企業と消費者のギャップを探る:顧客体験価値を向上させるテクノロジーに関する調査(国内小売業)より
国内小売業における消費者の購買体験を向上させるためのテクノロジー導入状況について調査を実施しました。企業のテクノロジー導入状況と消費者の活用状況、また今後の企業の導入意向と消費者の利用意向について解説しながら、今後の傾向や方向性を考察します。
国内小売業のテクノロジー導入状況について調査を実施しました。企業のテクノロジー導入状況と消費者の活用状況について解説しながら、今後の傾向や方向性を考察します。
国内小売業において、消費者の購買体験価値を高めるためのさまざまなテクノロジーの実装や実証実験が進んでいます。購買体験価値を高めることは小売企業の持続的な成長を実現するうえで避けられないテーマの1つとなっています。しかし、購買支援ツール・サービスのなかには、消費者側のニーズと、企業側の消費者ニーズの認識およびそれに基づく取組みにギャップが生じている状態も散見され、多くの企業がどのようにテクノロジーを活用すべきかを模索している実態がうかがえます。
こうした背景を踏まえ、国内小売業において提供されている各種購買体験を高めるテクノロジーに係る現況の把握のため、本調査を実施しました。本稿は、現状の企業のテクノロジー導入状況と消費者の活用状況、そして今後の企業の導入意向と消費者の活用意向におけるギャップと、そこから読み取ることができる傾向や対応の方向性について解説します。なお、本文中の意見に関する部分については、筆者の私見であることをあらかじめお断りいたします。
POINT1:実店舗購買のセルフ化・無人化のニーズ大 「セルフ化や無人店舗」は企業・消費者共に導入・活用に対する意欲がある。一方、初期費用が高い傾向にあるため、省力化によるコスト削減効果も含めた採算性検証が必要である。 POINT2:消費者によるロイヤルティプログラムの活用は浸透の途上 店舗への来店や商品購入などでポイントがたまる会員システムは3割程度の企業が導入済みまたは導入を検討しているのに対し、活用済み・活用意向がある消費者は2割弱と大きくかけ離れている。 POINT3:ハイパーパーソナライゼーションはプライバシーへの配慮が必須 「パーソナライズド広告・販促」は6割強の企業が取り組むが、監視されている気分による拒否感やパーソナライズの精度の低さ、情報漏洩の懸念といったことを理由に半数以上の消費者がマイナスの心象を抱えている。 |
I 調査の全体像
1.消費者・企業双方の観点から調査を実施
本年(2024年)は消費者・企業の双方へアンケート調査を実施し、企業側のツールやサービスに対する現状の取組みと、消費者側が求める水準とのギャップを特定・分析しています。
消費者調査は15~69歳男女の4,000名を対象に、企業調査はスーパーマーケットや百貨店、衣食住関連の小売業のうち売上10億円以上の企業104社を対象にアンケート調査を実施しました。
さらに、企業の取組み意向についての詳細を補足するため、国内トップ小売業における経営企画またはIT企画部門に所属する専門家11名へのインタビューも実施しています。
2. 購買テクノロジーを6テーマに分類して調査・分析
国内外の小売業におけるテクノロジートレンドを基に、6件のテーマとそれにひも付く14件のサブテーマを設定し、現在足元で導入が進むテクノロジーだけでなく、実証実験中のものなど、将来的な取組みが期待されるテクノロジーを抽出し、定義しています(図表1参照)。
図表1 本調査における購買テクノロジーのテーマ
アンケート調査やインタビューはこのテーマとテクノロジーに沿って実施されており、以降ではテーマごとに傾向と方向性について解説します。
II 企業の購買テクノロジー導入の状況と消費者ニーズのギャップ
1.実店舗における購買の利便性を高めるテクノロジー
本テーマでは、店舗内マップや在庫状況を可視化するスマートフォンアプリや、スマートカートのような「回遊体験を支えるテクノロジー」や、店舗の省人化・無人化を目指した「セルフ化や無人店舗」、デジタルサイネージを用いた「店舗におけるデジタル広告」の3つのサブテーマを取り上げます。
「セルフ化や無人店舗」は、セルフレジやセミセルフレジを3割強の企業が導入するだけでなく、5割程度の消費者が活用済みです。さらに無人店舗やウォークスルー店舗といった先進的なテクノロジーについては、現在の企業の導入状況は限定的であるものの、人材不足・人件費高騰による店舗業務効率化等の必要性から将来的に取組みを推進する意向が企業に見られるだけでなく、消費者の活用意向も高い結果となりました(図表2参照)。
図表2 企業・消費者の「セルフ化や無人店舗」の導入状況・活用意向
一方で、アプリを通したマップ表示や買い物ガイド・ナビゲートを含む「回遊体験を支えるテクノロジー」と、デジタルサイネージを通した店内広告やパーソナライズされた商品情報などを掲示する「店舗におけるデジタル広告」は企業の導入状況・意向と比較して消費者の活用状況・意向は低く、消費者ニーズはいまだ限定的である傾向がうかがえました。
「回遊体験を支えるテクノロジー」に関しては、導入済みの企業がごく一部(1割未満)にとどまっており、その結果消費者にとってもテクノロジー自体が身近でないことが考えられます。
また、「店舗におけるデジタル広告」は4割程度の企業がデジタルサイネージによる店内広告の掲示をすでに導入しており、さらに個人の購買履歴などからパーソナライズされた商品情報などを掲示するサイネージなどの先進的な技術についても3割の企業が今後の導入意向を示しています。しかし、現状は掲示内容がマス向け広告にとどまってしまうなど、購買の後押しに至っていないことで消費者の活用状況・意向(2割程度)についても目立たない結果となったと推察されます。
「回遊体験を支えるテクノロジー」と「セルフ化や無人店舗」はいずれも初期費用が高額なことが障壁となっており、売上向上や省人化・業務効率化の観点からも採算性の検証が重要になるほか、「店舗におけるデジタル広告」はパーソナライズへ向けたデータのトラッキングや効果測定の高度化に取り組む必要があると考えられます。
2.オムニチャネルショッピング
本テーマでは、スマートフォンやスマート家電などを用いてあらゆるチャネルでの購買体験価値を向上させる「多様なチャネルにおける買い物を支えるテクノロジー」と、オンラインでの商品体験を進化させる「AR/VR」、また顧客とのオンライン・オフラインを問わない多様なタッチポイントにおけるロイヤルティ形成を目指す「OMOにおけるロイヤルティプログラム」の3つのサブテーマを取り上げます。( ※注:「OMO」は「Online Merges with Offline」の略で、「オンラインとオフラインの融合」の意味。ここでは「オンライン(例:EC)・オフライン(例:店舗)の両方を対象とし同水準のサービスを得られるロイヤルティプログラム」を指す)IoT家電と連携した商品の買い替え通知といった「多様なチャネルにおける買い物を支えるテクノロジー」は2割強、買い物リストの自動生成などは2割程度の企業が導入済み、または導入を検討しているのに対し、活用済み・活用意向がある消費者も2割程度と、市場への浸透は限定的であり、消費者のニーズと企業の取組み状況に大きな差は見られませんでした。徐々にではありますが今後の浸透が進むポテンシャルがあると考えられます。また、同様の傾向は「AR/VR」にもみられています。
これらのテクノロジーは実現するために必要なシステムがいまだ高額な一方で、消費者の利用や購買促進につながりづらいといった課題があるため、企業にとって採算性を確保することが難しいとみられています。消費者の利用を加速させるためには、すべてのチャネル横断での在庫データや購買データをリアルタイムで取得・活用する管理を実現するほか、オンラインとオフラインをシームレスにつなぐ購買体験のデザインが求められます。
「OMOにおけるロイヤルティプログラム」は、企業側の取組み状況と比較して、消費者の活用は進んでいません。たとえば店舗への来店や商品購入などでポイントがたまる会員システムは3割程度の企業が導入中であるのに対し、活用済みの消費者は2割弱とニーズに大きな差が見られました(図表3参照)。
図表3 企業・消費者の「OMOにおけるロイヤルティプログラム」の導入状況・活用意向
今後に向けては、ブランドコンセプトに即した活動といった購買関連行動以外のタッチポイントにおいても、金銭的なインセンティブ以外のロイヤルティ獲得手段を検討したうえでデータの活用目的を再定義し、必要なデータの管理や連携を行うことが重要であると考えられます。
3.ハイパーパーソナライゼーション
本テーマでは、企業が消費者の個人情報や行動データを取得・分析してレコメンドを行う「パーソナライズド広告・販促」と、消費者が自身の情報を提供してレコメンドやサービスを受ける「パーソナライズド商品」の2つのサブテーマを取り上げます。
「パーソナライズド広告・販促」は6割強の企業が取り組んでいますが、監視されている気分による拒否感やレコメンド精度の低さから半数以上の消費者がマイナスの心象を抱えています(図表4参照)。
図表4 「パーソナライズド広告・販促」の企業の取組み状況と消費者の反応
この他にも、個人情報の収集や閲覧履歴に基づくトラッキングに対する、情報漏えいリスクへの懸念があることや活用目的が分からないことへの抵抗感、といった理由も挙げられています。
自身で提供した情報に基づき最適化された商品の提案を受ける「パーソナライズド商品」のテクノロジーは、取り組む企業・活用する消費者ともにいまだ少なく、今後の取組みに関心を持つ企業よりも消費者のニーズが小さいことから、当面は浸透が期待できないと考えられます。
ハイパーパーソナライゼーションの実現に向けては、プライバシー保護におけるさまざまな観点からの配慮が求められるほか、それらに対応するための人材や知識が必要不可欠です。
4.多様な配送サービスを実現するテクノロジー
本テーマでは消費者へ配送する時間短縮を追究する「クイックコマース」と、ラストワンマイルにおいて人以外のテクノロジーを活用する「ラストワンマイルにおける自動配送」の2つのサブテーマを取り上げます。
コロナ禍を機に利用が加速した「クイックコマース」は、翌日配送などのサービスを提供する企業は限定的(1割強)ながら、一定の消費者(3割弱)に活用されています。一方で、即日配送などのさらなる配送時間の短縮は企業にとっても採算性が合わないことや、一部の消費者においても即日・最短を求めない傾向があるとみられています。
「ラストワンマイルにおける自動配送」といった人を介さないロボットやドローンによる自動配送の仕組みは実証実験が進むものの、法や環境整備が前提のため、取組み意向があっても実現には時間を要します。ロボット・ドローン配送の今後の浸透は、商圏が広く・取引件数や人口が多い地域において、法規制に加え道路環境の整備が進むかどうかに依存し、現時点で活用シーンは限定的であると考えられます。活用促進へ向けてはロボットが自走できる凹凸の少ない道路などの整備といった、政府・自治体主導の環境整備が求められます。
5.エシカルソーシングを促進する情報提供
エシカルソーシングに関する情報提供に取り組む企業は1割程度にとどまるほか、エシカルな商品を必ず購入・活用する消費者も1割未満と限定的です。しかし、エシカルソーシングを含むサステナビリティの活動は取り組むことが当たり前になっており、取り組んでいない企業が消費者からネガティブに映る可能性があります。
エシカルソーシングを促進する情報提供は、現状では大半がウェブサイトなどのメディアにおける商品紹介にとどまっていますが、今後の見通しとして、海外で実用化が進むようなRFIDタグを用いた商品単位での情報提供が広がる方向性も考えられます。こういったテクノロジーの実現に向けては、ブロックチェーンで調達・製造・物流まですべての工程を統一規格に基づいて管理・記録する必要があるなど、新興テクノロジーの活用だけでなく製造業者含むサプライチェーン全体での連携強化が求められます。
6.その他新興テクノロジー
本テーマでは新興テクノロジーとして「ロボット/AIアシスタント/バーチャルアシスタントによる接客」、「メタバース」、「仮想通貨決済」を取り上げます。(※注:仮想通貨の法令上の呼称は「暗号資産」ですが、調査票および本稿においては一般消費者にも広く呼称される「仮想通貨」で統一している)
小売業を取り巻くテクノロジーは進化しており、今後はGPT-4o1などの登場による精度の高い生成AIの活用の加速や、スマートグラスなど進化したデバイスの登場、投資対象としての側面も含めた仮想通貨の活用の加速が見込まれています。
そうしたなか、これらの新興テクノロジーはいずれも多くの課題を有しており、導入している企業、活用している消費者ともに1割に満たず、活用状況は限定的です。企業側の抱える課題としては、新興テクノロジーに対する消費者ニーズが顕在化していないことからテクノロジーの導入優先度が低いことや、取り組むにあたっての関連知識が不足していることが挙げられています。また、「仮想通貨決済」に関しては技術・セキュリティ面での不安が見受けられました。
消費者において活用が進まない主な理由としては、テクノロジー自体への興味がないことや、利用に対する不安が挙げられています。
業界内の主要企業の一部は徐々に取組みを検討しているものの、業態や扱う商材との相性・自社の顧客にニーズがあるか、採算性が見込めるかなどを模索しており、一般的に浸透するのは当面先であると見込まれます。
1 GPT-4o(Omni):Open AI社が2024年5月に発表した新しいAIモデル。視覚と音声の理解力が際立ち、多言語対応や複雑な対話の要素の理解、さまざまな種類の情報を利用して高度な判断を行うマルチモーダル機能の強化等により、リアルタイム会話や感情分析を行えるようになりました。
III さいごに
ここまで、小売業における購買体験を向上するためのテクノロジーについて、6つのテーマに沿って企業側のテクノロジーやサービスに対する取組み状況と、消費者側が求める水準とのギャップについて解説してきました。
今回の調査を通して、企業側が導入を進めている場合でも消費者の観点で見ればニーズがさほど強くないといったテクノロジー、または消費者の観点ではニーズが強いが企業側の導入が追い付いていないテクノロジーがあることが浮き彫りとなりました。また、特に新興テクノロジーについては企業・消費者ともに導入・活用には慎重な姿勢をとっていることもうかがえました。
消費者ニーズが強いテクノロジーについては企業側の早期の対応着手が望まれますが、消費者ニーズがふるわない場合でも、企業側の取組みによって消費者の啓発や潜在ニーズの発掘を行い、企業の導入と消費者の活用のギャップを埋められることも考えられます。
また、新興企業等がテクノロジーを活用する画期的なアイデアをもって市場に参入してくることで消費者がテクノロジーを受容するように変化する、といった可能性も考えられます。
テクノロジーは日進月歩で絶え間なく進化しており、消費者の購買行動やニーズも目まぐるしく変化しています。常にテクノロジーの動向と消費者インサイトに留意しながら顧客体験価値の創造と向上を目指し、企業として柔軟に対応し続けられることが求められます。
本調査が検討の一助となれば幸いです。
執筆者
KPMGジャパン消費財・小売セクター
KPMGコンサルティング
アソシエイトパートナー 白石 隼人
シニアマネジャー 戸倉 真咲