本連載は、2024年4月より日刊自動車新聞に連載された記事の転載となります。以下の文章は原則連載時のままとし、場合によって若干の補足を加えて掲載しています。

米国トランプ政権の政策による影響

2024年11月5日の米国大統領選挙において、ドナルド・トランプ氏が第47代の大統領に選出されました。開票開始後早々の勝利宣言となり、おおよその予想に反するかたちで勝利をおさめました。

今回の米国大統領選挙は、かつてないほど日本企業の、特に経営層からの関心を集めました。これはひとえに米国という世界最大の市場の1つに影響を与えるイベントであるだけでなく、近年多くの世界中の経営者が今後の成長のリスクとして捉える「地政学リスク」の震源地となりえるからでしょう。

【KPMG CEO Outlook 今後3年間の成長リスク(2015-2024)】

自動車産業における地政学リスクをチャンスに変える_図表1

出所:KPMGグローバルCEO調査を基に作成

現時点において、今後のトランプ政権の対中政策および米中関係の趨勢を見極めることは難しいでしょう。国務長官、国防長官など、対中政策に大きな影響を与える人選には対中強硬派が居並ぶなかで、「スモールヤード・ハイフェンス」で知られるバイデン政権の政策よりもさらに広範かつ厳しいものとなるとも言われています。

また、中国事業にも深くかかわるイーロン・マスク氏がトップに就任すると報じられた政府効率化省(DOGE)の役割や位置付けなども公にされておらず、対中関係に与える影響も未知数です。

自動車産業における米中地政学リスクと重点取組み

ここで改めて自動車産業における米中地政学リスクを俯瞰してみます。特に米中の覇権争いに端を発するもの、まさに地政学情勢の変化に影響を受ける可能性のあるものとしては、米国国内市場そのものの情勢変化を除いた場合、たとえば以下のものが考えられます。

  • 米国の対中制裁および保護主義の高まりによるサプライチェーンへの影響
    • 中国から米国への輸出への影響(第三国経由も含む)
    • 中国資本との合弁や中国企業との取引制限
    • CASE(コネクテッド、自動運転、シェアリング、電動化)を支える基幹技術、知財の移転と切り分け
    • フレンドショアリング政策による第三国における取引の影響
    • 半導体およびレアメタルの調達安定化
    • 紛争時の物流網/供給網への影響低減
  • 資源/エネルギー政策の転換による新エネルギー車市場の趨勢変化
  • 中国市場における日系OEMの事業環境/制約(対外資政策の変化)
  • ASEAN、アフリカ、南米などの新興市場における中国企業の進出加速

また、こうした趨勢においてはリスクだけでなく、むしろ機会面も的確に追求した企業が生き残ると考えられます。

たとえば自動車産業においては、以下の取組み点が重要でしょう。

  • 特に米国市場、米国OEMのサプライチェーンから退場を迫られる中国企業(メーカー/サプライヤー)の代替需要の確保
  • ハイブリッド車などの日本企業が得意とする分野での販路拡大を促す国際的合意形成
  • 欧米以外の市場攻略を目指す中国企業との競争戦略または連携の可能性
  • 特にCASEなどの分野における中国技術の利用

複雑かつ多層的な分断の時代に求められるインテリジェンス機能

この30年ほど日本、そして世界の自動車企業が事業環境の前提としてきたグローバル化と自由貿易の時代は終焉し、分断の時代を迎えたと言えます。実際に、自由貿易体制を支えてきたWTO提訴における実効性も低下の一途を辿っています。

企業のビジネスモデルは最適地生産、最適地販売のスタイルから、ブロックごとにビジネスモデルとサプライチェーンを再構築していく必要があります。またグループ全体のガバナンスについても従来の集権的なモデルから、分散モデル、そして地域/ブロックごとの現地化をより指向したモデルが適すると考えられます。

ただし、かつての冷戦期とは異なり、現在直面している分断の姿はより複雑、多層的であり、かつその境界を見極めにくい状況です。たとえば、米国と中国の通商関係においてさえ、減少したとはいえ多額の貿易や投資の関係が維持されています。企業トップの中国との往来も行われていることも注目に値します。

また米国のトランプ2.0を生み出した背景の1つと言われる「社会の分断」は、米国だけの事象ではなく欧州そして日本においても進行しつつあり、地政学の枠組みを超えて注視することが必要です。

こうしたビジネスとマネジメントを支える企業の力(ケイパビリティ)の1つはインテリジェンスです。インテリジェンス機能を充実させることで、自社の経営層の世界観(認識)を合わせ、長期ビジョンを定め、描いたシナリオの変曲点、すなわち変化の予兆を観測し、必要に応じて戦略の見直しを行います。こうしたインテリジェンスサイクルがまさに求められていると言えます。

日刊自動車新聞 2024年12月2日掲載(一部加筆・修正しています)。この記事の掲載については、日刊自動車新聞社の許諾を得ています。無断での複写・転載は禁じます。

執筆者

KPMGコンサルティング
パートナー 足立 桂輔

進化するモビリティ 日本の自動車産業 新たなる旅立ち