新たな宇宙経済圏は、世界的に求められる持続可能性を満たすことが期待されています。
宇宙産業が2040年までに1兆ドルを超えると予想されるなか、そのESG(環境、社会、ガバナンス)の資質に厳しい精査の目が向けられるのは驚くべきことではありません。宇宙空間の軌道上に人工衛星やその他の物体が急速に増加するにつれ、スペースデブリ(宇宙ゴミ)や光害による共有財産の劣化、さらには飛行の安全性や宇宙交通管理に関する課題といった深刻な問題が浮上しています。英国のウィリアム王子は2021年に公の場で、世界最高峰の頭脳は「次に移り住む場所を探すよりも、この地球を修復することに集中」すべきだと見解を述べました。これを新たな宇宙産業全体に当てはめるのは不当かもしれませんが、彼の言葉には明らかな真実が含まれています。商業宇宙がその可能性を最大限に発揮するには、ESGの原則に関して有言実行できることを示す必要があるのです。
地球のための宇宙事業
幸いなことに、商業宇宙産業は持続可能な社会の実現に向けて多くのメリットをもたらすでしょう。新たな宇宙経済圏は単なる宇宙観光をはるかに超え、通信、地球観測、ナビゲーションのための人工衛星の配備、そして小惑星や月からの資源採取も含まれています。ロケットの打ち上げは二酸化炭素を大量に排出する一方で、宇宙関連技術が地球にもたらす恩恵は、ますます高度化する環境目標を埋め合わせることとなるでしょう。
地球観測技術は、21世紀の環境保護の現場ですでに不可欠なツールとなっており、気候変動の監視、世界中の森林の測定、違法な森林伐採・漁業・密猟の阻止、森林火災の拡大状況追跡、発生初期における自然災害への対処など、多くの用途で導入されています。
現在追跡されている気候変数の多くは、実際のところ宇宙からしか測定できません。さらに未来を見据えると、宇宙を基盤とする太陽光発電は、地球上のエネルギー生産に伴う排出量を大幅に減らす可能性が期待されており、各国および国際的な宇宙機関が積極的に取組みを進めています。
加えて、世界経済フォーラムは宇宙空間に「地球オペレーションセンター」を建設することを提唱しています。これはデータと専門知識と能力を活用し、最終的に気候変動問題への対応を成功に導くことを目的としています。こうした取組みはどれも宇宙経済圏の一貫した健全性とダイナミックな変化に依存しているため、組織はそのようなテクノロジーに投資することで、地球のより持続可能な未来の創造に貢献できます。
あらゆる産業がそうであるように、商業宇宙産業にも負の外部効果が生じるでしょう。産業が成長するにつれて、その影響範囲も大きくなると予想されます。
すべてのステークホルダーはその負の影響を評価し、信頼性のある軽減計画を示すとともに、自社の扱う技術の潜在的な利益についてアピールすべきです。宇宙産業は、その莫大な投入資金、圧倒的な野心、科学的な洗練性を備えているため、政府、投資家、一般の人々、そして宇宙そのものから高い基準を維持することが期待されています。
新たな宇宙経済圏は単なる宇宙観光をはるかに超え、通信、地球観測、ナビゲーションのための人工衛星の配備、そして小惑星や月からの資源採取も含まれています。
Grant McDonald
Global Head of Space
KPMGインターナショナル
宇宙のための宇宙事業
より多くの人工衛星が続々と打ち上げられ、宇宙活動への認知度が高まるにつれ、この産業の地球外の影響に対しても注目が高まることが予想されます。
海洋や大気と同じように、軌道上の宇宙環境は、全世界が依存し利益を享受する共有財産であると同時に、環境乱用による劣化の危険にさらされやすいものです。産業界が地球の大気や海洋に与えてきた損害の一部は、かつての世代がその影響を完全に理解する前に、無知から生じたものかもしれません。しかし、商業宇宙はまさに最初の段階から持続可能性を実現できるのです。
リスクはすでに顕在化しています。軌道上の空間には何千トンものスペースデブリがすでに散乱しており、今後軌道上で予想される活動と設備の急増によって、デブリはさらに蓄積され、将来の宇宙ミッションに支障をきたすレベルになる危険性が高いとされます。これはまさに、「持続不可能」な状態です。さらに、軌道上の宇宙空間に人工衛星やその他の物体が蓄積することで、光や電波信号の妨害により、地球上のあらゆる種類の天体観測活動が妨げられるおそれがあります。
政府、産業界、宇宙の新たな事業体など、宇宙エコシステムすべての参加者は、宇宙資源の責任ある利用法を特定し、優先順位をつけ、促進することによって、宇宙開発の長期的な実行可能性と軌道上の宇宙環境の健全性に対して責任を負う必要があります。
単独行動している場合ではない
環境現象のグローバルな性質と世界中に分散するサプライチェーンゆえに、持続可能性に関する課題はしばしば、複数の地理的・政治的境界にまたがる非常に複雑な問題となります。気候変動への対処に向けた国際的かつ多様なステークホルダー間の連携を仲介するため、人類は国、分野、産業を超えた新たな協力方法を構築する必要がありました。商業宇宙においても、同様の協力精神が求められるでしょう。商業宇宙の長期的な存続可能性は、宇宙機関、商業事業体、研究機関、規制当局、政策立案者など、数多くのステークホルダーの活動にかかっています。
商業宇宙開発を持続可能なものに保つための技術、素材、ルールを開発するため、宇宙機関は民間企業とデータやリソースを共有しながら、研究機関や規制当局とも協力する必要があるでしょう。リソース、知識、専門技能を共有し、共通の課題に協力して立ち向かうことで、これらのステークホルダーは個々の単純な総和を超えたエコシステムを形成することができます。
最終的に持続可能性の課題に対処しなければならないのはエコシステムそのものであり、個々の組織だけでそれを達成することはできません。
すべてのエコシステムには積極的な管理が必要です。新たな宇宙エコシステムにおいては、規制当局が重要な役割を担っています。適切な規制の枠組みだけが、自社の事業計画、運営、資産配分において持続可能性を優先するようステークホルダーに徹底させ、商業宇宙開発において企業が積極的に自社のデブリ排出を制限し、資源の不足を管理し、地球と宇宙の環境への影響を軽減するよう確実に促せるのです。また、国際連合宇宙局(UNOOSA)、世界経済フォーラムの宇宙持続性評価格付け、国際機関間スペースデブリ調整委員会(IADC)といったプラットフォームは、データ共有、軌道選択、衝突回避などの関連分野において、新たな考え方を練り上げ、ベストプラクティスを交換するための重要な接点を提供します。
問いの予測、答えの保持
商業宇宙産業はその拡大に伴い、特にESGの持続可能性という観点から、より厳しい監視を受ける可能性があります。すでに参入済みの企業や、これから参入予定の企業、この分野の事業者と取引を行っている企業は、自社の活動がもたらしうる環境被害をどのように軽減するか、また現在の宇宙資源の利用と将来世代が資源を享受することをどう両立させるかについて、明確に説明できなければなりません1。
分野を問わず、持続可能性におけるリーダーシップの確立を目指す企業は、宇宙を基盤とする技術によって既存の取組みをどのように強化し、拡大できるかを検討する必要があります。宇宙における持続可能性という課題に、貴社はどのように貢献していますか?
政府、産業界、宇宙の新たな事業体など、宇宙エコシステムすべての参加者は、宇宙資源の責任ある利用法を特定し、優先順位をつけ、促進することによって、宇宙開発の長期的な実行可能性と軌道上の宇宙環境の健全性に対して責任を負う必要があります。
Brian Miske
Managing Director,KPMG Ignition
KPMG米国
NASAは最近、TEMPO(Tropospheric Emissions:Monitoringof Pollution)と呼ばれる装置をホステッド・ペイロードとして商業人工衛星に搭載して打ち上げました。この高解像度の大気環境管理ツールは、北米大陸上のオゾン、窒素酸化物、二酸化硫黄などの主要大気汚染物質をこれまでにないレベルの解像度で監視することが可能です。TEMPOは、自動車の排気ガスや、光害がオゾン層に与える影響をはじめ、さまざまな汚染形態を分析するための重要なデータを提供します。将来的には、より優れた大気汚染警報を出すことも可能となります。NASAのBillNelson長官は次のように述べています。「TEMPOミッションは単なる汚染研究にとどまらず、地球上のすべての人の暮らしを向上させることを目的としています。ラッシュアワーの交通から森林火災や火山噴火による汚染まで、あらゆるものの影響を監視することで、NASAのデータは北米全域の大気環境を改善し、地球を守るのに役立つでしょう2。」
宇宙経済は、気候リスクの影響度や温室効果ガス排出を監視するためのデータ収集に人工衛星を利用することで、低炭素経済への転換を支援する重要な役割を果たします。世界的な脱炭素化の取組みを支える新たな宇宙技術ソリューションの開発は、今後も続いていくでしょう。
Mike Hayes
Global Climate Change & Decarboniza-tion Leader
KPMGインターナショナル
KPMGの専門家による支援
戦略 | 戦略立案・参入支援 - 高い先見性をもとに、宇宙ビジネス領域における新たなビジネスの戦略および計画の策定、またその実施支援を行います |
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産業横断的な分析 - 宇宙ビジネス推進に係る諸外国の政策動向/ビジネスプレイヤー・競合/技術の調査を行い、着実な意思決定を可能とします | |
ディール・資金調達 - 分野横断的なデューデリジェンス、合併、買収、売却をサポートし、宇宙産業への参入を目指す投資家コミュニティを仲介、知見を提供します | |
官民連携支援 - 政府機関や自治体と民間組織の連携を支援し宇宙に係る効果的な公共サービスの提供を支援します | |
データと技術 | 宇宙データ利活用 - 宇宙を基盤とするリモートセンシングと通信データの潜在的な利点とユースケースを、ダウンストリームの地球上用途に活かせる形に変換します |
宇宙システム戦略/運用構想 - 宇宙および非宇宙技術の重要インフラ全体にわたる情報・運用上の新たな技術戦略、アーキテクチャ、ロードマップを定義します | |
サイバーセキュリティ - 宇宙システムに関するサイバー攻撃の脅威に対応するサイバーセキュリティ体制の高度化をトータルに支援します | |
運用 | プログラム・プロジェクトマネジメント - 複数のステークホルダーが関与する複雑なプロジェクト・プログラムのマネジメントを支援します |
サプライチェーン最適化 - 戦略・運用面で企業と連携し、最適化された幅広い運用の分析、計画、構築、モデル化、 実行を支援します | |
BCP策定・事業継続マネジメント - 流動的なビジネス環境を理解し、事業継続に向けたプランニングや実行のための知見を提供し、意思決定を支援します |
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執筆者
KPMGジャパン 製造セクターメンバー
KPMGコンサルティング ビジネスイノベーション 宇宙ビジネス戦略支援
アソシエイトパートナー 宮原 進