自己株式取得税に関する規則案
本稿では、自己株式取得税に関する規則案の概要と今後の対応策について解説します。
本稿では、自己株式取得税に関する規則案の概要と今後の対応策について解説します。
米国財務省は2024年4月9日、自己株式の買戻しに係る1%の米国連邦物品税(以下、「自己株式取得税」という)の施行規則の草案を2件公表しました。この法律は、2022年にバイデン政権下で成立したインフレ抑制法(Inflation Reduction Act of 2022)により導入されました。当初の立法趣旨は、上場企業による自己株式の買戻しが、主として自社株式の株価上昇を通して幹部や富裕株主のためのスキームとなっている実情を是正するというものでした。そのため、米国の上場企業以外にはあまり影響はないと考えられていました。しかしながら、2022年12月に暫定的な中間ガイダンスが発表され、「資金調達ルール」という米国子会社と日本の親会社との通常の取引に自己株式取得税がかかる可能性が打ち出されました。さらに、今回の規則案によって、米国子会社からの配当も課税の引き金となる可能性が出てきたことから、日本企業をはじめとする米国に子会社を持つ外国上場企業の間で注目を集めています。本稿では、規則案の概要と今後の対応策について解説します。
なお、本文中の意見に関する部分については、筆者の私見であることをあらかじめお断りいたします。
Point
Point1 自己株式取得税は米国の上場企業による自社株買い以外にも、米国子会社による日本の上場企業である親会社の株式取得も適用対象となり得る。また、直近の米国財務省規則案によると、米国子会社(あるいはその他の関連会社)が配当やその他の手段で、親会社の自己株買いの資金として親会社に資金提供した場合にも適用対象となり得る。 Point2 自己株式取得税の申告・納税などの手続きに関する規則案は最終化されており、12月決算の企業の場合には2024年10月末、3月決算の企業の場合には2025年4月末が申告・納税の期限となる。 Point3 課税対象の取扱いなどに関する規則案がいつ最終化されるかにより、自己株式取得税の納税要否が左右される。 |
Ⅰ.自己株式取得税の概要
1. 自己株式取得税の成立とこれまでの 経緯
(1) インフレ抑制法
2022年にバイデン政権が成立させたインフレ抑制法には、環境関連の税額控除や法人を対象とする会計利益に基づく法人代替ミニマム税(Corporate Alternative Minimum Tax )など、いろいろな税法の改正点が盛り込まれています。連邦物品税(Federal Excise Tax )の一種である自己株式取得税もその1つです。連邦物品税はアルコールやタバコなどの嗜好品、特定の燃料や物品の消費、特定のサービスなどに対して課される税で、政策的に特定の製造活動や消費を制限したり、使用料として課されるというものです。自己株式取得税の場合は、上場企業による自己株式の買戻しが、主として自社株式の株価上昇を通して幹部や富裕株主のためのスキームとなっている実情を是正するという位置付けになっています。
(2) 法律の内容
自己株式取得税は、当初成立した法律( 内国歳入法4501条)においては、原則として2023年以降に米国の上場企業が自己株式を取得した場合に課税対象になると規定されています。また、米国上場企業が50%超を保有する子会社などが米国上場企業の株式を取得した場合や、米国以外で上場している企業の50%超の資本関係にある米国関連会社が外国上場企業の株式を取得した場合にも、自己株式取得税が適用されると規定されています。
ただし、例外規定として10 0万米ドルまでの取引、一定の要件を満たす米国税法上の適格組織再編、従業員の退職年金などの福利厚生制度への拠出のための取引などについては、課税対象外とすることが規定されています。その他の細部については、財務省規則において規定されることとなっており、法律の成立当初は実際の適用や運用について多くの疑問点が残されていました。
2「. 資金調達ルール」の登場
(1) 中間ガイダンス (Notice 2023-2)
2022年12月には、中間ガイダンスとしてNotice 2 0 2 3-2 が米国の連邦税に関する税務当局である内国歳入庁( Internal Revenue Service )より発出され、自己株式取得税の運用に関する詳細や将来の財務省規則の方向性が示されました。
上述のとおり、法律自体の内容からは、自己株式取得税は米国で上場していない場合には特に重大な影響はないと見られていました。しかし、「資金調達ルール」と呼ばれる規定が盛り込まれたことで、米国子会社が米国外の親会社に資金を提供し、その資金が親会社の自己株式取得に使用された場合、その「資金提供」の範囲で自己株式取得税の対象になり得ることになりました( 図表1参照)。
この「資金調達ルール」の適用要件は、一義的には、米国子会社からの資金提供が自己株式取得税の回避を主たる目的としていることです。要件しかし、米国子会社が配当以外の手段で資金提供し、その前後2 年以内に自社株買いを行った場合には自動的に「課税回避が主たる目的であった」とみなされる「みなしルール(Per Se rule )」が盛り込まれていることから、米国で子会社などを通して事業を行う日本の上場企業も自己株式取得税の対象になり得ることになりました。そのため、実務上の影響について大きな反響を呼ぶことになりました。
(2) 財務省規則案
2024年4月9日、待望の財務省規則案が2 件発出されました。申告と納税などの手続きに関する短い規則案と、上述の「資金調達ルール」を含む資金調達ルールの適用と運用の細部を規定した300ページ余りの規則案です。その後、2024年6月28 日に前者の申告・納税に関する規則案のみ早々に最終化されました。つまり、その中身の詳細が草案のままで、申告と納税という枠組みだけが固まったという、納税者にとっては非常に対応の難しい状況がつくり出されてしまったというわけです。
図表1 資金調達ルールとは
Ⅱ .「資金調達ルール」の問題点
上述のとおり、「資金調達ルール」の詳細はいまだに規則案であり、内容が確定しているわけではありません。また、規則案では、中間ガイダンスに盛り込まれていた「みなしルール」は表面的には削除されましたが、実質的には姿を変えてより広範、厳格になっています。具体的には、自己株式取得の前後2 年以内という時間枠の設定がなくなり、また、配当も除外されていません。さらに、事実関係と状況を勘案し、( 配当をも含む)米国子会社から米国外の親会社への資金提供の主要目的が自己株式取得のための資金提供である場合には、自己株式取得税の回避目的があったとみなされることになっています。そのため、米国子会社が米国外で上場している親会社(あるいは他の関連会社)による自社株買いに対する資金提供を目的として配当した場合には、自己株式取得税の課税対象になると規定されています( 図表2参照)。
現段階では自己株式取得税の運用に関する最新のガイダンスである財務省規則案における「資金調達ルール」の最大の問題点は、①資金に色がつけられないなかで、どのようにして「資金調達」の目的を判定するのか、②通常の業務( 商品の仕入れやロイヤルティの支払いなど)上の取引については「資金調達ルール」の例外化を求める声が上がっていたにもかかわらず取り上げられなかった、の2点です。
申告と納税についての外堀だけが埋められてしまった今、これからの実務にどのように対応すればよいのか、考えていきましょう。
図表2 資金調達ルールの概要
Ⅲ .申告・納税手続き
申告期限は、納税者の課税年度ごとに決まります。ここでの納税者とは、自己株式取得をした者か、あるいは自己株式取得をしたとみなされる者となります。「資金調達ルール」の適用を受ける場合には、資金を提供した者( 米国子会社)が自己株式を取得したとみなされるため、納税者となります。
手続きに関する財務省規則が2024年6 月28日に最終化されたため、申告期限は申告対象となる課税年度がその日よりも前に終了するのか、それとも後に終了するのかによって異なります。自己株式取得税自体が、そもそも2023年度以降の適用ですから、暦年の2023年度や2024年3月期の場合には、一律、2024年6月28日よりも後に到来する最初の四半期に対する連邦物品税の申告・納付期限、すなわち2024年9月の翌月末である2024年10月31日が期限となります。また、暦年の2024 年度など、最終規則公表後に終了する課税年度の場合には、年度終了後の最初の四半期に対する連邦物品税の申告・納付期限、すなわち2025年4月30日が期限となります(図表3参照)。
図表3 自己株式取得税についての申告期限
Ⅳ .今、何をすべきか
自己株式取得税の適用や運用の細部、特に「資金調達ルール」の細部が確定せずに財務省規則の最終化前に申告期限が到来する場合、納税者には以下の3つの対応が認められています。①法律自体に基づく申告( つまり、「資金調達ルール」はないものとして申告する)、②財務省規則案の公表前までは中間ガイダンスを適用し、財務省規則案公表後は規則案を適用、➂すべての期間に財務省規則案を適用する。どの対応を選択すべきかは、過去の米国子会社からの配当やその他のグループ内取引などを検証し、潜在的に自己株式取得税の対象になり得るのかを検討する必要があります。
なぜならば、現状では自己株式取得税の税率は1%ですが、過去に税率を引き上げる提案もなされているからです。
一方で、潜在的な実務対応の難しさなどから社会の反響を呼んでいる財務省規則は、政権交代により見直しや凍結がなされる可能性もあります。したがって、米国大統領選挙の動向等を注視する必要があります。
最近では、米国の最高裁判決で、行政機関による規則策定の権限を制限し得るような判断も下されています。そのため、現在、公表されているような財務省規則の有効性自体が問われないとも限りません。
しかしながら、現時点では、財務省規則案は有効であり、近い将来、最終化される可能性もあります。その潜在的な影響を鑑みると、自己株式取得税対応に対する社内的な検討は必須と思われます。
執筆者
KPMG米国
鈴木 路夫/パートナー