクト創出に欠かせないインパクト可視化や可視化実証の取組みを、仙台市と宇都宮市での取組みを中心に解説します。
なお、本連載は、2024年12月よりSCI-Japanに連載された記事の転載となります。以下の文章は原則連載時のままとし、場合によって若干の補足を加えて掲載しています。
スマートシティと社会的インパクトの関係性
「場づくり」は、オープンイノベーション拠点や運営法人、データ連携基盤、ワーキンググループなどによって、スマートシティを進めるための基礎をつくるイメージです。KPMGでは、沖縄県名護市や京都府、スーパーシティ(つくば市、大阪府・大阪市)において取組みを進めています。
「先端サービス実証・実装」は、地域課題の解決やサービスの高度化に向けて先端サービスを導入し、常にアップグレードしていく姿勢が重要です。仙台市、さいたま市、能美市などで取組みを進めています。
「インパクト創出」における課題として、先端サービスなど社会で汎用化、広く普及していないサービスはコストが高くなる傾向があり、その価値が認知されるまで時間を要するケースがあります。その時間を短縮もしくは、これまでとは異なる事業スキームを組むうえで経済的な視点だけでなく、環境・社会的側面も踏まえて価値を創出し、可視化することが重要です。KPMGでは、「True Valueメソドロジー」と呼んで各国・地域でサービス提供しています。
本稿では、国内におけるKPMGの取組みを踏まえて、現在注力しているインパクト創出とスマートシティの社会実装について述べていきます。
環境的価値評価に関しては、国際機関による算定手法もありますが、社会的価値の定量的な評価の算出についてはルール整備が追いついていない状況です。そのなかで、ロジックモデルおよびそのデータ収集により、関係者の合意形成を進めるために宇都宮市や仙台市、京都府などをフィールドに取組みを進めています。
インパクト創出とスマートシティの関係には現状ではギャップがありますが、インパクト創出の視点では、「地域に特化して社会価値創出しているローカル・ゼブラ企業の取組み」「インパクトファンドの取組み」「インパクト可視化の仕組み」が重要です。ローカル・ゼブラ企業とは、「事業を通じて地域課題解決を図り、社会的インパクト(社会に対する良い変化)を創出しながら、収益を確保する企業」と中小企業庁では定義しており、社会的インパクトの可視化には、関係者と同じ方向を向くことが重要となっています。
中小企業庁が公表した2024年度「地域の社会課題解決企業支援のためのエコシステム構築実証事業(地域実証事業)」では、20件の事業が採択されており、そのなかには、KPMGが関与している地域、事業者が複数選定されています。地域に根差しているインパクトファンドは東北や沖縄など各地域で活動しており、投資先は地域の企業だけでなく、地域の課題解決に資する取組みに投資しているファンドも多い印象です。
スマートシティと親和性が高いにもかかわらず、ギャップがある取組みはいくつかあり、たとえば、スマートシティと自治体DXの連動もギャップがあります。公共施設の管理や予約システム、住民の認証や活動はスマートシティにとっても重要ですが、バラバラに進んでいることが多いです。
なかでも一番重要かつ進んでいないのが、スマートシティとインパクト創出の取組みです。インパクト創出は、企業の環境面の取組みから社会的価値へシフトしてきています。そのような背景のなか、KPMGで進めている地域でのインパクト創出に関する取組みについて、以降で説明します。
仙台市における事例
仙台市では、地域で活動するIT人材育成事業を行うスタートアップ、zero to oneの社会的インパクトを評価する取組みを行っています。スタートアップのインパクト評価は、事業活動がどのようなインパクトを地域社会に生み出すのかを言語化し、ロジックモデルとして整理するとともに、重要業績評価指標(KPI)や達成目標を設定・測定することが一般的です。
ロジックモデルはスタートアップの課題認識や描く地域像を表現するのに有効ですが、しばしば作成者の主観に依拠し、確からしさを地域関係者と共有できないという側面もあります。今回の取組みでは、ロジックモデルの納得感を高めることを目的に、各指標の経年データを収集し、因果関係を統計学的に探索することで「ヒトの認識とデータから言える現象が一致するのか」の検証を行いました。
また、今回検証したロジックモデルに基づき、スタートアップの生み出す育成人材数や有資格者数等のアウトプットにより、地域社会・経済にどの程度のアウトカムが発生し得るのかを推計し、社会的な企業価値を評価する取組みも実験的に行っています。そのようなインパクト評価は、課題解決と企業活動をさらに連動させていくうえで今後さらに重要になると予想されますが、同時にさまざまな課題も存在しています。
評価に必要な信頼性のあるデータはその1つであり、スマートシティによるインフラ・サービスのデジタル化、さらにデジタル化によるデータの取得範囲の拡大は、インパクト評価の加速に大きく寄与していくものと考えます。
【因果推論の考え方】
出所:KPMG作成
宇都宮市における事例
宇都宮市では、ロジックモデルをインプットデータとして未来像をシミュレーションし、目指すべき未来像の検討やそこに行きつくまでに必要な施策の方向性の検討を行う取組みを実施しています(宇都宮市・日立システムズ・KPMGコンサルティングによる共同研究として実施)。
この取組みは以下のとおりに推進しました。
まず、総合計画等の市の上位計画にて定義されている指標を中心に、モデルに組み込む指標とその実績データを収集。その後、職員等を集めたワークショップや実績データの統計処理により、因果関係とその大きさ・遅延を定義した「因果モデル」を作成。
因果モデルをAIにインプットし、2万通りの未来像(約30年後)をシミュレーションし、それらを7グループに集約。それぞれのグループに行きつくまでの分岐図も導出。
モデルを作成した職員を中心に、結果に対する意見を出しあい、地域として目指すべき未来像を特定。その後、そこに至るまでの分岐タイミングごとに重要な指標をAIから導出し、今後検討すべき施策の方向性を明確化。 |
本取組みの意義としては、単に未来像をシミュレーションし、合意形成を支援するというだけではありません。すべてをAIが実施するわけではなく、モデル作成や結果の解釈は人間が行うことになる(あえてAIにすべてを任せない)ため、職員のEBPM(エビデンス・ベースト・ポリシー・メイキング:証拠に基づく政策立案)への意識改革やデータ分析を通じた人材育成なども期待できます。EBPMの具体的な方法論の1つとして確立するために、他エリアでの取組みも推進していく予定です。
【取組みの期待効果】
01 | 職員の意識改革・人材育成のきっかけ EBPMの必要性は感じつつも「EBPMとは何か、具体的に何をすればいいのか」を見極めるのは難しいと言えます。KPMGでは、モデル作成や結果の解釈を自治体職員とともにワークショップ(WS)形式で実施し、具体的な体験を基に自治体職員のEBPMの理解促進につながる取組みを行っています。 |
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02 | 自治体内外の合意形成の高度化 地域の未来像を検討する際、シミュレーション結果という「共通認識」を持つことで、従来の自治体職員間の協議や市民WS、市民へのアンケート調査などを基にした検討よりも効果的な高度な合意形成が期待できます。 |
03 | 施策の効果予測の実現 施策の必要性のみならず、たとえば「〇年後にはこの指標を20%程度向上させるべき」といった基準を提示することが可能です。これにより、施策の効果予測が実現できます。 |
04 | 幅広い分野への適用可能性 モデルに組み込む指標によってさまざまな分野の表現が可能になります。総合的なシミュレーションのみならず、たとえば教育分野、環境分野といった分野ごとのシミュレーションなど、幅広い分野への適用可能性があります。 |
出所:KPMG作成
SCI-Japan 2024年12月11日掲載(一部加筆・修正しています)。この記事の掲載については、一般社団法人スマートシティ・インスティテュート(Smart City Institute Japan)の許諾を得ています。無断での複写・転載は禁じます。
執筆者
KPMGコンサルティング
アソシエイトパートナー 大島 良隆
シニアマネジャー 須藤 一磨
マネジャー 石山 秀明