宇宙からの管理が進む次世代の公益事業

商業宇宙革命はすでに本格化しています。近年打ち上げられた人工衛星の数は、SpaceXの1社に限っても数千機に及びます。民間企業が新たな宇宙経済において豊かな商機をつかもうとするなか、公表されている企業の計画によれば、2018年に2,000機だった軌道上の人工衛星の数は、2030年までに10万機をはるかに超える見通しです。

こうした技術が急速に商業的標準となるのに伴って、新たな宇宙データソースは毎週のように新たな可能性を切り拓いており、製品・サービスでは革新がもたらされ、多くの産業にとって無視できない機会が生み出されています。中でも得るところが大きい産業が、大規模で複雑に広がった資産のネットワークを持つ、電気・水道・ガスといった公益事業産業です。

公益事業産業の変化

公益事業は近代国家の生命線です。電力や水の生産、貯蔵、供給は、家庭、企業、政府にとって文字どおり欠かせません。

それにもかかわらず、これら事業は経年劣化しやすい資産に依存しており、さまざまな自然現象や意図的な事象による損傷に対して極めて脆弱です。地上の配電線は樹木や飛散物にさらされており、地下の埋設管や配線は地盤の動きによって容易に寸断されてしまいます。漏水や破損は避けられません。また、その広大な規模ゆえに、脱炭素化をはじめとする、環境への影響低減のための取組みにおいて、電力供給網の存在は不可欠です。

結果として、エネルギー事業者は効率と信頼性を向上させる必要性にますます迫られています。それが漏電であれ、漏水であれ、その他の主要な資源であれ、その損失コストは年々増加しています。同時に、これらの事業はネットゼロを目指したエネルギー生産改革に迫られており、ネットワーク容量の向上に加え、電気自動車(EV)、地域や家庭での再生可能エネルギー生産、小型モジュール炉、バッテリー貯蔵システム、マイクログリッドといった分散型エネルギー技術の統合を迫られています。この革命によって、電力供給網は現在の運用状況よりも大幅に複雑化するでしょう。しかも、その変革のすべてが、高まる関心と監視のもとで行われることになるのです。こうした変化への適応は公益事業にとって大きな課題であり、これに対処するには新しい技術を採用するほかに道はありません。

「私たちが勝算を見込んでいる分野は、産業活動のモニタリングです。サプライチェーンにおける排出量の測定は非常に困難ですが、私たちの支援により活動をモニタリングし、サプライヤーの主張のいくつかを検証することが可能になります。」

Anthony Baker
Founder and CEO
Satellite、熱赤外画像企業

宇宙技術がもたらす支援

したがって、新たな地球向け宇宙技術の急速な発展は、公益事業にとって非常に有益であり、重要な局面を迎えています。特に急成長する人工衛星の機能と数は、公益事業において効率化、発電量の改善、災害リスクの低減、電力網管理、対応の革新を目指すための新たな強力なツールの1つとなります。宇宙技術が役立つと見込まれる分野は4つ挙げられます。

1. 予見的管理 - 資産管理

新たな資産の監視機能は、非常に大きな可能性を含んでいます。地球観測(EO)衛星によって、事業者は地球上のあらゆる場所の資産を、幅広い波長域の電磁スペクトルで効率よく監視することができます。光学、マルチスペクトル、ハイパースペクトル、合成開口レーダー(SAR)、熱探知といった機能により、事業者はネットワーク内で生じる運用上重要なさまざまな現象を検知することが可能になります。資産の状態、損傷、漏洩、あるいは植生や洪水や火災といった周辺から迫る危機をリアルタイムに把握することで、状況把握に革命的な変化がもたらされ、事業者は極めて正確なリスク軽減措置をとることができます。また、リモートセンシングによって、重要な指標すべてにわたる継続的なパフォーマンス監視も可能となります。こうした知見は、供給網の運用と信頼性を向上させ、特に遠隔地や危険区域でコストのかかる手作業での検査を行う必要性が劇的に減ることから、企業はリソース配分を最適化することができます。

 

「ハイパースペクトル画像では、さらなるレベルの情報を得ることができます。観察対象の化学的構造まで、深く掘り下げることができるのです。」

Kshitij Khandewal
CTO
Pixxel、ハイパースペクトル衛星画像企業

2. 負荷予測/災害リスクの低減と対処

異常気象や自然災害は公益事業にとって甚大な損失を意味しますが、それは宇宙技術によって大幅に削減できます。EOデータは、資産そのもののみならず、資産周辺の環境マッピングにも有用です。土壌浸食、洪水、気象パターン、水の動き、森林火災の位置や延焼方向といった情報は、有害な自然現象を予測できる数多くのデータポイントの1つとなります。これにより、事業者は先回りして対応するための時間を稼ぐことができ、将来的なリスクの最小化に向けて資産配置を最適化することも可能となります。有害な自然現象や人為的な攻撃にさらされた後は、人工衛星とセンサーにより、修理が必要な資産をより迅速に見極め、ダウンタイムを最小限に抑えることができます。

3. 電力供給網の最適化

住宅用太陽光発電の登場によってマイクログリッドが普及したことで、電力の生産量を消費量と的確に釣り合わせ電力供給網のバランスを保つことはますます難しくなっています。宇宙技術は、太陽光発電施設の効率と消費量を把握するうえで重要な役割を果たし、よりモジュール化した電力供給網の安全性と容量を管理するのに役立ちます。

これらのデータセットを通じて資産のパフォーマンスとリスクをより的確に把握することで、将来的なネットワークや再生可能発電施設の立地計画も改善することができます。

4. 宇宙における発電

何十年も前から思い描かれてきた宇宙空間での太陽光発電は、2030年代には商業的な現実になるかもしれません。すでに欧州宇宙機関(ESA)などの宇宙機関は、宇宙を基盤とする再生可能エネルギー発電の実用性を評価しています。この技術は比較的小規模に展開するだけでも、電力が到達困難な場所や使用量の多い特定の施設に電力供給でき、電力供給網の負荷低減を助けます。

しかし、この技術の支持者は、それよりはるかに大きな影響として、最終的には宇宙太陽光発電は将来の世界のエネルギー需要において、業界を一変させるほどの大きな割合を占めるに至るだろうと予測しています。

市場機会の展望

KPMGインターナショナルは、シンプルな仮定に基づき、地球観測技術が電力・ガス事業にもたらす価値と収益について大まかな試算を行いました。2040年までに生み出される価値は、G20全体で現在の4倍の11億9,000万米ドルに成長すると見込まれます。

G20全体での収益と価値 EO収益合計(単位:10億米ドル) 公益事業収益(単位:10億米ドル) 公益事業価値(単位:10億米ドル)
2023 10.7 0.2 0.36
2030 25.6 0.4 0.65
2040 67.8 0.9 1.19

「地球観測と分析には関わっておいたほうが良いでしょう。なぜなら、新たなセンサーや技術の登場により、地球観測の利用分野は飛躍的に進歩するからです。関わらない限り、遅れをとることになります。」

Alisa Starkey
Founder Chief Science Officer
Ozius

懸念点は何か?

公益事業による宇宙技術の導入は、まだ始まったばかりです。公益サービス事業者が目の前にある大きな可能性を最大限に活用するには、次に挙げる少なくとも3つの明確な問題に対処する必要があります。

  1. 認知の欠如:宇宙技術は以前から存在していたものの、そのほとんどは目新しく、急速に進化しています。公益サービス事業者にとって、宇宙技術がどのように役立つのか、自社の特定のサービスや製品群にどのように応用すべきか、自社の業務にどのように統合すべきかなどが判然としない、というケースがしばしばです。
  2. 技術ギャップ:事業者はEOデータの統合を望んでいるものの、適切な技術の受け入れ体制やガバナンスの欠如から、データを購入し、取り込み、統合したとしても、何の役にも立たないという事態になりかねません。ほとんどの事業者は、EOデータを入手して活用するための適切な準備体制を整えるため、時間と資本の両面でかなりの先行投資を必要とします。
  3. スキルギャップ:事業者はEOデータの統合を望んでいるものの、適切に活用できる人材が不足している場合があります。EOデータは複雑であるため、社内リソースであれ社外リソースであれ、専門のEO技術者がいない事業者にとっては取扱いが困難な可能性があります。データプロバイダーにとっては、データのアクセス性の向上が重要な差別化要因となり得ます。関連データを既存のプラットフォームやシステムに統合することでデータ導入は急速に加速するため、プラットフォーマーはこの実現に強い関心を持っています。
規制上の課題:宇宙データを電力・公益事業(P&U)用途で利用するには、規制当局の承認やコンプライアンスの対象となる場合があります。また、データのプライバシー、セキュリティ、伝送に関する国内外における規制の遵守が必要となる可能性があります。

「課題のいくつかは、データの活用にあります。このデータセットはかなり独特です。そして、十分な前例がなく、企業がデータ自体を処理できる技術者チームを持っていない場合、自分たちで解決する努力をしなければなりません。」

Kshitij Khandewal
CTO
Pixxel、ハイパースペクトル衛星画像企業

今がその時

新たな宇宙経済は、すでに商業化されています。そのサービスは急速に拡大しており、今後多くの産業に影響をもたらすでしょう。宇宙技術の可能性を早期に認識し、自社のビジネスモデルにとって費用対効果の高い活用例を特定できるプレイヤーは競合他社に対して優位性を獲得できる可能性が高く、その優位性は技術が進歩するにつれて強まる一方となるでしょう。そうした企業の旅路を支えるべく、EO企業はすでに準備を整えています。

「EOは、運用の最適化、効率の改善、コストの削減、信頼性の向上に役立つ重要な情報や洞察を公益事業に提供できます。EOデータを活用することで、公益事業は、資産の管理、環境への影響の監視、災害への対応、新たなインフラの計画および設計をすることができますし、電力会社の場合は、電力消費量の管理も可能となります。」

Franceli Jodas
Global Leader, Power & Utilities
KPMGブラジル

宇宙に浮かぶ人工衛星

KPMGの専門家による支援

戦略 戦略立案・参入支援 - 高い先見性をもとに、宇宙ビジネス領域における新たなビジネスの戦略および計画の策定、またその実施支援を行います
産業横断的な分析 - 宇宙ビジネス推進に係る諸外国の政策動向/ビジネスプレイヤー・競合/技術の調査を行い、着実な意思決定を可能とします
ディール・資金調達 - 分野横断的なデューデリジェンス、合併、買収、売却をサポートし、宇宙産業への参入を目指す投資家コミュニティを仲介、知見を提供します
官民連携支援 - 政府機関や自治体と民間組織の連携を支援し宇宙に係る効果的な公共サービスの提供を支援します
データと技術 宇宙データ利活用 - 宇宙を基盤とするリモートセンシングと通信データの潜在的な利点とユースケースを、ダウンストリームの地球上用途に活かせる形に変換します
宇宙システム戦略/運用構想 - 宇宙および非宇宙技術の重要インフラ全体にわたる情報・運用上の新たな技術戦略、アーキテクチャ、ロードマップを定義します
サイバーセキュリティ - 宇宙システムに関するサイバー攻撃の脅威に対応するサイバーセキュリティ体制の高度化をトータルに支援します
運用 プログラム・プロジェクトマネジメント - 複数のステークホルダーが関与する複雑なプロジェクト・プログラムのマネジメントを支援します
サプライチェーン最適化 - 戦略・運用面で企業と連携し、最適化された幅広い運用の分析、計画、構築、モデル化、 実行を支援します
BCP策定・事業継続マネジメント - 流動的なビジネス環境を理解し、事業継続に向けたプランニングや実行のための知見を提供し、意思決定を支援します

執筆者

KPMGジャパン 製造セクターメンバー
KPMGコンサルティング ビジネスイノベーション 宇宙ビジネス戦略支援
アソシエイトパートナー 宮原 進